13 / 26
Darling Darling
2
しおりを挟む
あなたは、いったいどこからきたの?
初めて会ったのは、まだ春浅い日の夕方。冷たい風が吹いていた。
数日後に撤去の決まった古い電信柱のたもとで、身体を小さくして、自分を抱きしめるみたいに両腕を組んで、ブルブル震えていたあなた。
わたしは仕事帰りで、なかなか手放せないでいた厚手のコートの襟を立てながら、同じ目線にまでしゃがみこんで、優しくなんべんも「どうしたの?」って問いかけた。そのたび、あなたはナイフの切っ先のような鋭い目をして、「あっち行け!」って拒絶するだけだった。
でも、放っておけるわけがなかった。
だって、あなたは全身泥まみれでクタクタ。目を離せば、すぐに気を失ってその場に倒れ込みそうだった。おまけに、何かで切りつけられたみたいに足首がスパッと裂けていて、赤い血が流れ出ていたんだもの。
抵抗して暴れるあなたを無理やり引きずって、どうにかアパートまで連れて行って、シャワーを貸してあげた。
ケガした部分を消毒して、血が止まるまでって思って、ピンクのハート型の絆創膏を貼ってあげた。そんなものしかないのが、悔しかった。
あなたは、ずっと震えていた。熱いくらいのお湯で、身体は温まったはずなのに。
よっぽどひどい目に遭ったんだ、とわかって悲しくなった。
だけど、あなたは結局逃げ出さなかった。
買ってあった牛乳を温めて出してあげたら、お節介めって怒りながらも、美味しそうに飲んだ。飲み終わると、部屋の中をキョロキョロして、危険な場所じゃないと安心したのか、眠ってしまった。
ぐっすり眠ったあとは、絆創膏の匂いをクンクン嗅いでみたり、ペロッと舐めて苦さに顔をしかめたりしていた。
今、あなたはここで暮らしている。
わたしはお掃除が苦手で、寝室がほとんど万年床でも、お料理を習うのを忘れてきたために、コンビニ弁当が日々の食事であっても。
一つも文句を言わずに、それが当たり前みたいに受け入れて、共に毎日を重ねている。
わたしたちは、きっとすごく相性がいいんだと思う。お互いに何も知らなくても、会った瞬間に魂で分かり合えたんだ。
だから、もうどうでもいい。あなたがどこからきた、何者なのかなんて。
気が乗らない時は、キスどころか、触らせてもくれない。そのくせ、自分が寂しい時には甘えてきて、簡単に乗っかる。
そのワガママ加減も、ほどほどだわ。
どうか、そのまま自分の気分に頑固さを貫き通して。自分の好む音域とメロディーで、巡る季節を歌って。お好きなタイミングで、わたしを求めて。
あなたの奏でるリズムが、わたしにはいちばん心地いい。あなたもそうだといいな。
ねぇ、ダーリン。
初めて会ったのは、まだ春浅い日の夕方。冷たい風が吹いていた。
数日後に撤去の決まった古い電信柱のたもとで、身体を小さくして、自分を抱きしめるみたいに両腕を組んで、ブルブル震えていたあなた。
わたしは仕事帰りで、なかなか手放せないでいた厚手のコートの襟を立てながら、同じ目線にまでしゃがみこんで、優しくなんべんも「どうしたの?」って問いかけた。そのたび、あなたはナイフの切っ先のような鋭い目をして、「あっち行け!」って拒絶するだけだった。
でも、放っておけるわけがなかった。
だって、あなたは全身泥まみれでクタクタ。目を離せば、すぐに気を失ってその場に倒れ込みそうだった。おまけに、何かで切りつけられたみたいに足首がスパッと裂けていて、赤い血が流れ出ていたんだもの。
抵抗して暴れるあなたを無理やり引きずって、どうにかアパートまで連れて行って、シャワーを貸してあげた。
ケガした部分を消毒して、血が止まるまでって思って、ピンクのハート型の絆創膏を貼ってあげた。そんなものしかないのが、悔しかった。
あなたは、ずっと震えていた。熱いくらいのお湯で、身体は温まったはずなのに。
よっぽどひどい目に遭ったんだ、とわかって悲しくなった。
だけど、あなたは結局逃げ出さなかった。
買ってあった牛乳を温めて出してあげたら、お節介めって怒りながらも、美味しそうに飲んだ。飲み終わると、部屋の中をキョロキョロして、危険な場所じゃないと安心したのか、眠ってしまった。
ぐっすり眠ったあとは、絆創膏の匂いをクンクン嗅いでみたり、ペロッと舐めて苦さに顔をしかめたりしていた。
今、あなたはここで暮らしている。
わたしはお掃除が苦手で、寝室がほとんど万年床でも、お料理を習うのを忘れてきたために、コンビニ弁当が日々の食事であっても。
一つも文句を言わずに、それが当たり前みたいに受け入れて、共に毎日を重ねている。
わたしたちは、きっとすごく相性がいいんだと思う。お互いに何も知らなくても、会った瞬間に魂で分かり合えたんだ。
だから、もうどうでもいい。あなたがどこからきた、何者なのかなんて。
気が乗らない時は、キスどころか、触らせてもくれない。そのくせ、自分が寂しい時には甘えてきて、簡単に乗っかる。
そのワガママ加減も、ほどほどだわ。
どうか、そのまま自分の気分に頑固さを貫き通して。自分の好む音域とメロディーで、巡る季節を歌って。お好きなタイミングで、わたしを求めて。
あなたの奏でるリズムが、わたしにはいちばん心地いい。あなたもそうだといいな。
ねぇ、ダーリン。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる