武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る

こまめ

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第1章 策士、俺 (1543年 4月〜)

第十七話 晴幸、出陣

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 来る六月二十八日、
 早朝のことである。

 「此れで、宜しゅうございますぞ」
 「かたじけのうござる」

 晴信に与えられた鎧を纏った俺は、
 ゆっくりと身体を動かしてみる。
 重い。金縛りに近似した感覚。
 よくこんなものを着て戦えるものだ。


 着付けに関わった男は微笑み、仕上げにと俺の腰に二本の刀を差す。
 俺はその刀に目を向ける。
 平穏な日々を送っていた俺には、持ち歩けど無縁だった刀。

 それを使う時が、じきに来るのかもしれない。
 

 

 其の日は珍しく、雲一つ無い晴れた日であった。
 城門へ向かう俺を待ち受けるのは、屯する男達の様子。
 皆、己の中に煮えたぎるものを、抑えられないかの如く、
 闘志を露わにしているのである。
 現に、彼らの目は〈殺意に似た何か〉で満ちていた。

 俺は少しばかり混乱していた。
 昨日まで当たり前だと思って居た者達の豹変ぶりを、此の目で見てしまったからである。
 気がおかしくなりそうだ、そう思った俺は隅に離れようとする。

 「待て、其処の者」
 声の方を振り返ると、一人の男が立っていた。

 「御初に御目にかかるな、
  其方、山本晴幸殿と見る。
  儂は南部宗秀と申す」

 男は俺に笑みを見せる。
 何事も寛容に受け入れる様な、そんな笑みを。

 何故だろうか、妙に腹が立つ。
 俺が捻くれているだけかも知れないが、そういう人間は所謂(いわゆる)〈偽善者〉に見えてしまう。
 こんな時、俺は決まって拳を握り、気持ちを抑えるのである。

 「……何の用じゃ」
 不愛想なていを装い、俺は問う。

 「別に大した用は無い、
  此処で其方に、歓迎の意を述べたいと思うたのじゃ」
 すると、南部は俺の肩に手を置き、耳元で囁く。



 「ただ、勘違いはするな。
  儂は、其方が気に入らんのだ」



 俺は目を見開く。
 南部おとこは、俺を睨みつけていた。

 「其方は殿に好かれておる様じゃが、
  あまり調子に乗るでない」
 南部はそのまま手を離し、集団の許へ向かう。


 俺は息を吐く。
 まあ、そうだろうな。
 牢人風情に知行二百貫など、嫌われない方が珍しい。
 普通の者には、一生かけても手に入らぬ程の価値だ。

 朝日が我らを照らす。
 昼の時間が最長となる〈夏至〉は過ぎてしまったが、
 やはりこの時期は、陽の昇りが早い。


 「殿の御成りにござる!皆控えよ!」
 突然発せられた声に、俺の背筋が伸びる。
 目の前には、若くして総大将となった武田晴信が、
 黒の鎧を纏い立っている。

 「皆の者、此れより我らは信濃へ侵攻!
  基い、諏訪家征伐へ向かう!心してかかれ!!」
 
 男達の鬨の声が木霊する。
 其のあまりの大きさに、地響きを感じる。
 主君の放った一言に、此処まで感情を露わにする。
 これこそが戦前の雰囲気なのだと、俺は唾を飲んだ。





 其れから甲斐を発った俺達は一日かけ、山道を移動する。
 その末に辿り着いた御射山に、俺達は陣を敷いた。

 四つ割菱の旗が靡く。
 俺は深く息を吸った。
 長閑な場所だ。
 甘利の発言通り、此処は森に囲まれ、閑散としている。


 「伏兵を昨晩から諏訪方に張らせております。
  じきに忍びが、居場所を伝える為に此処へ馳せ参ずる手筈」
 様々な言葉と憶測が飛び交う陣中で、晴信は一度咳払いをする。

 「我らが此処に陣を敷いた事、敵は気付いておらぬ様だ。
  敵の位置が知れれば、後は此方のものじゃ」
 晴信の顔は、自信に満ち溢れていた。
 どうやら、迷いも全て吹っ切れたようだ。
 俺は微かに笑みを浮かべる。




 しかし、晴信の見せる笑みも束の間。
 陽が沈み、其の報告が俺達の許に飛び込んでくるまでは。




 「殿、殿っ!!」
 一人の男が突如、陣に駆け込む。
 彼は恐ろしい形相で、此方を見つめている。
 晴信が何事だと訊ねると、男は震える声で言った。

 「も……申し上げます!
  諏訪勢の姿が見えませぬ!!」
 「何っ!?」

 俺達は目を丸くした。
 当の晴信も、眉にしわを寄せる。
 
 「そんな筈は無い!
  昨晩から見張りを付けておったのではないのか!?」
 「確かにございます!
  諏訪殿の旗差し、此の目でしかと確認いたしました!!
  故に伏兵をそれらの背後に回らせて居りましたが、
  朝には跡形も無く、姿を消しておりました!」
 
 「もしや……我らの動きが知られた?」
 「いや、お待ちくだされ」

 板垣の一言に、俺は口を挟みつつ、顎に手を当てる。
 どうやらいきなり、最悪の事態に遭遇してしまった様だ。
 諏訪勢に動きが知られてしまったのは間違いない。
 然し、問題は其処では無い。
 我等が考えるべき問題は、《何故我々の存在を知られたのか》ということだ。
 
 「其処の者、兵を諏訪の背後に回したと申したな。
  其れは敵に視えぬところか」
 「は、六町ほど離れた地にございます。
  暗闇で息を潜めていた我らに気付く事は困難かと」

 ならば、恐らく要因は一つ。

 「間者か」

 俺は声のする方を振り返る。
 晴信が俺を睨んでいる。

 そうだ、晴信の言う通りだ。
 恐らく俺達の中に、諏訪家が仕掛けた〈裏切り者〉が紛れ込んでいる。
 そいつが諏訪に、我らの侵攻の旨を伝えたのだ。

 「間者……だと?」
 「一体誰が、そんな」

 其の時、一人の男が立ち上がった。
 全員の目が、彼に向く。



 其の男は
 今朝俺に話しかけた、南部宗秀であった。

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