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自覚と失恋

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私、コンラッド殿下の事が好きだったみたい。

気付いたきっかけは赤と青の2色で作られた組紐へ愛おしそうに唇を落とすコンラッド殿下の姿。無自覚だった恋心に気付いた私は、同時に失恋もしたようです。

今日は年に一度の剣術大会。10歳から参加している殿下へお守りの組紐を渡したのも今年で6回目となりました。
作る人の瞳の色と、渡す人の瞳の色、2色の糸を組み合わせて作る組紐はわが国では定番の勝利のお守りなのです。

紫の瞳の私が青い瞳の殿下に渡したのは紫と青の組紐。
公爵家の跡取りとして日夜厳しい教育を施されている中で少ない自分の時間を削り作るそれは、年を重ねる毎に複雑な組み方に挑戦してました。6本目になる今年の組紐は、今までになく複雑な柄を組み込んだ自信作です。

誰から見ても簡単には作れないとわかる出来栄えでしたが、それでもコンラッド殿下は、いつも以上の素っ気なさで「嬉しいよ」とだけ言いながら受け取り、いつも通り目に付く所に付けてはくれませんでした。
大人しいと言われる私に輪をかけて無口で反応の薄い殿下のことだからと、付けてくれなくても仕方ないと去年までの私は思っていました。

でも、本当に嬉しい組紐ならば、手首へ巻き試合の前に口づけを落とすのですね。

私が渡した紫と青の組紐は今どこにあるのでしょうか。ひょっとすると捨てられてるのかも。ふと、コンラッド殿下の執務室のゴミ箱に捨てられた紫と青の組紐を想像してしまい、胸が引き裂かれるように痛みます。

勝手な想像で傷つくなんて愚かです。どうにか前向きに考えたいのですが、堂々と赤と青の組紐に口づけをするコンラッド殿下が、紫と青の組紐をポケットの中に忍ばせてるとは到底思えないのです。

私は筆頭公爵ガネス家の1人娘、マロリー・ガネス。コンラッド殿下は、王太子殿下が結婚し後継も生まれた後に生まれた第三王子。同い年の私たちですが婚約はしておらず、2人の関係を表現するなら幼馴染という言葉が一番近いかもしれません。

王妃様は晩年に生まれた第三王子のコンラッド殿下をガネス公爵家に婿入りさせたいと考えているのですが、陛下とお父様は絶対に認めません。王妃様のご実家によるガネス家の乗っ取りを危惧しているためです。王妃様のご実家は娘が王妃になり、跡取りが宰相になったことで驕り高ぶり、何かと王妃の生家を優先させるようにと口を出すことで王宮で厄介な存在になっているのです。

陛下とお父様が認めない限り、コンラッド殿下がガネス家に婿入りすることはありえません。けれど王妃様は諦めておらず、コンラッド殿下が幼い頃から「ガネス公爵令嬢と仲良くするように」と執拗に言い含めていたのです。

私がコンラッド殿下を求めたとしても、お父様やひいては陛下がお認めにならなければ婚約などありえません。コンラッド殿下を使って私を懐柔するよりも、王妃様ご自身が陛下を説得する方がよほど可能性があると思うのですが、王妃様は自身が尽力することは選びませんでした。

そのため、コンラッド殿下は7歳の頃から週1回の頻度でガネス家へ通ってるのです。

3歳で母を亡くし、多忙で満足に会えない父と2人きりの家族だった私にとって、週に1回会える男の子が大きな存在となるのは必然でした。
無口で落ち着いているコンラッド殿下と大人しくて何事も控えめな私とでは盛り上がる様な出来事は起こりません。それでも、一人ぼっちの私にとっては、コンラッド殿下が一緒にいてくれるだけで満足だったのです。友達であり、時には兄であり、時には弟であり、と王妃様の思惑通りコンラッド殿下に親愛の情を持つまでになってました。

中々お会いできないお父様とお話できた時には、「コンラッド殿下とは婚約させれない」「距離を取る様に」と再三注意をされてたのです。それでもコンラッド殿下の方から勝手に家に遊びに来るのだと言い訳をし、寂しさに勝てずに殿下を拠り所にしてました。
大人しく滅多に我儘を言わない私の静かな反抗に、お父様は寂しい思いをさせていると分かっている負い目からかきつく戒める事が出来なかったのです。

それでも、コンラッド殿下への思いは家族に対するような気持ちだと思っていました。
遠目で見ても拙い、不出来な赤と青の組紐に愛おしそうに唇を落とすコンラッド殿下を見て痛む私の心は、確かに恋する気持ちがあるのだと主張してます。

あんな優しいコンラッド殿下のお顔、初めて見ます。最近のコンラッド殿下は様々な表情をするようになりました。でも、それらは私へ向けたものではありません。振り返れば、コンラッド殿下が私へ見せていたお顔は口元のみ薄く笑っている表情だけでした。

今までのコンラッド殿下と私との関係は、殿下にとっては王妃様に言われてしかたなく私の相手をしていただけなのかも。後ろ向きな考えが心の中がぐるぐると渦巻いてます。

「コニー様!頑張ってー!」

隣で出された大声にびっくりし、コンラッド殿下の試合へ意識が戻ります。

母親である王妃様ですら呼んでないコンラッド殿下の”コニー”という愛称、たった1人そう呼ぶ事を許されているこの令嬢。名はダビネといい、つぶらな瞳の色は”赤”。ふわふわのピンクの髪の毛を揺らし、華奢な身体を精一杯大きく見せる様に大きく手を振って応援してます。
絶妙なバランスで配置された美しい顔、黙っていれば人形の様な美しさがありながら少しでも話し始めるととたんに野原に咲く名も無い花のような素朴で暖かな印象になるちぐはぐさで誰しもを引きつける美少女です。

紫色の瞳にストレートの銀髪、平均より背が低く実年齢よりもずっと幼く思われてしまうような私には無い、ハツラツとした少女の魅力で溢れています。

「まぁ、何かしらあの大声、貴族としてありえないわ。きっと作法を軽んじるお家なのね」
「第三王子殿下の事をコニー様などと呼んで、信じられない」
「あぁ、彼女、例のガネス公爵の愛人の子よ。本当に公爵と同じ赤い目をしてらっしゃるわ」

周りにいる令嬢がこちらを見て声も落とさずに話しているのが聞こえてきます。応援をしている彼女はそんな声が聞こえてないのか、それとも聞こえた上で無視しているのか、気にせず声援をかけ続けてます。

「きゃー!コニー様が勝ったわ!お姉様!コニー様が勝ちました!」

思わず言われなくても見てた、と言いたくなる私は狭量でしょうか。そして、何度言われても認めるわけにいかない言葉の間違いは毎回正さないといけません。無視することで認めたことになりかねないからです。

「何度も言いますがあなたは私の妹ではありません。お姉様と呼ばないで下さい」

「お姉様……」

途端に、まるで私に酷い事を言われたかのように悲しそうにし目に涙を溜め出します。先ほどまであれ程はしゃいでいたというのに。
この反応はいつも通り。そしてこの後、誰かしら男性陣に私が注意を受ける、まるで様式美のようなやりとりになってしまってます。

「マロリー嬢、こんな時にまでダビネに辛く当たらなくても良いのでは」

案の定一緒に試合を観戦していたコンラッド殿下の側近で宰相の三男、スカイラー様から注意されました。
辛く当たっているのではなく間違いを正しているのですが。本人にもその周りの男性陣にも伝わらない虚しさを覚える様になってもうすぐ1年になりそうです。

その時、見学席の入り口の方からざわめきが起こり、こちらに向かって人の波が割れ出しました。その割れ目の中心、こちらに向かって歩いて来るコンラッド殿下が見えます。

剣術大会を見学して今年で6回目ですが、試合の終わった殿下が見学席まで来たのはこれが初めてです。

「ダビネ!ダビネの声が聞こえて頑張れたんだ。ありがとう」

コンラッド殿下が笑顔で駆け寄ってきます。もちろん私の元へではありません。ダビネのすぐ横に私もいることに気づいてすらないかもしれません。

艶々と輝く黒い髪に海のような澄んだ青い目をしたコンラッド殿下は、華やかさと気品を備えた優雅で麗しい容姿をしております。しかも今は満面の笑顔、いつも控えめな殿下にはありえないことです。滅多に表情を崩さない殿下の笑顔を見た周りの令嬢たちがうっとりとため息を吐いてます。

私がここにいることには気付かないコンラッド殿下ですが、赤い瞳を濡らす涙は見逃さないようです。

「ダビネ、なぜ泣いている」
「なんでもないのです。コニー様、至らない私が悪いのです」

コンラッド殿下はその青い目を鋭く細め、冷え冷えとした視線をこちらに向けました。私の存在に気付いていなかったのではなく、無視していただけのようです。
コンラッド殿下からの冷たい視線に思わず涙がにじみますが、殿下は私の涙には心を砕くことはありません。

状況がわからない段階で悪いのは私だと思う程に、コンラッド殿下から疎まれているようです。

厳しい公爵家当主教育の合間、ひと編みごとに殿下の勝利を願い組紐を編みながら思い浮かべる殿下の顔は幼いころの殿下ばかりでした。最近はこのような冷たい顔や白けたお顔しか見せてくれないのですから仕方ありません。

「マロリー嬢が公衆の面前でダビネへ妹では無いと言い募ったのです」

横からスカイラー様が報告します。それを聞いたコンラッド殿下は冷えた視線から無理やり気持ちを押し込め、無表情で私へ話しかけてきます。

「ダビネが公爵家へ迎え入れられてもうすぐ1年。なぜ妹だと認めない?公爵令嬢なのに古いドレスを着まわしているあなたとは違い、ダビネはこの1年会うたびに違うドレスを着ている。最新のドレスを山ほど買い与えられているダビネが公爵に溺愛されているのは明らかだ。それに何よりダビネのこの美しい赤い目はガネス公爵と同じだろう」

”古いドレス”に”あなた”。これが殿下の本音なのでしょう。
私のドレスは、亡くなったお母様が私の年頃に着ていたドレスを丁寧に直したものです。私はお母様のドレスを着る事はお父様からの要望でもあります。そのことは殿下にもお話してましたが、殿下にとっては”お母様のドレス”もただの”古いドレス”だったようです。

しかも何度も違うドレスを着ているダビネと会っているのだと、公衆の面前で宣言してます。

「愛妻家と言われていた公爵に1歳差の異母妹がいた事実が認めらない気持ちはわからなくない。だが、それは母を亡くしたばかりで傷つき悲しむダビネをそれ以上に傷つけてまで貫かねばならないことではないだろう。ダビネに辛く当たるのは八つ当たりではないのかな」

まるで聞き分けのない子供に諭すように言い募る殿下に反論する気力が出てきません。

コンラッド殿下の中の私は、突然現れた異母妹に父親の愛情を奪われてその異母妹に八つ当たりをしている幼子のようです。最近、コンラッド殿下から冷たい視線を向けられるようになった理由がわかりました。

「コンラッド殿下、先日差し上げた組紐を返していただけませんか?」

想像していた返事と違ったのでしょう。コンラッド殿下は一瞬ポカンとし、眉を寄せました。

「話を逸らさないで貰いたい」

私は組紐を受け取るためにそっと手のひらを差し出します。

「今、お持ちでは無いのですか?」

自分でもなぜ組紐を返して欲しいなどと言ってるのか分かりません。もしかしてコンラッド殿下の胸ポケットから組紐が出てくる事を望んでいるのでしょうか。そんなことありえないとわかってるのに。

「もうよい。ダビネ、スカイラー、私の休憩室に案内しよう」

コンラッド殿下は私の手を振り払い、公衆の騒めきに私1人を残し、ダビネとスカイラー様を連れて行ってしましました。

私は振り払われた手を見つめ、しばらく動けませんでした。

振り払われたこの手、この手が今よりもっと小さい時、ひとりぼっちだった私の前に現れて手を差し出してくれた素敵な男の子。その男の子は私の手を振り払い、違う女の子の手を取り行ってしまいました。

ざわざわと周りの貴族たちの囁く声が聞こえてきます。私はこれでも公爵令嬢です。このまま情けない姿を晒すわけにはいけません。
まだコンラッド殿下の試合は残ってましたが、私は騒めく群衆の中を1人、帰宅しました。
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