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愛溢れる世界
236:婚約疲労
しおりを挟む俺とティスは王宮を歩いた後、
食堂でシェフにお菓子を食べさせてもらった。
ようやく『お茶会』らしいことができた。
「疲れた?」
ミルクティーを飲む俺に、
ティスが心配そうに
マドレーヌっぽい焼き菓子を
差し出してくれる。
俺はそれを受け取りつつ
首を横に振った。
「大丈夫」
と言ってみたものの、
じつは正直、疲れていた。
慣れない化粧ですでに
疲れていたし、
めちゃくちゃ多くの人たちに
やたらと愛想を振りまいて
しかも結構な距離を
歩いたと思う。
さすが公爵家の箱入息子。
俺の体力の無さから考えると
筋肉が欲しいからと
剣を習ったり
走り込みをする前に
王宮を一周できるぐらいの
体力を付けることが
先かもしれない。
それでも目の前の座るティスが
目が合う度に嬉しそうに笑うから。
まぁ、こういうのもいいか、って思えてしまう。
俺、なんだかんだ言っても
ティスには甘いもんな。
ティスが喜んでるからいいや、
って思って焼き菓子を食べていたら
そこに侍従さんが俺たちを迎えにやってきた。
「話し合いは終わったのかな?」
俺が呟くと、ティスもそうだね、
って返事をする。
呼びに来た侍従さんは
良く陛下のそばで見かけるし、
信頼してついて行っても
大丈夫だろう。
俺はティスと一緒に
さきほどの部屋まで戻ったのだが、
部屋にはもう母と王妃様しかいなかった。
戸惑う俺たちに王妃様は笑顔を向けた。
「ジャスティス、あなたは仕事に戻りなさい」
「え? 母上、それはどういう……」
戸惑う素振りにティスに
王妃様はにっこり、と言う。
「これから私はキャンディス様と
アキルティアの衣装を選ぶの」
本気か。
俺、もう家に帰りたいのだが。
俺がちらりと母を見ると
母も笑顔で頷く。
これは逃げれそうにない。
「アッシュフォード家との
契約書類はジェルロイドが
持って行ったわ。
確認したら陛下と話をするように」
王妃様はティスにぴしゃりと言う。
俺の家と王家との契約ってことか。
俺も中身を知りたい。
「ティス、その書類
読んだら内容を僕にも教えて」
俺が小声でティスに言うと
ティスはわかった、と頷いた。
「さぁ、アキルティア。
いらっしゃい。
キャンディス様も」
王妃様は優雅に言うと
持っていた扇でティスを
追い払うような仕草をする。
ティスは苦笑して
俺と繋いでいた手を離した。
「じゃあアキ、またあとで」
ティスがそう言い、
部屋から出ると、
王妃様も母も俺を連れて
また新しい部屋へと移動する。
次に連れて来られた部屋は広く、
侍女たちが5人待機していた。
部屋は床はふかふかの絨毯が
敷かれてはいたが、
家具はなく、だだっ広い。
前世の記憶から考えても
20畳はあると思う。
俺はその部屋を見て
ぽかん、と口を開けてしまった。
だって、そのだだっ広い部屋に、
足の踏み場もないほど
数多くの布が広げられていたのだ。
かろうじて、部屋の中心に
大きなラグが敷いてあって、
ソファーやテーブルが置いてあったが、
どうみても部屋のメインは布だ。
俺たちが部屋に入ると
侍女たちは頭を下げ、
カーテンを開ける。
窓かと思っていたが、
カーテンを開けたら鏡がでてきた。
しかも壁一面の、大きな鏡だ。
その鏡の隣の壁を
侍女が触ると、
壁を割るように扉開いて
沢山のドレスみたいな服が出て来た。
ウォークインクローゼットだ!
この世界で初めて見た。
呆然とする俺の背中を
母が押した。
「さぁ、可愛いアキルティア。
お母様と一緒にお洋服を選びましょうね」
その言葉を合図に、
侍女たちが俺と母と王妃様を
部屋の真ん中にあるソファーへと促す。
侍女だと思っていたが、
どうやらデザイナーみたいな人らしく
俺が母と二人掛けのソファーに座ると
丁寧に挨拶をしてから
服のカタログのようなものを
テーブルの上に出してくれた。
王妃様は母の前に座り、
「今日は婚約式の服と、
夜会の服を作りましょう」と
にこにこしながら言う。
めちゃくちゃ圧が強い。
笑顔なのに。
王妃様の意気込みにビビりそうだ。
「アキルティア、まずは
急ぎで必要なものだけ
作りましょう」
あとは領地で一緒に
考えればいいわ。
と母が俺に小声で言う。
つまりは王妃様の気分を
損ねない程度に
付き合わねばならないということか。
「わかりました。
よろしくお願いします」
俺は素直に頭を下げた。
……そこからは、ただひたすら
苦難に堪える時間だった。
婚約ってこんなに疲れるものなのかと
俺は何度も遠くを見てしまった。
俺は正直、どんな服でも構わない。
だが母も王妃様も、最初は穏やかに
話をしていたのだが、
どんどんヒートアップしていき、
着いてくれていたデザイナーさんも
その熱気に当てられたかのように
妙なやる気を見せてきた。
俺は布を身体に当てられ、
カタログを見せられた。
色はどうとか、形はどうとか。
しまいには、髪型がどうとか
アクセサリーがどうとか、
そんな話にまでなる。
俺は裸足でなければ
靴も靴下も拘らないし、
最低限、マナー違反にならない程度の
服さえあればそれでいいのだが。
しかも俺は疲れている。
帰って寝たい。
早く終わらないだろうか。
俺は母や王妃様に何を言われても
はい、はい、と頷いた。
どんなのが良いのか聞かれても
俺にはわからなかったし、
押しの強い二人の意見を
否定する気もない。
「僕のことを愛してくださるお二人が、
僕のために選んでくださったものが
一番いいと思います」
俺は笑顔で、
心からそう言った。
そう、俺は何でもいい。
二人が選んだ服なら何でも着るから
もう俺を開放してくれ。
俺は自分が言った言葉で
押しの強い二人が喜び、
さらにヒートアップしているとも知らず。
帰宅時間になっても部屋から出てこない
俺たちを心配した父が様子を
見に来るまで、
俺はずっと着せ替え人形のごとく
ひたすら耐えていた。
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