夜空に触れたその日から、私は魔法少女だった

カエル帽子

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第1章

夜空に触れたその日⑤

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千尋はふと気づいたように、手のひらをじっと見つめた。現実に戻ってきたはずなのに、微かな光の残り火がまだ手に宿っているように感じられた。それが先ほどの出来事がただの幻ではなく、本当に「何か」が彼女の中で変わった証だということを示しているようだった。

「……本当に、私に力があるの?」

胸の奥にわずかな期待と不安が交錯する。もし本当に力を手にしたのなら、これから自分の生活がどう変わるのか、いや、そもそも戻れるのかすら分からない。だが、同時に感じたのは、かつて抱いていた「何かが足りない」という感覚が少しだけ薄れていることだった。

「これから、どうなるんだろう……」

呟いた声は、静かな夜の空気に吸い込まれていった。

すると、再び頭の中にノクスの声が響く。

「君がその力を使う限り、君は運命の流れからは逃れられない。だが、君の選択次第でその運命は形を変えるだろう」

「選択……?」

彼女が質問する間もなく、ノクスの気配はすっと遠ざかり、闇の中に溶けていった。彼が伝えたかったことはわからないまま、千尋は静かにその場に立ち尽くす。

翌朝、千尋は目覚めると同時に、昨夜の出来事が現実だったのか疑わしくなった。すべてが夢だったのではないかという考えが頭をよぎるが、彼女の手に感じる微かな残響が、それが夢ではなかったことを示している。

「本当に……私が魔法少女に……」

自分の口から「魔法少女」という言葉が出て、思わず苦笑する。現実離れした響きに、自分ですら信じがたい気持ちになった。それでも、あの夜に感じた圧倒的な力と、ノクスの言葉は忘れられない。

学校へ向かう道すがらも、千尋は何度も周りを気にしながら歩いた。周囲は普段通りの景色で、通り過ぎる人々も、誰もがいつも通りの日常を過ごしている。けれど、彼女だけが「見えている」世界が変わってしまったような感覚に囚われていた。

授業中も集中できないまま、ノートを取る手が止まることが多かった。気づくと、机に落ちる自分の影が異様に感じられ、冷や汗が背中を伝う。学校生活は今までと同じはずなのに、心の奥底に不穏なざわめきが広がっていた。

放課後、千尋はいつもよりも早く学校を出て、人気のない道を急いで歩いた。昨日、あの「異形の影」に遭遇した場所が頭に浮かび、足が自然とその場所へと向かっていた。

「もしかして、また何か起こるのかも……」

自分でも何がしたいのか分からないまま、千尋はただ無意識に歩を進める。あの力を試したいのか、それとも再びノクスに出会いたいのか、曖昧な気持ちのまま歩き続けていた。

そして、ふと足を止めた瞬間、再び冷たい風が彼女の頬をかすめた。辺りは不自然な静寂に包まれ、闇が少しずつ濃くなっていく。周りの景色がぼやけ、まるで別の空間に引き込まれていくかのような感覚が千尋を襲った。

「また……この感じ……」

千尋の心臓が高鳴る。そして、不意に彼女の前に再び現れたのは、昨夜見たのと同じ不定形の影だった。闇の中で揺らめきながら、じっと千尋を見つめるように立っている。彼女は自然と構えを取り、昨夜の感覚を思い出しながら手をかざす。

「これが、私の戦い……」

その瞬間、彼女の手から再び淡い光が生まれ、異形の影に向かって放たれた。光が影に触れると、それは再び闇の中に消えていった。

光が消えると共に、辺りの闇も薄れ、現実の景色が戻ってきた。千尋は深い息をつきながら、再び訪れた異質な体験と、その力がもたらすものの重みを感じていた。

「これが、私の道……なのかな」

運命に導かれるようにして手に入れた力。その意味も代償もまだ分からないが、千尋は確かに一歩を踏み出したばかりだった。
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