始まりの猫

朋藤チルヲ

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Darling Darling

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 あなたは、いったいどこからきたの?

 初めて会ったのは、まだ春浅い日の夕方。冷たい風が吹いていた。

 数日後に撤去の決まった古い電信柱のたもとで、身体を小さくして、自分を抱きしめるみたいに両腕を組んで、ブルブル震えていたあなた。

 わたしは仕事帰りで、なかなか手放せないでいた厚手のコートの襟を立てながら、同じ目線にまでしゃがみこんで、優しくなんべんも「どうしたの?」って問いかけた。そのたび、あなたはナイフの切っ先のような鋭い目をして、「あっち行け!」って拒絶するだけだった。

 でも、放っておけるわけがなかった。

 だって、あなたは全身泥まみれでクタクタ。目を離せば、すぐに気を失ってその場に倒れ込みそうだった。おまけに、何かで切りつけられたみたいに足首がスパッと裂けていて、赤い血が流れ出ていたんだもの。

 抵抗して暴れるあなたを無理やり引きずって、どうにかアパートまで連れて行って、シャワーを貸してあげた。

 ケガした部分を消毒して、血が止まるまでって思って、ピンクのハート型の絆創膏を貼ってあげた。そんなものしかないのが、悔しかった。

 あなたは、ずっと震えていた。熱いくらいのお湯で、身体は温まったはずなのに。

 よっぽどひどい目に遭ったんだ、とわかって悲しくなった。

 だけど、あなたは結局逃げ出さなかった。

 買ってあった牛乳を温めて出してあげたら、お節介めって怒りながらも、美味しそうに飲んだ。飲み終わると、部屋の中をキョロキョロして、危険な場所じゃないと安心したのか、眠ってしまった。

 ぐっすり眠ったあとは、絆創膏の匂いをクンクン嗅いでみたり、ペロッと舐めて苦さに顔をしかめたりしていた。




 今、あなたはここで暮らしている。

 わたしはお掃除が苦手で、寝室がほとんど万年床でも、お料理を習うのを忘れてきたために、コンビニ弁当が日々の食事であっても。

 一つも文句を言わずに、それが当たり前みたいに受け入れて、共に毎日を重ねている。

 わたしたちは、きっとすごく相性がいいんだと思う。お互いに何も知らなくても、会った瞬間に魂で分かり合えたんだ。

 だから、もうどうでもいい。あなたがどこからきた、何者なのかなんて。

 気が乗らない時は、キスどころか、触らせてもくれない。そのくせ、自分が寂しい時には甘えてきて、簡単に乗っかる。

 そのワガママ加減も、ほどほどだわ。

 どうか、そのまま自分の気分に頑固さを貫き通して。自分の好む音域とメロディーで、巡る季節を歌って。お好きなタイミングで、わたしを求めて。

 あなたの奏でるリズムが、わたしにはいちばん心地いい。あなたもそうだといいな。

 ねぇ、ダーリン。




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