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第1章 異世界で暮らそう
2話 自己紹介
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僕が泣き止むまで1時間近くかかっていたかもしれない。
その間中、白馬さんはずっと僕の頭をなで続けていてくれた。
優しい。好き。
僕が泣き止むと白馬さんはお兄さんをうながして僕をベッドに運んでくれた。
優しいお姫様抱っこだった。
たくましい。お兄さんも好き。
恥ずかしい話だけど飲まず食わずで弱ってた上に、泣きすぎて立っているのも限界だったから助かった。
運んでくれたお兄さんにお礼を言うけど、やっぱりお兄さんとは意思疎通できなかった。
「少し休みますか?」
泣きつかれた様子の僕に白馬さんが声をかけてくれる。
こっちはやっぱり理解できる。
銀のネックレスがなにかのアイテムなんだろうか?
「いいえ、大丈夫です。
ベッドの上で申し訳ありませんが、それでよろしければ続けてください」
助けてもらった上、これからもお世話にならないと多分生きていけない相手なので出来る限り丁寧に返事をする。
あ、そだ。
「まずは助けていただいた感謝と、先程のご無礼をお許しいただければ幸いです」
お礼は大事。
それにお兄さんの様子を見るに白馬さんは偉い人みたいだからちゃんと謝罪をしておかないと。
見た感じお兄さんよりかなり若そう、僕の少し上程度に見えるのにお兄さんよりかなり偉いっぽい。
貴族様かな?
「いえいえ、お気になさらずに。
というよりも申し訳ありませんがまだあなたの処遇をどうするか決めあぐねています。
いくつか質問させていただきたいのですがよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
そりゃ、言葉も通じない正体不明の人間を歓迎してくれるわけはないよな。
白馬さんはひとつうなずくと、その深海のような紺色の目で僕の目を見て口を開く。
「まずは自己紹介からしましょうか。
私はモノケロス候の嫡子ユニコロメド・シヴ・リム・モノケロス神学司祭。あなたは?」
候……侯爵ってことだろうか?地球と同じ感覚だと大貴族様だ。
貴族への敬称って様でいいんだっけ?なんか他にあった気がするけどとっさに思い出せない。
「ぼ……私は日本から来たハルマサ・サクラハラと申しますモノケ、モノケル、モノロケ……」
やばい噛んだ。打首だ。
「ユニでかまわないですよ。
親しいものはそう呼びます」
かみまくった僕を咎めもせず、白馬さん……ユニさんはそう言ってくれる。
やばい、極限状態が長かったからちょっと優しくされただけで泣きそうだ。
「ありがとうございます、ユニ様」
なんとか感謝の気持ちを伝えようと深々と頭を下げ出来る限りの笑顔を浮かべる。
なんかじっと見つめられた。
「あ、あの?」
「ああ、いや、失礼しました。
えっと、それでハルナスァ……んんっ、ハルマスァ様はニホンからいらした、と?」
「もしよろしければハルとお呼びください。
私も親しい人にはそう呼ばれています。
はい、ユニ様。私は日本という国から来ました」
隠してもしょうがないので正直に答えると、ユニさんは少し興奮したような顔でお兄さんを見て……お兄さんがちんぷんかんぷんって顔をしているのを見て何かを思い出したような顔をした。
「ハル様、まずはこの話をするべきでした。
今私たちはこのネックレスの魔力で会話をしています。
身に付けたものは相互に他者の言葉が理解できるようになるというだけで、なんの害もないことをモノケロスの名にかけて誓います。
どうかこれを着けていただけませんか?」
やっぱりあのネックレスの効果だったのか。
やっぱり魔法とかある世界なんだぁ。
豪華な箱に大事そうに入れてたし高いものなんだろうけど、僕がつけたりしていいんだろうか?
「ありがたい申し出ですが、そんな貴重なものを私が身に着けさせていただいてよろしいのですか?」
なんかユニさんの言葉を聞いたお兄さんもすごい顔してるし結構無茶なこと言ってるんじゃなかろうか?
「別にかまわないですよ。
このままでは不便ですし、是非どうぞ」
不安になる僕にユニさんは何でもないことのように軽く言って、ネックレスを外すとこちらに差し出してきた。
思わずお兄さんの顔を見ると、引きつった顔をしていたけど音を出さずにため息を付いたあと小さくうなずいてくれた。
断ろうにももうユニさんにも僕の言葉は通じないし、諦めてネックレスを受け取って付ける。
「どうですか?変わりなく理解できますか?」
「はい、大丈夫です」
うなずいた僕にユニさんが満足そうにうなずき返す。
「では、ハル様。申し訳ないですが、もう一度自己紹介をお願いします」
お兄さんに聞かせるためだろうと考えてもう一度同じことを繰り返す。
「私は日本という国から来たハルマサ・サクラハラと申します。ハルと呼んでくだされば幸いです」
身動ぎしたのを感じてそちらを見るとお兄さんが驚いた顔をしている。
僕の言葉が理解できたことに驚いているんだろうか?
「どうです、アレク。やはり伝承のとおりですよ」
ユニさんが興奮した様子でお兄さん……アレクさんに話しかけている。
「しかし、モノケロス卿、言葉が通じないこととニホンという名前だけでは流石に断定する訳にはいかないかと……」
おおっ、今度はお兄さんの言葉も理解できた。
すごいなこれ。
「神樹の森からやってくる言葉の通じないニホン人。
ここまで完璧に伝承のとおりなのにまだ信じられないと?」
「ですから、それだけではあまりに証拠が少なすぎるかと。
もう少し確証が持てるものがありませんと……」
「証拠って言ったってもう800年も前の話ですよ。
話も伝承としておぼろげに残っているだけですし」
「ですから断定はできないかと思います。
そんな曖昧なものを認めるわけにはいきません」
「ああっ、もう頭が硬いですよっ!
伝承の稀人ですよっ!このロマンが分からないんですかっ!?」
「神学司祭様がロマンとか言い出さないでください……」
「神学こそロマンの塊じゃないですかっ!」
「そんなことばっかり言ってるから枢機卿に目をつけられるんですよ」
なんか二人でわかるようなわかんないような話をしだした。
伝承とやらに日本のことが出てるらしいけど……。
僕の知っている日本のことなんだろうか?それとも単なる偶然?
「あの……伝承って……」
「ハルも気になりますかっ!?」
思わず口を挟んだらユニさんが凄い勢いで間を詰めてきた。
なんだろう、神々しいまでの美形なのに残念オーラが出てきてる。
「ニホン人伝承は約800年前の書物エクレ書の第7章が初出でしてねっ!神樹の森に天上の国からの使者が舞い降りたって事だけが書かれているんです。エクレ書の記述はその一文だけなんですが、その頃からいくつもの書物に「ニホン」あるいは「ニホン人」という言葉が現れだすんです。このことから学会では天上からの使者=ニホン人ていうのが定説となっています。曰く、ニホン人は鬼神の如き強さだった。曰く、ニホン人は弓ひとつで万の軍勢を撃ち倒した。曰く、ニホン人は馬に乗れば万里を駆けた。曰く……」
やばい、ユニさんが止まらない。
なんか口調も砕けてきてる。
というか、何だその野蛮の塊みたいな日本人は。
「すべて伝承の話でしかありません。お伽噺のようなものですよ」
興奮して喋り続けるユニさんにアレクさんが冷静にツッコミを入れる。
まあ、そりゃそうだよね。そんな化け物みたいな人間がいるはずがない。
「そりゃ、私だって全部が全部事実だとは思わないですよ。
だからこそニホン人であるハルに話を聞けば……」
「ですから、まずはこの方がニホン人であるかどうかから疑問だと言うんです」
横目で僕を見ながらそういうアレクさん。
僕が日本人なのは確かだけど、ユニさんが言うニホン人であるかと言われると自信がない。
というか違うと思う。
僕は戦争になってもうんち投げつけたりとか考えない。
「本人がニホン人だと言っているんですよ?それ以上になんの証明が必要だと言うんですか」
「いや、そりゃ必要でしょう。
失礼ですがモノケロス卿、今までそれで何度詐欺師に騙されてると思ってるんですか?」
「うぐっ……」
アレクさんに食いかかるようにしていたユニさんが黙り込む。
騙されたことあるんだ……あの勢いを見ると不思議には思わないけど。
「で、でも、今回は本物なんですよ。
わかりました。まずはハルがニホン人だという証明から始めましょう。ハル、よろしいですか?
「え、あ、はい……」
急にこっちに話を振られて戸惑う。
というか、いつの間にやら呼び名がハルになってる。
様付けなんてこそばゆいし別に構わないけど。
「と言っても、ニホン人については確たる資料が少くて……あ、そうだ」
腕を組んで難しい顔で考え込んでいたユニさんがなにか思いついて表情を明るくする。
「つい最近、新たに解明された資料にニホン人が自ら名乗ったというニホンの身分があったのですが、それがなにか答えてもらいましょう。
まだ世間には公表されてない資料ですし、それを知っているならニホン人だということになりますよね?ね?」
「まあ、参考にはなると思いますが……」
苦笑いで言うアレクさんの言葉を聞いているのか、ユニさんは満足げにうなずいている。
日本の身分ってなんだろう?
会社員とか?流石に身分じゃないか。
「ハル、800年前に来たニホン人はニホンの武門の家の方だったようです。
その方が何という身分、あるいは職業の方だったかわかりますか?」
武門?軍隊系の人ってこと?となると……。
「……じ、自衛隊?」
恐る恐る答えるととたんにユニさんの顔に失望が浮かぶ。
あああ、ハズレか!
と言っても他に武門って言われて思いつくものなんて……ヤクザか格闘家?
なんか武門って言うのとは違う気がする。
他に思いつくのは旧帝国軍だけど、あれはもう何十年も前の……。
そこまで考えたことでふと思い当たる。
800年前の事なんだからその時代で考えないといけないのでは?
800年前といえば鎌倉時代。ちょうど暇つぶしで読んでいた日本史の教科書に記述があった。
「えっと、もしかして御家人ですか?」
僕の答えにどよーんとしていたユニさんの表情がパアッと明るくなる。
どうやら正解だったみたいだ。
というか、本当に来てたんだ日本人……。
「そう!ゴケニンですっ!どうですか!?アレク!
ハルはニホン人にしか知り得ないことを知っていました。
これはもうニホン人と考えて間違えないのでは!?」
「まあ、可能性が高まったとは言えると思います」
「まだ認めないのですか!?頭が硬いですよ!」
舞い上がっているユニさんとは対象的にアレクさんはどこまでも冷静だ。
「あ、あの……」
また言い合いを始めてしまった二人に割り込んで声をかける。
「あの……日本人の証明にはならないかもしれませんけど、異世界から来たってことなら証拠があるかもしれま……」
「見せてくださいっ!!」
僕の言葉にユニさんが食い気味に食いついてきた。
「おお……これは?これはなんですか?」
異世界の証拠として思いついたもの、それはもちろんスマホだった。
多分この世界ではオーバーテクノロジーな物体。
もし似たようなものがある世界でも、それならそれで写真を見せれば別の世界だということはわかってくれるだろう。
限りある電池だったけどここが使いどころだと思った。
スマホというもののことを簡単に説明して、今は僕とユニさん二人並んでベッドに腰掛けてスマホを覗き込んで写真を見ている。
「これは僕の通っていた学校です。
えーっと、同い年の子供が集まって勉強するところ?です」
学校というものを深く考えたことがなかったので僕も軽く疑問形だ。
「なるほど、これがニホンでの学園なのですね。
あー、きれいな花ですねー。これもこの世界にはない品種ですね。
あっ、ここにもまたジドウシャが走ってる。本当にいっぱいあるのですねぇ」
はじめは軽く警戒していたユニさんもスマホに慣れてきてからは実に楽しそうに写真を見ている。
僕もなんだか友達と旅行の写真でも見てる気分になってきた。
いつまでも飽きずに写真を見ている僕たちを、椅子に腰掛けたアレクさんがお茶?を飲みながら苦笑いをして見ている。
あのあとずっと立ちっぱなしで話をしていたのに気づいたアレクさんは、部下らしき人にユニさんの分の椅子と小さなテープルを運ばせた。
その時は僕はベットに腰掛けて、ユニさんとアレクさんは椅子に腰掛けていたんだけど、スマホが見にくいと言ってユニさんが僕の隣に腰掛けて来て、それからはこんな感じだ。
はじめはもうちょっと離れていたんだけど、ユニさんがグイグイ詰めてくるので完全に密着状態だ。
なんかユニさんからはいい匂いがするし、小さな画面を二人で覗き込むから頬が触れそうなくらい顔が近いし、もうドキドキだ。
もう何日もお風呂に入れてないので臭くないかって意味でもドキドキだ。
なんかふとした瞬間にユニさんが僕のうなじのあたりの臭いを嗅いでいる気がして気が気でない。
流石に気のせいだと思うけど……。
そんな心臓に悪い時間はスマホの電池残量が一本になるまで、2時間近く続いた。
その間中、白馬さんはずっと僕の頭をなで続けていてくれた。
優しい。好き。
僕が泣き止むと白馬さんはお兄さんをうながして僕をベッドに運んでくれた。
優しいお姫様抱っこだった。
たくましい。お兄さんも好き。
恥ずかしい話だけど飲まず食わずで弱ってた上に、泣きすぎて立っているのも限界だったから助かった。
運んでくれたお兄さんにお礼を言うけど、やっぱりお兄さんとは意思疎通できなかった。
「少し休みますか?」
泣きつかれた様子の僕に白馬さんが声をかけてくれる。
こっちはやっぱり理解できる。
銀のネックレスがなにかのアイテムなんだろうか?
「いいえ、大丈夫です。
ベッドの上で申し訳ありませんが、それでよろしければ続けてください」
助けてもらった上、これからもお世話にならないと多分生きていけない相手なので出来る限り丁寧に返事をする。
あ、そだ。
「まずは助けていただいた感謝と、先程のご無礼をお許しいただければ幸いです」
お礼は大事。
それにお兄さんの様子を見るに白馬さんは偉い人みたいだからちゃんと謝罪をしておかないと。
見た感じお兄さんよりかなり若そう、僕の少し上程度に見えるのにお兄さんよりかなり偉いっぽい。
貴族様かな?
「いえいえ、お気になさらずに。
というよりも申し訳ありませんがまだあなたの処遇をどうするか決めあぐねています。
いくつか質問させていただきたいのですがよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
そりゃ、言葉も通じない正体不明の人間を歓迎してくれるわけはないよな。
白馬さんはひとつうなずくと、その深海のような紺色の目で僕の目を見て口を開く。
「まずは自己紹介からしましょうか。
私はモノケロス候の嫡子ユニコロメド・シヴ・リム・モノケロス神学司祭。あなたは?」
候……侯爵ってことだろうか?地球と同じ感覚だと大貴族様だ。
貴族への敬称って様でいいんだっけ?なんか他にあった気がするけどとっさに思い出せない。
「ぼ……私は日本から来たハルマサ・サクラハラと申しますモノケ、モノケル、モノロケ……」
やばい噛んだ。打首だ。
「ユニでかまわないですよ。
親しいものはそう呼びます」
かみまくった僕を咎めもせず、白馬さん……ユニさんはそう言ってくれる。
やばい、極限状態が長かったからちょっと優しくされただけで泣きそうだ。
「ありがとうございます、ユニ様」
なんとか感謝の気持ちを伝えようと深々と頭を下げ出来る限りの笑顔を浮かべる。
なんかじっと見つめられた。
「あ、あの?」
「ああ、いや、失礼しました。
えっと、それでハルナスァ……んんっ、ハルマスァ様はニホンからいらした、と?」
「もしよろしければハルとお呼びください。
私も親しい人にはそう呼ばれています。
はい、ユニ様。私は日本という国から来ました」
隠してもしょうがないので正直に答えると、ユニさんは少し興奮したような顔でお兄さんを見て……お兄さんがちんぷんかんぷんって顔をしているのを見て何かを思い出したような顔をした。
「ハル様、まずはこの話をするべきでした。
今私たちはこのネックレスの魔力で会話をしています。
身に付けたものは相互に他者の言葉が理解できるようになるというだけで、なんの害もないことをモノケロスの名にかけて誓います。
どうかこれを着けていただけませんか?」
やっぱりあのネックレスの効果だったのか。
やっぱり魔法とかある世界なんだぁ。
豪華な箱に大事そうに入れてたし高いものなんだろうけど、僕がつけたりしていいんだろうか?
「ありがたい申し出ですが、そんな貴重なものを私が身に着けさせていただいてよろしいのですか?」
なんかユニさんの言葉を聞いたお兄さんもすごい顔してるし結構無茶なこと言ってるんじゃなかろうか?
「別にかまわないですよ。
このままでは不便ですし、是非どうぞ」
不安になる僕にユニさんは何でもないことのように軽く言って、ネックレスを外すとこちらに差し出してきた。
思わずお兄さんの顔を見ると、引きつった顔をしていたけど音を出さずにため息を付いたあと小さくうなずいてくれた。
断ろうにももうユニさんにも僕の言葉は通じないし、諦めてネックレスを受け取って付ける。
「どうですか?変わりなく理解できますか?」
「はい、大丈夫です」
うなずいた僕にユニさんが満足そうにうなずき返す。
「では、ハル様。申し訳ないですが、もう一度自己紹介をお願いします」
お兄さんに聞かせるためだろうと考えてもう一度同じことを繰り返す。
「私は日本という国から来たハルマサ・サクラハラと申します。ハルと呼んでくだされば幸いです」
身動ぎしたのを感じてそちらを見るとお兄さんが驚いた顔をしている。
僕の言葉が理解できたことに驚いているんだろうか?
「どうです、アレク。やはり伝承のとおりですよ」
ユニさんが興奮した様子でお兄さん……アレクさんに話しかけている。
「しかし、モノケロス卿、言葉が通じないこととニホンという名前だけでは流石に断定する訳にはいかないかと……」
おおっ、今度はお兄さんの言葉も理解できた。
すごいなこれ。
「神樹の森からやってくる言葉の通じないニホン人。
ここまで完璧に伝承のとおりなのにまだ信じられないと?」
「ですから、それだけではあまりに証拠が少なすぎるかと。
もう少し確証が持てるものがありませんと……」
「証拠って言ったってもう800年も前の話ですよ。
話も伝承としておぼろげに残っているだけですし」
「ですから断定はできないかと思います。
そんな曖昧なものを認めるわけにはいきません」
「ああっ、もう頭が硬いですよっ!
伝承の稀人ですよっ!このロマンが分からないんですかっ!?」
「神学司祭様がロマンとか言い出さないでください……」
「神学こそロマンの塊じゃないですかっ!」
「そんなことばっかり言ってるから枢機卿に目をつけられるんですよ」
なんか二人でわかるようなわかんないような話をしだした。
伝承とやらに日本のことが出てるらしいけど……。
僕の知っている日本のことなんだろうか?それとも単なる偶然?
「あの……伝承って……」
「ハルも気になりますかっ!?」
思わず口を挟んだらユニさんが凄い勢いで間を詰めてきた。
なんだろう、神々しいまでの美形なのに残念オーラが出てきてる。
「ニホン人伝承は約800年前の書物エクレ書の第7章が初出でしてねっ!神樹の森に天上の国からの使者が舞い降りたって事だけが書かれているんです。エクレ書の記述はその一文だけなんですが、その頃からいくつもの書物に「ニホン」あるいは「ニホン人」という言葉が現れだすんです。このことから学会では天上からの使者=ニホン人ていうのが定説となっています。曰く、ニホン人は鬼神の如き強さだった。曰く、ニホン人は弓ひとつで万の軍勢を撃ち倒した。曰く、ニホン人は馬に乗れば万里を駆けた。曰く……」
やばい、ユニさんが止まらない。
なんか口調も砕けてきてる。
というか、何だその野蛮の塊みたいな日本人は。
「すべて伝承の話でしかありません。お伽噺のようなものですよ」
興奮して喋り続けるユニさんにアレクさんが冷静にツッコミを入れる。
まあ、そりゃそうだよね。そんな化け物みたいな人間がいるはずがない。
「そりゃ、私だって全部が全部事実だとは思わないですよ。
だからこそニホン人であるハルに話を聞けば……」
「ですから、まずはこの方がニホン人であるかどうかから疑問だと言うんです」
横目で僕を見ながらそういうアレクさん。
僕が日本人なのは確かだけど、ユニさんが言うニホン人であるかと言われると自信がない。
というか違うと思う。
僕は戦争になってもうんち投げつけたりとか考えない。
「本人がニホン人だと言っているんですよ?それ以上になんの証明が必要だと言うんですか」
「いや、そりゃ必要でしょう。
失礼ですがモノケロス卿、今までそれで何度詐欺師に騙されてると思ってるんですか?」
「うぐっ……」
アレクさんに食いかかるようにしていたユニさんが黙り込む。
騙されたことあるんだ……あの勢いを見ると不思議には思わないけど。
「で、でも、今回は本物なんですよ。
わかりました。まずはハルがニホン人だという証明から始めましょう。ハル、よろしいですか?
「え、あ、はい……」
急にこっちに話を振られて戸惑う。
というか、いつの間にやら呼び名がハルになってる。
様付けなんてこそばゆいし別に構わないけど。
「と言っても、ニホン人については確たる資料が少くて……あ、そうだ」
腕を組んで難しい顔で考え込んでいたユニさんがなにか思いついて表情を明るくする。
「つい最近、新たに解明された資料にニホン人が自ら名乗ったというニホンの身分があったのですが、それがなにか答えてもらいましょう。
まだ世間には公表されてない資料ですし、それを知っているならニホン人だということになりますよね?ね?」
「まあ、参考にはなると思いますが……」
苦笑いで言うアレクさんの言葉を聞いているのか、ユニさんは満足げにうなずいている。
日本の身分ってなんだろう?
会社員とか?流石に身分じゃないか。
「ハル、800年前に来たニホン人はニホンの武門の家の方だったようです。
その方が何という身分、あるいは職業の方だったかわかりますか?」
武門?軍隊系の人ってこと?となると……。
「……じ、自衛隊?」
恐る恐る答えるととたんにユニさんの顔に失望が浮かぶ。
あああ、ハズレか!
と言っても他に武門って言われて思いつくものなんて……ヤクザか格闘家?
なんか武門って言うのとは違う気がする。
他に思いつくのは旧帝国軍だけど、あれはもう何十年も前の……。
そこまで考えたことでふと思い当たる。
800年前の事なんだからその時代で考えないといけないのでは?
800年前といえば鎌倉時代。ちょうど暇つぶしで読んでいた日本史の教科書に記述があった。
「えっと、もしかして御家人ですか?」
僕の答えにどよーんとしていたユニさんの表情がパアッと明るくなる。
どうやら正解だったみたいだ。
というか、本当に来てたんだ日本人……。
「そう!ゴケニンですっ!どうですか!?アレク!
ハルはニホン人にしか知り得ないことを知っていました。
これはもうニホン人と考えて間違えないのでは!?」
「まあ、可能性が高まったとは言えると思います」
「まだ認めないのですか!?頭が硬いですよ!」
舞い上がっているユニさんとは対象的にアレクさんはどこまでも冷静だ。
「あ、あの……」
また言い合いを始めてしまった二人に割り込んで声をかける。
「あの……日本人の証明にはならないかもしれませんけど、異世界から来たってことなら証拠があるかもしれま……」
「見せてくださいっ!!」
僕の言葉にユニさんが食い気味に食いついてきた。
「おお……これは?これはなんですか?」
異世界の証拠として思いついたもの、それはもちろんスマホだった。
多分この世界ではオーバーテクノロジーな物体。
もし似たようなものがある世界でも、それならそれで写真を見せれば別の世界だということはわかってくれるだろう。
限りある電池だったけどここが使いどころだと思った。
スマホというもののことを簡単に説明して、今は僕とユニさん二人並んでベッドに腰掛けてスマホを覗き込んで写真を見ている。
「これは僕の通っていた学校です。
えーっと、同い年の子供が集まって勉強するところ?です」
学校というものを深く考えたことがなかったので僕も軽く疑問形だ。
「なるほど、これがニホンでの学園なのですね。
あー、きれいな花ですねー。これもこの世界にはない品種ですね。
あっ、ここにもまたジドウシャが走ってる。本当にいっぱいあるのですねぇ」
はじめは軽く警戒していたユニさんもスマホに慣れてきてからは実に楽しそうに写真を見ている。
僕もなんだか友達と旅行の写真でも見てる気分になってきた。
いつまでも飽きずに写真を見ている僕たちを、椅子に腰掛けたアレクさんがお茶?を飲みながら苦笑いをして見ている。
あのあとずっと立ちっぱなしで話をしていたのに気づいたアレクさんは、部下らしき人にユニさんの分の椅子と小さなテープルを運ばせた。
その時は僕はベットに腰掛けて、ユニさんとアレクさんは椅子に腰掛けていたんだけど、スマホが見にくいと言ってユニさんが僕の隣に腰掛けて来て、それからはこんな感じだ。
はじめはもうちょっと離れていたんだけど、ユニさんがグイグイ詰めてくるので完全に密着状態だ。
なんかユニさんからはいい匂いがするし、小さな画面を二人で覗き込むから頬が触れそうなくらい顔が近いし、もうドキドキだ。
もう何日もお風呂に入れてないので臭くないかって意味でもドキドキだ。
なんかふとした瞬間にユニさんが僕のうなじのあたりの臭いを嗅いでいる気がして気が気でない。
流石に気のせいだと思うけど……。
そんな心臓に悪い時間はスマホの電池残量が一本になるまで、2時間近く続いた。
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