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#21 プリンス襲来
21-4 プリンス襲来
しおりを挟むよりによってのビデオ通話に、仕事の内容ではないことが察せられたが、プレゼント開封を阻まれて良い気分では無い。
案の定、同僚は瀟洒なマントルピースを背景に、恋人とソファでくつろいでいる。『Hi, Nao!』と、昼下がりからご機嫌な両親が一瞬顔を覗かせた。結婚報告でもされるのかと直矢は身構えたが、お揃いのセーターを着たネイサンとマコトはどことなく気負っていた。
『大変だったね。Fステに映っていたのは君だろう?』
その一言で、直矢は現実に一気に引き戻される。
改めて冷静に振り返れば、人波に押されるまま、すごすごと退場した結果だけが残ったのだ。贈り物にぬか喜びしている場合ではない。
「……見てたのか。役立ずで情けないな」
パパラッチから救い出すこともできず、報道を止める権限も無い。
マネージャーの制止を振り払ってでも、取材班を蹴散らしてでも、伸ばされた彼の手を取ることはできたのではないか。あの瞬間、保身などどうだって良かった。とは言いながら、外野から傍観しかできなかったことへの後悔と無力感が押し寄せてくる。
『何を言うんだ。愛する者を守る騎士として誇りに思うよ』
騎士という称号は値しない。
第三者の目に自分の背中がどう映ったのか知らないが、直矢は強くそう痛感していた。何より、関係を問い質されても、他人に代弁されるまで答えることができなかった。まるで格好がつかない。
直矢が乾いた笑みで頭を振ると、同僚は珍しく慎重な口調で切り出した。
『そういえば、ネットやニュースはもう見たかい?』
「いや……さっき家まで送ってもらったばかりだ」
無事に楽屋に戻ったという報告で、事態を楽観視しすぎていた。
もしくは、現実から目を背けていたのかもしれない。事の発端となった人物が、自分より一枚も二枚も上手であることを。ネイサンは言い辛そうに続ける。
『それが……かなり過熱報道がされているようなんだ』
直矢が反射的にテレビのスイッチを入れると、ちょうど夜のニュースが放送されているところだった。
スキャンダラスな見出しを予測できなかったわけではない。だが、ここまでとは直矢も思わなかった。
≪SPLASH橘 紫音、イケメン若社長と結婚秒読み!?≫
結婚――……無慈悲な二文字に、一度は落ち着いた胸の内が再びざわつき始める。
ハイライトとして切り取られていたのは、白亜の機体から降り立った王子が、花束を差し出すシーンだ。次いで、取材班が駆け付けた後の直撃インタビューでは、紫のバラの花言葉をレポーターに問われていた。
『紫のバラと言えば、【恋の始まり】や【永遠の愛】など、ロマンチックな意味があるようですが』
『ええ、そう捉えていただいて構いませんよ。真剣にアプローチしようと思っているので』
桐谷は白い歯を覗かせ、終始堂々とカメラ目線で受け答える。対する紫音は、超特大ブーケの隙間から困惑した顔を覗かせた。
花に罪はないのだと直矢は自分に言い聞かせるが、胸騒ぎはひどくなる。メンカラの花を推しに奉納するのは、地球が一日に一回自転するのと同様の節理だ。それを安っぽい告白に仕立て上げたレポーターへの苛立ちなのか、下心満載で同意した桐谷への怒りなのか直矢はわからなかった。
『ちょっ、たあくん!?あの、僕たちはただの幼馴染で、十数年ぶりに会ったばかりなので……』
『しーちゃんのことはずっと探してたんだよ。DigorのCMを見かけてピンと来たんだ。こんなに綺麗になって驚いた』
桐谷は馴れ馴れしく紫音の肩を抱き寄せ、至近距離で愛を囁く。
ここでようやく、直矢の見送りから戻ったらしいマネージャーの介入が入った。映像は女性レポーターのドヤ顔で締めくくられる。
『なんて運命的な再会、そしてラブラブな呼び方なんでしょう!実質、プロポーズと言うことですね。以上、現場からお送りしました』
何という安直なこじつけなのだろう。
画面にリモコンを叩きつけたい衝動を抑え、直矢はすばやくチャンネルを切り替えた。続いて、芸能コメンテーターが討論を繰り広げていたのは次のトピックだ。
≪トップアイドルを巡って、禁断の三角関係勃発!?≫
生中継とは別のアングルで撮影された動画で、顔面にモザイク処理を施された直矢は【一般男性のファン(仮)】として紹介されている。
ここでも生放送のハイジャックという暴挙を犯したにもかかわらず、華のあるイケメン若社長がもてはやされ、TOの領域に到達した男ですら完全な添え物だった。例えるなら、高級ハンバーグ弁当における微妙な付け合わせの代表格――甘納豆のような扱いだ。極めつけに、幼馴染という最強設定。同僚から押し付けられた100冊のBLマンガで、統計上メインヒロインの受けと結ばれる確率が最も高い鉄板の関係性だった。絶句していた直矢を、ネイサンは穏やかに諭す。
『前も聞いたよね?彼とどうなりたいかって。そろそろ答えを出すべきなんじゃないかな』
「……っ、俺は――……!」
愛に溺れる人間は愚かだ。
みっともなく他人に依存して、無用な感情に支配されて時間を浪費するだけ。直矢にとって長い間、恋愛は自分が優越感に浸るための手軽なゲームだった。関係を明文化しないことが、そんなチートを存続させるための暗黙の掟。だが、橘 紫音という人間と出会ってから、鉄壁の価値観は緩やかに瓦解していった。
『……このまま、みすみすオサナナジミに奪われていいのかい?』
素朴な手料理を囲む笑顔、シーツを共有する温かさ、触れ合った肌から感じる生の躍動。
ひっそりと営んでいた安寧の生活を世界に奪われた後、ポッと出の牛乳男によって再び奪われようとしている。
切り抜かれた映像で捉えられたように、ただ立ち尽くして二度目まで許すのか。湧き上がる焦燥を駆り立てるのは何か、直矢はいよいよ認めなければならなかった。
「俺は……あの子を愛してる。アイドルとしても……一人の人間としても」
健やかな時も病める時も、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた健気さ。己への厳しさと反比例する他者への優しさ。感情をさらけ出す術を教えてくれた芯の強さ。
これまでの通過点では経験しえなかった新鮮で規格外の瞬間が、別離を強いられた虚しさの中で愛おしく感じられるのだ。
『オサナナジミだからって怯んでは駄目だ。アテウマかカマセにもなり得るんだから』
「いつの間にか、変な日本語ばかり覚えやがって。わかってるよ……今以上に努力しないとな」
通話相手の周りでは、感涙の雨が降っている。傍で立ち会っていた彼の恋人と両親までもがハンカチで目頭を押さえていた。
『幸運を祈ってる。君の誠実な愛……きっとhoney pieにも伝わるはずだよ』
電話を切ったと同時に、一件の通知が表示される。主人を心配する紫音からのメッセージだ。一行目だけを見て、直矢はすかさず発信ボタンを押していた。
「君の方こそ大丈夫なのか?」
『はい……!先ほど帰宅しました』
微かに洩れる息は弾んでいる。
執拗な取材のせいか、声には緊張と疲弊が滲んでいた。寮までパパラッチに付き纏われなかったか直矢が尋ねると、マネージャーの華麗な運転技術で上手く撒くことができたらしかった。
『今夜は散々でごめんなさい……せっかく時間作っていただいていたのに』
「いや、またいつでも行けばいいだろう?今度は俺が店を予約するから」
彼にしては背伸びをして、西麻布のフレンチを予約してくれていた。その努力に見合う店を探さなければと、直矢の腕が鳴る。
ところが、スピーカー越しに躊躇う気配があった。
『でも……一緒に年越ししたかった、です……』
そのいじらしい返事に、直矢は心臓を鷲掴みにされた心地だった。
最強のイケメン幼馴染が突然降って湧いて出た後でもなお、自分との時間を優先しようとしてくれていたのだ。
壁掛け時計を見上げると、あと10分程で日付が変わろうとしている。
「……じゃあ、このまま切らないでくれ。いいな?」
『っ……もちろんです……!』
頬の熱を冷ましに、直矢はバルコニーに出る。
プレゼントの袋を持って、ベランダソファに腰を下ろした。彼の存在をもっと傍で感じたくて、今度こそ封を開けて中身を取り出す。
「もしかして……君が編んでくれたのか?」
温もりが滲み出た編み目は、一目で彼の手製とわかる。
モンスタに投稿された編みぐるみ作品群や、幾度となく脱がしてきた毛糸のパンツを見てきたせいだろう。シックな黒のウールアルパカ糸で作られたのは、スヌードにしては少し幅が短いようだった。
『あ……すみません、説明不足で……お腹が冷えないように、寝る時にでも使ってください』
多忙なスケジュールの合間にも、胃腸の健康に想いを馳せて、せっせと棒針を動かしてくれたのだ。
どんな高価な装飾品よりも嬉しい。直矢は真心のこもった腹巻きを胸に抱き締めた。
「そうか……わざわざありがとう。肌身離さず身に着けるよ」
紫音は気恥ずかしそうに黙り込み、その心地よい沈黙に直矢は身を委ねた。
我に返った直矢が重すぎたかと危惧したが、『それと……』と控えめに切り出される。
『お……お手紙、読んでもらえましたか?』
「手紙……?」
紙袋の中を漁ると、封筒の代わりに、折り畳まれたコート紙が底に沈んでいる。
直矢は怪訝に思いながら、やたらと賑やかな彩色の薄紙を広げた。
「ああ、今見たよ。うん、そうだな……その……」
返事に窮して、無意味な言葉を繋げる。
暗号なのかと疑うが、どこからどう見てもスーパーの特売チラシだった。赤ペンで丸囲みされているのは、1パック298円(税抜)のいちごである。直矢は不意に、子供時代のクリスマスを思い出した。母親に言われて、サンタにお願いするおもちゃを選ぶ方法だったからだ。つまり、これはさりげないリクエストだと結論づけられた。
「……近いうちに、いちご狩りにでも行こうか」
子供しか喜びそうにない、何の変哲もないデートプラン。
だが、ようやく絞り出した提案を、紫音は思いのほか喜んでくれた。
『わあ……ぜひ行きたいです!また予定教えてもらえますか?』
「なるべく合わせるよ。車を出すから、日帰りでもいいし……あっ」
目と鼻の先にある寺院から、しめやかな除夜の鐘の音が響き渡る。
つけっぱなしにしていたテレビの映像は、横須賀の打ち上げ花火に切り替わっていた。
「あけましておめでとう、紫音」
『おめでとうございます……直矢さん』
直矢が優しく囁くと、清らかな天使の声が返ってくる。
おやすみを言うにはまだ少し早く、眠気が訪れるまで、二人は新年の抱負について語り合った。
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