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#22 スウィート・ストロベリー・ナイト
22-2 スウィート・ストロベリー・ナイト
しおりを挟む紫音はデビュー当時から始めたという、もえぎ幼稚園でのボランティア活動について語り始めた。
その眼差しは穏やかで、降り注ぐ陽光を纏った笑顔は輝いて見える。
「小さい子に応援されると嬉しいですね。自分がヒーローみたいな気分になれるんです」
先ほどの子供を肩車する父親を見ていると、直矢もまた同じように思う。
騒がしくてチョロチョロ動き回る鬱陶しいだけの存在だったが、愛する伴侶との子となれば目に入れても痛くないのだろう。
そんなごく普通の幸せについて、直矢は考えたことがないわけではない。
実家に帰省のたびにせっつかれては、金で黙らせてきたことだ。親戚から見合いを勧められるのが煩わしくて、正月もろくに帰ったためしがないが、今は違うベクトルで見られる。
「だから……いつかは自分の子供が欲しいなって」
「――!」
その瞬間、直矢は食べかけの練乳いちごに咽そうになるのを必死に堪えた。
だが、ごく自然な流れの発言であり、家庭は普遍的な人生の糧である。だが、不可思議な自信とともに直矢は口走りそうになった――君なら産めると。
「あ、あの……直矢さんはご兄弟いらっしゃるんですか?」
体温の上昇を誤魔化し、直矢は何食わぬ顔で答える。
「……いや、一人なんだ。少し寂しかったから、紫音が羨ましいよ」
己の家族と対で蘇るのは、長男、一人息子としての重責に取りつかれた苦い記憶ばかりだ。
父親の厳格な視線と母親の強迫じみた期待が、見えない枷となって手足を縛り、息が詰まる感覚は目を閉じてもありありと思い出される。
この先家庭を持つ機会があれば、せめてそういった制約とは無縁な環境にしたいと漠然と考えていた。
「そうですよね……ぼっ、僕も二人は欲しいです……!多い方が賑やかですし……」
天使のDNAを受け継いだ子供なら、当然可愛いに決まっている。
男の子なら漏れなくアイドルかジェンダーレスモデル、女の子なら大女優に成長するだろう。脳の発達が著しい三歳からの習い事は、水泳、ダンス、ピアノを候補とする。心身ともに鍛えられる空手も良いだろうか。第二子の出産は三歳差がベストだ。統計上、上の子のイヤイヤ期や赤ちゃん返りが落ち着いた頃に下の子の育児が始まるため、比較的余裕を持って育児に取り組めるからだ。
(――落ち着け……何も、俺との子供が欲しいと言ってるわけじゃないだろう)
オメガバースの世界線ではないことが残念がられたが、代理母出産の選択肢を検討し始めてしまう。
待機児童数の割合が低い郊外の戸建てに引っ越して、家庭菜園を楽しみながら丁寧な暮らしを送るのも良い。しかし、相手は押しも押されぬ国際的スターだ。セキュリティ面を踏まえれば24時間監視付きのマンションが現実的だろう。直矢は咳払いを一つ落として、結論に入った。
「そうだな……とにかく、のびのび好きなことをやらせたい」
「はい……!子供の夢なら何でも応援したいです……!」
弾ける希望と未来を語る笑顔は、兎角眩しすぎる。
直矢は抱き締めたくなる衝動を理性で抑え、キャスケット越しに頭を撫でるに留めた。
そうでなければ、危うくサッカーチームを作ろうなど妄言を言い出すところだった。
舞い上がった気持ちを悟られないよう、直矢は制限時間までいそいそと収穫作業に没頭した。果実で一杯のバスケットを手にロッジへ移動すると、さっそくジャム作りに取り掛かる。
糖度が高いおかげで、加える砂糖はほんの少し。鍋で10分ほどふつふつと煮詰めると、とろみが出て果肉が崩れてきた。万が一やけどをさせてはいけないので、火を使う仕事は直矢の役割だ。調理場に立つのは学生時代のキャンプ以来だが、紫音が手際を誉めるので、アクを取り除くにも俄然やる気が出る。レモン果汁を一振りして完成したジャムは、それらしい姿になった。
「果肉がゴロゴロして美味しそうですね……!」
蜜々とした香りに包まれながら、二人で一緒に瓶詰めをしていく。
たかがいちご狩りで時間を忘れるほど楽しめるとは、直矢にとっては嬉しい誤算だった。初めての共同作業は、愛の結晶のように思えた。
「東照宮は16時までだったな……明日の午前中にするとして、少し早いがチェックインしようか」
「え……もうそんな時間なんですね!ぜひ、そうしましょう」
記念すべき初の泊まりがけ遠出で、宿の手配も抜かりない。
せっかく県境を越えてきたからには、温泉に浸からずしては帰れないだろうと、直矢が選んだのはモダンな最高級旅館だった。
五重塔を頂き、数々の神社に囲まれた霊験あらたかな地。正面の庭園には荘厳な三尊石組がそびえ立つ。車を降りると、女将が手ずから出迎えてくれた。
「遠路はるばるお疲れ様でございました。ラウンジにてお飲み物をご用意いたしますので」
エントランスに立ち入ると、紋切り花を象った照明が幻想的に天井を彩る。
気品あふれるラウンジの中央には暖炉が据えられ、揺らぐ炎が丸い頬を照らしていた。ホットレモネードで温まる姿に長旅の疲れも和み、直矢はすかさずカメラに収めた。いちご畑をバックに、夢中で収穫する様子も忘れずに撮影してある。もちろん、彼のSNS用だと自分に言い聞かせて。
森林を望む渡り廊下を抜け、プライバシーが完備された角部屋へ向かう。
扉を空ければ、皇室に所縁のある御用邸記念公園の枯葉が二人を出迎えた。木の温もりが感じられる統一感のあるインテリアや、結城紬の寝具、重厚な調度品の数々も趣深い。紫音はしばらく黙って、華麗な内装に見入っていた。
「――気に入ってくれたかな?」
直矢は荷物を預かると、背後から紫音の肩を抱いた。
「もちろんです……!直矢さんが選んで下さるものは、いつも素敵ですから」
紫音は感性豊かな瞳を揺らし、うっとりと笑んだ。
「ここは全室半露天風呂付きだし、食事も部屋食にしてある。人目を気にせず、のんびりできるよ」
「えっ……温泉も付いてるんですか?見てみたいです!」
オリジナルアメニティが充実した洗面所を通り過ぎ、部屋風呂を見学しに行く。
自家源泉が引かれた石造りの浴槽には、すでに硫黄の微香と湯けむりが立ち、眼前に迫る自然に溶け込んだかのような風情だ。
ひとしおの感動を見れば、一泊二名で16人の栄一を総動員させた甲斐があるというものだ。
そのうち、女将が彩り良いウェルカムフルーツとぶどう茶を持って、夕食の時間を尋ねにきた。
メニューの希望を併せて伝えると、紫音が弾む声で温泉に入りたいと言い出した。腕を引かれるので、振りほどけるはずもない。
オーバーサイズの服の下から現われた肌は、日光三山の頂きに冠する白雪に似て透き通っている。
貝殻で誕生したヴィーナスが抜け出したように艶やかな裸体は、何度見ても目に毒だった。ツグミのさえずりに包まれていると、彼自身も翼を広げて飛び立ってしまいそうな気さえする。
木立を抜ける凛としたそよ風を感じながら、直矢は無色透明の湯につま先を浸した。
少しとろみのある肌触りの湯は、身体の芯から温めてくれる。足を伸ばしてもゆったりとした広さがあるせいか、紫音は少し離れた場所に腰を下ろした。縁に置かれた石枕に細い首を預け、伏せ目がちに微笑んだ。
「……今日は……直矢さんと初めてのことだらけで、とても楽しかったです」
「俺も……童心に帰った気分で楽しかったよ」
朱の差した唇は、もぎたてのいちごよりも瑞々しい。
本心であれば距離を詰めたいが、直矢はいつもの二の舞を避けるため、紳士らしくその場に踏みとどまった、
「普段は、つい目の前のことに追われてしまうが……自然の中で一息つくのも大事だな」
淡い想いを自覚してから、これほど素朴な時間を過ごせたのは、直矢にとっても初めてのことだった。
すべては慎ましいリクエストのおかげだ。歴代の相手のように、プレゼントのお返しにブランドバッグをねだられれば実現しなかっただろう。
「はい……普段はできないような、深いお話もできましたし……」
紫音は頷きながらも、ますます頬を赤く染めていた。
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