銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

文字の大きさ
41 / 359
第四章 権謀術策 

完勝

しおりを挟む
 見事、袋小路に誘い込まれ、投網に絡まりもがく傭兵さかなたちを私は防壁の上から見下ろす。


「こらこら動けば動くほど服に絡むぞ。網には釣り針を仕込んであるからな」
「ケント、てめぇ!」
「大漁大漁と言いたいところだが、全くもって不細工で不味そうな魚たちだ」
「ぶっ殺す!!」

「深夜だぞ。騒々しい魚だ。ん? 捕まえ損ねた魚もいるか。さすがに網一つで一網打尽とはいかないな。ま、こちらとしては頭を押さえておけば十分だが、ふふふ」

 私は軽く笑い声を漏らして視線を下へ振った。
 袋小路内では網から逃れた傭兵たちが壁の窪みに指を掛けて上へ逃れようとしていた。
 だが、壁の表面はぬるりとしていて、彼らは登ることができず身体を滑らせていく。
 その間抜けな姿を見て、小柄な戦士は怒声を上げた。


「お前ら! 何を遊んでやがる!?」
「それが隊長! 壁に油が塗ってあって、滑って上に上がれないんだよ!」
「油? このぬめりは油か?」
 彼は先程壁に触れた際、手のひらに付着した液体を見つめている。


 ではでは、眉を顰めている小柄な戦士と混乱極まる傭兵たちに、状況の深刻さを伝えてやるとしよう。

「その通り、油だ。周囲には風景の絵が描かれた壁。絵は、この子に描いてもらった」
 エクアが防壁の上に姿を現し、私の隣に立って、ちょこんと頭を下げる。


 今回の作戦において、傭兵たちを袋小路へ誘い出す必要があった。
 そこまでの道のりは瓦礫を使い誘導することで可能だったが、最終地点である、三方壁に囲まれた場所にどうやって追い込むかが本作戦のポイントだった。
 
 私は当初、壁の一部を黒の墨で塗り、夜の力を借りて壁の隙間に見せかけようとしていた。
 だが、エクアはそれでは不十分と感じ、彼女が得意な絵を生かして闇に染まる風景画を壁に描いたのだ。

 絵はかなり見事なものだったようで、おかげで袋小路の最奥まで彼らを誘い込めた。
 もちろん、私の絵でも十分に閉じ込めることは可能だっただろうが、奥ならば奥の方がより効果が高い。


「君たちはまんまと絵におびき寄せられ、ここへ追い込まれた。そして、曲がり角の入り口に積んであった瓦礫をギウに崩してもらい、逃げ場を奪ったというわけだ」
 この言葉に、無骨そうな戦士がほぞを噛む。

「違和感はそれだったのか。城へ続く道そば。その隣に崩れたら危険な瓦礫の山……なんでちゃんと警戒しなかったんだろう!」
「ほう、勘の鋭い者がいたようだ。だが、油断と傲慢が警戒を鈍らせたようだな」
「クッ」

 もし、無骨そうな戦士が私たちのことを心から脅威と感じていたのならば、瓦礫の不自然さに気づいたかもしれない。
 しかし、心のどこかに敵は二人と力のない少女という思いが、彼の心に甘さを生んでいた。


 私は傭兵の中に、なかなかの切れ者がいたことに驚きつつも安堵した。
(危なかったな。彼が隊を率いるリーダーだったら看破されていた可能性があった。責任の有無が作戦の成否を握ったということか)

 私の見立てでは小柄な戦士が隊のリーダーのようだ。
 そのリーダーが無骨そうな戦士であったのならば、彼は仲間のために最大限の警戒を尽くし、こちらの策を見破った可能性は大いにある。

 私は軽く鼻から息を抜く。
「ふ~、最悪の事態になるところだった。だが、なんとかなった。私のために、ギウの手を汚させたくなかったからな。ギウ、壁に張り付いている連中を見張っていてくれ」
「ギウ」


 崩れた瓦礫のそばに立っていたギウはぴょんと飛び上がり、壁の上に立つ。壁の高さは5mはあるんだが……。
 と、ともかく、油を塗られていない壁の部分を見つけた傭兵たちがそこから這い上がろうとしているので、ギウが銛の柄頭で突いたり、彼らの手に小さな石をぶつけて落としていく。


 傭兵たちが完全に閉じ込められたことを確認して、私は陶器の瓶を取り出し、その中にある液体を小柄な戦士に掛けた。

「お客人、まずは一杯どうかな?」
「うわっ? なにをしやがっ……こいつは、油……?」
「そうだ。油は三方の壁に塗られ、網にも油を染み込ませてある。おかげさまで、買い込んだ油が尽きたが。それはいいとして、油まみれの君たちに、もし……」

 私は陶器の瓶をエクアに預け、代わりに松明たいまつを受け取る。
 めらめらと炎を揺らす松明たいまつは、私の顔を邪悪に浮かび上がらせた。

「もし、いま、この火を投げ込んだら、君たちはどうなるかな?」
「それはっ!?」
「あ、兄貴っ。このままだと俺っちたちは丸焼けにっ!」
「わ、わかってる! クソッ!!」

 小柄な戦士は炎に照らし出された勝者の顔を睨みつける。
 勝者は顔に感情を乗せることなく淡々と勝利を宣言した。


「降伏を。武装を解除しろ。拒否すれば、全員焼き殺す」
 夜の闇よりも昏く、夜風よりも冷たい声が響く。
 この声に、傭兵たちは狂乱に猛っていた心を冷まし、地面に剣を落とした。

 だが、小柄な戦士だけは腰の剣柄に手を置き、手を震わせ、動こうとしない。

「だ、だれがこうふ……」
「兄貴。この状況下ではどうにもできないよ……」
「だけどなっ、ここで白旗上げておめおめ帰れるか? このまま帰ったらムキ様に殺されちまわぁ!」

「そうかもしれないけど、いま焼け死ぬよりかはマシかも」
「どのみち死ぬじゃねぇか! だったら俺は、戦士らしく最後まで抵抗して!」
「兄貴! それだと仲間を巻き込んでしまう! 兄貴だってそんなこと望んでないだろ!!」
「そいつはぁ、そうだけどよ……」

 小柄な戦士は無骨そうな戦士に説得され、剣から手を降ろした。
 しかし、彼は納得した素振りを見せていない。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...