底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

文字の大きさ
94 / 139
#21 プリンス襲来

21-4 プリンス襲来

しおりを挟む

よりによってのビデオ通話に、仕事の内容ではないことが察せられたが、プレゼント開封を阻まれて良い気分では無い。
案の定、同僚は瀟洒なマントルピースを背景に、恋人とソファでくつろいでいる。『Hi, Nao!』と、昼下がりからご機嫌な両親が一瞬顔を覗かせた。結婚報告でもされるのかと直矢は身構えたが、お揃いのセーターを着たネイサンとマコトはどことなく気負っていた。

『大変だったね。Fステに映っていたのは君だろう?』

その一言で、直矢は現実に一気に引き戻される。
改めて冷静に振り返れば、人波に押されるまま、すごすごと退場した結果だけが残ったのだ。贈り物にぬか喜びしている場合ではない。

「……見てたのか。役立ずで情けないな」

パパラッチから救い出すこともできず、報道を止める権限も無い。
マネージャーの制止を振り払ってでも、取材班を蹴散らしてでも、伸ばされた彼の手を取ることはできたのではないか。あの瞬間、保身などどうだって良かった。とは言いながら、外野から傍観しかできなかったことへの後悔と無力感が押し寄せてくる。

『何を言うんだ。愛する者を守る騎士knightとして誇りに思うよ』

騎士という称号は値しない。
第三者の目に自分の背中がどう映ったのか知らないが、直矢は強くそう痛感していた。何より、関係を問い質されても、他人に代弁されるまで答えることができなかった。まるで格好がつかない。
直矢が乾いた笑みで頭を振ると、同僚は珍しく慎重な口調で切り出した。

『そういえば、ネットやニュースはもう見たかい?』
「いや……さっき家まで送ってもらったばかりだ」

無事に楽屋に戻ったという報告で、事態を楽観視しすぎていた。
もしくは、現実から目を背けていたのかもしれない。事の発端となった人物が、自分より一枚も二枚も上手であることを。ネイサンは言い辛そうに続ける。

『それが……かなり過熱報道がされているようなんだ』

直矢が反射的にテレビのスイッチを入れると、ちょうど夜のニュースが放送されているところだった。
スキャンダラスな見出しを予測できなかったわけではない。だが、ここまでとは直矢も思わなかった。

≪SPLASH橘 紫音、イケメン若社長と結婚秒読み!?≫

結婚――……無慈悲な二文字に、一度は落ち着いた胸の内が再びざわつき始める。
ハイライトとして切り取られていたのは、白亜の機体から降り立った王子が、花束を差し出すシーンだ。次いで、取材班が駆け付けた後の直撃インタビューでは、紫のバラの花言葉をレポーターに問われていた。

『紫のバラと言えば、【恋の始まり】や【永遠の愛】など、ロマンチックな意味があるようですが』
『ええ、そう捉えていただいて構いませんよ。真剣にアプローチしようと思っているので』

桐谷は白い歯を覗かせ、終始堂々とカメラ目線で受け答える。対する紫音は、超特大ブーケの隙間から困惑した顔を覗かせた。
花に罪はないのだと直矢は自分に言い聞かせるが、胸騒ぎはひどくなる。メンカラの花を推しに奉納するのは、地球が一日に一回自転するのと同様の節理だ。それを安っぽい告白に仕立て上げたレポーターへの苛立ちなのか、下心満載で同意した桐谷への怒りなのか直矢はわからなかった。

『ちょっ、たあくん!?あの、僕たちはただの幼馴染で、十数年ぶりに会ったばかりなので……』
『しーちゃんのことはずっと探してたんだよ。DigorディゴールのCMを見かけてピンと来たんだ。こんなに綺麗になって驚いた』

桐谷は馴れ馴れしく紫音の肩を抱き寄せ、至近距離で愛を囁く。
ここでようやく、直矢の見送りから戻ったらしいマネージャーの介入が入った。映像は女性レポーターのドヤ顔で締めくくられる。

『なんて運命的な再会、そしてラブラブな呼び方なんでしょう!実質、プロポーズと言うことですね。以上、現場からお送りしました』

何という安直なこじつけなのだろう。
画面にリモコンを叩きつけたい衝動を抑え、直矢はすばやくチャンネルを切り替えた。続いて、芸能コメンテーターが討論を繰り広げていたのは次のトピックだ。

≪トップアイドルを巡って、禁断の三角関係勃発!?≫

生中継とは別のアングルで撮影された動画で、顔面にモザイク処理を施された直矢は【一般男性のファン(仮)】として紹介されている。
ここでも生放送のハイジャックという暴挙を犯したにもかかわらず、華のあるイケメン若社長がもてはやされ、TOティーオーの領域に到達した男ですら完全な添え物だった。例えるなら、高級ハンバーグ弁当における微妙な付け合わせの代表格――甘納豆のような扱いだ。極めつけに、幼馴染という最強設定。同僚から押し付けられた100冊のBLマンガで、統計上メインヒロインの受けと結ばれる確率が最も高い鉄板の関係性だった。絶句していた直矢を、ネイサンは穏やかに諭す。

『前も聞いたよね?彼とどうなりたいかって。そろそろ答えを出すべきなんじゃないかな』
「……っ、俺は――……!」

愛に溺れる人間は愚かだ。
みっともなく他人に依存して、無用な感情に支配されて時間を浪費するだけ。直矢にとって長い間、恋愛は自分が優越感に浸るための手軽なゲームだった。関係を明文化しないことが、そんなチートを存続させるための暗黙の掟。だが、橘 紫音という人間と出会ってから、鉄壁の価値観は緩やかに瓦解していった。

『……このまま、みすみすオサナナジミに奪われていいのかい?』

素朴な手料理を囲む笑顔、シーツを共有する温かさ、触れ合った肌から感じる生の躍動。
ひっそりと営んでいた安寧の生活を世界に奪われた後、ポッと出の牛乳男によって再び奪われようとしている。
切り抜かれた映像で捉えられたように、ただ立ち尽くして二度目まで許すのか。湧き上がる焦燥を駆り立てるのは何か、直矢はいよいよ認めなければならなかった。

「俺は……あの子を愛してる。アイドルとしても……一人の人間としても」

健やかな時も病める時も、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた健気さ。己への厳しさと反比例する他者への優しさ。感情をさらけ出す術を教えてくれた芯の強さ。
これまでの通過点では経験しえなかった新鮮で規格外の瞬間が、別離を強いられた虚しさの中で愛おしく感じられるのだ。

『オサナナジミだからって怯んでは駄目だ。アテウマかカマセにもなり得るんだから』
「いつの間にか、変な日本語ばかり覚えやがって。わかってるよ……今以上に努力しないとな」

通話相手の周りでは、感涙の雨が降っている。傍で立ち会っていた彼の恋人と両親までもがハンカチで目頭を押さえていた。

『幸運を祈ってる。君の誠実な愛……きっとhoney pieハニーパイにも伝わるはずだよ』

電話を切ったと同時に、一件の通知が表示される。主人を心配する紫音からのメッセージだ。一行目だけを見て、直矢はすかさず発信ボタンを押していた。

「君の方こそ大丈夫なのか?」
『はい……!先ほど帰宅しました』

微かに洩れる息は弾んでいる。
執拗な取材のせいか、声には緊張と疲弊が滲んでいた。寮までパパラッチに付き纏われなかったか直矢が尋ねると、マネージャーの華麗な運転技術で上手く撒くことができたらしかった。

『今夜は散々でごめんなさい……せっかく時間作っていただいていたのに』
「いや、またいつでも行けばいいだろう?今度は俺が店を予約するから」

彼にしては背伸びをして、西麻布のフレンチを予約してくれていた。その努力に見合う店を探さなければと、直矢の腕が鳴る。
ところが、スピーカー越しに躊躇う気配があった。

『でも……一緒に年越ししたかった、です……』

そのいじらしい返事に、直矢は心臓を鷲掴みにされた心地だった。
最強のイケメン幼馴染が突然降って湧いて出た後でもなお、自分との時間を優先しようとしてくれていたのだ。
壁掛け時計を見上げると、あと10分程で日付が変わろうとしている。

「……じゃあ、このまま切らないでくれ。いいな?」
『っ……もちろんです……!』

頬の熱を冷ましに、直矢はバルコニーに出る。
プレゼントの袋を持って、ベランダソファに腰を下ろした。彼の存在をもっと傍で感じたくて、今度こそ封を開けて中身を取り出す。

「もしかして……君が編んでくれたのか?」

温もりが滲み出た編み目は、一目で彼の手製とわかる。
モンスタに投稿された編みぐるみ作品群や、幾度となく脱がしてきた毛糸のパンツを見てきたせいだろう。シックな黒のウールアルパカ糸で作られたのは、スヌードにしては少し幅が短いようだった。

『あ……すみません、説明不足で……お腹が冷えないように、寝る時にでも使ってください』

多忙なスケジュールの合間にも、胃腸の健康に想いを馳せて、せっせと棒針を動かしてくれたのだ。
どんな高価な装飾品よりも嬉しい。直矢は真心のこもった腹巻きを胸に抱き締めた。

「そうか……わざわざありがとう。肌身離さず身に着けるよ」

紫音は気恥ずかしそうに黙り込み、その心地よい沈黙に直矢は身を委ねた。
我に返った直矢が重すぎたかと危惧したが、『それと……』と控えめに切り出される。

『お……お手紙、読んでもらえましたか?』
「手紙……?」

紙袋の中を漁ると、封筒の代わりに、折り畳まれたコート紙が底に沈んでいる。
直矢は怪訝に思いながら、やたらと賑やかな彩色の薄紙を広げた。

「ああ、今見たよ。うん、そうだな……その……」

返事に窮して、無意味な言葉を繋げる。
暗号なのかと疑うが、どこからどう見てもスーパーの特売チラシだった。赤ペンで丸囲みされているのは、1パック298円(税抜)のいちごである。直矢は不意に、子供時代のクリスマスを思い出した。母親に言われて、サンタにお願いするおもちゃを選ぶ方法だったからだ。つまり、これはさりげないリクエストだと結論づけられた。

「……近いうちに、いちご狩りにでも行こうか」

子供しか喜びそうにない、何の変哲もないデートプラン。
だが、ようやく絞り出した提案を、紫音は思いのほか喜んでくれた。

『わあ……ぜひ行きたいです!また予定教えてもらえますか?』
「なるべく合わせるよ。車を出すから、日帰りでもいいし……あっ」

目と鼻の先にある寺院から、しめやかな除夜の鐘の音が響き渡る。
つけっぱなしにしていたテレビの映像は、横須賀の打ち上げ花火に切り替わっていた。

「あけましておめでとう、紫音」
『おめでとうございます……直矢さん』

直矢が優しく囁くと、清らかな天使の声が返ってくる。
おやすみを言うにはまだ少し早く、眠気が訪れるまで、二人は新年の抱負について語り合った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...