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第3章 火宅之境

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顔を上げられないまましばらくの間朝夜先輩の運転する車に揺られていたけど、さすがにずっとこうしてても仕方ないと思い静先輩のいる方とは反対側の窓の方に視線を向けた。

「ん、あれ・・・・・・?」

窓の外に広がる景色は僕の住んでいるアパートから一番近いところにある商店街だ。
まあ車で帰ってくるなら商店街の見えるこの道を通るのが普通だろう。
そこはもちろん僕もよくお世話になっている場所だった。

だからどこにも不思議に思う要素はないはずだ。
もうこんなところまで来たのか、という驚きのはずだったんだ。

でもよく考えてみたら。
「なんで真っすぐここに来れてるんですか!? 僕一言も言ってないのに」

静先輩は何度かうちに来たことがあるから場所を知っててもおかしくはない。
まあ、静先輩がうちの場所を知っていたのもおかしな話なんだけど。
今はそれはいったん置いといて。

朝夜先輩は一度もうちに来たことがないはずだ。
ここまで来る間誰も話してないから、静先輩が道を教えたってこともないし。
なんで朝夜先輩がうちの場所知ってるんだ・・・・・・。

「こわっ」
「え~。やっぱり弥桜くん俺へのあたり強くない? 悲しいなぁ」
反射的に出てしまった声が聞こえてしまったらしく、なんとも心のこもってなさそうなリアクションをされた。

こういうところが何を考えてるのかわからなくて信用出来ないのだ。

「あの日弥桜を連れて帰る時もこの車を使ったんだ。その時運転も頼んでる。俺が弥桜ん家に行く時も何回か乗っけてもらってた」
僕たちのやり取りを隣で聞いていた静先輩が教えてくれた内容に、開いた口が塞がらないとはこのことだ。

もう今日はなんでこんなことばかりなんだろう。

静先輩の言うあの日とは、もちろん僕が学校で発情期になって倒れた日のことだろう。
静先輩と会ってからのことは全く記憶になくて気づいたら二人で家にいたから、てっきり静先輩が一人で僕を連れて帰ってきたんだとばかり思っていた。
まさか朝夜先輩もあの場にいたとは思ってもみなかった。

ということは、発情期のあんなあられもない姿をばっちり見られていたわけだ。
それどころかいくら静先輩がいたからと言って彼だって歴としたαだ。
一番無防備で危険な状況の中、しっかり僕を家まで送り届けてくれた。

この事実はやっぱりΩとしてはとても好印象で、今までの朝夜先輩の印象が変わるには十分だった。

「・・・・・・えっと、なんかごめんなさい。かなり好き勝手言ったと自覚してます」
ようやく自分がひどい思い込みをしていたことに気づいて、素直にそれを謝った。
「んん、そうだねほんとに好き勝手言ってくれたよねぇ。まあ、それはいいよ」
朝夜先輩はやれやれと言った風に許してくれた。

「それから、その節はどうもありがとうございました。僕もちゃんと信用出来たと思うんで、さっきのお願いもちゃんとやります。・・・・・・結永先輩」

僕が一度信用できないから、と断ったお願いだった。

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