すでに深淵に落ちている

桜部ヤスキ

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8 一か八か

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 大型の台風が、予報された進路を外れ列島に上陸する。

 その情報が飛び込んできた時、すでに祖母の家に着いた後だった。
 交通規制がなされてここに足止めされる前に帰るべきだという結論が両親の間で下され、予定より1日早く家に戻った。
 だが帰る道中から、ずっと気になっていることが俺にはあった。

 戒と連絡がつかない。

 昨日まではいつも通りやりとりしていた。だが今朝帰る旨を送ったきり返信がない。電話をかけても出ない。もう昼過ぎだから寝ているとも考えにくい。
 何だか、嫌な予感がする。
 いても立ってもいられず、家に帰ってまたすぐ出かけた。
 レインコートを羽織って横殴りの雨の中向かったのは、数軒先の一軒家。
「あら、幸守君?どうしたの、こんなひどい天気なのに」
 玄関から現れたのは戒の母親だった。
「こんにちは。いきなりすみません。あの、戒って今家にいますか」
「戒なら、30分くらい前に出かけたわよ。てっきり幸守君の家に行ったと思ったけど」
「……そう、ですか」
 30分前。ちょうど俺が家に着いたくらいの頃か。入れ違いになった?だとしても戒が戻ってないのがおかしい。
 どこ行ったんだ、戒。
「あいつ、何か言ってませんでしたか。行き先とか」
「いや、特には。ただ家を見て来るって」
「家……」
 …………まさか。
 礼を言ってその場を後にする。
 弾丸のような雨が全身に打ちつけ、時折吹く風の塊が足元をすくいそうになる。さっきより強くなってるな。
 一度自分の家に戻る。が、やはり戒は来ていない。
 そうなると、考えられる行き先はどこか。
「……一か八か」
 両親の制止も聞かず、再び外へ駆け出した。
 当たっている保障はない。でも何もせずじっとしていることもできない。
 あいつには、まだ伝えてないことがあるから。
 冷たく激しい雨風に体力を削られつつ、ひたすら前へ前へと足を踏み出す。

 目指すは山神の依り代、灰ヶ山の祠。




 数十分後、麓にたどり着き山道に入る。
 三度目ともなると慣れた道ではあったが、その道中は決して楽なものではなかった。
 視界は悪く、足元は濡れて滑りやすい。加えて足取りが安定しない程の強風。自分が道を進むだけで精一杯の状況では人の捜索は困難を極める。
 でも、やるしかない。
 周囲にくまなく目をやり、時折名前を呼びつつ慎重に進む。荒れ狂う雨風の音が邪魔をして、あまり意味はないかもしれないが。
「はぁ……はぁ…………くそ」
 息が絶え絶えになってきた。
 ここに来るまでですでに体力の大半を消耗している。意識がぼやけてきて、気を抜くと水浸しの地面に倒れそうになる。
 戒。どこにいる。
 足がもう思うように進まないのに、気持ちだけが急いている。のろい体から抜け出して先に行こうとするかのように。
 一息吐こうと一旦足を止める。


 ___ずっと、姿が見えない


 唐突に、頭の中に声が響く。
「な、何だ」

 __探しても探しても探しても

「……あ」

 __探しても探しても、見つからない

「あ…………あぁ」

 __ずっと、一緒にいられると思ってた

「……めろ」

 __分かってる。もう……この世にいないことくらい

「やめろっ!」

 頭を抱え、大声で遮る。
 何だ今の。
 どこか聞いた覚えのある言葉。でも語りかけてくる声は自分自身のようだった。疲れのせいで幻聴が起こってるのか。
 深呼吸をして、再び進もうとする。
 だが、足が前に出なかった。
 道は真っ直ぐ続いている。行き止まりは見当たらない。それでも前に進めない。

 自分が今“どこ”にいるのか、全く分からなかった。

「あれ…………ここって、山の中?えっと…………何ていう山だっけ」

 周囲を見渡す。
 取り囲む灰色の草木が風にあおられ、ぐにゃぐにゃと揺れる。

「何だっけ、思い出せない。…………そもそも、なんでここに来たんだっけ…………俺は、何をしに……………………俺ッテ……ナンダッケ」

 何も、分からない。
 何もかも色あせて、灰に染まっていく。

 考える気力すら失われ、空っぽの意識を抱えて吹き荒れる道の真ん中に立ち尽くす。

 コロッ

 足に何かが当たった。
 見ると、拳大の石ころ。

 コロッ コロッ  コロコロ ゴトッ

 次々と石が転がってくる。
 無心のまま道脇の斜面をぼんやり見上げる。
 降り注ぐ水滴を大量に含んだ、草木が生い茂る山肌。
 雨風の音に混じってメキメキと軋むような音が響き、木の幹が大きく傾いていく。
 

 次の瞬間、スローモーションのように茶黒の土砂の波が押し寄せてきた。


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