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二十五話
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僕が好きだった女の子の話をしよう。
好きだった。
過去形である。
だからと言って今も愛していないわけではないが、しかし、今はもう愛せない。
それは僕が異世界へ行った時にもう会えなくなったのかといえば違う。
死んでしまったのだ。
交通事故で亡くなった。
だからもう愛せないのだ。いない人を愛すことはできない。厳密にはできるかもしれないが、本人に愛を伝えることはできない。そう言うことだ。
筒井金切。
それが彼女の名前である。多分、死ぬまで僕はその名前を忘れることはない。
その変わった名前を忘れることはない。
「蟷螂みたいで嫌いなのよね、この名前」
教室で、筒井は机に頬杖をついて、嫌がる割には退屈そうに、そう言うのだった。筒井はいつも退屈そうだ。そういう印象があった。
まあ、蟷螂に関しては確かに似ているが、今時のキラキラネームだと思えばなんともない。個性的で素敵だよ。なんて、言えなかったし、言えた状況にあったところで、勇気が出ないので言えたとは思わないが。
しかし、そんな退屈そうな彼女が。
退屈そうに生きて、死んでしまった彼女が。
僕の目の前にいた。
「何かおかしなことがあるかね。ここは毎日のように私たちが顔を合わせていた教室だぜ?」
確かに、ここは教室だった。誰もいない教室の一番後ろの窓側の席に、向かい合いながら座っていた。
「でも、誰もいない……。どこだここは……」
だから教室だって言うの。それはわかっている。
わからないのは、この違和感である。
現実感がない、まるで夢を見ているかのような……。
「あたりー。ここは夢だぜ、雛波」
「夢? 夢か……」
残念に思う。
筒井が生きている事実が夢であることに、僕は落胆せざるを得ない。
生きてればいいのに、なんで、死んじゃったんだよ、筒井。
「しょうがないだろ? でも私は、きみがノロジーへ飛ばされてから毎日きみの夢に出ているんだぜ? それを忘れておいて、何一人で悲しんでるんだよ。悲しいのは私だぜ。忘れんなよ。なあ?」
確かに、何か夢を見ていたような気はしていたが、全て忘れていた。
それは確かに申し訳ない。
なぜ忘れてしまったのだろうか。
大好きな人が出ている夢なのに。
「夢なんて、大体そんなもんだよ。気にするな。私も気にしない」
そうか。それは僕もありがたい。
でも、出来ることなら忘れたくない。
お前のことが好きだったんだ。もう、夢でもいいから、筒井の全てを忘れたくない。
「おおー。熱いねえ。火傷しそうだ。恥ずかしい。でも、きみは他に愛さなきゃいけない人がいるんじゃないかな」
——灯。
妹を愛すのと、筒井を愛すのでは、質が違う。
「同じさ。愛は大小ありつつ、本質は同じ。愛する人のためなら、どんな危ない橋だって渡ることができる。そんなものさ」
言い返すことができない。
筒井は全てを見透かすようなことを言う。
そういうところが大好きなのだ。
「……死んでしまってすまない。きみの愛が大きすぎて、私に未練を残させておる。だから私は、こうしてきみの夢に出るのかもね」
だったら、僕の愛は伝わっていることになる。それはとても幸せなことだ。
たが、しかし。
これは夢だ。この筒井の発言も全て、僕が都合よく、筒井の名を借りて騙っているに過ぎない。
「そんなこともないんだけどな」
あるさ。僕は現実と虚構の区別くらいつく。
「じゃあ、今きみがいるこの世界。ノロジーは異世界だが、それは虚構ではないのかい?」
異世界については、現実で僕らに襲いかかっている。夢でもなんでもない。あれは現実だ。
「異世界は現実であるのに、幽霊は信じないのかい。面白い世界観に住んでいるね」
確かに——じゃあ本当に筒井は幽霊として夢に……?
「そこは秘密。夢がないからね。そろそろ目覚めなよ。王子様」
筒井がゆっくりと顔を僕に近づけ、それを僕は避けられずにいた。金縛りにあって動けずにいるときみたいな。
「この金縛りの能力は、幽霊の特権だね」
そして僕はなされるがまま、キスをされ——
「…………」
瞼を開けると、目の前には寝ているシバリアさんがいた。寝ていても美しいのがシバリアさんである——ではなく。
妙な夢を見た。
異世界は信じて幽霊は信じないことを言及されたが、異世界は現実として現れているわけであって、幽霊筒井は夢でしか現れてくれない。
起きてる今、幽霊として現れてくれるのならば、信じたいが。
肝心な時に現れてくれない。
欲しい時に助けてくれない。
そして見透かすようなことを言うのだ。
筒井はそういうやつだ。
袖をまくって時計を見ると、まだ四時だった。まだ外も薄暗い。
もう少し寝るか。
また、筒井はでできてくれるだろうか。そう願って眠りについた。
好きだった。
過去形である。
だからと言って今も愛していないわけではないが、しかし、今はもう愛せない。
それは僕が異世界へ行った時にもう会えなくなったのかといえば違う。
死んでしまったのだ。
交通事故で亡くなった。
だからもう愛せないのだ。いない人を愛すことはできない。厳密にはできるかもしれないが、本人に愛を伝えることはできない。そう言うことだ。
筒井金切。
それが彼女の名前である。多分、死ぬまで僕はその名前を忘れることはない。
その変わった名前を忘れることはない。
「蟷螂みたいで嫌いなのよね、この名前」
教室で、筒井は机に頬杖をついて、嫌がる割には退屈そうに、そう言うのだった。筒井はいつも退屈そうだ。そういう印象があった。
まあ、蟷螂に関しては確かに似ているが、今時のキラキラネームだと思えばなんともない。個性的で素敵だよ。なんて、言えなかったし、言えた状況にあったところで、勇気が出ないので言えたとは思わないが。
しかし、そんな退屈そうな彼女が。
退屈そうに生きて、死んでしまった彼女が。
僕の目の前にいた。
「何かおかしなことがあるかね。ここは毎日のように私たちが顔を合わせていた教室だぜ?」
確かに、ここは教室だった。誰もいない教室の一番後ろの窓側の席に、向かい合いながら座っていた。
「でも、誰もいない……。どこだここは……」
だから教室だって言うの。それはわかっている。
わからないのは、この違和感である。
現実感がない、まるで夢を見ているかのような……。
「あたりー。ここは夢だぜ、雛波」
「夢? 夢か……」
残念に思う。
筒井が生きている事実が夢であることに、僕は落胆せざるを得ない。
生きてればいいのに、なんで、死んじゃったんだよ、筒井。
「しょうがないだろ? でも私は、きみがノロジーへ飛ばされてから毎日きみの夢に出ているんだぜ? それを忘れておいて、何一人で悲しんでるんだよ。悲しいのは私だぜ。忘れんなよ。なあ?」
確かに、何か夢を見ていたような気はしていたが、全て忘れていた。
それは確かに申し訳ない。
なぜ忘れてしまったのだろうか。
大好きな人が出ている夢なのに。
「夢なんて、大体そんなもんだよ。気にするな。私も気にしない」
そうか。それは僕もありがたい。
でも、出来ることなら忘れたくない。
お前のことが好きだったんだ。もう、夢でもいいから、筒井の全てを忘れたくない。
「おおー。熱いねえ。火傷しそうだ。恥ずかしい。でも、きみは他に愛さなきゃいけない人がいるんじゃないかな」
——灯。
妹を愛すのと、筒井を愛すのでは、質が違う。
「同じさ。愛は大小ありつつ、本質は同じ。愛する人のためなら、どんな危ない橋だって渡ることができる。そんなものさ」
言い返すことができない。
筒井は全てを見透かすようなことを言う。
そういうところが大好きなのだ。
「……死んでしまってすまない。きみの愛が大きすぎて、私に未練を残させておる。だから私は、こうしてきみの夢に出るのかもね」
だったら、僕の愛は伝わっていることになる。それはとても幸せなことだ。
たが、しかし。
これは夢だ。この筒井の発言も全て、僕が都合よく、筒井の名を借りて騙っているに過ぎない。
「そんなこともないんだけどな」
あるさ。僕は現実と虚構の区別くらいつく。
「じゃあ、今きみがいるこの世界。ノロジーは異世界だが、それは虚構ではないのかい?」
異世界については、現実で僕らに襲いかかっている。夢でもなんでもない。あれは現実だ。
「異世界は現実であるのに、幽霊は信じないのかい。面白い世界観に住んでいるね」
確かに——じゃあ本当に筒井は幽霊として夢に……?
「そこは秘密。夢がないからね。そろそろ目覚めなよ。王子様」
筒井がゆっくりと顔を僕に近づけ、それを僕は避けられずにいた。金縛りにあって動けずにいるときみたいな。
「この金縛りの能力は、幽霊の特権だね」
そして僕はなされるがまま、キスをされ——
「…………」
瞼を開けると、目の前には寝ているシバリアさんがいた。寝ていても美しいのがシバリアさんである——ではなく。
妙な夢を見た。
異世界は信じて幽霊は信じないことを言及されたが、異世界は現実として現れているわけであって、幽霊筒井は夢でしか現れてくれない。
起きてる今、幽霊として現れてくれるのならば、信じたいが。
肝心な時に現れてくれない。
欲しい時に助けてくれない。
そして見透かすようなことを言うのだ。
筒井はそういうやつだ。
袖をまくって時計を見ると、まだ四時だった。まだ外も薄暗い。
もう少し寝るか。
また、筒井はでできてくれるだろうか。そう願って眠りについた。
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