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呆れと言質
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学園の授業が終わった午後のひと時、中庭で満開を迎えたコスモスを楽しもうとご令嬢達とお茶会をしていたところにお誘いしていない5人の方々が乗り込んで来ました。
本日のお茶会に招待したご令嬢達は、皆、私と同じまだ婚約者不在で入婿を迎えないといけないご令嬢達です。同じ立場での悩みの共有やお互いの状況を探り合うため、この中で一番家格の高い私が定期的に開催している会です。
そのお茶会へ乱入してきた方々は、ダビネ、第三王子のコンラッド殿下、宰相の三男スカイラー様、騎士団長の次男キアン様、魔法師団長の次男モーリス様の5人。男性達は皆次男や三男など婿入りも視野に入れている方々です。お茶会の令嬢たちの婿候補にも入っていると思われますが、彼らはそれに気づいているのでしょうか。
貴族学園の2年生になって4ヶ月経ちました。1歳下のダビネが貴族学園に入学してきて4ヶ月とも言えます。
ダビネは入学前、貴族学園へ入学するか、ガネス家の行儀見習いになるか、どちらが良いかと家令から確認されました。ダビネはそれを、ガネス家で使用人扱いをされそうになっているのだとコンラッド殿下に嘆き、私の嫌がらせだと思い込んだ殿下方達とひと悶着ありました。
その一件の後、2年生になってから私とコンラッド殿下達とは周りにもわかるほどに距離ができております。毎日同じ教室に通っていますが、話さないどころか目も合いません。
そして学園へ入学してきたダビネは、案の定、周りから腫れ物扱いをされております。ダビネはその理由をガネス公爵の愛人の子だからだと思い込んでいるようですが、貴族の通うこの学園、実は庶子はそこまで珍しくありません。
現に、今年の入学者の中には入学直前まで平民として暮らしていた男爵家庶子のご令嬢もいます。そのご令嬢は入学当初はクラスで浮いていたらしいのですが、4ヶ月経った今ではなんとか表面を繕いクラスに馴染める位には貴族の暗黙の了解や礼儀作法を身につけていると聞きます。
ダビネが腫れ物扱いされる理由は、公爵家へ来てから1年4ヶ月も経つのに未だ礼儀作法が身についていない事、あからさまに貴族の不文律を軽視している事、そして何よりも、麗しく高貴で女生徒に人気のある4人の殿方を独り占めし侍らせている事が原因です。
高位貴族の令息からダビネは、”明るく、優しく聖女の様に心を砕き、時には無邪気に振る舞うその姿は、まるで恋愛小説の主人公”と言われているようです。
”わざとらしいほどに”明るく、”爵位の高い殿方にだけ”優しく聖女の様に心を砕き、時には”あざとく”無邪気に振る舞うその姿は、まるで恋愛小説の主人公”をなぞっているようで気色が悪い”。これが女生徒や爵位の低い男子生徒からのダビネの評価です。
とある容姿の良い侯爵子息が珍しい動物の本を読んでいたらダビネ嬢に話しかけられた。「前からその動物に興味があった」と言われた侯爵子息は、この本はたまたま借りていただけだからと、その本を貸してくれた男爵子息をダビネ嬢に紹介した。ダビネ嬢はその男爵子息には話しかけずに去っていった。
このようなダビネの性悪話が、登場人物や内容を変えて数えきれないほどに聞こえてきます。
噂が本当かどうかは知りませんが、妙に信憑性を持ってしまうのは、コンラッド殿下やその側近達と一緒にいる時のダビネが優越感を隠しきれてないからでしょう。
幼い頃から様々な感情を殺し表情に出さない様にと訓練されている貴族の子女たちにとって、その教育が完璧ではないダビネが隠そうとしている優越感など察するのは容易いことです。
むしろ、皆、ダビネの下種な本性に気づいていないと思われるコンラッド殿下とその側近の方々に呆れているほどです。
入学式の1ヶ月後、新入生歓迎パーティーで殿下のエスコートを受けたダビネは、パーティーの最中に「去年はお姉様がエスコートをされていのに、ごめんなさい」と他の生徒が見ている前で謝ってきたのです。
エスコートなく1人で入場した私の元へわざわざ殿下達を連れて来て謝るダビネ。それを見た殿下や側近方が「ダビネは優しいな」と言っているのが聞こえてきた時は思わずぞっとしました。
たまたま近くにいた子爵令息や男爵令息達が「どう考えても優しさとは真逆の典型的なマウントだろ」「あまりにも尊い身分だとわからないのか?」などと囁き合っていたのが忘れられません。
コンラッド殿下と距離ができ、客観的に見れる様になって気付いたのですが、ダビネが現れずに王妃様から言われるまま私へ阿る殿下のままだった場合、ひょっとして今ダビネが受けているあの女性達からの妬み嫉みは私が受けていたかもしれません。それだけはダビネに感謝しています。
お茶会に乱入してきた失礼な方達でも、その中に王族のコンラッド殿下がいらっしゃいます。私を含むお茶会に参加していた10名程の令嬢は皆立ち上がりカーテシーの体制を取りました。
「楽にしてくれ。……マロリー・ガネス、私はあなたが開くお茶会にダビネを招待して欲しいと頼んだはずだ」
庶子だからと遠巻きにされているダビネは入学してから令嬢が開くお茶会に一度も招待されたことがないと悲しんでいる。まずはきっかけとして姉であるあなたがお茶会に招待して欲しい。
2週間前、そんな内容の手紙が殿下から届きました。その内容のくだらなさもですが、同級生で毎日同じ教室にいるにもかかわらずのお手紙に脱力したものです。
私が開くお茶会にダビネが招待されていないことに怒り乱入してきたようですね。お茶会に呼んだご令嬢達はコンラッド殿下達が私の方を見ているためか、隠すことなく呆れた顔をしております。私もそちら側に行きたいです。
周りの側近はコンラッド殿下を止めなかったのかとスカイラー様、キアン様、モーリス様を見ましたが殿下と同じ様に憤った顔をして私を見ております。この3名はダビネを好きな気持ちを抑えてコンラッド殿下の初恋を応援している、という噂です。その真偽は不明ですが、そんな噂が流れる位にはダビネに傾倒している姿を晒してしまってます。
コンラッド殿下を含むこの方達、ダビネが来るまではここまで浅はかではなかったと思うのです。恋愛感情一つでここまで判断力が下がるのかと恐ろしくなります。
「試験の順位表に名前が掲載されたら招待します、とお返事いたしました」
この学園では試験の教科ごとに40位までの生徒の名前を張り出す慣習があります。そして、”王族と公爵家の子女が参加するお茶会や会食は、試験の順位表の5教科以上に名前が掲載されている者のみとする”という不文律があるのです。
王族や公爵家と社交をするためには勉強が必須なのです。といっても1学年100人弱の中の40位まで、全15教科のうち5教科なので努力したら手の届く範囲だと思いますが。
これは、王族や公爵家の子女に関わる生徒を最低限でふるいにかけ、素行の悪い生徒を弾くためと言われています。
もちろん今このお茶会へ招待した令嬢達は、皆、その条件を満たしている方々です。
コンラッド殿下へのお返事ですが、本来なら”5教科以上”のところを”名前が掲示されたら”、つまり”1教科でも良い”とまで譲歩しました。明確に文章化されたルールではなく暗黙の了解だということを口実にし、王族であるコンラッド殿下の希望を叶えるため最大限の譲歩です。
それなのに、先週の試験、全教科でダビネの名前が掲示されることはありませんでした。ダビネ以外で入学直前まで平民だった例のご令嬢は魔法科学と数学の2教科で名前を確認できたというのに。これには正直驚きました。
「そんな暗黙の了解など無視してもよかろう。現に私は関係ないものとしている」
コンラッド殿下はダビネと昼食を一緒にするためだけに、ダビネの入学からこの不文律を無視するようになりました。ダビネと、その時々にダビネが仲良くしている貴族子息は、試験順位に5教科以上名前が掲示されていなくてもコンラッド殿下と一緒に昼食を共にしているのです。
1学年の時、殿下の目に留まりたいと必死に努力していた生徒達は、私欲でルールを無視した殿下に落胆を隠せませんでした。
ダビネが絡んだこのような出来事が積み重なり、殿下の評判が徐々に下がっていることに気づいていないのでしょうか。
試験の順位表に名前の掲示されていないダビネは本来ならコンラッド殿下と関わることは出来ません。ダビネと関わっていなかったら、コンラッド殿下はここまで周囲の人望を失うことはなかったはず。
正直くだらないと思うこともある貴族の暗黙の了解や不文律でも、ちゃんと意味がある事もあるのだなと感心いたします。
「私には必要なことだと思ってます。本当は”5教科以上”という所も譲歩したくなかったくらいです」
私の反論が気にくわないのか、コンラッド殿下はイライラとした調子を隠すことなく言い募ります。
「あなたが令嬢達を先導してダビネをお茶会に呼ばないようにしていると噂されているのに気づいているのかい?」
(噂をしている張本人が何を言っているのでしょう)
「なんだと!」
思わず声に出てしまった本音に、殿下から大声で怒鳴られました。今まではまるで子供に諭すような言い方ばかりだったため、このように怒りを直接ぶつけられたのは初めてです。
そもそも怒鳴られるという経験自体少ない私は思わずビクリと体を震わせてしまいました。
そんな情けない私の姿が面白かったのでしょう。殿下の後ろからこちらの様子を伺っていたダビネが出てきました。
「コニー様、お姉様がかわいそう」
かわいそう、ですか。本当、この方は何様なんでしょうか。
しつこくも”お姉様”と呼ぶのをやめないダビネ。このやり取りにもうんざりですが、他家の令嬢達の前で流す訳にはいきません。
「何度も言いますがあなたは私の妹ではありません。お姉様と呼ばないで下さい」
このように物覚えが悪いと試験結果に名前が掲載されないのも納得ですね。と声が出そうになるのをぐっと堪えます。ダビネはいつも通りの悲しそうな顔。本当に悲しんでるとは微塵も思えませんが、これはお約束ですものね。
「本当にあなたは!」
今回の注意はモーリス様でした。彼らの中でこの役割当番でも決めているのでしょうか?
「コニー様、もう良いのです。私には皆さまがいます。意地悪な女生徒に仲間はずれにされても平気です!私のせいでお姉様はお父様もコニー様もいなくなってしまったんですもの。私が悪いのです。かわいそうなお姉さまを許してあげてください」
”私が悪い”といったそばから”お姉さまを許してあげて”という矛盾。支離滅裂すぎて真面目に相手をするのが馬鹿らしいです。
「ダビネがそういうなら、もう良い。ダビネ、ダビネを妹と認めない姉などもう諦めよう。どうせ将来”私は姉なのだから”と取り入ろうとしてくるよ」
「今は悲しいですが、いつかお姉様の方から歩み寄ってくれるのを待ちますね」
「いや、優しい君が許しても私は決して許さない。そんな時はこないよ」
2人はお互いを見つめ合い体を寄せ合い出しました。周囲に人がいる事を忘れてしまったのでしょうか。
この4ヶ月、コンラッド殿下に避けられていた私は、殿下とお話しする機会がありませんでした。お茶会に呼んだ令嬢達も一緒にいますし、今後について言質を取るなら今しかありません。
盛り上がっていることろ悪いですが割り込みさせていただきます。
「コンラッド殿下。先日、殿下とダビネは裏庭で口づけを交わしていたそうですね。殿下はダビネとの今後をどのようにお考えなのですか?」
「なぜそれを知っている!」
なぜそんなにびっくりされるのでしょうか。裏庭で殿下が告白しその後キスしていたことなど今や公然の秘密なのですが……。
知られていないと思っていたこと、王族が周囲の情報に疎いと窺われる反応している浅慮さ、むしろこちらがびっくりです。
恋は盲目とは言いますが、過去の私、あまりにも盲目すぎでは?それとも今の殿下が恋は盲目状態なのでしょうか。
「ダビネは私の運命、そして幸いなことにダビネも私のことを運命だと言ってくれた。私たちは真実の愛で結ばれているのだ。すぐに婚約し、ダビネの学園卒業を持って結婚する。すでに王妃の了承は得ている。陛下とガネス公爵へはこれから伝え許可を得るつもりだ。ダビネに勘違いして欲しくないから言わせていただく。私が幼い頃からあなたと交流していたのは王妃に言われてしかたなくしていたにすぎない。私はあなたとの婚約を望んだことは一度もない。ダビネへ見当違いな嫉妬はしないように」
釘を刺すようなこの言葉。コンラッド殿下は私自身無自覚だった恋心に気づいていたようです。私の恋心に気づいている上であの冷たい態度だった思いやりのなさに失望しかありません。
コンラッド殿下に振られている私に対し、ダビネは私にか見えない角度から笑っております。こんな女を選ぶコンラッド殿下の人を見る目のなさに更にがっかりさせられます。
半年前の剣術大会で失恋し、図書室で殿下の本音を盗み聞きした時、私はコンラッド殿下との思い出にけりをつけました。もう殿下の言葉で悲しむ段階は終わっているのです。
「そうですか。私は父から”コンラッド殿下と婚約することは絶対に無い”と言われてました。私も殿下との婚約を考えたことは一度もありません」
コンラッド殿下との関係に幕を下ろしましょう。
「それでも、大きなお屋敷に一人ぼっちだった私と一緒にいてくれたコンラッド殿下との交流は、私にとって掛け替えのないものでした。たとえその時コンラッド殿下が心の中で私にうんざりしていたのだとしても、その時私が感じていた幸せは本物です。コンラッド殿下、今までありがとうございました」
私はカーテシーではなく深く頭を下げお辞儀をしました。正直、貴族令嬢としては不恰好ですが、その分お礼の気持ちが伝わればいいなと思ったのです。
「帰る」
私がお辞儀をしている間にコンラッド殿下達は中庭から去って行きました。コンラッド殿下がどんなお顔だったのか見れなかった私には、私のお礼をどの様に受け取ったのかはわかりません。でも、わからないままで良かったような気がします。
その後、お茶会を再開しましたが、たった一言しか発してなかったモーリス様や黙りだったスカイラー様とキアン様は、令嬢達の婿候補の順位を大幅に落としてしまったようです。
本日のお茶会に招待したご令嬢達は、皆、私と同じまだ婚約者不在で入婿を迎えないといけないご令嬢達です。同じ立場での悩みの共有やお互いの状況を探り合うため、この中で一番家格の高い私が定期的に開催している会です。
そのお茶会へ乱入してきた方々は、ダビネ、第三王子のコンラッド殿下、宰相の三男スカイラー様、騎士団長の次男キアン様、魔法師団長の次男モーリス様の5人。男性達は皆次男や三男など婿入りも視野に入れている方々です。お茶会の令嬢たちの婿候補にも入っていると思われますが、彼らはそれに気づいているのでしょうか。
貴族学園の2年生になって4ヶ月経ちました。1歳下のダビネが貴族学園に入学してきて4ヶ月とも言えます。
ダビネは入学前、貴族学園へ入学するか、ガネス家の行儀見習いになるか、どちらが良いかと家令から確認されました。ダビネはそれを、ガネス家で使用人扱いをされそうになっているのだとコンラッド殿下に嘆き、私の嫌がらせだと思い込んだ殿下方達とひと悶着ありました。
その一件の後、2年生になってから私とコンラッド殿下達とは周りにもわかるほどに距離ができております。毎日同じ教室に通っていますが、話さないどころか目も合いません。
そして学園へ入学してきたダビネは、案の定、周りから腫れ物扱いをされております。ダビネはその理由をガネス公爵の愛人の子だからだと思い込んでいるようですが、貴族の通うこの学園、実は庶子はそこまで珍しくありません。
現に、今年の入学者の中には入学直前まで平民として暮らしていた男爵家庶子のご令嬢もいます。そのご令嬢は入学当初はクラスで浮いていたらしいのですが、4ヶ月経った今ではなんとか表面を繕いクラスに馴染める位には貴族の暗黙の了解や礼儀作法を身につけていると聞きます。
ダビネが腫れ物扱いされる理由は、公爵家へ来てから1年4ヶ月も経つのに未だ礼儀作法が身についていない事、あからさまに貴族の不文律を軽視している事、そして何よりも、麗しく高貴で女生徒に人気のある4人の殿方を独り占めし侍らせている事が原因です。
高位貴族の令息からダビネは、”明るく、優しく聖女の様に心を砕き、時には無邪気に振る舞うその姿は、まるで恋愛小説の主人公”と言われているようです。
”わざとらしいほどに”明るく、”爵位の高い殿方にだけ”優しく聖女の様に心を砕き、時には”あざとく”無邪気に振る舞うその姿は、まるで恋愛小説の主人公”をなぞっているようで気色が悪い”。これが女生徒や爵位の低い男子生徒からのダビネの評価です。
とある容姿の良い侯爵子息が珍しい動物の本を読んでいたらダビネ嬢に話しかけられた。「前からその動物に興味があった」と言われた侯爵子息は、この本はたまたま借りていただけだからと、その本を貸してくれた男爵子息をダビネ嬢に紹介した。ダビネ嬢はその男爵子息には話しかけずに去っていった。
このようなダビネの性悪話が、登場人物や内容を変えて数えきれないほどに聞こえてきます。
噂が本当かどうかは知りませんが、妙に信憑性を持ってしまうのは、コンラッド殿下やその側近達と一緒にいる時のダビネが優越感を隠しきれてないからでしょう。
幼い頃から様々な感情を殺し表情に出さない様にと訓練されている貴族の子女たちにとって、その教育が完璧ではないダビネが隠そうとしている優越感など察するのは容易いことです。
むしろ、皆、ダビネの下種な本性に気づいていないと思われるコンラッド殿下とその側近の方々に呆れているほどです。
入学式の1ヶ月後、新入生歓迎パーティーで殿下のエスコートを受けたダビネは、パーティーの最中に「去年はお姉様がエスコートをされていのに、ごめんなさい」と他の生徒が見ている前で謝ってきたのです。
エスコートなく1人で入場した私の元へわざわざ殿下達を連れて来て謝るダビネ。それを見た殿下や側近方が「ダビネは優しいな」と言っているのが聞こえてきた時は思わずぞっとしました。
たまたま近くにいた子爵令息や男爵令息達が「どう考えても優しさとは真逆の典型的なマウントだろ」「あまりにも尊い身分だとわからないのか?」などと囁き合っていたのが忘れられません。
コンラッド殿下と距離ができ、客観的に見れる様になって気付いたのですが、ダビネが現れずに王妃様から言われるまま私へ阿る殿下のままだった場合、ひょっとして今ダビネが受けているあの女性達からの妬み嫉みは私が受けていたかもしれません。それだけはダビネに感謝しています。
お茶会に乱入してきた失礼な方達でも、その中に王族のコンラッド殿下がいらっしゃいます。私を含むお茶会に参加していた10名程の令嬢は皆立ち上がりカーテシーの体制を取りました。
「楽にしてくれ。……マロリー・ガネス、私はあなたが開くお茶会にダビネを招待して欲しいと頼んだはずだ」
庶子だからと遠巻きにされているダビネは入学してから令嬢が開くお茶会に一度も招待されたことがないと悲しんでいる。まずはきっかけとして姉であるあなたがお茶会に招待して欲しい。
2週間前、そんな内容の手紙が殿下から届きました。その内容のくだらなさもですが、同級生で毎日同じ教室にいるにもかかわらずのお手紙に脱力したものです。
私が開くお茶会にダビネが招待されていないことに怒り乱入してきたようですね。お茶会に呼んだご令嬢達はコンラッド殿下達が私の方を見ているためか、隠すことなく呆れた顔をしております。私もそちら側に行きたいです。
周りの側近はコンラッド殿下を止めなかったのかとスカイラー様、キアン様、モーリス様を見ましたが殿下と同じ様に憤った顔をして私を見ております。この3名はダビネを好きな気持ちを抑えてコンラッド殿下の初恋を応援している、という噂です。その真偽は不明ですが、そんな噂が流れる位にはダビネに傾倒している姿を晒してしまってます。
コンラッド殿下を含むこの方達、ダビネが来るまではここまで浅はかではなかったと思うのです。恋愛感情一つでここまで判断力が下がるのかと恐ろしくなります。
「試験の順位表に名前が掲載されたら招待します、とお返事いたしました」
この学園では試験の教科ごとに40位までの生徒の名前を張り出す慣習があります。そして、”王族と公爵家の子女が参加するお茶会や会食は、試験の順位表の5教科以上に名前が掲載されている者のみとする”という不文律があるのです。
王族や公爵家と社交をするためには勉強が必須なのです。といっても1学年100人弱の中の40位まで、全15教科のうち5教科なので努力したら手の届く範囲だと思いますが。
これは、王族や公爵家の子女に関わる生徒を最低限でふるいにかけ、素行の悪い生徒を弾くためと言われています。
もちろん今このお茶会へ招待した令嬢達は、皆、その条件を満たしている方々です。
コンラッド殿下へのお返事ですが、本来なら”5教科以上”のところを”名前が掲示されたら”、つまり”1教科でも良い”とまで譲歩しました。明確に文章化されたルールではなく暗黙の了解だということを口実にし、王族であるコンラッド殿下の希望を叶えるため最大限の譲歩です。
それなのに、先週の試験、全教科でダビネの名前が掲示されることはありませんでした。ダビネ以外で入学直前まで平民だった例のご令嬢は魔法科学と数学の2教科で名前を確認できたというのに。これには正直驚きました。
「そんな暗黙の了解など無視してもよかろう。現に私は関係ないものとしている」
コンラッド殿下はダビネと昼食を一緒にするためだけに、ダビネの入学からこの不文律を無視するようになりました。ダビネと、その時々にダビネが仲良くしている貴族子息は、試験順位に5教科以上名前が掲示されていなくてもコンラッド殿下と一緒に昼食を共にしているのです。
1学年の時、殿下の目に留まりたいと必死に努力していた生徒達は、私欲でルールを無視した殿下に落胆を隠せませんでした。
ダビネが絡んだこのような出来事が積み重なり、殿下の評判が徐々に下がっていることに気づいていないのでしょうか。
試験の順位表に名前の掲示されていないダビネは本来ならコンラッド殿下と関わることは出来ません。ダビネと関わっていなかったら、コンラッド殿下はここまで周囲の人望を失うことはなかったはず。
正直くだらないと思うこともある貴族の暗黙の了解や不文律でも、ちゃんと意味がある事もあるのだなと感心いたします。
「私には必要なことだと思ってます。本当は”5教科以上”という所も譲歩したくなかったくらいです」
私の反論が気にくわないのか、コンラッド殿下はイライラとした調子を隠すことなく言い募ります。
「あなたが令嬢達を先導してダビネをお茶会に呼ばないようにしていると噂されているのに気づいているのかい?」
(噂をしている張本人が何を言っているのでしょう)
「なんだと!」
思わず声に出てしまった本音に、殿下から大声で怒鳴られました。今まではまるで子供に諭すような言い方ばかりだったため、このように怒りを直接ぶつけられたのは初めてです。
そもそも怒鳴られるという経験自体少ない私は思わずビクリと体を震わせてしまいました。
そんな情けない私の姿が面白かったのでしょう。殿下の後ろからこちらの様子を伺っていたダビネが出てきました。
「コニー様、お姉様がかわいそう」
かわいそう、ですか。本当、この方は何様なんでしょうか。
しつこくも”お姉様”と呼ぶのをやめないダビネ。このやり取りにもうんざりですが、他家の令嬢達の前で流す訳にはいきません。
「何度も言いますがあなたは私の妹ではありません。お姉様と呼ばないで下さい」
このように物覚えが悪いと試験結果に名前が掲載されないのも納得ですね。と声が出そうになるのをぐっと堪えます。ダビネはいつも通りの悲しそうな顔。本当に悲しんでるとは微塵も思えませんが、これはお約束ですものね。
「本当にあなたは!」
今回の注意はモーリス様でした。彼らの中でこの役割当番でも決めているのでしょうか?
「コニー様、もう良いのです。私には皆さまがいます。意地悪な女生徒に仲間はずれにされても平気です!私のせいでお姉様はお父様もコニー様もいなくなってしまったんですもの。私が悪いのです。かわいそうなお姉さまを許してあげてください」
”私が悪い”といったそばから”お姉さまを許してあげて”という矛盾。支離滅裂すぎて真面目に相手をするのが馬鹿らしいです。
「ダビネがそういうなら、もう良い。ダビネ、ダビネを妹と認めない姉などもう諦めよう。どうせ将来”私は姉なのだから”と取り入ろうとしてくるよ」
「今は悲しいですが、いつかお姉様の方から歩み寄ってくれるのを待ちますね」
「いや、優しい君が許しても私は決して許さない。そんな時はこないよ」
2人はお互いを見つめ合い体を寄せ合い出しました。周囲に人がいる事を忘れてしまったのでしょうか。
この4ヶ月、コンラッド殿下に避けられていた私は、殿下とお話しする機会がありませんでした。お茶会に呼んだ令嬢達も一緒にいますし、今後について言質を取るなら今しかありません。
盛り上がっていることろ悪いですが割り込みさせていただきます。
「コンラッド殿下。先日、殿下とダビネは裏庭で口づけを交わしていたそうですね。殿下はダビネとの今後をどのようにお考えなのですか?」
「なぜそれを知っている!」
なぜそんなにびっくりされるのでしょうか。裏庭で殿下が告白しその後キスしていたことなど今や公然の秘密なのですが……。
知られていないと思っていたこと、王族が周囲の情報に疎いと窺われる反応している浅慮さ、むしろこちらがびっくりです。
恋は盲目とは言いますが、過去の私、あまりにも盲目すぎでは?それとも今の殿下が恋は盲目状態なのでしょうか。
「ダビネは私の運命、そして幸いなことにダビネも私のことを運命だと言ってくれた。私たちは真実の愛で結ばれているのだ。すぐに婚約し、ダビネの学園卒業を持って結婚する。すでに王妃の了承は得ている。陛下とガネス公爵へはこれから伝え許可を得るつもりだ。ダビネに勘違いして欲しくないから言わせていただく。私が幼い頃からあなたと交流していたのは王妃に言われてしかたなくしていたにすぎない。私はあなたとの婚約を望んだことは一度もない。ダビネへ見当違いな嫉妬はしないように」
釘を刺すようなこの言葉。コンラッド殿下は私自身無自覚だった恋心に気づいていたようです。私の恋心に気づいている上であの冷たい態度だった思いやりのなさに失望しかありません。
コンラッド殿下に振られている私に対し、ダビネは私にか見えない角度から笑っております。こんな女を選ぶコンラッド殿下の人を見る目のなさに更にがっかりさせられます。
半年前の剣術大会で失恋し、図書室で殿下の本音を盗み聞きした時、私はコンラッド殿下との思い出にけりをつけました。もう殿下の言葉で悲しむ段階は終わっているのです。
「そうですか。私は父から”コンラッド殿下と婚約することは絶対に無い”と言われてました。私も殿下との婚約を考えたことは一度もありません」
コンラッド殿下との関係に幕を下ろしましょう。
「それでも、大きなお屋敷に一人ぼっちだった私と一緒にいてくれたコンラッド殿下との交流は、私にとって掛け替えのないものでした。たとえその時コンラッド殿下が心の中で私にうんざりしていたのだとしても、その時私が感じていた幸せは本物です。コンラッド殿下、今までありがとうございました」
私はカーテシーではなく深く頭を下げお辞儀をしました。正直、貴族令嬢としては不恰好ですが、その分お礼の気持ちが伝わればいいなと思ったのです。
「帰る」
私がお辞儀をしている間にコンラッド殿下達は中庭から去って行きました。コンラッド殿下がどんなお顔だったのか見れなかった私には、私のお礼をどの様に受け取ったのかはわかりません。でも、わからないままで良かったような気がします。
その後、お茶会を再開しましたが、たった一言しか発してなかったモーリス様や黙りだったスカイラー様とキアン様は、令嬢達の婿候補の順位を大幅に落としてしまったようです。
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