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第六章 宿題への回答
第57話 魔王様への宿題
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「ファリサイの虐殺……」
と、ラフィが言葉を落とすように漏らした。
カリンもまた、この事件を知っているようで、眉をひそめて何とも言えない表情を見せて声を漏らす。
「そっか、そんな事件があったよね。おじさんは魔王。魔王アルラは……」
事件のことを詳しく知らぬリディは、充血が少し収まってきた瞳をきょろきょろとして困惑の表情を見せていた。
「あ、あの~、何の話なんですか? 皆さん、ご存じのようですが?」
私はリディに視線を振ってから、全員を見回す。
「知らぬ者もいるようだ。軽く、ファリサイのことを語り、私が知るかぎりの真実を語ろう。だが、この語りに明確な証拠はない。あるのは私の証言だけだ。このことはしっかり頭に焼きつけておけ」
――ファリサイの虐殺
今から百年前に起きた、魔王アルラ=アル=スハイルによる非武装民虐殺事件。
内容は、ファリサイの町を結界で封じ込めて、赤子から老人までと老若男女問わず、さらには自国の兵まで巻き込み、町を焼き払ったこと。
これは、今日まで魔王による暴虐として語り継がれている。
――ここからは私が語るファリサイの真実
魔王軍が魔族と人間族の領地付近にあるファリサイを占領するものの、町では死斑病という致死率50%を超える死の病が流行り始める。
その封じ込めが思うように行かず、私自らが町へ赴く。
町を結界で封じ、住民の出入りができなくなるように封じ、感染が確認されない者だけを分けて外へ出そうとしていた。
そこに、人間族の大攻勢の報が届く。すぐにでも私はそれに対応しなければならない。
しかし、ここを放っていけば、病が魔族側と人間族側に広がり、どれほどの被害を生むのか想像もつかないほど。
かといって、ここに留まれば、多くの同胞である魔族の命が人間族によって奪われ、領地もまた奪われる。
ここで、私は選択した。
病気の封じ込めと人間族の攻勢を防ぐために、ファリサイを焼き払うと……。
これにより、私は虐殺者の名を背負うことになり、人間族からは憎まれ、魔族側からは非武装民を殺害した卑怯者と罵られるようになる。
だが、これらは全て人間族と反アルラ派による奸計だった。
当時、勇者は不在同然。
人間族は魔王である私を恐れ、同じく私のことを恐れて失脚を狙う反アルラ派と裏で共闘。
ファリサイをわざと占領させて、そこに死斑病の病人や病原菌を仕込み、私の手足を縛った。
町に留まれば、魔族を見捨てた魔王。留まらず、戦いへ赴けば対応に過ちを犯し、病を広めた魔王。町を焼き払えば、虐殺者の卑怯者。
このように、どう転ぼうとも私を糾弾できる状況を産み出そうとした。
――――
「もっとも、立花が上手く立ち回ったおかげで、これらの火消しはうまくいったが。それでも、ファリサイの虐殺は私の名を穢す常套句として使われるようになった。というわけだ」
歴史で語られる事実と、私が見てきた真実を語り終えて、皆を見回す。
ツキフネにはすでに語っているので特段の変化はない。
貫太郎は小さく「も」っと鳴いて、広々とした額を私の二の腕に擦り、私のことを慰めるような仕草を見せる。
ラフィとリディは人間が行った悪魔のような奸計に驚きを隠せない。
ラフィが尋ねてくる。
「教会もご存じなんでしょうか?」
「ご存じも何も、主導は当時の教会のトップだ。ま、彼らが証拠を消してしまったため、もはや証拠はないがね」
「そ、そんな……教会が、魔族と手を組み、そのような恐ろしい真似を……」
リディが恐る恐る見上げるように見てくる。
「そんな恐ろしいことを背負って、辛くないんですか?」
「必要な処置だったと思っている。そして、これ以外の選択肢はなかったと今も当時も思っている。だから、背負うものなんてものはない。君だってカリンを思う心はあっても、オーヴェル村の件で背負う罪に、重さは感じていないだろう」
「そう言われると……何も返せませんが」
「ま、規模が違うから比べるのはおかしな話か。しかも、私の場合は怨みがあったわけじゃない。必要だから焼き払った。それについて、罪を背負えと言われても、困る」
ここでカリンが静かに声を上げる。
「それ以外の選択しかなかったかもしれない。でも、その町には罪もない人々が住んでいた。おじさんに罪を背負えとは言わないけど、その人たちにはどんな感情を抱いたの?」
「申し訳ないとは思っている。実際にそういった思いがあったので、町の再建には手を貸している。運よく町を離れていた遺族には保証もしている。私はそれで充分に役を成したと思っている。もちろん、人の心がそれで納得しないのもわかっているが、だからと言って、これ以上のことはできない」
「これ以上を求められたことは?」
「ある。私を殺そうとした者がいたよ。炎に巻き込まれた魔族側の兵士の家族だがね。返り討ちにしたが」
「それに対しても、申し訳ないと思いつつ、当然のことだと割り切っているんだね」
「そうだな。私には億を超える国民の生命と財産を守る責任があった。それを一時の感情で放棄するわけにはいかない。怠惰の末、民に見限られた今の私が言っても説得力は皆無だが、当時はしっかり王をやっていたのでな」
「…………そう、王だから……導く役目を持っている人は、それだけの覚悟が必要なんだね。そして、心を痛みに塗れさせても、平然としていなければならないんだね」
「痛みに関しては私は魔族だからな。短命種である人間族ほど命に対して深く情は傾かない。人間から見れば冷たいとなるだろうが、魔族から言わせてもらえば、私たちの方が理知的だと考える」
「そんな魔族でも、復讐をしようとする人がいるんだ?」
「それはいるだろう。人間族の中にも魔族のように命を割り切る者もいれば、魔族の中にも人間族のように命に対して感情的に向き合う者もいる。とくに庶民はその傾向が強い。これは魔族だけではなく人間族にも見られる傾向だが」
「おじさんって、前から思ってたけど……」
カリンはとても悲し気に瞳を揺らし、私を見てくる。
「どうした、カリン?」
「ううん、何でもない。たぶん、なかなか理解し合うのが難しいことだと思うから。それよりも、一ついい?」
「ああ、構わんぞ」
「当時の選択に、本当に後悔はないの?」
この問いに、私はちらりとツキフネを見た。
彼女とこの話をした時も似たような話題が出た。
他の選択肢の話題が……。
――ツキフネとの会話<※第35話 魔王には見えぬ選択肢>
『死斑病を気にするお前はあの出来事に対して心に影を落としている。だから、違う選択肢を選ぶ人物を求めている。お前では選ぶことのできなかった選択肢を……』
『私が選ぶことのできなかった選択肢、か……あれ以外にどんな選択肢があったのだろうな?』
『ふふふ、魔王様はもう一つの選択肢が見えないと見える』
『もう一つ?』
『私ならそうするという選択肢がある。そして、カリンもまたそれを選ぶだろう。いや、お前でなければ、誰もが頭に宿す選択肢だ』
『それはなんだ?』
『答えはやらん。ヒントもやらん。お前は賢いからな。やれば、すぐに気づいてしまう。それにこれは、自分で気づかなければならない選択肢…………ただ、カリンから学べとだけ言っておこう』
――――
ツキフネは言っていた。カリンから学べと……。
だから、あの時よりも少しだけ深く、自分を語る。
「この選択に後悔はない。だが、勇者ティンダルたちと出会い、彼らから影響を受けて以降、もしかしたら別の選択肢があったのかもしれないという考えが宿った。それがどんな選択肢なのかは思い浮かばないがな」
「あれ? おじさんって、魔王なのに勇者ティンダルと仲が良かったの?」
「いやいや、まったくだ。殺し合いをした仲であり、ほとんど会話もしたことがない。ただ、尊敬に値する者たちだった」
「う~ん、なんだかよくわかんない関係だけど、話を戻すね。おじさんが浮かばない選択肢だけど、私ならもう一つの選択肢が浮かぶ。いや、二つかな? どっちも同じことだけど」
「君もツキフネと同様に、私が選んだ以外の選択肢があると言うのか?」
「ツキフネさんも?」
カリンがツキフネへ顔を向けると、彼女はくすりと笑う。
カリンも軽く微笑んで、貫太郎たちへ声をかける。
「みんなはどう? あるよね、もっとも単純で誰もが選ぶ選択肢が?」
この問いかけに、貫太郎はカリンの耳そばに近づき、ぼそぼそ何かを言っている。
「もももそそそもももそそお」
「わ、わ、わ、こそばいこそばいこそばい。息が強すぎる。でも、なんとなく答えはわかる。貫太郎ちゃん、正解!」
「も!」
「君は貫太郎の言葉をわからないだろう」
「おじさんと同じでわからないけど何となくわかるの! で、リディとラフィは?」
「私、なんとなくわかります」
リディがカリンへ耳打ちする。
「~~じゃないですか?」
「正解。これしかないよね?」
「はい。でも、アルラさんだからこそ見つけられない選択なのかも」
「かもね~。ラフィは?」
「少々お待ちを……困りましたわね。わたくしもアルラさん以外の選択肢が浮かびません」
「ヒントを出してあげたいけど……おじさんの心は氷のように冷たくて鈍い割には、頭は鋭いから気づかれちゃうし」
この言葉に私は不満を声に乗せる。
「氷のように冷たく鈍くて悪かったな。為政者とは心があっても常に冷静でなければならないんだ」
と、立腹すると、ラフィがポンと手を叩いた。
「あ、今のでわかりました。カリンさん、お耳を拝借。ごにょごにょごにょごにょっと」
「正解。この選択肢を選ばないのってどうなんだろうね?」
「いえ、選べない。思いつけない人は大勢いますよ。特にアルラさんは選択肢に入れることはできないでしょう。伝説級のお方ですし」
「けっこう困りものかもね、そういうのって。というわけで、おじさん」
カリンが私へ向き直る。それに貫太郎とリディとラフィが続く。
「私たちはおじさんから聞いたファリサイに隠されていた話を信じるよ。たしかに、おじさんの選択肢には諸手を挙げて賛成できなくても、その当時はそれしか正解が見えなかったから仕方ないと思うし、なかなかおじさんだと選べないものだったんだと思う」
「ももも~ももも」
「はい、貫太郎さんの言うとおり、本当に悪いのは教会の人と反アルラ派の人ですし。病気を食い止めた事実もありますしね」
「わたくしもそう思います。それに、王として自国民の命を優先するのは当然と言えば当然。残念なのは、その時に至極当然な選択肢が思い浮かばなかったことですわね」
カリンはツキフネへ顔を向ける。ツキフネは無言でこくりと頷き、それを受け取ったカリンがこの場を締めようとした。
「今夜は様々な問題が噴出した夜となりましたが、各々が頭と心で考えて、互いに支え合い、これからも答えを模索していくということで、今日のところはお開きに――」
「待て待て待て待て、君たちが選ぶという答えはなんなんだ?」
そう問いかけると、カリン、ツキフネ、ラフィに、先程まで地面でのたうち回っていたリディまでがにやりと笑う。それどころか貫太郎までも……。
カリンは皆を代表してニマニマしながらこう言葉を出した。
「これはおじさんへの宿題。回答期限は無期限。頑張って考えてね!」
――カリン
オーヴェル村でアルラから出された宿題の意趣返しとばかりに飛び切りの笑顔を見せるカリン。
その顔を見て、軽く鼻から息を抜いたアルラを見て彼女は思う。
(薄々感じてたけど、おじさんは自分以外の存在を見下してるんだ。そして、誰も信用してない。いえ、できないでいる。だけど、それでは駄目だと変えようとしている。その理由はわからないけど……わたしに、おじさんを変える手助けはできないかな?)
と、ラフィが言葉を落とすように漏らした。
カリンもまた、この事件を知っているようで、眉をひそめて何とも言えない表情を見せて声を漏らす。
「そっか、そんな事件があったよね。おじさんは魔王。魔王アルラは……」
事件のことを詳しく知らぬリディは、充血が少し収まってきた瞳をきょろきょろとして困惑の表情を見せていた。
「あ、あの~、何の話なんですか? 皆さん、ご存じのようですが?」
私はリディに視線を振ってから、全員を見回す。
「知らぬ者もいるようだ。軽く、ファリサイのことを語り、私が知るかぎりの真実を語ろう。だが、この語りに明確な証拠はない。あるのは私の証言だけだ。このことはしっかり頭に焼きつけておけ」
――ファリサイの虐殺
今から百年前に起きた、魔王アルラ=アル=スハイルによる非武装民虐殺事件。
内容は、ファリサイの町を結界で封じ込めて、赤子から老人までと老若男女問わず、さらには自国の兵まで巻き込み、町を焼き払ったこと。
これは、今日まで魔王による暴虐として語り継がれている。
――ここからは私が語るファリサイの真実
魔王軍が魔族と人間族の領地付近にあるファリサイを占領するものの、町では死斑病という致死率50%を超える死の病が流行り始める。
その封じ込めが思うように行かず、私自らが町へ赴く。
町を結界で封じ、住民の出入りができなくなるように封じ、感染が確認されない者だけを分けて外へ出そうとしていた。
そこに、人間族の大攻勢の報が届く。すぐにでも私はそれに対応しなければならない。
しかし、ここを放っていけば、病が魔族側と人間族側に広がり、どれほどの被害を生むのか想像もつかないほど。
かといって、ここに留まれば、多くの同胞である魔族の命が人間族によって奪われ、領地もまた奪われる。
ここで、私は選択した。
病気の封じ込めと人間族の攻勢を防ぐために、ファリサイを焼き払うと……。
これにより、私は虐殺者の名を背負うことになり、人間族からは憎まれ、魔族側からは非武装民を殺害した卑怯者と罵られるようになる。
だが、これらは全て人間族と反アルラ派による奸計だった。
当時、勇者は不在同然。
人間族は魔王である私を恐れ、同じく私のことを恐れて失脚を狙う反アルラ派と裏で共闘。
ファリサイをわざと占領させて、そこに死斑病の病人や病原菌を仕込み、私の手足を縛った。
町に留まれば、魔族を見捨てた魔王。留まらず、戦いへ赴けば対応に過ちを犯し、病を広めた魔王。町を焼き払えば、虐殺者の卑怯者。
このように、どう転ぼうとも私を糾弾できる状況を産み出そうとした。
――――
「もっとも、立花が上手く立ち回ったおかげで、これらの火消しはうまくいったが。それでも、ファリサイの虐殺は私の名を穢す常套句として使われるようになった。というわけだ」
歴史で語られる事実と、私が見てきた真実を語り終えて、皆を見回す。
ツキフネにはすでに語っているので特段の変化はない。
貫太郎は小さく「も」っと鳴いて、広々とした額を私の二の腕に擦り、私のことを慰めるような仕草を見せる。
ラフィとリディは人間が行った悪魔のような奸計に驚きを隠せない。
ラフィが尋ねてくる。
「教会もご存じなんでしょうか?」
「ご存じも何も、主導は当時の教会のトップだ。ま、彼らが証拠を消してしまったため、もはや証拠はないがね」
「そ、そんな……教会が、魔族と手を組み、そのような恐ろしい真似を……」
リディが恐る恐る見上げるように見てくる。
「そんな恐ろしいことを背負って、辛くないんですか?」
「必要な処置だったと思っている。そして、これ以外の選択肢はなかったと今も当時も思っている。だから、背負うものなんてものはない。君だってカリンを思う心はあっても、オーヴェル村の件で背負う罪に、重さは感じていないだろう」
「そう言われると……何も返せませんが」
「ま、規模が違うから比べるのはおかしな話か。しかも、私の場合は怨みがあったわけじゃない。必要だから焼き払った。それについて、罪を背負えと言われても、困る」
ここでカリンが静かに声を上げる。
「それ以外の選択しかなかったかもしれない。でも、その町には罪もない人々が住んでいた。おじさんに罪を背負えとは言わないけど、その人たちにはどんな感情を抱いたの?」
「申し訳ないとは思っている。実際にそういった思いがあったので、町の再建には手を貸している。運よく町を離れていた遺族には保証もしている。私はそれで充分に役を成したと思っている。もちろん、人の心がそれで納得しないのもわかっているが、だからと言って、これ以上のことはできない」
「これ以上を求められたことは?」
「ある。私を殺そうとした者がいたよ。炎に巻き込まれた魔族側の兵士の家族だがね。返り討ちにしたが」
「それに対しても、申し訳ないと思いつつ、当然のことだと割り切っているんだね」
「そうだな。私には億を超える国民の生命と財産を守る責任があった。それを一時の感情で放棄するわけにはいかない。怠惰の末、民に見限られた今の私が言っても説得力は皆無だが、当時はしっかり王をやっていたのでな」
「…………そう、王だから……導く役目を持っている人は、それだけの覚悟が必要なんだね。そして、心を痛みに塗れさせても、平然としていなければならないんだね」
「痛みに関しては私は魔族だからな。短命種である人間族ほど命に対して深く情は傾かない。人間から見れば冷たいとなるだろうが、魔族から言わせてもらえば、私たちの方が理知的だと考える」
「そんな魔族でも、復讐をしようとする人がいるんだ?」
「それはいるだろう。人間族の中にも魔族のように命を割り切る者もいれば、魔族の中にも人間族のように命に対して感情的に向き合う者もいる。とくに庶民はその傾向が強い。これは魔族だけではなく人間族にも見られる傾向だが」
「おじさんって、前から思ってたけど……」
カリンはとても悲し気に瞳を揺らし、私を見てくる。
「どうした、カリン?」
「ううん、何でもない。たぶん、なかなか理解し合うのが難しいことだと思うから。それよりも、一ついい?」
「ああ、構わんぞ」
「当時の選択に、本当に後悔はないの?」
この問いに、私はちらりとツキフネを見た。
彼女とこの話をした時も似たような話題が出た。
他の選択肢の話題が……。
――ツキフネとの会話<※第35話 魔王には見えぬ選択肢>
『死斑病を気にするお前はあの出来事に対して心に影を落としている。だから、違う選択肢を選ぶ人物を求めている。お前では選ぶことのできなかった選択肢を……』
『私が選ぶことのできなかった選択肢、か……あれ以外にどんな選択肢があったのだろうな?』
『ふふふ、魔王様はもう一つの選択肢が見えないと見える』
『もう一つ?』
『私ならそうするという選択肢がある。そして、カリンもまたそれを選ぶだろう。いや、お前でなければ、誰もが頭に宿す選択肢だ』
『それはなんだ?』
『答えはやらん。ヒントもやらん。お前は賢いからな。やれば、すぐに気づいてしまう。それにこれは、自分で気づかなければならない選択肢…………ただ、カリンから学べとだけ言っておこう』
――――
ツキフネは言っていた。カリンから学べと……。
だから、あの時よりも少しだけ深く、自分を語る。
「この選択に後悔はない。だが、勇者ティンダルたちと出会い、彼らから影響を受けて以降、もしかしたら別の選択肢があったのかもしれないという考えが宿った。それがどんな選択肢なのかは思い浮かばないがな」
「あれ? おじさんって、魔王なのに勇者ティンダルと仲が良かったの?」
「いやいや、まったくだ。殺し合いをした仲であり、ほとんど会話もしたことがない。ただ、尊敬に値する者たちだった」
「う~ん、なんだかよくわかんない関係だけど、話を戻すね。おじさんが浮かばない選択肢だけど、私ならもう一つの選択肢が浮かぶ。いや、二つかな? どっちも同じことだけど」
「君もツキフネと同様に、私が選んだ以外の選択肢があると言うのか?」
「ツキフネさんも?」
カリンがツキフネへ顔を向けると、彼女はくすりと笑う。
カリンも軽く微笑んで、貫太郎たちへ声をかける。
「みんなはどう? あるよね、もっとも単純で誰もが選ぶ選択肢が?」
この問いかけに、貫太郎はカリンの耳そばに近づき、ぼそぼそ何かを言っている。
「もももそそそもももそそお」
「わ、わ、わ、こそばいこそばいこそばい。息が強すぎる。でも、なんとなく答えはわかる。貫太郎ちゃん、正解!」
「も!」
「君は貫太郎の言葉をわからないだろう」
「おじさんと同じでわからないけど何となくわかるの! で、リディとラフィは?」
「私、なんとなくわかります」
リディがカリンへ耳打ちする。
「~~じゃないですか?」
「正解。これしかないよね?」
「はい。でも、アルラさんだからこそ見つけられない選択なのかも」
「かもね~。ラフィは?」
「少々お待ちを……困りましたわね。わたくしもアルラさん以外の選択肢が浮かびません」
「ヒントを出してあげたいけど……おじさんの心は氷のように冷たくて鈍い割には、頭は鋭いから気づかれちゃうし」
この言葉に私は不満を声に乗せる。
「氷のように冷たく鈍くて悪かったな。為政者とは心があっても常に冷静でなければならないんだ」
と、立腹すると、ラフィがポンと手を叩いた。
「あ、今のでわかりました。カリンさん、お耳を拝借。ごにょごにょごにょごにょっと」
「正解。この選択肢を選ばないのってどうなんだろうね?」
「いえ、選べない。思いつけない人は大勢いますよ。特にアルラさんは選択肢に入れることはできないでしょう。伝説級のお方ですし」
「けっこう困りものかもね、そういうのって。というわけで、おじさん」
カリンが私へ向き直る。それに貫太郎とリディとラフィが続く。
「私たちはおじさんから聞いたファリサイに隠されていた話を信じるよ。たしかに、おじさんの選択肢には諸手を挙げて賛成できなくても、その当時はそれしか正解が見えなかったから仕方ないと思うし、なかなかおじさんだと選べないものだったんだと思う」
「ももも~ももも」
「はい、貫太郎さんの言うとおり、本当に悪いのは教会の人と反アルラ派の人ですし。病気を食い止めた事実もありますしね」
「わたくしもそう思います。それに、王として自国民の命を優先するのは当然と言えば当然。残念なのは、その時に至極当然な選択肢が思い浮かばなかったことですわね」
カリンはツキフネへ顔を向ける。ツキフネは無言でこくりと頷き、それを受け取ったカリンがこの場を締めようとした。
「今夜は様々な問題が噴出した夜となりましたが、各々が頭と心で考えて、互いに支え合い、これからも答えを模索していくということで、今日のところはお開きに――」
「待て待て待て待て、君たちが選ぶという答えはなんなんだ?」
そう問いかけると、カリン、ツキフネ、ラフィに、先程まで地面でのたうち回っていたリディまでがにやりと笑う。それどころか貫太郎までも……。
カリンは皆を代表してニマニマしながらこう言葉を出した。
「これはおじさんへの宿題。回答期限は無期限。頑張って考えてね!」
――カリン
オーヴェル村でアルラから出された宿題の意趣返しとばかりに飛び切りの笑顔を見せるカリン。
その顔を見て、軽く鼻から息を抜いたアルラを見て彼女は思う。
(薄々感じてたけど、おじさんは自分以外の存在を見下してるんだ。そして、誰も信用してない。いえ、できないでいる。だけど、それでは駄目だと変えようとしている。その理由はわからないけど……わたしに、おじさんを変える手助けはできないかな?)
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