令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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「……初耳だわ」

 シャガルに住んで十年、領主の娘でさえ知らない事実だ。

「だからこれは本当に秘密なんだ」

 真面目な顔でエドが言う。実際にわたしが風に乗って空を飛んでいなければ、信じられなかったと思う。

 エドはポケットから小さな革の袋を取り出した。小銭でも入っているのかと覗き込んでみれば、中には金色の砂が入っていた。

 この砂はシャガルでしか採れないものだ。

 シャガルの領旗。夜会の時にわたしが着ていたドレスの色。深い緑は広がる樹海の色、三本の青い川が流れ、その縁を金糸が彩っている。この金糸は川で取れる細かな金色の砂を象徴している。

 初めてその石が発見された時は、砂金かと思われた。だが砂金でない事はすぐにわかった。軽いのだ。石というよりは、琥珀の粒のよう。その砂は溶かすことも砕くこともできず、大きな欠片も見つからなかったので、宝石として売り出すこともできずに忘れられていった。

 ある時ふと、この砂を混ぜた土壌で育つ薬草の効果が他よりほんの少し高いことが発見される。気休めと変わらない、ほんの少しだけ。

 それから何人か、何代か、ちらほらとこの砂について研究する者もいたが、大した成果もなく長い間、この砂は薬草のちょっといい肥料として使われていた。

「この砂は魔力そのものなんだ。でも、誰も砂から魔力を抽出することが出来なかった」

「エドが発見したの?」

 エドは首を振った。残念ながら、と。

「あの大規模な風魔法は砂の魔力を使ったんだ。砂を使うには相性があって、僕は割と条件に合っていたからね。でも初めてだし加減がわからないし、魔力を使いすぎて丸一日寝込む羽目になったよ」

「初めて?」

 わたしはぎょっとしてエドを見つめた。

あの並外れた砂の魔力を、王宮で初めて使って、船まで空を飛んで来た?

「途中で力尽きたらどうするつもりだったの!」

「お嬢様には絶対に怪我なんかさせるつもりはなかったよ。実際うまく行ったし」

 褒めて欲しいのか、エドは満面に極上の笑みを浮かべた。夕暮れの薄明かりでも、印象的な瞳が輝いて見える。整った顔立ちをあらためて間近で見ると、少し恥ずかしい。

「……ありがとう、と言っておくわ」

実際エドが何のつもりでわたしとサヤをこの船に乗せたのか、まだよくわかっていない。

わたしに対して悪意はない、と思う。何かするつもりならそんな機会は山ほどあった。

ただそれは悪意に限ってのことで、あの気色悪い第一王子のように、わたしを側妃にするために船に乗せた可能性は否定できない。ないとは思うけれど。エドはわたしが日焼けしても文句を言わないので。

「とにかく、この砂で魔力を増幅できる。それが知られてしまったんだ」

「誰に?」

「王家に、だよ」

 辺境に住んでいるわたしでさえ知らない間に、密かに続けられていた砂の研究。それが実を結んだら、そしてその成果が常識を覆すほどの力だったとしたら。

「王家は砂を独り占めするつもりなのね」

 ちまちまと隣国と戦って領地を増やしたり減らしたりしている場合ではない。王軍をもって隣国を蹴散らして、ついでに辺境も王領にして莫大な魔力を手にしてしまえば、辺境どころか隣国全てをも征服できるだろう。

 あのフェチ王家に……征服される……?
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