「異世界転生したらギルドで笑われたけど、負けヒロインにはならない!」

ぐれおねP

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第三章 噂と紹介 ― ギルドへの道

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パン屋での三日間は、粉と水と笑い声でできていた。失敗した回数のほうが、うまくいった回数よりもずっと多いのに――
なぜか、朝になるとまた店の戸口に立っていたくなる。窯の火が小さく赤く、台の上にまぶした粉が白く光る。そんな景色に、私の“ここで生きる”が少しずつ馴染んでいくのが分かった。

 夜、店じまいの後。はしごを軋ませて屋根裏に上がる。そこは急な三角屋根の下、梁がむき出しの狭い部屋だった。
薄い藁のマットと、小さな木箱が二つ、窓は丸くて、月が来れば真っ先に覗いてくる。埃っぽい匂いに、焼きたての皮の香りがほんの少し混じる。寝転ぶと、星柄のフリルの短いシャツの裾がひんやりして、おへそに夜の空気が触れた。白いベルトを緩め、オレンジ色のスカートを畳む。ショートソックスを脱いで、オレンジと緑のハーフブーツの紐をほどくと、足の甲がほっとした。――ここが、いまの私の家。

 翌日の昼下がり、私は戸口の小さな腰掛けで、余りのパンをかじった。星の髪飾りが陽を跳ね返して、目の前の石畳に小さな光の粒が落ちる。遠くの鐘が一度だけ鳴って、風が通りの匂いを運んできた。油と革、花の束、そして肉を焼く香ばしさ。

三日間のパン屋修行(?)を終えたアリサは、なんとか主人に許されて屋根裏部屋を寝床にしていた。
皿洗いで洪水を起こし、販売で大騒ぎし、掃除で水浸しにしたが――不思議と「居候」を許されている。

「まったく……どれだけ迷惑かけても、めげねぇ奴だな」
「えへへ、褒め言葉として受け取っときまーす!」

 パン屋の主人は頭を抱えつつも、心のどこかでこの少女の底抜けの明るさに救われているようだった。

 私はパンの端をもう一口齧る。噛むたびに表面の薄い皮がぱりっと鳴って、中の白い柔らかさが舌に潰れて甘くなる。その甘さは、どうしてだろう、いつも最後に“お母さん”の声を連れてくる。「しっかり食べて、いってらっしゃい」。胸が少し温かくなって、そしてちょっと痛くなる。パンの屑が指先に付いて、親指で拭った。

 町の子どもたちが、通りの向こうで顔を寄せ合い、私のほうをこそこそ見た。星柄のシャツにオレンジのスカート、白いベルト。派手なハーフブーツ。肩が見えるフリルのシャツはこの町では珍しいらしく、視線を集めるのにも慣れてしまった。

昼下がり。店の前でパンをかじっていたアリサに、町の子どもたちがひそひそと囁く。

「ほらあれだよ、服装の変な子!」
「毎日パン屋で騒ぎ起こしてるんだって!」
「でもさ、ちょっと可愛いよな」

「へぇ~? 私、人気者じゃん!」
本人は全く気にせず、むしろ得意げに胸を張る。

 胸を張ると、星柄の生地が陽を拾って、粒の光がちかちか弾けた。私はわざと両足を肩幅に開き、ハーフブーツの底で石畳を“こつん、こつん”と鳴らす。子どもたちは「やっぱり変だ」と笑って、でも少しだけ目の端がきらきらしていた。

その様子を見ていた主人は、とうとう口を開いた。
「嬢ちゃんよ……お前、この町で働くつもりなら、まずはギルドに顔を出しておけ」

「ギルド? なにそれ、美味しいの?」
「馬鹿言うな。冒険者ギルドだ。仕事を紹介してくれる場所だよ。人手が足りないときに真っ先に頼られる」

 ギルド、という言葉はゲームのメニュー画面みたいな響きで、私の耳にころんと転がり込んだ。けれど、目の前の主人の顔は冗談じゃない。本気だ。

アリサはパンを頬張りながらきょとんとする。

主人は呆れ顔で続ける。
「このままパン屋で居候させてやってもいいが……いずれ限界がくる。食ってくには、自分で稼がなきゃならん」
「……うっ。ぐ、ぐさっときた……」
「ギルドなら、誰でも登録できる。仕事は掃除から荷物運び、魔物退治まで幅広い。嬢ちゃんのその元気だけは、どこかで役に立つかもしれねぇ」

「えっ、わたしの元気に需要が!? ほ、本気で!?」
「需要があるかどうかは知らん。ただ、働けば飯には困らんだろう」
「ごはん! よし、決めた! ギルドに登録する!」

主人は思わず苦笑する。
「……まったく、単純だな。だがまぁ、それでいい」

 主人の目の奥に、短い“間”があった。粉で汚れたカウンターを拭く手を一瞬止めて、彼は何か言いかけ、やめる。私がこの三日で起こした騒動の数々――洪水、粉雪、スケートリンク――が、きっと彼の頭をぐるぐる回っているのだと思う。それでも「それでいい」と言ってくれた。喉の奥が熱くなる。

こうしてアリサは「制服姿の変な子」から「ギルド登録を目指す変な子」へと進化した。
町に広まった噂はさらに尾ひれをつけ、冒険者たちの酒場でも話題になっていく。

「おい、知ってるか? パン屋で働いてる制服の小娘」
「ありゃ絶対トラブルメーカーだな」
「いや、案外化けるかもしれねぇぞ」

笑いと興味が交錯する中――アリサの異世界生活は、また一歩先へと進もうとしていた。

私はその日の夕暮れ、屋根裏に戻る前に、通りのはずれまで足をのばした。ギルドはどこにあるのか、看板の文字は読めないけれど、きっとあの賑やかな方向だ。屋台が列をなし、革の鎧を着た人や、背中に大きな荷を背負った人が往来する通り。私は腰の白いベルトを確かめ、星の髪飾りを指でつまんで、深呼吸した。――まだ武器なんてない。あるのは、元気と、空腹と、ちょっとの勇気。

 通りに面した石造りの建物の前で立ち止まる。扉は分厚く、上には剣と秤の紋章――みたいな絵。扉の隙間から、怒鳴り声と笑い声が同時に漏れてくる。私は手のひらをこすり合わせ、ノックの練習をして、結局ノックしないで扉を押した。

 中は天井が高く、梁に旗がいくつもぶら下がっていた。掲示板には紙がぎっしり貼られ、「求む・荷運び」「井戸掃除」「討伐依頼・注意」……文字は読めないのに、絵や数字みたいな印で何となく分かる。カウンターには、狐みたいに目の鋭い受付の女性がいて、その隣で大男が大ジョッキを傾けていた。

「いらっしゃい。――おや?」

 受付の視線が、私の服に止まった。星柄のフリルシャツ、肩の出た白、オレンジのスカート、派手なハーフブーツ。ここでも、やっぱり視線は刺さる。でも、もう少しだけ刺さっても大丈夫。三日間で、ちょっとだけ私の皮は厚くなった。

「登録、できますか?」

「できるけど……その格好でやるの?」

 “その格好”――言われると思った。私は胸を張って、白いベルトをぽん、と叩く。

「はい! 働けば、ご飯が食べられるって聞いたので!」

 受付の女性は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと微笑んだ。
「……なるほど。じゃあ、まずは名前から」
「神咲舞愛梨沙。かみさき・まい・ありさ。よろしくお願いします!」
「長いわね。『アリサ』で記録しておくわ。身元は――」

 身元。口の中で言葉が乾く。私は少しだけ黙って、でも嘘はつけない。
「ええと……ここに来たばかりで、よく分からなくて。働きながら、覚えていくつもりです」

 受付の女性は頷き、羽根ペンを走らせる。羽根の先が紙を擦る音が小さく心地いい。
「じゃあ、初回は雑務からね。掃除、荷運び、配達……危ないのは回さない。代わりに、時間には厳しいわよ」
「掃除……こ、今度は静かにやります!」

 思わず拳を握ってしまって、受付の女性が笑う。後ろの大男も「元気だな」と低い声で笑った。

「登録料は銅貨二枚。――」
「すみません、その……お金、まだ持ってなくて」

 やっぱり、詰んだ。胸がぎゅっと縮む。だが、受付の女性は肩をすくめた。
「なら、初回の仕事で相殺しましょう。店への配達手伝いが一件ある。終わったらすぐ戻ってきて」
「はいっ!」

 受付は小さな木箱を開け、薄い布の新米腕章を取り出した。端に小さな金具、中央には丸い印。
「新米はこれを腕につけて。困ったら、これを見た先輩がだいたい助けてくれる」
「え、そんな仕組みあるの?」
「“だいたい”ね。タダじゃない。礼儀とお礼は忘れないこと」
「はい、気をつけます!」

 私は腕章を左腕につけ、星柄の袖の上から軽く押さえた。掲示板の前に立つと紙の端が風で揺れ、墨の匂いがかすかに鼻をつく。

「嬢ちゃん、初めてか」
振り向くと、顎に傷のある壮年の男。鎖帷子の上に皮のジャケット。
「はい。アリサです」
「俺はガルド。騒がしいのは嫌いじゃないが、仕事は静かにやれ。――掃除は特にな」
「……はい」
図星すぎて頬が熱くなる。けれど男は不意に笑った。
「笑ってりゃ、なんとかなる時もある。死ななきゃ続きがある」
「死にたくないです!」
「なら、よく食って、よく寝ろ」

 短いやりとりなのに、胸のどこかが軽くなった。私はもう一度ぺこりと頭を下げ、受付に礼を言ってギルドを後にした。

 パン屋に戻る道すがら、窓から漂う甘い匂いに歩調が速くなる。看板の上で鳩が二羽、首をすくめて私を見下ろしている。石畳の継ぎ目にたまった雨粒が、夕焼けを閉じ込めてきらめいた。

「ただいま!」

 扉を開けると、窯の前で主人が大きな木べらを片手にこちらを見た。
「その腕の布はなんだ」
「ギルドの新米腕章! 困ったら助けてくれる“かもしれない”やつ!」
「……“かもしれない”って言われたのか」
「うん! でも、助けてもらったらお礼を忘れない!」
「当たり前だ」

 主人は木べらで空を切るように振り、窯の火を確かめてから、パンの端をひとかけ私の手にのせた。
「明日、朝一で行け。帰りにうちの配達も手伝え」
「了解! 配達なら任せてください、静かに、慎重に、こぼさずに!」
「言うだけは立派だな」
二人で笑う。笑いは粉の匂いに混じって、屋根まで届いた気がした。

 夜。屋根裏の窓から見える星は少し滲んで、遠い。星柄のシャツの小さな星と、窓の外の本物の星とを見比べる。似ているけれど、違う。手を伸ばしても届かないけれど、胸の上でなら、いくつでも瞬かせられる。

(明日は、ちゃんとやる。静かに、丁寧に。それから、お礼を言う)

 指先で髪飾りの星をつつく。ちいさなカチ、と音がして、私は目を閉じた。藁のマットが背中に優しく、屋根の梁が夜風のたびにふっと鳴る。遠くで犬が一度吠え、すぐに静かになった。お腹は、ほどよく満ちている。心も、だ。

 目を閉じる前、窯の火がぱち、と鳴いた気がした。明日は、はじめての“ギルドの仕事”。――行ってきます。
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