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第三章 アルリナの影とケントの闇
ヴァンナス王家の力と創造神サノア
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町の者に話を聞く。
だが、返ってくる言葉は全て若夫婦や老翁から聞いたものと似たり寄ったり。
これ以上は無意味と切り上げようとしたところで、聞き覚えのあるダミ声が耳に入ってきた。
「旦那、旦那、だん~な♪」
「なんで最後ちょっとかわいく呼んだ? 気持ち悪いな」
「そいつはぁ、ひどい言いようだな~」
「で、何の用だ、親父? もう花瓶は買わんぞ」
ギウと結託し、花瓶を売りつけた土産屋の親父が路上で土産物を売っていた。
知らず知らずのうちに、町の東側にある親父の店の近くまで来てしまったようだ。
親父はサングラス光らせ、厭らしくニヤつきながら話しかけてくる。
「にひひ、旦那、ちょっとこっちへ」
「わるいな、私は男に誘われる趣味はないぞ?」
「そりゃ、俺もですよ。因みに旦那はどんな子が好みで?」
「そうだな、素直であって欲しいが、少しくらい我儘な子の方がいいかもな」
「面倒そうな趣味ですな。それにそれは女の好みというか、我が子にするならどんな子って感じですぜ」
「そうか? 親父さんはどのような女性が?」
「そりゃ、唇は肉厚で、乳と尻がデカく、肉欲をそそるような女でしょう」
「欲望に忠実過ぎるな……こんな話がしたいのか?」
「違いますよ! 旦那、妙なことを言うから……」
「私の所為か?」
「まぁまぁ、ともかくこの商品を見てくださいよ」
親父はさらりと周囲に視線を振ってから、置時計を見せつけてきた。
「たしかに興味深い時計だ。ちょっと見せてもらおうか」
私は親父の店の前に屈み、彼の小芝居に付き合うことに。
「それで、何の用だ?」
「ケント様はシアンファミリーの情報を集めているようですね」
「まぁな」
「こんなに表立って集めていいんですか?」
「彼らから絡んでくれるのを待っているからな」
「何か、お考えが?」
「今のところは靄の中だな。だが、ある突破口になる可能性がある」
「ああ~、ケント様は領主でしたね。なるほど、ヴァンナス本国の存在。そして、そのヴァンナスの領地を治める者同士の諍い。それがムキ=シアンに対する搦め手ですか?」
「ほぅ、目ざといな」
「へっへっへ、旅の商人。情報を選択し、見る目が第一でさぁ」
「その見る目が私に何を見る?」
親父は置時計に視線を向けて、商品説明をするかのような口調で情報を編んでいく。
「アルリナの港は商人ギルドの長・ノイファンが押さえてます。ですので、嫌々ながらも、ムキ=シアンは利用料を支払っていますね」
「なるほど」
「また、ムキは違法な商品を扱っていますが、ギルドはそれをお目こぼししており、さらにその影に隠れて……」
「やはりそういう関係か」
「おや、旦那はもうお気づきに?」
「ふふふ、最近、素人丸出しのお付きができてな。どこの者の手かと思っていたが、今のではっきりした」
「へっへっへ、たしかに素人っぽいのがこっちを見てますね」
親父は私を見ながらにやけ顔を見せるだけで、決して顔を動かそうとしない。
状況に応じて必要な行動がとれる人物のようだ。
「素人――ということは急遽ということなのだろう。悪いことをした」
「へへ、そんなこと思っていないでしょうに」
「ふふ、さてな。では、これらについて、補強できる情報を期待したい」
「もちろんです。ここ最近、ムキ=シアンは単独で北の大都市アグリスと取引を行っているみたいですぜ」
「それは主に、貴族や富豪相手か?」
「お察しの通り」
「アルリナとアグリスの関係は?」
「アグリスは宗教都市として名高く、また宗教的身分差も激しい場所。法よりも経典が優先され、支配階級は融通が利きません。現状でも周辺種族と対立しています」
「ああ、そうらしいな。それらのことは王都にいた頃もよく耳に入っていた」
半島とビュール大陸を繋ぐ山脈の袂にある、大都市『アグリス』。
かつてはランゲン国の王都であった。
しかし、我がヴァンナスに滅ぼされて以降は、『サノア教』の少数派である『ルヒネ派』が入り込み、大きな影響力を持ってしまった。
サノア教――スカルペルの全大陸・全種族・全国家が共通して崇める創造神サノアの教えを説く宗教。
だが、種族や国家によって教えの解釈が違い、いくつにも分派している。
その中でも有名どころは三つ。
神の愛を讃える宗派『タレン派』
神の意を解する宗派『フェナク派』
神の厳格さを訴える宗派『ルヒネ派』
宗派の名前はどれも最初にそれを唱えた指導者の名前に起因する。
三者の内容は大まかに以下の通りだ。
タレン派――神はスカルペルに存在する全ての生命を愛し、我らは愛の名の下に安寧を得る。神は我らを愛し、我らは神を愛する。溢れる愛を以って全ての存在に愛を施すべし。
つまり、世界は愛に満ち溢れている。みんな仲良くしようね。という意味だ。
このタレン派は、ヴァンナスにとって主流派と呼べる宗派。また、多くの国家や種族にとっても主流であり、基本となる教えとなっている。
フェネク派――神の愛に頼るのではなく、自身の力で大地に立ち、歩き目指せ。責を全うできぬ者に先を歩む資格はない。だが、道半ばに倒れる者に手を差し伸べる優しさと余裕のなき者は、存在の価値すらない。
つまり、自分のことは自分でやれ。だけど、困っている人がいたら助けてやれ。という意味だ。
ルヒネ派――神の僕たちは神のために全てを捧げよ。我らには生まれながらに役割があり、序列が存在する。今世で役割を全うし、来世の幸福を落掌せよ。
つまり、人は生まれながらにして序列が決定しており、それに従い全うすることで、来世で良い身分が貰えるよ。という意味だ。
元は同じ宗教であるのに、何故こうまで捉え方が違うのか?
私のような不信心が物申すのは気が引けるが、元は同じ教えだったものが、その時代時代の価値観や支配者たちの思惑が混じり合い、分かれ、様々な解釈を生んだのだと思う。
私は原典と呼ばれるものに目を通したことがあるが、中身は道徳と政治と経済の概念のようなもので、そこに神という人々が受け入れやすい標語が入ったという感じのものだった。
では、話をルヒネ派のみに合わせよう。
この三宗派の中でルヒネ派は最も厳格で、教えの特性上、差別意識が高い。
また、彼らは他の宗派を認めない狂信的と呼ばれる存在で、さらにはスカルペルでは稀有な能力である、『召喚士』の力を持つヴァンナスの王家の血脈を良く思っていない。
その理由は、召喚の力が異世界の『神』や『精霊』、また『人』などを呼び寄せることができるからだ。
この力は、創造神サノアの存在を揺るがしかねない。
『異界の神』。そして、『異世界』の存在などもってのほか……。
他の宗派はこれらのことを上手く解釈し取り込んでいるが、厳格なルヒネ派は召喚の力を悪魔の力と決めつけている。
そんなルヒネ派がヴァンナスから遠く離れたアグリスを手中に収めている。
ヴァンナスとしても厄介なことだが、税や資源をしっかり納めている限り、口を出す気はない。
それにどれだけルヒネ派が支配するアグリスが力を蓄えようと、ヴァンナスに召喚の力を持つ王家と勇者たちがいる限り、ルヒネ派など敵ではないからだ。
私は意識を親父へ戻す。
「話には聞いていたが、周辺部族と対立とは。人間族こそ種族の頂点であるという身勝手な解釈がそうさせるのだろうが……敵を増やしてどうするのやら。アグリスの軍は強いのか?」
「はい、かなり。そのため、港町アルリナは距離を置いた友好関係を取りたいと考えています」
「そんな連中相手に、ムキ=シアンは。愚かな……」
「ですな……アルリナもアグリスもヴァンナス国の属領でありますが、王都からは遠く離れておりますから影響力は非常に少ない。ですので、事が起こっても対処する時間があります。しかしながら、アグリスはアルリナにとって目と鼻の先……」
「なるほど、ムキ=シアンの暴走というわけか。彼は龍の尾を踏もうと、いや、踏んだのか」
「さて、そこまでは……」
と言いつつ、私たちはこそりとこちらを窺う存在に気を向ける。
その存在は私の敵ではない。私が何かをしでかすのではないかと恐れている。
今回はそれを逆手に取り、大きな利を得るとしよう。
私はござに並ぶ商品を手に取り、商品越しに親父の目を睨みつけた。
だが、返ってくる言葉は全て若夫婦や老翁から聞いたものと似たり寄ったり。
これ以上は無意味と切り上げようとしたところで、聞き覚えのあるダミ声が耳に入ってきた。
「旦那、旦那、だん~な♪」
「なんで最後ちょっとかわいく呼んだ? 気持ち悪いな」
「そいつはぁ、ひどい言いようだな~」
「で、何の用だ、親父? もう花瓶は買わんぞ」
ギウと結託し、花瓶を売りつけた土産屋の親父が路上で土産物を売っていた。
知らず知らずのうちに、町の東側にある親父の店の近くまで来てしまったようだ。
親父はサングラス光らせ、厭らしくニヤつきながら話しかけてくる。
「にひひ、旦那、ちょっとこっちへ」
「わるいな、私は男に誘われる趣味はないぞ?」
「そりゃ、俺もですよ。因みに旦那はどんな子が好みで?」
「そうだな、素直であって欲しいが、少しくらい我儘な子の方がいいかもな」
「面倒そうな趣味ですな。それにそれは女の好みというか、我が子にするならどんな子って感じですぜ」
「そうか? 親父さんはどのような女性が?」
「そりゃ、唇は肉厚で、乳と尻がデカく、肉欲をそそるような女でしょう」
「欲望に忠実過ぎるな……こんな話がしたいのか?」
「違いますよ! 旦那、妙なことを言うから……」
「私の所為か?」
「まぁまぁ、ともかくこの商品を見てくださいよ」
親父はさらりと周囲に視線を振ってから、置時計を見せつけてきた。
「たしかに興味深い時計だ。ちょっと見せてもらおうか」
私は親父の店の前に屈み、彼の小芝居に付き合うことに。
「それで、何の用だ?」
「ケント様はシアンファミリーの情報を集めているようですね」
「まぁな」
「こんなに表立って集めていいんですか?」
「彼らから絡んでくれるのを待っているからな」
「何か、お考えが?」
「今のところは靄の中だな。だが、ある突破口になる可能性がある」
「ああ~、ケント様は領主でしたね。なるほど、ヴァンナス本国の存在。そして、そのヴァンナスの領地を治める者同士の諍い。それがムキ=シアンに対する搦め手ですか?」
「ほぅ、目ざといな」
「へっへっへ、旅の商人。情報を選択し、見る目が第一でさぁ」
「その見る目が私に何を見る?」
親父は置時計に視線を向けて、商品説明をするかのような口調で情報を編んでいく。
「アルリナの港は商人ギルドの長・ノイファンが押さえてます。ですので、嫌々ながらも、ムキ=シアンは利用料を支払っていますね」
「なるほど」
「また、ムキは違法な商品を扱っていますが、ギルドはそれをお目こぼししており、さらにその影に隠れて……」
「やはりそういう関係か」
「おや、旦那はもうお気づきに?」
「ふふふ、最近、素人丸出しのお付きができてな。どこの者の手かと思っていたが、今のではっきりした」
「へっへっへ、たしかに素人っぽいのがこっちを見てますね」
親父は私を見ながらにやけ顔を見せるだけで、決して顔を動かそうとしない。
状況に応じて必要な行動がとれる人物のようだ。
「素人――ということは急遽ということなのだろう。悪いことをした」
「へへ、そんなこと思っていないでしょうに」
「ふふ、さてな。では、これらについて、補強できる情報を期待したい」
「もちろんです。ここ最近、ムキ=シアンは単独で北の大都市アグリスと取引を行っているみたいですぜ」
「それは主に、貴族や富豪相手か?」
「お察しの通り」
「アルリナとアグリスの関係は?」
「アグリスは宗教都市として名高く、また宗教的身分差も激しい場所。法よりも経典が優先され、支配階級は融通が利きません。現状でも周辺種族と対立しています」
「ああ、そうらしいな。それらのことは王都にいた頃もよく耳に入っていた」
半島とビュール大陸を繋ぐ山脈の袂にある、大都市『アグリス』。
かつてはランゲン国の王都であった。
しかし、我がヴァンナスに滅ぼされて以降は、『サノア教』の少数派である『ルヒネ派』が入り込み、大きな影響力を持ってしまった。
サノア教――スカルペルの全大陸・全種族・全国家が共通して崇める創造神サノアの教えを説く宗教。
だが、種族や国家によって教えの解釈が違い、いくつにも分派している。
その中でも有名どころは三つ。
神の愛を讃える宗派『タレン派』
神の意を解する宗派『フェナク派』
神の厳格さを訴える宗派『ルヒネ派』
宗派の名前はどれも最初にそれを唱えた指導者の名前に起因する。
三者の内容は大まかに以下の通りだ。
タレン派――神はスカルペルに存在する全ての生命を愛し、我らは愛の名の下に安寧を得る。神は我らを愛し、我らは神を愛する。溢れる愛を以って全ての存在に愛を施すべし。
つまり、世界は愛に満ち溢れている。みんな仲良くしようね。という意味だ。
このタレン派は、ヴァンナスにとって主流派と呼べる宗派。また、多くの国家や種族にとっても主流であり、基本となる教えとなっている。
フェネク派――神の愛に頼るのではなく、自身の力で大地に立ち、歩き目指せ。責を全うできぬ者に先を歩む資格はない。だが、道半ばに倒れる者に手を差し伸べる優しさと余裕のなき者は、存在の価値すらない。
つまり、自分のことは自分でやれ。だけど、困っている人がいたら助けてやれ。という意味だ。
ルヒネ派――神の僕たちは神のために全てを捧げよ。我らには生まれながらに役割があり、序列が存在する。今世で役割を全うし、来世の幸福を落掌せよ。
つまり、人は生まれながらにして序列が決定しており、それに従い全うすることで、来世で良い身分が貰えるよ。という意味だ。
元は同じ宗教であるのに、何故こうまで捉え方が違うのか?
私のような不信心が物申すのは気が引けるが、元は同じ教えだったものが、その時代時代の価値観や支配者たちの思惑が混じり合い、分かれ、様々な解釈を生んだのだと思う。
私は原典と呼ばれるものに目を通したことがあるが、中身は道徳と政治と経済の概念のようなもので、そこに神という人々が受け入れやすい標語が入ったという感じのものだった。
では、話をルヒネ派のみに合わせよう。
この三宗派の中でルヒネ派は最も厳格で、教えの特性上、差別意識が高い。
また、彼らは他の宗派を認めない狂信的と呼ばれる存在で、さらにはスカルペルでは稀有な能力である、『召喚士』の力を持つヴァンナスの王家の血脈を良く思っていない。
その理由は、召喚の力が異世界の『神』や『精霊』、また『人』などを呼び寄せることができるからだ。
この力は、創造神サノアの存在を揺るがしかねない。
『異界の神』。そして、『異世界』の存在などもってのほか……。
他の宗派はこれらのことを上手く解釈し取り込んでいるが、厳格なルヒネ派は召喚の力を悪魔の力と決めつけている。
そんなルヒネ派がヴァンナスから遠く離れたアグリスを手中に収めている。
ヴァンナスとしても厄介なことだが、税や資源をしっかり納めている限り、口を出す気はない。
それにどれだけルヒネ派が支配するアグリスが力を蓄えようと、ヴァンナスに召喚の力を持つ王家と勇者たちがいる限り、ルヒネ派など敵ではないからだ。
私は意識を親父へ戻す。
「話には聞いていたが、周辺部族と対立とは。人間族こそ種族の頂点であるという身勝手な解釈がそうさせるのだろうが……敵を増やしてどうするのやら。アグリスの軍は強いのか?」
「はい、かなり。そのため、港町アルリナは距離を置いた友好関係を取りたいと考えています」
「そんな連中相手に、ムキ=シアンは。愚かな……」
「ですな……アルリナもアグリスもヴァンナス国の属領でありますが、王都からは遠く離れておりますから影響力は非常に少ない。ですので、事が起こっても対処する時間があります。しかしながら、アグリスはアルリナにとって目と鼻の先……」
「なるほど、ムキ=シアンの暴走というわけか。彼は龍の尾を踏もうと、いや、踏んだのか」
「さて、そこまでは……」
と言いつつ、私たちはこそりとこちらを窺う存在に気を向ける。
その存在は私の敵ではない。私が何かをしでかすのではないかと恐れている。
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