Hello,world

よる

文字の大きさ
8 / 10

しおりを挟む

 子どもが駆け回っていた芝生広場は、夜には淡い光の照明でライトアップされ、昼間とはまったく違う、幻想的な雰囲気となった。
 灯は、その中でも1番淡い光を放つ照明のひとつを選び、近くのベンチに腰掛けた。
 遠くの方に何人か、人影が見えた。みな、同じ目的で集まっているのだろうか。全体を見回したいが、視界が悪い。その原因にようやく気付き、ずいぶん伸びてしまった前髪を少し払い耳にかけた。

「いちごでどう?」

 スーツ姿の男が交渉を持ちかけてきた。スーツの上からでもわかる、引き締まった肉体を持っていた。

「ホ別?」

 男は、相手が交渉に応じる姿勢を見せたので安堵し、顔を覗き込む。

「ん。お?いや、ホ別2出すわ」

 こく、と頷くや否や、男は灯の肩を抱き、ネオンがわざとらしく煌めく方へ歩き出す。その中で割と上品な外観を持つホテルへ、迷いなき足取りでいざなわれた。

 男は手際よく受付を済ますと、これまた手際よく部屋まで連れて行き、灯を大きなベッドへぽふん、と座らせた。

「いやー、かわいい顔してんなぁ。どタイプ!」

 こちらへ顔を向けっぱなしのまま、上着をハンガーにかける。「器用やな」と、灯は思った。

「あ、まって、未成年と違う?」

「違います」

「生年月日と干支言うて?」

「‥‥‥」

 急に聞かれて焦っていた上に、さらに追い打ちをかけられて口ごもってしまった。

「あっぶなー」

「先月で……18になりました」

「ほんまに?ちょっとここに生年月日と名前書いてや」

 男に、手帳と高級そうなボールペンをわたされる。「あ、これはアカンやつや」と、観念して、正直に書いた。

「やっぱ嘘やん!てか、字ぃ、汚なっ!ちゃんと学校行ってる?」

 あまり触れられたくない所をどすどす小突かれたようで、顔が赤くなる。

「通信。字は、読めるけど書くん苦手なんです」

「えー。せめて誰もが読める字書けた方がいいで。俺が教えたるわ。ほんで、名前なに?」

「灯、です」

「これ?灯って書いてんの?あはははっ」

 男がケラケラ笑いながら、隣に勢いよく座ったため、灯がボヨボヨと上下に揺れた。

「あ、あの!」

「んー?」

「セックスしなくていいんですか?いだっ」

 意を決して聞いた灯に対し、男は額にチョップを食らわした。

「せんわ。灯、未成年やん。あ、俺はこういう者です」

 渡された名刺には、誰もが知る大手企業の名が記されていた。

「めっちゃエリートやん」

「せやで。だからコンプラ厳しいねん」

「……大変ですね」

「まあ、でも。福利厚生ばっちり、給料がっぽりやから多少は我慢できるで。それに」

 流れる手捌きで名刺を回収された。徹底しているな、と感心した。

「名刺見せた時、さっきの灯みたいな反応見れてさ。あの愉悦感は何ものにも代え難い」

 灯は「そうですか」と興味なさそうに頷き、特に何もすることがないので自分の膝を眺める事にした。急に、灯の膝に大きな影が現れ、体が大袈裟に反応してしまう。身構えていると、影がぴたり止まり、すぐに遠のいた。

「灯は、なんでこんな事してんの?」

「お金欲しくて。早く家出たいんです」

「普通にバイトした方が安全やで?」

「遠回りやないですか。それに、運良く優しいおじさんに出会えて、支援してくれるかもって」

 男がベッドに倒れ込む。灯が反射的にそちらを見ると、バチリと目が合った。この男の顔を初めてまじまじと見たが、二重で、少し垂れた目がいやに人懐こい。男の口角がきゅっと上がる。何がそんなに楽しいのか。

「ほな、灯は、めっちゃ運がいいって事やな」


 それから、毎日とはいかないが結構な頻度で男と会うようになった。場所はカラオケだったり、ファミレスだったり。健全だ。
 宣言した通り、字の書き方を教えてくれた。男の指は節張っていて大きく、ボールペンを持つととても窮屈そうだったが、それに似合わない繊細な文字を書いた。
 ひらがなは丸の中に収まるように書くといい、とか、漢字は四角を4つに区切ってパーツごとに書くといい、とか。その通りに書いていると、三ヶ月もすれば灯の字は、誰もが読めるようになった。
 字の練習をしてご飯を食べた後は、たまに一緒に出かけた。
 
 ホラー映画が好きだがビビリなので、灯がよく付き添った。
 
 クレーンゲームも好きだがヘタなので、灯がよく付き添った。
 
 字が書けるようになってからは、学生証以外の身分証があった方がいいと言われ、原付免許を取る事になった。必要書類の揃え方やか書き方に至るまで、丁寧に教えてくれた。費用も全額出してくれた。

 自分の存在を証明できるカードを手に入れてからは、手に職をつけた方がいいと言われ、手始めに新聞の折込チラシで見つけたリフレクソロジーの通信講座を受けさせてもらった。男が、実技の練習台になったる、とはりきって、週1回(主に土曜か日曜)マッサージをして帰る、というルールができた。「灯のマッサージエロいねん!」と笑われ、すごく恥ずかしかった。  
 この頃には、会う時は男のアパートに集合が当たり前になっていた。

 男の誕生日にハンバーグを作って待っていた。料理は小学生の頃からしているので(しないと死活問題だったので)得意な方だった。帰ってきた男が、すごく喜んでくれた。週1回、晩ご飯を作りに来て一緒に食べてから帰る、というルールが追加された。
 
 通信制の高校を無事卒業できてすぐ、男の転勤が決まり、ついでに連れ出してくれた。
 母親には仕事が決まった、と適当な事を言って、毎月仕送りをする条件付きで、家から出る事を許された。

 18の誕生日の日に、男の勧めで、昔ながらのバー形式の店で働く事になった。責任者はいい人そうだったし、寮付きだったため、格安で住む場所も確保できた。
 お祝いに、高いコース料理をご馳走してもらった。ステーキなんて初めて食べたので感動した。こんなに、なにもかも順調に家を出ることができたのは、男がいたからだ。もしあの時声をかけられてなかったら……もう一つの結末が容易に想像できて、ぞっとする。
 涙ながらに感謝の意を伝えると、その日のうちにちゃっかり手を出された。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

政略結婚したかった

わさび
BL
御曹司 朝峰楓× 練習生 村元緋夏 有名な事務所でアイドルを目指して練習生をしている緋夏だが、実は婚約者がいた。 二十歳までにデビューしたら婚約破棄 デビューできなかったらそのまま結婚 楓と緋夏は隣同士に住む幼馴染で親はどちらも経営者。 会社のために勝手に親達が決めた政略結婚と自分の気持ちで板挟みになっている緋夏だったが____

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

ひとりのはつじょうき

綿天モグ
BL
16歳の咲夜は初めての発情期を3ヶ月前に迎えたばかり。 学校から大好きな番の伸弥の住む家に帰って来ると、待っていたのは「出張に行く」とのメモ。 2回目の発情期がもうすぐ始まっちゃう!体が火照りだしたのに、一人でどうしろっていうの?!

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...