始まりの猫

朋藤チルヲ

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始まりの猫

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「ほら! エスト、見てごらん。美しいだろう?」

 そう得意げに言って、おばあさんは昼寝中だったあたしの前に、紙切れを一枚ピラリと差し出す。

 美しいなんて言うから、あたしの写真でもあるのかしら、と思ったら。写真には違いなかったけど、それは風景の写真。古い写真。

 あたしの毛並みと同じ白色の壁の、お城みたいな建物。その周りを取り囲む、広く青い海。

 もう幾度となく見せられた景色。

「モン・サン・ミッシェルって言うんだ。有名な修道院だよ」

 弾んだ声で教えてくれたところ悪いけど、そのセリフもいいかげん聞き飽きたわ。何回繰り返せば気が済むのかしら。まるで壊れたレコーダーみたい。

「あぁ、一度でいい。本物を見てみたいねぇ」

 クタクタになった写真をしっかりと胸に抱いて、おばあさんは遠い目をした。




 おばあさんは、ふらんす、というところが大好きらしい。

 そこがどっちの方角にある場所で、どんなところなのかなんて、知らない。知る気もない。ただ、あたしの名前はそこから取ったのだという。

 公園で気ままに暮らしていたあたしを、強引に家に連れて帰ってきて、おばあさんは言った。

「今日からあなたの名前は、エスト。フランス語で『東』という意味よ。東は、この国では太陽の昇る方角。すべての始まりの場所」

 どうでもいいって思った。東でも、西でも、何でもいい。

 名前なんて興味ないし、おばあさんになんて、なおさら興味ない。そもそも、人間自体に何の興味もないの。

 じゃあ、どうしておとなしく連れてこられたかって? 逃げ出さないのかって?

 そんなの、答えはとてもシンプルなことよ。安定した食事の供給と、安全な寝床の提供に惹かれたから。

 生きていくのに、とても重要なことでしょう? それ以外に、何があるって言うの?


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