異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉

文字の大きさ
307 / 321
書籍該当箇所こぼれ話

閑話 カイザーの冒険

しおりを挟む
 魔力を辿り、タクミのいるであろう街はすぐに見つけられた。
 しかし、我との行く手を阻むように、街をぐるっと壁で覆われておる。何か所か人が通れそうな場所はあったが、確か中に入るには身分証とやらの確認があったはずだ。となると、身分証を持たぬ我は入れない。入口以外となると――

「……この壁を壊して通っては駄目であろうな」

 いや、待てよ。

「ふむ……」

 このくらいの高さなら飛び越えられそうだな。幸いにもここら辺は人の気配はせぬ。
 やるしかないなとばかりの状況であったので、我は軽く助走をつけて上へ目がけて飛んだ。飛び越える……と言うには少々高さが足りなかったが、壁の上に手が掛けられるくらいまでは飛べたので、手の力も利用して、無事に街の内側へと着地した。

「ふむ、いけたな。身体の使い方にもだいぶ慣れてきたということか」

 まだまだこの身体を使いこなしているとは言えぬが、違和感は覚えないくらいにはなったかのぅ。

「さてと、タクミは……あっちのほうか」

 早速、タクミがいる方向へと歩くと、すぐにぽつりぽつりと人とすれ違うようになり、あっという間に視界いっぱいに人、人、人! さすがにこれほどの人を見るのは初めてである。
 人族が数が多いというのは知識としてはあったが、一ヶ所にこれほどの数が集まっておるのだな~。なかなか新鮮な光景である。

「ぬ?」

 見慣れる光景に目を取られていると、いつの間にかタクミの持つ我の魔力が移動していたことに気がついた。どうやらタクミは街の中を動いているようである。
 建物の中にいると、顔を合わせるためにどうやって突撃するが悩むところだが、出歩いているのなら好都合だと思い、我は急いでタクミのもとへと向かった。

「お、いたいた。タクミ、久しぶりだな」
「……?」

 ちょうど良いことにタクミも我がいるほうへ向かっていたらしく、すぐに相まみえることができたので、我は嬉しくなり声を掛けるが、タクミは我を見て不思議そうな顔をする。
 どうやら我のことがわからないようだ。まあ、当たり前だがな。

「アレンとエレナも元気そうだな」
「「うにゅ?」」

 子らにも声を掛けてみるが、こちらも不思議そうな顔だ。

「えっと……どちら様でしょうか?」
「我だ、我。カイザーだ」
「え、ええっ!? カ、カイザー!?」
「「カイザーなの?」」

 三人は非常に驚いたような顔をした。
 うむ、うむ。これが見たかったのだ!

「本当にカイザーだね! え、何で人の姿をしているんだ」
「ん? タクミは【人化】のスキルは知らんのか?」
「「「じんかー?」」」
「人になるという意味だな」
「ああ、人化ね!」
「「すごいね~」」
「凄いであろう~」

 タクミは【人化】スキルの存在を知らなかったらしく、素直に賞賛してくれた。

「…………なぁ、カイザー、そのスキルは最近取得したのか?」
「ん? 以前から持っておったぞ」
「そうか、そうなんだ。それならさ、カイザーに聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? 何だ?」
「アレンとエレナの保護を頼まれた時、【人化】スキルは取得していた?」
「…………取得しておったな」

 しかし、タクミが我が少しも考えてなかったことに思い至ったようだ。
 そうさな、今回のように人化して街に来れば、長殿に頼まれた時に街を破壊せずとも子供達を保護することは可能だったな!

「すまなかった! あの時はすっかりこのスキルのことは忘れたおったのだ!」

 我は即座に謝罪することを選んだ。
 タクミの表情が少々不穏だったのでな!

「……怒っておるか? そのな、言い訳になってしまうが、我が初めて人化したのはタクミに会った後なのだよ」
「僕と会った後? じゃあ、それまでは一度もスキルを試したことはなかったのか?」
「うむ。人化することに興味がなかったのでな」
「そうなんだ。じゃあ、何で急にスキルのことを思い出したんだ?」
「タクミと知り合い、仮とはいえ契約を交わし、縁を繋いだことで、我は無性にタクミに会いたくなってな」
「え……そうなんだ」

 本当のことを素直に伝えればタクミはそれ以上追及はしてこなかった。
 それどころか、せっかく来たのだからと我をいろいろな場所へと案内してくれたり、美味しいものを食べさせてくれた。
 人族の生活は興味深いものがたっぷりとあり、我は楽しい時間を過ごした。


◇ ◇ ◇


 人化の限界が来る前にタクミ達とは別れ、我は人気のない海岸までやって来た。

「もう少しなら余裕はありそうだな」

 人目のあるところで人化が解けるような失態はせずに済んだようだ。
 しかし、タクミと共に行動しようとするのであれば、もう少し長い時間人化していられるようにしなくてはならんな。そこは要訓練ってとこだな。

「ここなら良いだろう!」

 我は腰を落ち着かせられる場所でレイ酒という飲みものを鞄から取り出した。
 この酒というものが美味しいかどうか子らに聞いてみると、渋い顔をして全力で首を横に振っておったが、タクミが言うには大人の飲みものらしい。
 迷宮で見つけた時、その場で飲んでみたかったが、タクミから全力で止められた。何故かわからなかったが、タクミが必死そうであったので、渋々諦めた。
 しかし、タクミはマジックバッグを貸してくれ、それにレイ酒をたんまりと持たせてくれたのだ。
 タクミはできれば人気のないところで飲んでみてくれて言っておったが……どうしてなのか。

「おぉ、これは美味いな~」

 早速、我はレイ酒を飲んでみたが、今まで飲んだことがない味わいだった!

「これはどんどん進むな」

 大樽で十個ほど持たせてくれたので、一度でひと樽としても十度は楽しめるな!
 マジックバッグは便利よの~。もちろん、存在は知っておったが、我にはものを持ち歩くという習慣がないため、使う必要性を感じなかった。そのため、今まで使う機会はなかったが……使ってみると便利としか言いようがない。
 タクミの話によれば、時間経過が遅くなるものもあるらしい。それであれば、料理などを入れておいても腐る心配がないと言う。しかも、鞄型ではなく同じ機能の装飾品もあるようなので、今度はそれを探してみるのも一興かもしれぬな。

「む? ……身体が――」

 樽の半分くらいの酒を飲んだところで、何故か人化が解けてしまった!
 人化の限界まではまだあったと思ったが……これはあれか? タクミが心配していたのは、スキルの制御ができなくなることを見越してだったか! タクミは慧眼であるな~。
 元の身体でも酒は飲めぬことはないが、あっという間になくなりそうだな。ここは我慢して、また人化した時に楽しむことにしよう。





しおりを挟む
感想 10,303

あなたにおすすめの小説

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。