銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第五章 善のベールを纏う悪人

捨てられた心

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――ムキの屋敷・一階倉庫


 倉庫は屋敷一階西側にあった。
 簡素な木の扉を開けると、数段の石階段。窓はない。
 足元に気をつけながら階段を降り、ギウにムキの見張りを任せ、私は手持ちランプを頼りに室内のランプに明かりをともしていく。

 蝋燭に明かりがともされるたびに、室内に佇む彫刻たちのシルエットが形を変えながら浮かび上がっていく。
 彫刻のそばには様々な種類の絵画や宝石などの装飾品が置かれていた。
 それらを見て、エクアが小さく声を跳ねる。

「ここにあるのって、全部。そんな……」
「まさか、偽物か?」
「はい……あ、あれはっ!?」

 彼女は言葉を返すと、すぐに何かに気づく。
 どうやら、倉庫内に置かれた絵画に混じってエクアの描いたサレート=ケイキの贋作が数点あったようだ。
 彼女はその絵に駆け寄り、絵を抱きしめ、小さく言葉を零す。


「私の絵……私の過ち……サレート=ケイキ先生、ごめんなさい」
 小さな少女は肩を震わせる。
 自分が犯した罪の重さと、憧れであった先生を裏切ってしまった行為を悔いている。
 それがたとえ、知らなかったこと、気づき避けられなかったことだとしても、エクアは瞳から後悔を零す。


 私は罪を悔いる少女から目を離し、業深きあれど尚、不敵な笑みを見せ続けるムキに顔を向けた。

「彼女の絵はここにあるだけか?」
「ああ。売っちまったのまでは知らんけどな」
「取引相手の名簿ぐらいあるだろ?」
「そりゃな。だけどあったからってどうするんだ? 取り戻す気かよ? そんなことしたらそのガキ、贋作者として名が広まっちまうぜ。キキキッ」

 ムキは腐臭の混じる耳障りな甲高い笑い声を上げた。
 私は銀の瞳を見開き、汚物を吐き出し続ける顔を睨みつける。

「そのようなことはお前が心配することでない。私はお前よりも賢いのでな」
「あ、う……チッ」
 彼は瞳に怯え、口先を震えさせたが、小さく舌を打つことで辛うじて悪党としての面子を保つ。
 私は瞳から穢れを拭う仕草を見せて、エクアへ向き直った。


「エクア、何も心配する必要はないぞ。全てを解決……とは約束できないが、君が困るような事態にならぬよう最大限努めるつもりだ」
「…………」
「ん、エクア?」

 エクアからの返事はなく、彼女は部屋の隅を見つめている。
 彼女は死人のような力のない足取りで隅へと歩いていく。
 そして、隅に置いてあった廃材入れの前でへたり込み、声を震わせた。


「そ、そんな、そんな……私の、絵が……」
「エクア? ギウ、ムキを見張っていてくれっ」
 
 エクアのただならぬ様子に急ぎ傍に寄った。

「エクア……?」
 そっと、彼女の名を呼ぶ。
 エクアは美しい新緑の瞳を涙で溺れさせて、私へ振り向く。
 そして、涙を零した……。

「私の絵が、捨てられてる……」
「何っ!?」

 その言葉を最後に、糸の切れた人形の如く彼女はがくりと頭を落とした。
 私は一瞬、彼女を支えるべきか悩むが、彼女を追いやった存在の確認を急ぐことにした。
 そこで私が見たモノは……。


「これは……エクアの、本物のエクアの絵……」

 部屋の隅に置いてあった廃材入れには、海や港が描かれたエクアの絵が破かれ壊され、無造作に放り込んであった。
 
「なぜ、このようなことを……?」
 この問いに、背後から馬鹿笑いが響く。

「ケケケケケッ! 何故もクソもねぇだろ! このガキの価値は贋作の絵だけにあんだよ! なのによ、自分の絵を買ってくれないと贋作を渡さねぇとか言ってたそうじゃねぇか。だから仕方なくゴミを買い取って、価値ある贋作を引き取ったってわけさ!!」
「ごみ……」

 エクアが小さく言葉を零す。
 とてもとても小さな音のはずなのに、ムキの耳には愛を囁く声よりもはっきりと届いていた。


「ああ~、ゴミだゴミ! てめぇの絵はゴミだ! 毎度毎度ゴミを押し付けられ、処分するのが大変だったぜぇ、ケェ~ケッケッケ!!」
「そ、そんな、わたしのえ……」

「何が、わたしのえ、だっ。ば~か、お前に絵の才能があると本気で思ってたのかよ? 評価してもらえたと思ってたのかよ? ケケケ、腹がいてぇ…………いいか、よ~く聞けよ。お前の才能は、サレート=ケイキの絵を模倣すること。そう、偽物を描くことだけだ……」

 ムキは大声で喚き散らしたかと思えば、急に言葉を沈めていく。
 そして、とても暗く冷たい言葉を放った。


「大人しく贋作だけを作り続ければ飯は食えたものの。もっとも、その贋作も北の目利きのある連中には通じねぇこともあったからな。絵の才能なし! んでもって、贋作者としても二流! お前の絵は誰の心にも響かなかったってことだ。つまり、ゴミだ。だから捨てた。わかるか? わかるよな? ケケケケケケッ」

「あ、ああ、あああ、そんな、そんな……」


 エクアは両耳を押さえて、ムキの声にあらがった。
 だが、無情にも声は耳奥を震わし、心を傷つけていく。
 私は小刻みに震えるエクアの傍により、彼女をそっと抱いた。
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