底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#2 渋谷は夜の7時

2-3 渋谷は夜の7時

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「あっ、キモイさんお疲れ様!この時間帯は珍しいんじゃないですか?」
「ええ、珍しく残業でっ……社員でもないのに、参りましたよぉ……」

名前も随分と自虐的だ。
嫌でも耳に入ってきてしまう会話に、直矢は息をするようにマウントを取ってしまう。同じ休日労働でも、自分が生み出す収益はこの底辺豚野郎と桁が違うのだから。ヒマラヤ山脈級に高いプライドのせいで、直矢は毎日のように意地の張り合いを繰り返していた。

「私もですよ!これじゃ、整番交渉しても意味ないですね」
「はははっ、姐さんと横連なら大歓迎ですよォ!」

だが、不可解な用語が飛び交い、直矢の不安は次第に募っていく。
そこから先の会話は未知の世界で、何やら出演者の称賛に花を咲かせているのだけはわかった。資料への集中力を取り戻していくうちに、階下のロビーを通り抜け、いつの間にか入場の順番が回ってきていた。

途端に視界が薄暗くなり、直矢はタブレットの電源を落とす。まばらに明るいのは、コンサートの映像でよく見るペンライトの光なのだろう。

場内はオールスタンディング。すでに開演前の注意事項のアナウンスが流れている。どうやら、滑り込みの入場だったようだ。最後列の中央付近から見えるオーディエンスの視線は、一心にステージの方へ向かっている。マナーに敏感であろう彼女達に囲まれ、入ってしまったからには途中で退場するわけにもいかない。

こんな規模のライブ自体、初めてかもしれない。
学生時代に、当時の彼女にせがまれて野外フェスに付き合ったぶりだ。EDMの不協和音がうるさいばかりでまったく楽しめなかった、苦い思い出がある。

直矢が回想に耽っていると、左側から『あの……』と遠慮がちな声が掛かった。

「もしかして……シオン担の方ですか?」
「――えっ?」

まさに開演しようという時。
ライブに誘われた張本人の名前が出て、直矢は俄かに緊張が走る。昨夜、ベッドで甘い時間を過ごした相手でもあり、彼の面影を追って渋谷くんだりまでやってきたのだ。初対面の彼女が不純な動機を知る由もないが、身構えてしまう。

「あっ、急にすみません!ご新規……初めての方ですよね?」
「ええ、そうですが……」

そんな焦燥とは反面、背後で待機していた彼女は、直矢が身に着けていたある物を熱心に見つめていた。セットアップのジャケットの胸元から覗かせた、ポケットチーフだ。それも、濃紫の無地のもの。

「やっぱり……いけない、私ったらついはしゃいじゃって!そうだ、予備持ってるので良かったらどうぞ!」

人の話を最後まで聞かないうちに、彼女はバッグの底を漁り出す。興奮気味に目を輝かせ、棒状の何かを直矢に押し付けた。女性客が素早くボタンを押すと、鮮やかなパープルに輝きだす。

「一本でも多い方が、喜んでくれると思うので!!」
「えっ?!いや、俺はその――……」

会場が完全にブラックアウトする直前、彼女の背後にキモオタの微笑が閃いた。
不気味な残像が闇に消えた途端、人体構造上不可能なことが起きる。直矢の左隣にいた二人のファンはすかさず、それぞれ10本のペンライトを宙高くかざしたのだ。合計20本のライトは、誇らしげに同じ色で統一されている。

――――――♪
軽快な電子音が流れ出し、キャンドルのような光の束が揺れ始める。
一方、直矢は唖然とするあまり、手旗信号を持つ新人の交通誘導員のように固まっていた。

パッとスポットライトの鮮烈な洪水が、ステージの上に溢れ出す。
直矢の目を一瞬晦ませたが、ステージには5人のシルエットが現れた。その瞬間、鼓膜を劈くほどの歓声が湧き起こる。その波間を縫って、マイク越しの滑らかな歌声が反響した。

『目が離せない 可愛い君』
『僕にも笑顔を見せて』
『まるで 予測不可能な子猫』
『あなたを奥深く暴いてみせる』

舞台に立つメンバー達が、一人ずつ交代で歌詞を口ずさむ。
ステージまで遠すぎて顔まで判別できない。白を基調とした衣装のワンポイントで、色分けされていることに辛うじて気付く。ステップを踏むたびに翻るスカーフは、5色に割り振られていた。

(……一体どれなんだ?)

各々のソロパートが終わった後、センターを陣取る男が一歩前に出た。

『お前は俺だけの花』

一人だけ突出したキレの良いダンスとともに、首元の赤がはためく。
明らかに≪彼≫ではないと直矢が直感した途端、5人全員が揃って宙を跳躍する。

『――We’re SPLASH!』

バンド名の掛け声と一緒に、オーディエンスもその場で飛び上がった。
会場一体となったジャンプの反動で地鳴りが起きる。フロアに取り残されたただ一人、直矢は冷静に状況を見極めていた。Bメロでソロパートの再来に合わせて、体型や髪型を遠目で観察する。

『あまりにも愛おしすぎて』
『丸ごと飲み込んでしまいたい』
『蜜みたいに甘い君』
『あなたはとびきり甘いシロップ』

上手側にいる金髪の黄色は除外。下手側の高身長でがっちりめの緑も違う。
残る黒髪は青と紫だ。

センターの右隣で歌い終えたばかりの青は、どこか隙がなく、品のある佇まいをしている。
オロオロした立ち振る舞いが印象的だった彼とは、結びつかない。どちらかと言えば、下手側の端でターンをした紫だろう。だが、こうもリズミカルなダンスについていける運動神経があるとも思えない。もしくは、舞台裏のバックコーラスか。決定打は無かった。

『俺までズブ濡れにさせる』

またしてもセンターの扇情的な歌詞で、熱狂的なコールが起こった。
特に前列付近で一部のペンライトが赤に切り替わるのを、直矢は興味深そうに眺める。

『Uh oh yeah, splash me, Splash Me!』

七色のライティングの点滅が、サビの全員パートに入る合図だった。
高揚するビートに合わせ、長い手足をダイナミックに躍動させる。散漫がちな意識は、強制的に舞台に引きつけられた。

『君がいないと 何をしても喉が渇く』
『一滴飲めば すぐに中毒さ』
『永遠に閉じ込めておきたい』
『この腕の中に』

熱情的な歌声が重なる最中、金髪が客席に向かって銃を撃つ素振りを見せる。
その刹那、阿鼻叫喚の叫びとともに、黄色のペンライトが数本消えた。そこだけ綺麗に列が割れ、数人の聴衆が担架で担ぎ出される。

『Splash everything around me, baby ――― Splash Me!』

ライブは混沌を極めつつあった。だが、それは前触れに過ぎない。
バックグラウンドでメロディが流れ続ける間、4人のメンバー達が舞台袖に走り去る。残されたセンターが、声高にオーディエンスを焚きつけた。

「盛り上がってるか、お前らぁ!!」
「ギャアアアア!!ダイチ愛してるぅ―――――っ!」
「ざけんな!アタシの方が百億倍積んでんだよォ!」
「黙れクソビッチ!こっちは全財産納めてんだっての!!」

気違いじみた絶叫でごった返す中。
リーダーらしき男は、ファン相手にも容赦なく窘めた。

「そこ、勝手にヤりあってんじゃねぇ!はしたないメス豚どもには仕置きが必要だな?!」

そんなモラハラ認定級の罵倒も、彼女達にとっては極上の褒美らしい。
新興宗教の信徒のように有難がっている様子が、最後列まで伝わってきた。

「水でも被って反省しやがれ!!」

この時ばかりは、直矢は想像だにしなかった。
まさか、それが額面通りの言葉だったとは。

はけていたメンバーが小気味好い足取りで、ステージに駆け上がってくる。
爽やかな笑顔とは裏腹に、その手には凶悪な武器らしき物を携えていた。ビビッドな彩色で一目で玩具だとわかるのだが、胴身は異常に長い。銃にも見える武器の一つをリーダーの男も受け取った。

「皆、お待たせ!水やりの時間だよ!」

優しげな口調で長身の緑が射出口を天に向ける。黄色は巨大なモデルガンを肩に載せると、投げキッスを繰り出した。

「さあ、お花ちゃん達!準備はいい?!」

見えないハートは乙女の脳を撃ち抜き、天井目がけて鮮血が噴き上がる!
再び、聴衆のあちこちで失神者が続出し始めた。非常口から担架が運び出されていく中、冷静沈着な青は照準を客席に定めた。

「私のために咲いてくれ、フラワーズ!」

歯の浮く歌詞だけではない。宇宙人との交信のような発言を、大真面目に放つ男達。
ファン達には一言一句が格好の餌でしかなく、そのたびにオーディエンスは人外の反応を見せた。秩序が瓦解し始めている。

直矢が茫然と立ち尽くしていると、最後の一人がようやく顔を出した。

「っ、よろしくお願いします……!」

恥ずかしそうに頬を染め、ひっそりと道端に咲く紫の小花。
その奥ゆかしい花こそ、直矢が今夜ここに来た理由。見つけ出した瞬間、一陣の風が吹きこんだかのようだった。

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