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エクスプレス_1
しおりを挟む「おじゃましまーす」
後片付けをしていると、京獄が言っていた通り来客があった。灯は玄関へ向かう。それにしても、会って間もない男に家を任せるなんて。本当に心配だ。
「はーい」
ドアを開けると、小柄でとても可愛らしい女性が立っていた。その女性は、灯が一方的に知る人物だった。
「あっ、メイクの配信してる人や」
「メイク大好きみゆちでぇーす、こんみゆち~」
動画で見たことのあるフレーズを生で見れて、少しテンションが上がった。
「京獄とのコラボ動画見ました。眉の手入れの仕方とか、すごい勉強になった」
灯は、前髪を上げて眉を見せる「あ、灯です」と、付け加えた。
「嬉しいです、ありがとうございます!え、ていうか灯さんすごい肌きれいだし、お顔の造形も美しい!」
急に恥ずかしくなり、急いで前髪で顔を隠した。
「えっと、一応気をつけてて……」
美容師やビューティーアドバイザーの資格を持つ美容のプロに言われて、まんざらでもないが、動機が人に言えないものなので口ごもる。ボーイは見た目が必要以上に肝心なのだ。
「美容に気を遣って偉いです!あの、動画関係なくメイクしていいですか?個人で楽しむだけだから!」
このキラキラの瞳を曇らせるわけにはいかない、と、灯は承諾した。
「あ、俺でよければ」
みゆちが、勝手知りたる様子で京獄の配信部屋にあるクローゼットから、必要機材をピックアップしていく。それにしても、色々な機材が揃っている。全部京獄が揃えたのか。灯にはどう使うのか分からないものがほとんどだが、配信者からしたら宝の山なのだろう。機材の数に圧倒されていると、みゆちが補足をくれた。
「配信辞めちゃった人達に貰ったらしいですよ」
「……そうなんや」
灯は、配信者の刹那的な命に、儚さを覚えた。
ひとしきり機材を選び終えたみゆちは、よし、と、まるでこちらが今日のメインであったかのようにテーブルにメイク道具を並べ始めた。
灯は、ピンクのうさぎのキャラクターが付いたクリップで前髪を分けられ、みゆちのためのキャンバスになった。
「1番大切なのが保湿です。あ、でも灯さんはばっちりですね!これさえやっとけば、プチプラコスメでも十分きれいに仕上げられます」
「やっぱり、高い物を使えばそれなりに仕上がるけど、なんていうのかなー」
「一流シェフもすごいけど、私は冷蔵庫にある物でちゃちゃと美味しい料理する人もすごいと思うのです!」
動画は回っていないはずだが、みゆちの配信を見ている気分になった。手際よく作業しながら流暢に話す。滑舌が良く、声もきれいなのでずっと聞いていられる。店の子に、同じようなタイプがいたな、と思い出す。普段はクールだが、海外のゾンビ映画に登場するキャラクターについて語らせると、無駄にイケボで饒舌になっていた。確かに、そのキャラはとても魅力的だった。
「灯さんは眉、このままでオッケー」
クリップを外し、前髪を整える。
「似合わせメイクしたら、女の子みたいになっちゃいました」
みゆちが鏡を灯の前に置き、完成した作品を見せた。そこには、鼻や目などのパーツがいつもよりくっきりとしていて、頬の血色がよく、肌も健康的になった灯が映っていた。
「え、すごい。俺やけど俺やないみたい」
「1番嬉しい言葉ですぅ!灯さんは元がいいので、引き立たせるだけで仕上がりますよ」
使ったメイク道具を紹介してくれて、アイシャドウパレットというのが万能だとわかった。
「灯さん、これからのご予定は?」
みゆちがメイク道具を片付けながら問う。
「あ、京獄、さんに晩ごはん頼まれてて……食材買いに行かなきゃ」
「私も新作コスメの偵察行くから、一緒に行っていいですかー!?」
「ぜひ、行きましょう」
みゆちが「やったー」とガッツポーズをし、ぴょんぴょん跳びはねる。灯は「みゆち、めっちゃかわいいからモテるやろ?」と言いたかったが、おじさんみたいだなと思ってやめた。
「あ、でも、そっか……えー、どしよ」
先ほどとは一変、みゆちが悩み始めた。
「どないしたん?」
「マネージャーから、今大事な時期だからスキャンダル気をつけてって釘刺されてて」
灯は、みゆちから発せられた芸能人あるあるに、「ほんまもんや」と、ちょっとニヤけてしまった。
「並んで歩いてるの撮られたら、灯さんにも迷惑かかるかも」
メイクの素晴らしさを自身をもってして目の当たりにした灯は、みゆちからコスメの話を聞けるのが楽しみであったが、仕方ない。何人たりとも、未来ある若者の足を引っ張ることは許されないのだ。残念だが諦めよう。
「そかそか、また別の機会があれば」
ところが、みゆちはまだ諦めてないようだ。「はっ」と、名案を思いついた顔をした。灯は、なんとなく、予想がついた。
「え、灯さん。私の作戦聞いてくれる?」
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