cranberry soda

朋藤チルヲ

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「で、彼とはそれっきり?」

 真衣まいはテーブルに頬杖をついた。かたわらに置かれたグラスには、深い赤紫色の液体が入っている。
 クランベリーソーダは、真衣がよく注文するカクテルだ。ベースに使うリキュールのアルコール度数はバカ高いが、ジュースや炭酸水で割ってしまえば飲みやすいのだという。

「それっきりだよ。連絡先なんて聞いていないし、名前も知らない」
「バカだねえ」
「だって、好きになるとは思わなかったんだもん」
「違うね」

 真衣は人差し指を振った。

「好きになるとは、じゃないでしょ。好きになっていたとは、だよね」

 何も返せずに、わたしはうなだれる。

 おんぶで会社の前まで運んでもらった翌日、例の公園に彼はいなかった。
 ただの打撲だったらしく、腰も背中も、朝にはすっかり痛みがひいていた。これなら、噴水に全身浸かっていたって引っ張り上げられるだろう、と意気揚々と向かったのに。その翌日も、翌々日も、彼は現れなかった。それはそうだ。そう何日も続けて酔い潰れていたのでは、逆に学習能力を疑いたくなる。
 あの場所に行けば彼に会えるだなんて、どうして無条件に信じていたんだろう。眩暈のような後悔の波に襲われて、ようやく気づいた。
 わたしは、恋に落ちていた。

 彼のパーソナルデータは、何一つ知らない。だけど、それより重要なことを、わたしは知ったんだ。

「あれから一週間以上経つし、もう会えないんだろうな」

 自分のカシスオレンジの水面に落とすようにして、つぶやいた。真衣はつまらなくなったのか、スマホをいじり始めた。

「もし会えたら?」
「告白する」
「嘘!」

 目を丸くして驚く真衣に、噛み合っているのかいないのか、微妙な反応だなと思いつつ苦笑する。わたしにしては大胆だと感じたのかもしれない。

「でも、もう無理だと思うから」
「わからないじゃない。同じ公園に続けていたってことは、案外近くに住んでいるのかもよ」

 真衣はまたスマホに視線を落とす。

「でも、それも確かめようがないよ」
「でも、でもって、否定的だなあ」
「縁がなかったってことなのかも。恋人がいるかもだし、既婚者の可能性だってあるし」

 物分かりのいいことを口にしながら、どんどん悲しくなるのがわかった。

 恋は甘いものって、誰が言ったんだろう。
 ぜんぜん甘くないし、むしろ酸っぱい。その赤く澄んだカクテルみたい。飲んだこともないのに、甘酸っぱいソーダが胸の奥で弾けて、痛いくらいに沁みる気がした。

「よし、送信」
「メール? 誰に?」

 てっきりSNSをチェックしているのかと思っていた。

「わたしのいとこ」
「初耳」
「五つ上で、商社に勤めてるの。最近、転勤でこっちに引っ越してきたのよ」
「はあ」
「歓迎会って言うの? 先輩たちに二日連続で飲まされたらしくてさ。本人はそんなにお酒強くないんだけど。人が好いからね。断れないの」
「二日続けて……お酒強くない……」

 ぼんやりと復唱する。
 真衣はけらけらと笑った。

「二日ともアパートに辿り着かなくて、公園で野宿したらしいわ。それでひどい風邪引いたって、当たり前よね」
「それ」
「電話口の話では、その時解放してくれた女性に一目惚れしたんだとか。でも、四十度も熱があっては会いにいけないって嘆いてた」
「ねえ、それ……!」

 真衣はにたりと笑って、スマホの画面をこちらに示した。

「やっと今日になって復活したらしいから、メールしておいた。今すぐあの公園にこいって」


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