流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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夜会にて

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 リラは王太子に恐れを抱いたことはない。そもそも、何かの感情が動くほど関わってこなかった。王子妃候補だったのに。他の候補者たちがリラをなるべく王子たちと関わらせないように画策し、リラはなるべく関わらないように立ち回ってきた結果だ。

 なのに、指が震える。瞳孔が開く。

「リラ?」

 リラの異変に気づいたケインが、リラの視線の先に王太子を見つけて、そっと背中に隠してくれた。

「どうした」
「すみません。大丈夫です」
「顔色が悪い」

 目を閉じて首を軽く振る。

「あそこに」

 ケインにだけに聞こえる声で囁いた。

「わたくしを斬った近衛がいました。忘れたと思っていましたが、どうやら覚えておりました」

 ケインの殺気が会場に満ちて、周囲のざわめきがふつりと消える。

「安心しろ。あの程度のものにリラは触れさせない」

 どうやら一瞬で技量を見極めたらしい。リラの手を乗せた大きな掌がそっと指を包んだ。震えが止まった。

 袈裟がけに、一閃。
 正面から相手の目を見て、武器も持たないただの娘に剣を振う気分はどのようなものだったろうと、正気を疑う。騎士の誇りを己で踏み躙る行いだ。感情をなくした眼、命令に従うだけの家畜に成り下がった騎士だったもの。
 斬られた勢いでリラの軽い身体は弾き飛ばされ、川に落ちた。手応えは多分瀕死の深傷で、川に落ちれば生きているはずもないと思っただろう。
 彼らはリラが女神の愛し子であることを知らなかったのだから。
 報告を聞いた王子たちは焦っただろう。確実に殺せといったのに、とどめをさしていないのだ。生きているはずがないと考える、汚れ仕事を請け負った騎士と、生きているかもしれないことを知っている王族。
 愛し子の加護を独占するために、その存在を秘匿してきた王族が負ったペナルティだ。
 クリオスフィート王子がリラの生存を知らせたのだろう。今度は王太子が正式な伝手でリラを取り戻しに来たらしい。連れ戻してもう一度、今度は確実に息の根を止める気だろうか。なかなか死なない自信はあるが、それは苦しみを長引かせるだけの悪手かもしれない。

「ケイン様」

 伏せた視線を上げると、力強い臙脂色の軍服だけが視界を占める。大きなひとだ。リラを受け止めてくれる。優しく繊細に触れる。リラを大事にしてくれる。
 不器用な手が背中に回って、控えめにリラを抱きしめた。

「なにも、怖れる必要はない」

 勇気は胸の奥から湧き出てくる。それはとても温かで心地よい。

「久しぶりですね。リヴィアディラ嬢。まさかこのような場所で会うとは」

 いつのまにかケインの背後にハルトヒュール王太子が近づいていた。リラは広角をあげて、微笑みの顔を作って向き合った。

「ご機嫌よう、高貴なお方。ですが人違いかと存じます」

 リラはわざとアイム国のカーテシーで応えた。王子妃教育では周辺各国の微妙に異なるマナーも覚える。あの時覚えたカーテシーは、国王陛下との謁見で役に立ったので全てが無駄ではなかった。
 だがリラは今、明らかなパートナーであるケインを無視して王太子が話しかけてきたことに、気分を害していた。まるで居ないもののように。リラを守ると言ってくれる人を。
 ただここで引き下がるなら、赦す気持ちもあった。リラを放っておいてくれるなら。今までだって顧みたことすらなかったのに。
 ケインの凍るような冷たい視線も気づかないのか無視しているのか、ハルトヒュールはわざわざ回り込んでリラの正面に立った。

「惚けるのも大概にしなさい。自分の立場を弁えたほうがいい」
「お言葉ですが、わたくしは十分己の立場を理解しております。ゆえにわたくしは、マルカ国とは何ら関わりのない者でございます」
「リヴィアディラ、お前は私の婚約者だったろう」

 斜め上からの展開に理解がついていかず、リラはぽかんと口を開けた。
 そこに、国王陛下の登壇を知らせる声が響いた。
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