始まりの猫

朋藤チルヲ

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もみじとよもぎ

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「――――ひぃあぁあああ!!」

 甲高い悲鳴に起こされて、僕はハッとまぶたを開けた。




 声の出どころに顔を向ける。アシンメトリーな前髪をしたオシャレなお姉さんが、白いカーテンを手で掴んだまま固まっていた。

 反対側からも視線を感じて、忙しく頭を動かすと、人間の男の子がいた。顎が細くて、唇は薄いプラム色。赤毛の髪がサラサラした高校生くらいの男の子が、赤い絨毯の上に座り込んで、こちらを不思議そうに見ている。

 鏡だ。大きくて縦にのっぽの鏡。映っているのは、僕。

 なるほど。ここはフィッティングルームだ。今日の僕は、街中の洋服屋さんの店内にある、フィッティングルームの鏡の前に現れたらしい。

 毎回、どこの鏡の前に放り出されるかわからないのは、楽しいところもあるけど、やっぱりちょっと困るな。

「あー、ごめんねごめんね。すぐに出ていくよ」

 お姉さんの顔は青ざめていて、今にも後ろに引っくり返りそうだ。見たところ、他にはまだ誰もきていないみたい。

 ショーウインドーから射し込んできている、日光の加減から、朝早いことがわかる。開店前の、誰もいないはずの店内。そのフィッティングルームに、いつのまにか見知らぬ男が寝こけていたら、そりゃあ驚くだろう。

 僕は立ち上がって、思い出したようにお尻を触る。そこに縞々の尻尾が出ていないことを確認する。大丈夫だ。ちゃんと人間になっている。

「何も泥棒していないから、安心してね」

 僕は笑ってそこを出ていく。




 まだそれほど人が歩いていない朝の歩道を、大手を振って歩きながら、僕はご機嫌に鼻唄をうたう。

 今日は日曜日だ。みんな、のんびりと朝寝坊しているんだろう。

 春の風は暖かくて、頬をふんわりと撫でてくる。絵の具で色をつけられるなら、きっとたっぷりの水で溶いた桃色だ。柔らかくて大好きな季節。

 僕が生まれた秋に吹く、物寂しげでしとやかな風も素敵。でも、秋は命が眠っていく季節だから、そこに吹く風に触られると、やっぱりどことなくセンチメンタルになってしまう。

 よもぎに言わせると、キンと張り詰めた冬に繋がっていく、その静かな冷たさがいいのだとか。

 僕とよもぎは生まれた日も同じだし、柄は似ていないけど、身体つきだって変わらない。でも、考え方はいつも違う。だから、おもしろい。

 僕の機嫌がこんなにもいいのは、穏やかな気候のためだけじゃない。

 何たって、今日は明日美ちゃんに会える。明日美ちゃんとお話ができる。

 春という季節も、そこに吹く風の匂いも好き。歌も好き。日曜日もね。

 だけど、もっともっと僕が大好きなのは、明日美ちゃんという人間の女の子なのだ。


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