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風邪をひいた日の、ありあわせリゾット風
(1)
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「ごめんね、芽衣。お母さんが仕事休めたら良かったんだけど……」
いつもならとうに家を出ている時間を過ぎても、母は芽衣のベッドの傍を離れようとしなかった。
「本当にひとりで大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただの風邪だし。それよりお母さん、いい加減出ないと、仕事遅刻するよ」
芽衣は布団から出した手を、追い払うように振ってみせる。
「そうね。じゃあなるべく早く帰って来るから」
「はーい。いってらっしゃい」
母が身支度する音を、芽衣はベッドの中で聞いた。玄関の扉が閉められ、鍵をかける音が響いた後は、家の中がしんと静かになった。
じっと横になっていると、キッチンから冷蔵庫のかすかな振動が聞こえてきて、芽衣は自分がひとりきりだということを意識する。
母の仕事は忙しく、帰りが深夜近くになることもある。夜勤だって多い。家にひとりきりなんて、いつものことだ。だけど今日のように体調を崩しているときは、少し心細くて、見慣れているはずの天井や床が、妙によそよそしく映る。
(学校には連絡入れたから、あとは葉子と征太郎に今日休むって伝えておこう)
布団の中でスマホを操作した。
(叶恵くんにも休むこと伝えなきゃな。今日、せっかくごはん会の日だったのに……)
短いメッセージを打ち、送信を終えると、芽衣は瞼を閉じた。体中がだるく、頭がぼうっとする。
そのまましばらく眠り、着信を知らせるメロディーで目が覚めた。
「何? 誰だろう……?」
枕元に放り出したままのスマホを、手探りで取り上げる。画面を見ると、「和美さん」と表示されていた。芽衣がバイト先である中華料理店、店長の奥さんだ。
学校がある時間帯に、和美から電話がかかってくることは珍しい。どういう用事だろうと思いながら、芽衣は通話表示をタップした。
「……もしもし?」
すぐに通話口から、和美のほがらかな声が返ってきた。
「あ、芽衣ちゃん? ごめんなさいね、こんな時間に。でも今電話できてるってことは、学校のほうはもう昼休みよね? このまま話してて大丈夫かしら? わたしね、どうしても芽衣ちゃんに聞きたいことがあって。芽衣ちゃん、栗は好きかしら?」
「はい、好きです」
「ああ良かった。それじゃあ明日こっちに来たとき、栗貰っていってくれないかしら? 主人の実家から山ほど送られてきてね、食べきれなくて困ってるのよ。だけど栗って茹でたり皮剥いたり、手間でしょう? 一応お母さまにも話して、貰って帰っていいか了解取ってね」
「はい。あ、でも、明日はバイトお休みをいただきたくて。ご連絡しなきゃと思ってたところだったんです」
「ええ、お休みするのは構わないわよ。だけど、どうしたの?」
「実は今日風邪ひいて学校休んでて」
「そういえば芽衣ちゃん、鼻声ねえ。熱は?」
「朝計ったときは三十八度でした」
「病院は?」
「行ってません。母が薬を用意していってくれました」
「お母さまはやっぱり、お仕事抜けられなかったのね」
「はい」
「じゃあ今芽衣ちゃん、おうちにひとりなの?」
「はい」
芽衣が返事をすると、電話の向こうの声が遠くなった。店長と和美が喋っている声が、小さくもれてくる。
「ああ、芽衣ちゃんか?」
ややあって、通話口から店長の声が聞こえた。
「手が空いたら、うちのを芽衣ちゃんちに寄越すから、安心して待ってな」
「え? 和美さんがうちに?」
「体調悪いときにひとりぼっちなんて、色々と不安だろう。うちのがうどん煮てくれるそうだから、しっかり食べてたくさん寝て、早く風邪治しなさいよ。うちの常連客には芽衣ちゃんのファンが多いんだから、早く顔出してもらわないと売り上げに響くよ」
店長が冗談めかして言う。
芽衣は店長夫妻の気遣いに、胸を詰まらせた。
「ありがとうございます」
通話を終えると、芽衣はまた布団の中でうとうとしはじめた。
昼休み、葉子は廊下から、一年A組の教室を覗いていた。叶恵の姿を探す。
「何か御用ですか?」
葉子の姿に気付いたらしいひとりの女子生徒が、歩み寄って来た。女子生徒は一見にこやかだが、葉子は彼女の笑顔に、なんとなく相容れないものを感じた。
「柴村叶恵くん、探してるんだけど」
「柴村くんなら――」女子生徒は教室内をぐるりと見回した。
「今はいないみたいですね」という彼女の声と、「あ、あそこにいるじゃん」という葉子の声が重なる。
叶恵はベランダで、数人の男子生徒と談笑していた。
「あ、本当だ。ごめんなさい見落としてました」
女子生徒はそう言って、なぜだが恨めしげに葉子を見た。
葉子は構わず、叶恵に近づく。
「柴村くん、芽衣から連絡来てる?」と声をかけた。
叶恵は友人たちからちょっと離れ、
「はい、来ました。芽衣さん、風邪ひいたって」
「そうなの。心配だよね。芽衣って見た感じ健康体だと思われやすいんだけど、実際は体弱いほうなんだ。昔からよく風邪こじらせちゃうの。もしかして今頃芽衣、ひとりぼっちの部屋でぶっ倒れてたりして……。本当、大丈夫かなあ」
葉子の言葉に、叶恵は顔を青くした。「昨日池に落ちたから、そのせいで風邪を……」
「もしかしたら芽衣、風邪が長引いて明日からもしばらく学校休むかもしれない。柴村くんにも一応教えておいたほうがいいかなって思って、来てみたんだ。じゃあ用事済んだから、わたし戻るね」
最後に葉子は、
「一応教えておくと、芽衣の家はサンスイートマンションの横の住宅街にあるから」
と付け足す。
踵を返し、一年A組の教室を出た。廊下を歩きはじめてすぐ、女子生徒の慌てた声が聞こえてくる。
「ちょっと柴村くん! 急に早退するなんて、どうしたの?」
葉子が振り返って見ると、廊下で叶恵が女子生徒に腕をつかまれていた。叶恵は通学鞄を肩にかけ、帰り支度を終えた様子。どうやら女子生徒は叶恵が帰るのを引き留めたいようだ。
(あの子、さっきわたしが教室覗いてたときに話しかけてきた……)
葉子はこっそり状況を見守った。
女子生徒がなだめるように言う。
「ねえ、柴村くんなんか変だよ。さっきの先輩と話してからだよね? 何言われたの? 何か困り事なら、美桜が相談に乗るよ? とりあえず落ち着こう? そんな簡単に早退とかしちゃだめだよ。後々、内申にだって響くし」
「ごめんね、佐々木さん。だけど俺、どうしても今、行かなきゃいけないところがあって……」
叶恵はそう言って、女子生徒の腕を振りほどくと、廊下を駆けだしていった。
叶恵の後ろ姿を見送り、葉子は内心でほくそ笑む。
(どうやらうまく焚き付けられたみたいね。柴村くん、きっと今から芽衣の元に向かうつもりなんだ)
朦朧とした意識のまま、芽衣は半身を起こした。時刻を確認する。すでにランチタイムは過ぎ、客波が引いた頃だろう。
(そろそろ和美さんが来るかな)
芽衣はベッドから下りると、ふらつく足取りで玄関に向かった。新品のスリッパを出しておこうと考えた。
シューズボックスの横の物入れを探っていると、外から足音が聞こえた。
(和美さんかな。思ってたより早いなあ)
芽衣は玄関の鍵を開けた。次の瞬間、ぐらりと視界が揺れた。咄嗟に壁に手をつく。頭ががんがんと痛む。立っていられない。芽衣はそのまま床に両膝をつくと、倒れこんだ。
「芽衣さん! 芽衣さん!」
誰かに名前を呼ばれた気がして、芽衣はわずかに瞼をあけた。ぼやけた視界の中に、叶恵がいた。叶恵は切羽詰まった声で、芽衣の名前を連呼している。
「しっかりしてください! 芽衣さん!」
「……叶恵、くん?」
「良かった、このまま目を覚まさないのかと思いました」
徐々に意識がはっきりしてくると、芽衣は状況を把握した。どうやら自分は玄関の鍵を開けた直後に倒れ、今まで意識を失っていたようだ。
今、叶恵は芽衣の肩に手を回して、抱き起こしてくれていた。
――だけど、どうして叶恵くんがうちにいるの?
芽衣が不思議そうな顔をしたためか、叶恵が説明した。
「芽衣さんの友達が俺の教室に来て、教えてくれたんです。もしかしたら芽衣さんが家でひとり、倒れているかもしれないって。心配になって来てみたんです」
それから険しい表情になって、
「それより大丈夫ですか? 今から病院行きますか? 風邪で意識を失うなんてよっぽどですよ」
「う、ううん……大丈夫」
芽衣は気まずくなって、首を振った。実は倒れた原因として、思い当たることがあった。
「わたし、朝からろくに水分摂ってなかったから、たぶん軽い脱水症状なんだと思う。寝ている間にいっぱい汗もかいただろうし」
そこまで言って、芽衣ははたと気付いた。
――やだ、わたし今絶対汗臭い。それに、叶恵くんに部屋着見られた!
芽衣は顔が熱くなっていくのを感じた。すると叶恵が覗きこんできて、
「あれ? 熱も高いですか? 顔赤いですよ」
「そ、そんなことないよ」
芽衣は思わず叶恵から目をそらし、平静さを装って言った。
「とにかく今は水分補給ですね。キッチン入っていいですか? 俺、水持ってきます。あ、その前に芽衣さんは布団に戻ったほうがいいですよね」
芽衣の体が、ふわりと浮いた。
叶恵と顔の距離が近くなる。押し付けられた体から、叶恵の鼓動が伝わってくる。
――嘘、わたし今、叶恵くんに抱えられてる……!
「か、叶恵くん、わたし自分で歩けるよ」
「念のためです。さっきまで意識失ってて、今だってふらふらじゃないですか」
「大丈夫だよ。それにわたし、重たいでしょう」
「重たくなんかありません」
少しの間押し問答を続けたが、叶恵は一歩も引かなかった。結局押し切られるかたちで、部屋まで運んでもらう。
「芽衣さんの部屋どこですか?」
「すぐ手前の、白いドア……」
(ああ、こんなことになるなら、もう少し部屋の片付けしておくんだったな……)
しかし今さら後悔しても遅い。
部屋に入ると、叶恵は芽衣の体をそっとベッドに下ろした。
「ちょっと待っててくださいね」
芽衣に掛布団をかけると、叶恵は部屋を出ていった。
すぐにキッチンから、
「冷蔵庫開けてもいいですか?」
と声が届く。
返事をし、待っていると、やがて叶恵がトレイを片手に戻って来た。
いつもならとうに家を出ている時間を過ぎても、母は芽衣のベッドの傍を離れようとしなかった。
「本当にひとりで大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただの風邪だし。それよりお母さん、いい加減出ないと、仕事遅刻するよ」
芽衣は布団から出した手を、追い払うように振ってみせる。
「そうね。じゃあなるべく早く帰って来るから」
「はーい。いってらっしゃい」
母が身支度する音を、芽衣はベッドの中で聞いた。玄関の扉が閉められ、鍵をかける音が響いた後は、家の中がしんと静かになった。
じっと横になっていると、キッチンから冷蔵庫のかすかな振動が聞こえてきて、芽衣は自分がひとりきりだということを意識する。
母の仕事は忙しく、帰りが深夜近くになることもある。夜勤だって多い。家にひとりきりなんて、いつものことだ。だけど今日のように体調を崩しているときは、少し心細くて、見慣れているはずの天井や床が、妙によそよそしく映る。
(学校には連絡入れたから、あとは葉子と征太郎に今日休むって伝えておこう)
布団の中でスマホを操作した。
(叶恵くんにも休むこと伝えなきゃな。今日、せっかくごはん会の日だったのに……)
短いメッセージを打ち、送信を終えると、芽衣は瞼を閉じた。体中がだるく、頭がぼうっとする。
そのまましばらく眠り、着信を知らせるメロディーで目が覚めた。
「何? 誰だろう……?」
枕元に放り出したままのスマホを、手探りで取り上げる。画面を見ると、「和美さん」と表示されていた。芽衣がバイト先である中華料理店、店長の奥さんだ。
学校がある時間帯に、和美から電話がかかってくることは珍しい。どういう用事だろうと思いながら、芽衣は通話表示をタップした。
「……もしもし?」
すぐに通話口から、和美のほがらかな声が返ってきた。
「あ、芽衣ちゃん? ごめんなさいね、こんな時間に。でも今電話できてるってことは、学校のほうはもう昼休みよね? このまま話してて大丈夫かしら? わたしね、どうしても芽衣ちゃんに聞きたいことがあって。芽衣ちゃん、栗は好きかしら?」
「はい、好きです」
「ああ良かった。それじゃあ明日こっちに来たとき、栗貰っていってくれないかしら? 主人の実家から山ほど送られてきてね、食べきれなくて困ってるのよ。だけど栗って茹でたり皮剥いたり、手間でしょう? 一応お母さまにも話して、貰って帰っていいか了解取ってね」
「はい。あ、でも、明日はバイトお休みをいただきたくて。ご連絡しなきゃと思ってたところだったんです」
「ええ、お休みするのは構わないわよ。だけど、どうしたの?」
「実は今日風邪ひいて学校休んでて」
「そういえば芽衣ちゃん、鼻声ねえ。熱は?」
「朝計ったときは三十八度でした」
「病院は?」
「行ってません。母が薬を用意していってくれました」
「お母さまはやっぱり、お仕事抜けられなかったのね」
「はい」
「じゃあ今芽衣ちゃん、おうちにひとりなの?」
「はい」
芽衣が返事をすると、電話の向こうの声が遠くなった。店長と和美が喋っている声が、小さくもれてくる。
「ああ、芽衣ちゃんか?」
ややあって、通話口から店長の声が聞こえた。
「手が空いたら、うちのを芽衣ちゃんちに寄越すから、安心して待ってな」
「え? 和美さんがうちに?」
「体調悪いときにひとりぼっちなんて、色々と不安だろう。うちのがうどん煮てくれるそうだから、しっかり食べてたくさん寝て、早く風邪治しなさいよ。うちの常連客には芽衣ちゃんのファンが多いんだから、早く顔出してもらわないと売り上げに響くよ」
店長が冗談めかして言う。
芽衣は店長夫妻の気遣いに、胸を詰まらせた。
「ありがとうございます」
通話を終えると、芽衣はまた布団の中でうとうとしはじめた。
昼休み、葉子は廊下から、一年A組の教室を覗いていた。叶恵の姿を探す。
「何か御用ですか?」
葉子の姿に気付いたらしいひとりの女子生徒が、歩み寄って来た。女子生徒は一見にこやかだが、葉子は彼女の笑顔に、なんとなく相容れないものを感じた。
「柴村叶恵くん、探してるんだけど」
「柴村くんなら――」女子生徒は教室内をぐるりと見回した。
「今はいないみたいですね」という彼女の声と、「あ、あそこにいるじゃん」という葉子の声が重なる。
叶恵はベランダで、数人の男子生徒と談笑していた。
「あ、本当だ。ごめんなさい見落としてました」
女子生徒はそう言って、なぜだが恨めしげに葉子を見た。
葉子は構わず、叶恵に近づく。
「柴村くん、芽衣から連絡来てる?」と声をかけた。
叶恵は友人たちからちょっと離れ、
「はい、来ました。芽衣さん、風邪ひいたって」
「そうなの。心配だよね。芽衣って見た感じ健康体だと思われやすいんだけど、実際は体弱いほうなんだ。昔からよく風邪こじらせちゃうの。もしかして今頃芽衣、ひとりぼっちの部屋でぶっ倒れてたりして……。本当、大丈夫かなあ」
葉子の言葉に、叶恵は顔を青くした。「昨日池に落ちたから、そのせいで風邪を……」
「もしかしたら芽衣、風邪が長引いて明日からもしばらく学校休むかもしれない。柴村くんにも一応教えておいたほうがいいかなって思って、来てみたんだ。じゃあ用事済んだから、わたし戻るね」
最後に葉子は、
「一応教えておくと、芽衣の家はサンスイートマンションの横の住宅街にあるから」
と付け足す。
踵を返し、一年A組の教室を出た。廊下を歩きはじめてすぐ、女子生徒の慌てた声が聞こえてくる。
「ちょっと柴村くん! 急に早退するなんて、どうしたの?」
葉子が振り返って見ると、廊下で叶恵が女子生徒に腕をつかまれていた。叶恵は通学鞄を肩にかけ、帰り支度を終えた様子。どうやら女子生徒は叶恵が帰るのを引き留めたいようだ。
(あの子、さっきわたしが教室覗いてたときに話しかけてきた……)
葉子はこっそり状況を見守った。
女子生徒がなだめるように言う。
「ねえ、柴村くんなんか変だよ。さっきの先輩と話してからだよね? 何言われたの? 何か困り事なら、美桜が相談に乗るよ? とりあえず落ち着こう? そんな簡単に早退とかしちゃだめだよ。後々、内申にだって響くし」
「ごめんね、佐々木さん。だけど俺、どうしても今、行かなきゃいけないところがあって……」
叶恵はそう言って、女子生徒の腕を振りほどくと、廊下を駆けだしていった。
叶恵の後ろ姿を見送り、葉子は内心でほくそ笑む。
(どうやらうまく焚き付けられたみたいね。柴村くん、きっと今から芽衣の元に向かうつもりなんだ)
朦朧とした意識のまま、芽衣は半身を起こした。時刻を確認する。すでにランチタイムは過ぎ、客波が引いた頃だろう。
(そろそろ和美さんが来るかな)
芽衣はベッドから下りると、ふらつく足取りで玄関に向かった。新品のスリッパを出しておこうと考えた。
シューズボックスの横の物入れを探っていると、外から足音が聞こえた。
(和美さんかな。思ってたより早いなあ)
芽衣は玄関の鍵を開けた。次の瞬間、ぐらりと視界が揺れた。咄嗟に壁に手をつく。頭ががんがんと痛む。立っていられない。芽衣はそのまま床に両膝をつくと、倒れこんだ。
「芽衣さん! 芽衣さん!」
誰かに名前を呼ばれた気がして、芽衣はわずかに瞼をあけた。ぼやけた視界の中に、叶恵がいた。叶恵は切羽詰まった声で、芽衣の名前を連呼している。
「しっかりしてください! 芽衣さん!」
「……叶恵、くん?」
「良かった、このまま目を覚まさないのかと思いました」
徐々に意識がはっきりしてくると、芽衣は状況を把握した。どうやら自分は玄関の鍵を開けた直後に倒れ、今まで意識を失っていたようだ。
今、叶恵は芽衣の肩に手を回して、抱き起こしてくれていた。
――だけど、どうして叶恵くんがうちにいるの?
芽衣が不思議そうな顔をしたためか、叶恵が説明した。
「芽衣さんの友達が俺の教室に来て、教えてくれたんです。もしかしたら芽衣さんが家でひとり、倒れているかもしれないって。心配になって来てみたんです」
それから険しい表情になって、
「それより大丈夫ですか? 今から病院行きますか? 風邪で意識を失うなんてよっぽどですよ」
「う、ううん……大丈夫」
芽衣は気まずくなって、首を振った。実は倒れた原因として、思い当たることがあった。
「わたし、朝からろくに水分摂ってなかったから、たぶん軽い脱水症状なんだと思う。寝ている間にいっぱい汗もかいただろうし」
そこまで言って、芽衣ははたと気付いた。
――やだ、わたし今絶対汗臭い。それに、叶恵くんに部屋着見られた!
芽衣は顔が熱くなっていくのを感じた。すると叶恵が覗きこんできて、
「あれ? 熱も高いですか? 顔赤いですよ」
「そ、そんなことないよ」
芽衣は思わず叶恵から目をそらし、平静さを装って言った。
「とにかく今は水分補給ですね。キッチン入っていいですか? 俺、水持ってきます。あ、その前に芽衣さんは布団に戻ったほうがいいですよね」
芽衣の体が、ふわりと浮いた。
叶恵と顔の距離が近くなる。押し付けられた体から、叶恵の鼓動が伝わってくる。
――嘘、わたし今、叶恵くんに抱えられてる……!
「か、叶恵くん、わたし自分で歩けるよ」
「念のためです。さっきまで意識失ってて、今だってふらふらじゃないですか」
「大丈夫だよ。それにわたし、重たいでしょう」
「重たくなんかありません」
少しの間押し問答を続けたが、叶恵は一歩も引かなかった。結局押し切られるかたちで、部屋まで運んでもらう。
「芽衣さんの部屋どこですか?」
「すぐ手前の、白いドア……」
(ああ、こんなことになるなら、もう少し部屋の片付けしておくんだったな……)
しかし今さら後悔しても遅い。
部屋に入ると、叶恵は芽衣の体をそっとベッドに下ろした。
「ちょっと待っててくださいね」
芽衣に掛布団をかけると、叶恵は部屋を出ていった。
すぐにキッチンから、
「冷蔵庫開けてもいいですか?」
と声が届く。
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