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オムレツは鉄板
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その夜結局ケインは具体的に望みを口にすることはなく、少し拗ねたようにリラを抱きしめて同じベッドで眠った。
翌日は砦への残りの道程と、砦での披露宴だ。領都で結婚式をしてからパレードに出発した逆の手順になる。
砦ではハルフネン侯爵家が総出で、リラの祝いの為に既に到着していた。そこに混ざって見知った顔が一人。
「お久しぶりです。王太子殿下。招待状をお出ししなかったご無礼をお許しください」
馬から降りたケインが、出迎えの中に見かけたクリオスフィート王太子から、リラを庇うように位置を取り、敵意のこもった声をかける。相変わらずクリオスフィートの肝は太い。ケインの迫力にビビりながらもちゃんとキラキラした王子スタイルを保っている。
マルカ国の王家は少し形態を変えた。
第一王子で王太子だったハルトヒュールが廃太子され、王籍を返上した。アイム国から帰国したあと、婚約者を訪問国で断罪し、既婚の辺境伯夫人に言い寄ったことはマルカ国にも知られるところとなった。その後にサスティア辺境伯夫人を拉致しようと計画したことも、ハルトヒュールの罪とされた。実際はマルカ王家、国王の指示だということは暗黙の了解、実行部隊にクリオスフィートが指揮をとっていたことも話題にされなかった。ハルトヒュールが全ての泥を被った形だ。
水面下ではハルトヒュールに代わって王太子となったクリオスフィートが、近々即位する約定をアイム国と結んでいる。王位を退くことで現在の国王は公にされずに罪を償うことになる。
ハルトヒュールは全ての罪を着せられた上、リラの魔法で女性と致せない体になったことで、一時期大層荒れた。一通り荒れ尽くしたあと、王籍を返上して一代限りの公爵位を賜り、その後はとても穏やかに、女性的なたおやかさを身につけて暮らすようになったという。何があったのかは定かではないが、リラに手を下した側近であった近衛が、騎士を辞めて公爵家に仕えているそうだ。長い間共にいたので話が合うのかなとリラは思っているが、リラの兄とクリオスフィートは真実の愛とか言いながら微妙な顔をしていたので、他に何かあるのかもしれない。ちなみに母は全力で応援しているらしい。何をだろうか。今彼は、子供のできない弱い立場にある女性たちの支援活動をしている。
クリオスフィートは王太子を引継いだ。いずれ周辺国との政略でどこかの姫と結婚することになる。子供ができないので、リラの兄と婚約者が婚姻して子供ができたら王家に養子にしたいと言っているが、兄と婚約者はまだ生まれる予定すらない我が子を絶対に渡さないと強く強く拒否している。
「うちの子も渡さない」
ケインがそんなことを言ったので、披露宴前の周囲は騒めいた。リラが慌ててまだ出来ていませんと大声で否定しなくてはならなかった。
「もちろんそんなことはしない」
クリオスフィートは牽制するケインの隙間からリラに声をかけた。
「今日は本当にただ、おめでとうと言いたかった。リヴィアディラには許されないことをしたと思っているが、どうしても。あの時の礼も出来ていなかったし」
「あの時?」
リラが直接クリオスフィートと言葉を交わすと、ケインががばっとリラを抱きしめた。クリオスフィートの目に髪の一房すら触れさせるのもかという意思がありありと見える。
「ここで最後に作ってもらったオムレツは、今までの人生で一番美味いものだった」
またオムレツか。
リラは慣れている。多分それまで食べていたものが不味すぎたから、普通の食事のハードルが下がりきっていたのだ。この砦の人間は皆それでリラに落ちたのだ。ケインも。それにしても皆オムレツが好きすぎではないか。
小さく肩を震わせて笑うリラに、ケインは訝しげな視線を向ける。
一国の王太子が、ありえないほどクソ不味い食事に折れて、泣きながら食べたオムレツが人生イチ美味かったとか。
あまりに普通すぎて。
令嬢たちを踏み躙ってまで王家の血を絶やすまいと、代々伝わる非道な選定に疑問も抱かず従ってきた末裔が。
「許します」
ケインの腕の中で身じろぎして、リラはぴょこんと顔を出した。クリオスフィートに笑顔を向ける。
「あなたを許しましょう。クリオスフィート王太子殿下。今後二度と王子妃選定を繰り返さないと誓ってくださるなら」
クリオスフィートのキラキラが増した。ケインの冷気を含んだ圧も増した。
「必ず、誓おう」
「マルカ国の王家に繁栄を」
リラの魔法が解けたのだろう。目に見えない何かが、クリオスフィートの股間のあたりでぱちんと弾けた気配があった。
翌日は砦への残りの道程と、砦での披露宴だ。領都で結婚式をしてからパレードに出発した逆の手順になる。
砦ではハルフネン侯爵家が総出で、リラの祝いの為に既に到着していた。そこに混ざって見知った顔が一人。
「お久しぶりです。王太子殿下。招待状をお出ししなかったご無礼をお許しください」
馬から降りたケインが、出迎えの中に見かけたクリオスフィート王太子から、リラを庇うように位置を取り、敵意のこもった声をかける。相変わらずクリオスフィートの肝は太い。ケインの迫力にビビりながらもちゃんとキラキラした王子スタイルを保っている。
マルカ国の王家は少し形態を変えた。
第一王子で王太子だったハルトヒュールが廃太子され、王籍を返上した。アイム国から帰国したあと、婚約者を訪問国で断罪し、既婚の辺境伯夫人に言い寄ったことはマルカ国にも知られるところとなった。その後にサスティア辺境伯夫人を拉致しようと計画したことも、ハルトヒュールの罪とされた。実際はマルカ王家、国王の指示だということは暗黙の了解、実行部隊にクリオスフィートが指揮をとっていたことも話題にされなかった。ハルトヒュールが全ての泥を被った形だ。
水面下ではハルトヒュールに代わって王太子となったクリオスフィートが、近々即位する約定をアイム国と結んでいる。王位を退くことで現在の国王は公にされずに罪を償うことになる。
ハルトヒュールは全ての罪を着せられた上、リラの魔法で女性と致せない体になったことで、一時期大層荒れた。一通り荒れ尽くしたあと、王籍を返上して一代限りの公爵位を賜り、その後はとても穏やかに、女性的なたおやかさを身につけて暮らすようになったという。何があったのかは定かではないが、リラに手を下した側近であった近衛が、騎士を辞めて公爵家に仕えているそうだ。長い間共にいたので話が合うのかなとリラは思っているが、リラの兄とクリオスフィートは真実の愛とか言いながら微妙な顔をしていたので、他に何かあるのかもしれない。ちなみに母は全力で応援しているらしい。何をだろうか。今彼は、子供のできない弱い立場にある女性たちの支援活動をしている。
クリオスフィートは王太子を引継いだ。いずれ周辺国との政略でどこかの姫と結婚することになる。子供ができないので、リラの兄と婚約者が婚姻して子供ができたら王家に養子にしたいと言っているが、兄と婚約者はまだ生まれる予定すらない我が子を絶対に渡さないと強く強く拒否している。
「うちの子も渡さない」
ケインがそんなことを言ったので、披露宴前の周囲は騒めいた。リラが慌ててまだ出来ていませんと大声で否定しなくてはならなかった。
「もちろんそんなことはしない」
クリオスフィートは牽制するケインの隙間からリラに声をかけた。
「今日は本当にただ、おめでとうと言いたかった。リヴィアディラには許されないことをしたと思っているが、どうしても。あの時の礼も出来ていなかったし」
「あの時?」
リラが直接クリオスフィートと言葉を交わすと、ケインががばっとリラを抱きしめた。クリオスフィートの目に髪の一房すら触れさせるのもかという意思がありありと見える。
「ここで最後に作ってもらったオムレツは、今までの人生で一番美味いものだった」
またオムレツか。
リラは慣れている。多分それまで食べていたものが不味すぎたから、普通の食事のハードルが下がりきっていたのだ。この砦の人間は皆それでリラに落ちたのだ。ケインも。それにしても皆オムレツが好きすぎではないか。
小さく肩を震わせて笑うリラに、ケインは訝しげな視線を向ける。
一国の王太子が、ありえないほどクソ不味い食事に折れて、泣きながら食べたオムレツが人生イチ美味かったとか。
あまりに普通すぎて。
令嬢たちを踏み躙ってまで王家の血を絶やすまいと、代々伝わる非道な選定に疑問も抱かず従ってきた末裔が。
「許します」
ケインの腕の中で身じろぎして、リラはぴょこんと顔を出した。クリオスフィートに笑顔を向ける。
「あなたを許しましょう。クリオスフィート王太子殿下。今後二度と王子妃選定を繰り返さないと誓ってくださるなら」
クリオスフィートのキラキラが増した。ケインの冷気を含んだ圧も増した。
「必ず、誓おう」
「マルカ国の王家に繁栄を」
リラの魔法が解けたのだろう。目に見えない何かが、クリオスフィートの股間のあたりでぱちんと弾けた気配があった。
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