底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#3 うたっておどるひと

3-1 うたっておどるひと

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「これで良し、と」

ライブTシャツから覗く首筋と鎖骨に散った、昨夜の痕跡。
あれだけ濡れても崩れなかったボディ用のコンシーラーを、着替えの後に露わになった箇所にも重ね付けしていく。
金髪の青年は指先でムラなくなじませると、目元と唇も手直しを終えた。普段からメイクをしているだけあって、手付きは鮮やかだ。

「……ありがとう、佑真ゆうまさん」

橘 紫音たちばな しおんは頬の熱が引かないまま、ぎこちなく礼を述べた。
楽屋の鏡の前で改めて目の当たりにして、情熱的な痕に驚かされたのだ。白い肌にくっきりと残った口づけの証。昨夜から今日一日のめまぐるしい時間を、嫌でも思い出してしまう。

「今朝は、その……ごめんなさい。心配掛けてしまって」
「全然気にしなくていーって。いつも一番乗りの紫音がいないから、ビックリしたけどさ」

ライブ当日の朝は全員で体力作りのトレーニングをこなして、最終合わせとリハーサルまで通すのがルール。
共同生活を始めて早5年、紫音は一度も欠席や遅刻をしたことがなく、誰よりも先に自主的に始めていた。それが朝食の席にも現れないのだから、心配した佑真が紫音のスマホに何度も電話を入れたのだ。その後昨日と同じ服のまま、慌てて帰ってきたメンバーの姿を見て、四人が四人察したのだった。

「まぁ、次からは手加減してもらいな?」
「だから、これは蚊に咬まれただけで……!」
「もう11月だってのに?」

意地の悪い笑顔で詰め寄られては、返す言葉も無くなってしまう。
困惑した紫音が口ごもっていると、マネージャーがスタンバイの指示に顔を出す。特典会の準備が整ったのだ。ソファで雑談をしながら休憩していた二人も立ち上がった。

扉が開き、紫音の心臓が早鐘を打ち始める。
『彼』と何を話そうか。引き留めておいて、どう二の句を告げようかまだ考えあぐねていた。
わざわざ足を運んでもらって、特典会にまで誘うのはおこがましい。
ステージの上から見つけた時は、あれほど嬉しかったのに。衝動でチケットを渡したことさえ、今では身分不相応な行為だったと後悔し始めていた。

(あんな素敵な人から……これ以上、時間を奪うなんて……)

彼の事を、もっと深く知りたい。昨夜の睦み合いだけでは時間が足りなかった。
聞いてみたいことはたくさんあるのに、どこまで踏み込んでいいものか。
そもそも来てもらっていること自体、迷惑を掛けているのではないか。昨夜は、単なる同情で抱いてくれただけで。

だが、最後に楽屋を出た紫音の目に入ったのは、廊下で一人スマホをいじるリーダーの姿だった。
途端に、緊張は不安に変わる。紫音は思わず大地だいちの元へ駆け寄った。

「ねえ…!ナオヤさんは?」
「ああ、さっきのオッサンの事か?」
「っ、うん……」

ぶっきらぼうな口調に、紫音は一瞬たじろいでしまう。返ってきた返事は、ひどく落胆させるものだった。

「何か急用ができたって、帰ったぜ」
「……そう、なんだ」

『頑張ってたな』
頭を撫でてくれた手の温もりを思い返し、紫音の胸は痛んだ。
同時に、安堵している自分がいることに気付く。
彼は傷つけない言い方で、大人らしい対応をしてくれたのだ。おかげで、綺麗な思い出のまま終わらせることができる。

きっとこの後は女性との約束があって、その前に立ち寄ってくれたのだろう。優しい彼は、子供の我儘を拒否できなかったのだ。
ベッドの上でもステージの後も、掛けてくれた称賛の言葉は所詮社交辞令。
それなのに、一人で舞い上がってしまった。自分と違って、引く手数多であろう彼は色事に慣れているだけなのだ。
そこへ、表情を曇らせた紫音の顔を大地が覗き込んだ。

「そういや宴会のバイト、もう行かせねぇから」
「えっ!?僕のせいで、クビに……」

紫音が客に粗相を働いてしまったのは、昨夜だけではなかった。
上京して転々としたバイト先では、度重なるミスで解雇になった回数は数えきれない。だが、聞かされたのは思ってもみない朗報だった。

「違ぇよ、さっき辞めるって連絡した。昨日の大会、最終まで残ったついでに、いくつかオファーもらったから」
「本当……!?おめでとう!オファーってすごいよ、大地君!」

大地が常連として名を連ねている、世界的に有名なストリートダンスの大会。ギリギリまで結果が出ず、今回は紫音が急遽バイトの代打を任されることになったのだ。
結果、過去最大級のミスで責任者まで怒らせる羽目になったのだが。

「やっとダンスの方でも食っていけそうだし。これも、お前が代わってくれたおかげだ」

好きな仕事だけで食べていく。
特に目まぐるしく移り変わる世界では、夢を追いかける人間にとってこれ以上の切望はない。そのためには、異端の才能と血の滲むような努力が必要だった。

「僕は何にもしてないよ!大地君がいっぱい、いーっぱい頑張ったから」

壮絶な苦労を知っているからこそ、紫音は自分の事のように祝福できた。
満面の笑顔を浮かべる紫音の手を引き、大地は関係者口に向かって歩き出す。

「もういい、早く行こうぜ。稼がねぇと」
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