長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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93:僕の恋心

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 ガイが僕のすぐそばに来た。

露天風呂のお湯は乳褐色に濁っていて
ガイの体は良く見えない。

けれど隣に座ったガイの
腕や肩付近に付いた筋肉は
見ただけでもわかるぐらいで
僕は驚いた。

ガイは力持ちだし、
いつも僕を抱き上げてくれるから
きっとすごいんだろうな、って
思っていた。

でも実際に見ると、
思っていたのと全然違う。

「ガイ、ちょっと触ってもいい?」

僕が言うと、ガイが何を?
という顔をする。

僕は手を伸ばして
ガイの腕に触れた。

「え、え、エレ?」

「ガイの腕、すごい。
筋肉……だよね?」

ガイの腕はカチカチだった。

二の腕から肩まで
僕は指をすべらせたけれど、
少し力を入れて持っても、
ガイの肌はびくともしない。

「僕のと、全然違う」

僕は湯から腕を出して
ガイに見せる。

「僕もガイみたいな
筋肉……つくかな」

体力をつけるところから
頑張らないとダメだけど。

「エレは今のままでいいぞ」

ガイはそう言ってくれるけど。

「僕、毎日学院に通って
体力が付いたと思ったけど、
全然、まだまだだった」

ガイと比べたら僕なんて
そりゃ、まだまだだけど。

ちょっとは元気になったって
自信があったのにな。

「俺は騎士で、鍛えているからな。
だが、エレは騎士に
なるわけではないだろう?」

「そうだけど」

「エレは筋肉よりも、
もっとすごいものを持ってるから
今のままで大丈夫だ」

「もっとすごいもの?」

何? って僕が聞いたのに、
ガイは笑って答えない。

「えー、教えてよ、ガイ」

「いいんだよ、エレはそのままで。
幸運の妖精だからな」

「わかんないよ、それじゃぁ」

って僕が唇を尖らせると、
ガイがやわらかい視線で僕を見る。

「エレは誰もを惹きつける。
エレを見たら、
誰だってエレを好きになる。

だけど、エレにこうやって
触れることができるのは
俺だけだ」

そうだろう?

って大きな手が僕の頬に触れる。

優しい表情に、
僕は、うん、って返事をしたけど、
なんだか胸がどきどきしてくる。

「エレ、俺は……」

ガイが甘い声で僕の名を呼ぶ。

僕はガイの言葉を待った。

そんな時だ。

「ぼっちゃま、失礼したします」

アンナの声が急に聞こえてきた。

「アンナ?
どうしたの?」

僕が声を出すと、
すぐにガラス扉が開いて
いつも僕の入浴を手伝ってくれる時と
同じ服を着たアンナが入ってくる。

「ぼっちゃまのお髪を
洗うお手伝いに参りました」

「そうなんだ。
じゃあ、お願いしようかな」

ガイに教えてもらうつもりだったけど、
アンナが来てくれたのなら
アンナに教えてもらおう。

「ぼっちゃま、
まずはこちらを」

僕が手すりを使って
ゆっくりお湯から出ると
すぐにアンナに薄いワンピース
みたいな服を着せられた。

「アンナ?
これは何?」

「ここは一応、外ですので、
ぼっちゃまの肌を晒さないように
念のためでございます」

「外……だけど、
ここはお風呂だよ?
それに今は夜だし」

僕は呆れてしまう。

アンナはいつも過保護で、
僕の肌が弱いからと
外に出るときは帽子が必要だとか
手入れをしなければ
寝ては駄目だとか、
いつも注意してくるんだ。

「それでも、でございます。
不埒な目があるかもしれませんので」

アンナは意味が分からないことを言い、
僕をシャワーのそばにあった椅子に座らせる。

「よろしいですか?
ぼっちゃま。
いつも私がお髪を洗うときは
ぼっちゃまは上を向いていただいております」

「うん。そうだね」

「ですが、おひとりの時は、
下を向いてお髪を洗うのです」

「下を向いて?」

「はい。
しっかり目を閉じて、
両手を上げたまま、
ひたすら洗うのです」

上げたまま?

「目を開けたらダメなの?」

「さようでございます。
石鹸が目に入ると
驚くほど痛くなります」

痛いの?
それは嫌だな。

でも、目を閉じたまま
髪を洗って、一人で
石鹼を洗い流して……

しかも腕を上げたままなんて
僕、できるかな。

腕も疲れてしまうと思う。

僕の不安がわかったのだろう。

「ぼっちゃま。
今日のところは、
お部屋の湯でお髪を
洗うことにいたしましょう。

この場では難しいかと存じます」

「うん……そうだね」

「大丈夫でございます。
このアンナが、ずっと
お側についております」

「うん、ありがとう」

「では、今は石鹸を使わずに
やり方だけご説明致します」

アンナは僕の髪を解いて、
シャワーを使って髪を濡らしていく。

僕は下を向いて髪をただ
アンナに流してもらうだけだったけど、
正直、それだけで疲れてきた。

「いかがでしょう」

「うん、ありがとう」

アンナが僕の髪をタオルで包み、
また頭の上でまとめてくれる。

「では、私はこれで。
お部屋でお戻りをお待ちしております」

アンナは僕を温泉に入らせてから、
ワンピースを脱がせた。

それから頭を下げて、
ガラス扉から出て行く。

「ふう」って僕はガイの隣に移動した。

ガイは僕をじっと見つめてて、
その真剣な顔に、恥ずかしくなる。

「僕、何もできなくって。
びっくりした?」

髪も一人で洗えないなんて
呆れただろうか。

「い、いや。
なんというか……可愛かった」

「え?」

「いや、ち、違うぞ。
頑張ってるエレが
可愛かったのは本当だが、
艶めかしくも思えたし、

いや違う。
何を言っているんだ俺は。

そう、そうだ。
俺はエレが頑張る姿が
好ましいと感じたんだ」

力を込めていうガイに
嘘やお世辞は感じられなくて
僕は嬉しくなる。

「うん、ありがとう。
僕もね、ガイが大好き」

嬉しくて僕はガイの膝に座ろうとした。

でも、僕のお尻が
ガイの膝に着く前に
なぜか僕はガイに抱き上げられた。

「エレ、そろそろあがろう」

「え? もう?」

「あぁ、少し風が出てきた。
まだ今日は初日だし、
また明日、入ればいい」

「うん。わかった」

確かに今日無理をして、
体調を崩すようなことはしたくない。

ガイは僕を抱っこしたまま、
手すりも使わずに湯から出ると、
そのまま脱衣所の小屋まで
僕を運んでくれる。

でも、小屋の中に入ると、
僕の体を降ろして、
「俺も体を洗ってくる」
と言って露天風呂に戻ってしまった。

僕は仕方なく一人で服を着る。

アンナが用意してくれていたみたいで、
僕が着ていた服は無く、
新しい下着と寝間着が置いてあった。

寝間着はワンピースになっていて、
頭から被れば、すぐに着ることができる。

僕は寝間着を着て、
改めて小屋の中を見回した。

「あ、水がある」

飲んでもいいのかな?
いいよね。

棚の上に魔石が入った箱がある。
その箱の蓋が空いていて、
そこに水差しとグラスが入っていた。

箱に手を入れると、
思った通り冷たい。

僕はこぼさないように水を入れて
ゴクゴク飲む。

「ふー、美味しい」

やっぱりちょっとのぼせてたかも。

普段、僕は長湯はしない。

僕は慣れないことをすると
体調をすぐに崩してしまうから
気を付けないと。

「うまいか?」

急に声を掛けられて僕はびっくりする。

「ガイ」

いつの間にか服を着たガイが
僕の後ろに立っていた。

「うん、ガイもいる?」

「あぁ」

ガイが頷くので、
僕はまた慎重に水をグラスに注ぐ。

「はい、どうぞ」

両手でグラスを渡すと
ガイに、よくできたな、って
褒められた。

水差しには
水がいっぱい入っていて、
僕にしてみたら
かなり重たかったんだ。

でもこぼさずに、
ちゃんと入れることができた。

そのことを密かに
喜んでいたんだけど、
ガイにはお見通しだったみたい。

「よし、じゃあ戻るか」

使ったタオルもグラスも
置いておけば使用人が片づけてくれるらしい。

僕たちは小屋を出た。

すぐにガイが僕を抱っこする。

「歩けるよ?」

と言ったけれど、
足元が暗いから危ないって言われた。

来るときは歩いてきたのに。

でも、抱っこが嫌なわけじゃない。

だってガイの腕は安心できるし、
背が高くなったみたいに、
遠くが見える。

「ガイ、ほら見て」

僕は頭上を指さした。

「満天の星って、
こういうのを言うんだよね」

「そうだな」

ガイも僕と同じように空を見上げる。

ちょっとだけ冷たい風が
僕の頬に触れたけど。

僕は全然寒くなかった。

「また明日も来ようね」

「あぁ、そうだな」

すぐにガイが返事をしてくれる。

たったこれだけで、僕は嬉しい。

早く一緒に住めるようになったらいいのにな。

そしたらずっと一緒に居れるのに。

僕はそんなことを思いながら
ガイの首に腕をまわした。



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