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6巻

6-2

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「…………いいのですか?」
「え? 何がですか?」
「私が勝手にレシピをいじってしまったので……正直、激怒される可能性もあると思っていて……」

 おいおい、ジェイクさんよ。随分とまあ……正直者だな~。
 だが、まあ……――

「構わないですよ? むしろ、僕としてはそうやって新しいものを生み出してくれたほうが嬉しいです。というか、激怒されるかもしれないのに、よくそれを僕に言い出せましたね」
「それは……その、黙っていられなくて……」
「……」

 うわ~、ジェイクさんって僕が思っている以上に正直者なのではないだろうか……。
 お店が危なかったのも、その性格が原因だったり?

「話は聞いたわ!」
「うわぁ! レ、レベッカさん!? え、二人とパンを選んでいたんじゃ……」

 振り返ると、子供達と一緒にパンを見ていたはずのレベッカさんが、僕のすぐ後ろに立っていた。

「あら、だって、新作のパンの話をしているのが聞こえたんですもの。だったら、それが食べたいに決まっているじゃない!」

〝新作〟という言葉に反応して、パン選びを中断してきたらしい。

「「しんさく~♪」」

 アレンとエレナも、すっかり気分は新作に持っていかれていた。

「ははっ、ジェイクさん、みんな新作が食べてみたいようです」
「え、ええー!?」
「そうよ、ジェイクさん。私達にも食べさせてちょうだいな」
「「たべたーい!」」
「は、はい、すぐにご用意します!」

 ジェイクさんは慌てて厨房に入っていき、すぐにパンが入ったかごを手にして戻ってくる。

「えっと、新作はこちらですが……座っていただくような場所が……」

 そうだね。さすがにレベッカさんに立ち食いさせるのは気が引けるよね。僕でもそう思うのだから、試食をお願いしている立場のジェイクさんは、もっと焦ってしまっているだろう。

「レベッカさん。椅子を出しますので、良かったら座ってください」
「あら、タクミさん、ありがとう」

 僕はマジックバッグから出すように見せかけて《無限収納インベントリ》から椅子を一脚取り出すと、レベッカさんに座るように勧める。
 店内に堂々と座らせてしまうことになるが、お店の前にルーウェン伯爵家の紋章が入った馬車が停まっているせいか、他のお客さんが入ってくる気配はないので、これくらいなら問題ないだろう。
 そして、僕達は早速、マローあんパンを食べてみることにした。

「あら、マローの実のつぶつぶした感じが、これはこれで良いわね~」
「「おいしぃー!」」

 レベッカさんも子供達も、どうやら気に入ったようだ。

「うん、美味しいですね。マローの実の大きさもちょうどいいですし」
「ほ、本当ですかっ!?」
「本当ですよ。これ、充分に商品にできると思います。そうだな、マローをつぶしたものであんを作って、マローパンっていうのも良さそうじゃないですか?」
「っ!!」

 つぶあんにマローの実を混ぜたものも良いが、マローの実のペーストをベースにしたものをパンに入れても美味しいと思うんだよね。マローの実は今が旬だから、手に入りやすいだろうし。
 僕が提案すると、ジェイクさんは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに何かを考え始めた。もしかして、作り方とかを思案しているのかな?

「あら、タクミさん、それも美味しそうね」
「ですよね。ジェイクさん、どうです? もし良かったら、今度作って売ってくれませんか?」
「い、いいのですか?」
「え、何がです?」

 試作は僕にでもできるが、どうせなら本職の人に作ってもらったほうが美味しいだろう。そう思って気軽にジェイクさんにお願いしたら、彼はなぜかおろおろし始めた。

「そ、その……タクミ様のアイデアですし……」

 ああ、それを気にしていたのか……。
「良いこと聞いた。真似してやる」くらいの心意気を持てとは言わないが、ジェイクさんはもう少ししたたかでもいい気がするな~。

「まあ、僕は本職じゃないですから、気にしないでください。それにマローパンだったら、すぐに違うお店でも作り始められるくらいの発想ですからね。僕からお願いがあるとすれば、商品化したら大量に注文したいので、それを受けてくれるだけでいいですよ」
「あ、ありがとうございます! もちろん、タクミ様のご注文でしたらいつでもお任せください!」

 ジェイクさんは納得してくれたようなので、お言葉に甘えて大量にパンを注文することにした。そろそろ普通の白パンにクリームパン、あんパンなどを補充したいと思っていたからな。
 もちろん、マローあんパンとマローパンも頼んだ。この二種類は商品化のために試行錯誤する時間が必要だから、受け取りはまとめて一週間後ということになった。
 まあ、マローパンに関しては無理しなくてもいいとは言っておいたが、ジェイクさんのやる気を見る限り、一週間あれば試作品くらいはできているだろう。


 パンをたんのうした僕達は、再びレベッカさんに連れられて次のお店を訪れていた。

「「ここはー?」」
「ここはね、お茶の葉を扱うお店よ」
「茶葉の専門店ですか。それにしても……凄い量ですね」
「「……おちゃ~」」

 店内はほんのりと薄暗く、正面に見える棚には数多くの瓶が並んでいた。その一瓶一瓶に、ぎっしりと茶葉が詰められている。

「ここに並んでいるものは全て違う種類の茶葉ですか?」

 よくよく見ると瓶にはラベルが貼ってあり、そこには茶葉の産地らしき文字が記されていた。

「ええ、そうよ」
「へぇ~」

 瓶を見比べながらラベルを確認していると、アレンとエレナに呼ばれる。

「「ねぇ、おちゃー、なーに?」」
「飲み物だよ。お兄ちゃんがたまに飲んでいるやつ。ああ、そういえば、アレンとエレナには紅茶を飲ませたことがなかったか?」
「「なーい!」」

 アレンとエレナの飲み物といえば、大体が果実水だ。なので、今まで紅茶を飲ませる機会はなかった。

「アレン、おちゃのむー」
「エレナものみたーい」

 興味を持ったのか、二人は紅茶を強請ねだってくる。

「え、そんなに飲みたいのか? でも、二人は果実水のほうがいいんじゃないかな~」

 紅茶って子供にとっては渋くてあまり美味しくないものだと思うので、果実水のほうを勧めたのだが――

「「のみたーい!」」

 二人は興味を持ったら諦めないんだよね~。

「ふふっ。アレンちゃんとエレナちゃんったら、好奇心がおうせいで譲る気はないみたいね~」
「ええ、そうなんですよね……」

 レベッカさんは二人の性格をお見通しのようだ。

「タクミさん、ここは選んだ茶葉のお茶を奥の席で飲むこともできるのよ。そろそろ喉が渇いたでしょう? 少し休憩しましょう」

 なるほど。ここは喫茶店みたいなものも兼ねているのか。
 きっと、レベッカさんはもともと休憩するつもりでこの店を選んだんだな。

「「おちゃー!」」

 アレンとエレナはお茶が飲めるとわかり、両手を挙げて喜んだ。

「私が好きなのはクライブ産のものよ。タクミさんは何にする?」
「えっと、どれにしようかな……」

 レベッカさんは愛飲している茶葉があるらしく、すぐに注文を決めてしまった。
 だが、僕は選ぼうにも種類が多すぎて悩んでしまう。

「まあ、こういうものは色々な種類を飲んでみないと、好みのものが見つからないわよね。とりあえず、今回は私と同じクライブ産の茶葉にしてみない?」

 悩んでいる僕を見かねたのか、レベッカさんがそう提案してくれた。

「そうですね。僕もクライブ産のものにしてみます。アレンとエレナは……」

 レベッカさんの言うことには一理あるので、素直にお勧めのものにした。
 次は子供達の飲み物を選ぼうと思うのだが、やはりストレートの紅茶では、二人は渋い顔をするだろう。
 う~ん、ミルクティーとかフルーツティーなら、アレンとエレナでも楽しめるかな?

「レベッカさん、このお店ではミルクティーとかもお願いできるんですか?」
「ミルクティー? それは紅茶にミルクを入れるってことかしら?」

 …………あれ?
 ミルクティーという言葉に、レベッカさんは不思議そうな表情をする。

「もしかして、ミルクを入れた紅茶って飲まないんですか?」
「ええ、紅茶はそのままいただくものでしょう?」

 ……ということらしい。
 エーテルディアでは、〝これはこういうもの〟という固定観念が強いよな~。
 あ、新鮮なミルクが常に手に入るとは限らないことも関係あるかもな。

「僕の故郷では紅茶にミルクを入れた――ミルクティーという飲み方もあるんです。それを甘くすれば、子供達の好みに合うと思うんですよね」
「確かに悪くない組み合わせかもしれないわ。あら、そういえば紅茶の茶葉を入れたアイスクリームは美味しかったわよね~」

 そう、ルーウェン家のお茶会で出されたアイスクリームには、細かくした茶葉が混ぜ込まれているものもあった。
 まあ、それはあくまで紅茶のアイスであって、ミルクティーのアイスではなかったけどね。
 僕がやしきの料理人に「クッキーに茶葉を混ぜてもいいんじゃないか」という話をしたから、たぶんそれを応用してアイスに入れたのだろう。アイスなら茶葉を直接入れるのではなく、れた紅茶を混ぜたほうが合うと思うけど、そこまでは考えつかなかったのかもな。

「ねぇ、タクミさん。ミルクティーに向いている茶葉というものはあるのかしら?」
「そうですね……すっきりした味わいよりも、香りが強めの茶葉のほうが相性は良かったはずです」
「あら、それならクライブ産の茶葉は相性が良さそうね。ねぇ、ラッセルさん、お願いできるかしら?」

 レベッカさんは、店の人にミルクティーを淹れてくれるように頼んだ。
 やしきに戻ってからではなくすぐ頼むあたり、レベッカさんはミルクティーが気になって仕方ないらしい。

「申し訳ありません、レベッカ様。当店にはミルクを置いていませんし、その……淹れ方を存じませんので、それでは美味しいものをご提供するのは難しいかと……」

 店の人――ラッセルさんは恐縮したようにレベッカさんに頭を下げた。
 僕が余計なことを言ったせいでラッセルさんを困らせてしまったので、申し訳なく感じる。
 だが、レベッカさんはミルクティーを諦める気はないのか、僕に話を向けた。

「タクミさん、ミルクは持っているかしら?」
「は、はい。あります!」
「では、ミルクティーの淹れ方は?」
「ごく一般的なものであれば知っています!」

 ラッセルさんへの申し訳なさと、レベッカさんの執念めいたものにされ、つい背筋を正して答えてしまった。

「えっと……茶葉を少しだけ多くするか、蒸らし時間をやや長くして濃いめの紅茶を淹れていただければ、あとは僕が……」

 今回は濃いめの紅茶に、人肌程度に温めたミルクを注げばいいだろう。
 鍋に少なめの湯を沸かして茶葉を蒸らし、そこにミルクを加えて軽く火にかけるという淹れ方もあるが、今は紅茶の専門家がいるのだから、彼に濃いめの紅茶を淹れてもらったほうがいい気がする。ミルクは魔法で温めれば問題ないしな。
 ミルクを持っていることについては……たまたま購入したばかりとでも言ってそう。

「ラッセルさん、お願いできるかしら?」

 レベッカさんはにっこり微笑んでもう一度、ラッセルさんにお願いする。
 ラッセルさんも「濃いめの紅茶でよろしければ」、と今度は了承してくれた。


「お待たせしました」

 僕達が店の奥にある席に着いて間もなく、ラッセルさんは紅茶を入れたポットとカップを運んできてくれた。

「あら、ラッセルさん、カップが一つ足りないわ。すぐに持ってきてちょうだい」
「?」

 テーブルに並べられた四脚のカップを見て、レベッカさんがそう言った。
 レベッカさんの言葉に、ラッセルさんだけでなく、僕も首を傾げる。

「せっかくですもの、ラッセルさんもミルクティーの味を確かめてみたいでしょう?」
「えっ!?」

 ああ、なるほど! ラッセルさんの分か。
 ラッセルさんは驚いているが、僕も通常の注文とは違うものを頼んでしまった手前、〝一緒に〟という意見には賛成だ。

「私は今から飲むミルクティーについて、紅茶の専門家であるあなたの意見も聞きたいのよ」

 レベッカさんはラッセルさんが心置きなくミルクティーが試飲できるように、言い方を変えて再度、誘う。

「……そういうことでしたら。レベッカ様、お気遣いありがとうございます」

 ラッセルさんは恐縮しながらも、カップを追加でもう一脚持ってきた。

「アレンとエレナは甘いほうがいいよな。砂糖……じゃなくて、蜂蜜を入れようか」
「「うん!」」

 ラッセルさんがカップに紅茶を注いでくれたところで、僕は温めたミルクを加え、さらに子供達の分には蜂蜜を入れてから、早速みんなで飲むことにする。

「あら!」
「これは!」
「「……」」

 レベッカさんとラッセルさんは、ミルクティーを一口飲むと驚いたような表情をした。
 そして二人はさらに、アレンとエレナがそうしているように蜂蜜を入れて飲んでみる。
 アレンとエレナに至っては、無言でちびちびと飲み続けていた。

「あらあら、甘くしてもいいわね~。ラッセルさん、どうかしら?」
「食後などの口をさっぱりさせたい時にはそのままの紅茶のほうが良いと思いますが、休憩時などに飲むにはミルク入り、特に甘みを加えたもののほうが安らぎそうですね」

 どうやら、ミルクティーは二人の口に合ったようだ。

「「おかわりー」」

 もちろん、ニコニコしながら飲み干し、さらにお代わりを要求してくるアレンとエレナがミルクティーを気に入ったのは間違いないだろう。

「紅茶もひと工夫すれば、また違った味わいになるのね~。ねぇ、タクミさん、もしかして他にも美味しい紅茶の飲み方ってあるのかしら?」

 お代わりのミルクティーを用意していると、レベッカさんが紅茶のアレンジについて尋ねてくる。

「……そうですね~。僕が知っているのは、フルーツティー――生でも乾燥したものでもどちらでも大丈夫だと思いますが、果実を入れた紅茶とか、あとは……実際には淹れたことはないので詳しい作り方までは知りませんけど、ミントやショーガを入れた紅茶というのも聞いたことがあります」

 僕は思い出すように、少し考えながら答えた。
 実際に飲んだことはないが、ミントティーにジンジャーティーなら聞いたことはある。それに、レモン――この世界でいうレモネーを使ったレモネーティー、ジャムを入れるロシアンティー。
 あとは……バターティーなんてものもあったかな? いや、これはコーヒーだったか?
 ん~……、不確定な情報は言わないほうがいいよな。

「へぇ~、いろいろな飲み方があるのね~。でも……」

 僕の答えに、レベッカさんは感心したように頷いている。
 だが、その雰囲気が少しだけ変わった気がした。

「タクミさんは無意識に言っているみたいだけど、どれもかなり貴重な情報よ? だから、本当はそんなに簡単に教えては駄目」
「え!? そ、そうですか?」
「そうなのよ、もう!」

 ほいほい情報を教えてはいけないと、お叱り……というか注意を受けてしまった。
 まあ、レベッカさんは怒っているわけではないけどな。

「ねぇ、ラッセルさん、タクミさんが教えてくれた紅茶、どう思う?」
「そうですね……茶葉の種類を吟味する必要はあると思いますが、どれも紅茶との相性は悪くないでしょう。ですので、レベッカ様のおっしゃる通り、貴重な情報かと」
「ね、言った通りでしょう?」

 ラッセルさんもレベッカさんの意見に賛同した。
 しかし――

「ですけど、今のは出し惜しみしても仕方がない情報ですし……」

 お茶のアレンジくらいなら、公開しようがとくしようが大して変わらないと思うんだよな~。
 むしろ隠しておいて、他人に見られた時に〝それは何だ?〟と群がられるほうが嫌だ。

「ラッセルさん、商品として使えるようでしたら使ってくれて構いませんので」
「……よろしいのですか?」
「はい」

〝タクミさんらしいわね〟とレベッカさんにはなまあたたかい目を向けられたが、ミルクティーはもちろんのこと、フルーツティーにミントティー、ジンジャーティーの扱いはラッセルさんに任せることにした。


 ゆったりとお茶を楽しんだ後は、再びお店巡りだ。
 僕達が注文していたブーツを取りに行ったり、雑貨店や宝飾店をたんのうしたりと、レベッカさんといろんな店を見て回った。


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