妹、異世界にて最強

海鷂魚

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三十三話

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 全員を起こしたのは午前五時だった。手早く支度を終えて、全員で馬車に乗り込む。僕は見張りに神経を使いすぎて、朝から疲れている状態にあった。これも早く慣れないと、昼間に戦闘が起きた場合、僕が役に立たない。
「勇者兄妹ふたりは眠そうだな」
 ザギに指摘されて、無意識にも顔に眠気を出していたことを恥じる。
 皆、シャキッとしている中、眠そうにしているのは灯と僕だけだ。
「うーん……。眠い」
 灯は気にせず眠そうにしているけれど。
 そうしているうちに、魔物に襲われたらどうするんだ。
 自分にも言い聞かせて、意識をしっかりさせる。
 具体的には、今も死体が放置されているであろうあの村のことを思い出して、目を覚ました。
 ああいう殺され方はしたくない。
 あの村を見てから、死にたくないという死への恐怖が、脳内の感情を最も占めている。
 戦おう。みんなを守ろう。
 なんて。
 甘く考えていた。
 実際の戦場を見ていない僕だから、戦う覚悟が決められたのだ。
 あの惨状を見て。
 あの死体の山を見て。
 あの血だまりを見て。
 僕のしていた凡そという覚悟が、崩れ去った。
 昨晩の一件で、戦意喪失させられた。
 今はなんとか、周りに僕より強い味方がいるから平常心を保っていられるが、それでも、僕らに敵意を見せる魔物を目の当たりにしたら。
 僕の心は壊れてしまう。
 そんな気がした。
 体の芯が震えるのだ。
 震えを抑えようと必死になっても、必死になればなるほど、体の震えは収まらない。むしろ、抑えようとするほど震えだす。
 自分を抱くようにして、なんとか誤魔化す。現在はそれで凌いでいた。
 誰にも気づかれない様に。
 気づかれたら、足手纏いだと思われる。そしたら、僕は戦場に参加させてもらえないかもしれない——いや。
 そもそも。
 戦うことは大切か? こんなに怖いのに、こんなに死にたくないのに、わざわざ戦いに出る必要があるか?
 そもそも。
 なぜ僕は旅に出ているのだ? 灯に無理やり連れてこられた、むしろ被害者の僕が、誰かを守る必要があるか?
 そもそも。
 戦う覚悟は必要だったか? みんな僕より強いじゃないか。僕がみんなを守れるほど強くない。
 僕は、戦う必要があるのか?
 いや、ない。
 僕なんか、灯やシロやクロのような身体能力は持っていないし、シバリアさんのような魔法も使えない。ザギのような経験もない。ヴィルランドールさんのような技術もない。戦いにおける知識もない。
 魔物と戦うにおいて、僕には、なにもない。
 あるのは、役に立つかもわからない木刀だけ。
 そんな僕が、戦場に必要か?
 必要ないだろう?
 僕はいらないだろう?
 足手纏いだろう?
 役に立たないだろう?
 戦場に出たって。
 率先して死ぬだけだ。
「あ、あああ……」
 気づいてしまった。
 この二日で。
 死体を見て——死んだ人々を見て。
 自分の価値も死んだ。
 僕は無価値だった。
 それに気付かされた……!
「どうしました?」
 誰かに声をかけられたが、気にする必要もない。なにもない。どうしたもこうしたも。僕にはなにもない。
 なにもない僕は、もういらないだろう。
 いらない。いらないなら、誰か僕を捨ててくれ——あああ。
 捨てられたら、それこそ死ぬ。
 だからと言って、誰かに必要とされるほどの能力はない。
 戦いたくない。逃げたい。
 だけど逃げ場がないのだ。
 もうアルハのすぐ近くに僕たちはいて。
 魔物の巣窟が、目と鼻の先にある。
 そんなところまで来て、いまさら。
 逃げようったって、そうはいかないのだ。
 這い蹲ってでも、みんなについて行かなくてはならない。
 捨てられないようにしなくてはならない。
 無価値だと気づかれてはならない。
 だけど、それじゃあ、僕がここにいる意味はなんだ?
 無力な僕が、有力であると偽って戦場に出て、そこに意味はあるか?
 あるのは、ただの生き汚い生への羨望のみ……。
 そこにやはり、価値はない。
「————」
 体の震えが止まった。
 ある種の諦観が、僕の中にある恐怖心を消した。
 戦意喪失どころか。
 生きる理由さえ、喪失した。
 だからと言って、率先して死ぬことさえも、考えとして湧かなかった。
 ただ、脳内にあったのは。
 諦めのみ。
「おい! 聞こえておるか?」
 シロの声が耳に入った。真っ白な頭の中で、シロの声が響いたので、意識が外へ向いた。
 いつの間にか僕は、腕を抱えて座った状態で蹲っていた。その異常さを、全員、気づいていた。無力な僕が、戦場に向かうことを怖がっていると察する者だっていただろう。だが、それはもうどうでもよかった。ゆっくりと顔を上げて、シロ——全員の顔を見た。全員、僕に何かあったのではないかと僕を見ている。その視線が嫌に攻撃的に見えた。うざかった。
「……なんだよ、うるさいな」
「なんだよもないじゃろお主。どうした? 具合でも悪いか?」
 シロはツンデレだな。いつもは人の心配なんて二の次に考えているように見えるのに。こんな心配そうに、僕を見て。
「僕を見るな」
「……は?」
 こんなこと、
「僕を見るなって、言ってるんだよ……」
「どうしたお主、なにかあったのか?」
 こんなこと、言うつもりはなかった。
「僕を見るなって言ってんだよ! 外でも見て警戒しとけ!」
 各々、僕の荒げた声に驚きを隠せていない。ははは、なんかしてやった気分だ。それでも僕から注意を外さない馬鹿がいる。そいつらが全員、むかついた。
「見んなって言ってるだろ! 日本語も理解できないか? そんな馬鹿に生きる価値があるかよ! ねえよ! 全員死んでしまえ!」
 僕がこんなこと言って、みんな驚いているんだろうなぁ。
 僕自身が一番驚いている。
 本当に全員死んでしまえなんて、思ってない。
 死ぬべきは僕だ。
「お前ら、お前らなんて」
 だが、僕の言葉は止まらない。
 自分の感情が制御できない。
 なにも制御できない。
「なんで、みんな、生きてんだよ、僕も! 僕が一番生きてる価値がないって、誰か気づけよ、鈍感馬鹿が! くそッ!」
「アオシ」
「…………」
 僕を呼び捨てにしたのは、シバリアさんだった。今までそんな呼び方はしてこなかった。僕の暴言で、もうさん付けして呼ぶ必要がないと判断したか? それで正解だ。僕なんて、名前をゴミに改名してもいい。
 僕なんて、僕なんて、僕なんて、僕なんて、僕なんて、僕なんて、僕なんて!
「アオシ、私は、あなたを愛してる」
 シバリアさんは言った。僕の目を見据えて。その目が、僕の心さえも見透かすようで、なにも言えなかった。
「結婚しましょう。だから、死なないで。もう、泣かないで」
 僕の頬に流れる涙を、シバリアさんは指で拭った。
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