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愛溢れる世界
235:見世物……?
しおりを挟むとにかく今日は
俺が陛下たちの前で
婚約のサインをするために
着飾ったことは理解した。
きっと3日前に領地に戻った時から
こうなる予定になっていたのだろう。
俺以外のすべての人間が、
そのことを知っていたと言うのは
文句を言いたくもなるが、
まぁ、許せないこともない。
俺が領地に戻ってたので
知らせることが
できなかったとか、
忙しすぎて連絡できなかったとか、
何かあったのかもしれないし。
だが。
そう、だがそれでもだ。
騙し打ちみたいに
婚約の書類にサインをさせるのは
どうかと思う。
だってさ。
俺はサインをした後、
ティスと一緒にお茶を飲むことも無く
陛下に部屋を追い出されて
王宮で働く文官や騎士達の様子を
視察するように命じられたのだ。
これって、着飾った俺が
ティスに連れられている姿を
皆に見せて「婚約したぞー」と
知らしめるためのものだよな?
見世物みたいで嫌だったが、
陛下や王妃様、それに
父も母も義兄もルイも、
まだ話し合うことがあるから、と
俺とティスを部屋から追い出した。
……俺が王家に嫁ぐ条件とか
公爵家と王家での決め事とか
色々話し合うことが
あったのかもしれないが、
当事者の俺たちが蚊帳の外って
どうかと思う。
部屋を出ると、
ティスがすぐに俺の手を握って来た。
「急なことでごめんね。
父上にも母上にも、
婚約はまだ早いって
言ったんだけど、
聞いてくれなくて」
ティスが申し訳なさそうに言う。
「でもね。なし崩しに
アキと婚約するんじゃなくて、
ちゃんと僕がプロポーズして、
アキに受けて欲しかったんだ」
……だから、
この茶会という名の
婚約強制サイン会の前に
ティスは俺を庭に誘ったのか。
確かに、ティスの
プロポーズは嬉しかったけど。
「ねぇ、騎士団の練習場に
行ってみよう?
アキが王宮に来たら、
きっと護衛に着く騎士も
いると思う」
「うん」
こうなってしまえば
俺は頷くしかない。
俺とティスが歩き出すと
後ろからキールと
ティスの護衛がついてくる。
キールたちは俺とティスの
会話が聞こえない程度の
距離を置いてゆっくりと
ついてくるので、
内緒の話をしても大丈夫だろう。
「あのね、ティス。
僕、王宮に住むようになっても
兄様やルイと一緒に
お泊り会とかしたいんだけど、
そういうのも、いい?」
俺がそう言うと
ティスは「僕も一緒なら」と言う。
「うん、みんなでお泊り会しよ。
また昔みたいに。
そうだ。
結婚とか関係なく、
計画しようよ」
俺がそういとティスは
嬉しそうに笑った。
「公爵家のゲストハウスは
居心地が良かったな」
「うん。ティスは
いつだって来ていいんだよ?
親友だし……」
いや、違うか。
「もう、その……
こ、婚約者だもんね」
自分で言ってて恥ずかしくなる。
カーって顔が熱くなって、
俺、絶対今、顔が真っ赤だよな。
そう思ってティスを見たら
ティスも顔が真っ赤だった。
でも、きゅ、って
手を繋いでいた指に力が入って、
ティスの目元が緩んだから。
ティスはこんな俺の一言で、
こんなにも嬉しそうな顔をするんだ、って
俺も嬉しくなってしまう。
「あのね、アキ。
もうすぐ社交シーズンが始まるでしょ?」
「うん」
俺は関係なく生きてるけどな。
「今年の社交シーズンは
僕のパートナーとして
王家主催のパーティーだけで
構わないので、参加して欲しいんだ」
俺はビックリして立ち止まってしまう。
「きっと今、父上たちも
今後のことだけでなく、
そのことについても話し合ってると思う。
僕もアキを沢山の人に
見せるのは嫌だし、
結婚するまでは
できるだけ今まで通りに
公爵家で守られてて欲しいって思う。
でも、少しづつ、
アキが僕の隣にいるんだって、
多くの貴族たちに見て貰って
アキが僕の婚約者だって
周知させていきたいんだ」
目元を赤くして
ティスは言う。
俺と二人っきりの時でも
ティスは自分のことを
「私」と言うようにしてるのに。
ティスは本気の時や、
本音を話す時は自然と
言葉遣いが幼くなる気がする。
今みたいに自分のことを
「僕」って言ったりして。
俺はそういうのも
他の人間とは違って
俺はティスの特別だって思えて
嬉しく感じてしまうのだが。
しかし、ティスの
婚約者というのを
周知させたいと言われたら
なるほど、と思ってしまう。
今までティスは婚約者候補すら
いなかったもんな。
突然、王子の嫁です、と
俺が現れても周囲は
混乱するだけかもしれないし
俺が卒業するまで
まだあと2年もある。
この2年で、俺がティスと
結婚するための地盤を
固めようと言うことか。
そういう理由なら拒否はできないな。
そろそろ苦手な
社交も頑張るしかないか。
俺、ずっと守ってもらってたし。
苦手とか嫌とか言ってられないよな。
義兄だって、俺の代わりに
今まで頑張ってくれてたんだし。
「わかった。
頑張ってみる」
俺が頷くと、ティスは
よかった、と体の力を抜く。
「でも僕、貴族の勢力図とか
まったくわからないから、
今すぐ覚えておいた方が
良いことだけ、
先に教えてくれる?」
俺がそう言うと、ティスは頷いた。
「今回、アキに出て欲しい
の社交の場は多くないし、
大丈夫だと思う。
それにアキは覚えるのが得意でしょ?
心配してない」
そう言われて俺は苦笑する。
前世でも人の顔を覚えることは
苦手では無かったが、
それはその人物と話をするからだ。
ただ貴族年鑑を見て、
英単語のように名前と顔を
機械的に覚えるのは苦手だと思う。
俺、英語の文法は理解しても
単語力が無くて
テストの点数が悪かったんだよな。
「それに僕がそばで
サポートするから大丈夫、ね」
と言われては、
頼りにしてます、と言うしかない。
大丈夫だろうか、俺。
でもやるしかないよな。
暗雲たる気持ちで俺は
王宮を歩き、騎士団に顔を出した。
騎士団長はクリムの父親だし
もちろん、顔見知りだ。
訓練していた騎士達も
俺やティスが何も言わなくても
一目見て事情は理解したようで
「おめでとうございます」と言ってくる。
微妙に恥ずかしい。
その後は文官たちがいる
場所へと移動したが
ルシリアンの父親である
宰相様にも会ってしまい、
満面の笑みで「とうとうですな」
と言われてしまった。
その後、もちろん、
お祝いの言葉を言って貰えたが、
「ようやくまとまったか」
と思われていたことは確かだと思う。
俺とティスが手を繋いで
王宮を歩いていると
あちこちからお祝いの言葉が聞こえる。
これ、俺に言われてるんだよな?
何度もティスをチラ見して
確認するが、ティスは
声を掛けて来た人に
逐一、視線を向けて頷いたりして
その言葉に応えていた。
さすが王子様。
しかし。
俺がこうして歩くだけで
婚約したってわかるんだから
もう社交パーティーなんて
参加しなくても良くない?
なんて思ってしまう。
……俺が王子の嫁か。
無性に恥ずかしいような
身分不相応のような。
いたたまれないような気分になるが。
でも。
「ずっと一緒で嬉しい」
とティスが俺の手を何度も
ぎゅっと握るから。
「僕も」と俺は笑う。
だって。
俺だって本当は。
まだすべては飲み込めてないけれど、
俺だって大好きなティスと
一緒にいれることが嬉しいのだから。
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