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第二十章 それぞれの道

そこは袋小路

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――三十分後


 伝令に向けられたただ一度の砲撃を最後にトーワは沈黙し、エムトたちは何ら攻撃を受けることなくトーワ城までやってきた。
 あまりの静けさに訝しがりながらも城内に斥候せっこうを放つ。

 その斥候からの報告で、エムトはさらに訝しがることになる。

「将軍、戻りました!」
「トーワ城内部はどうなっている?」
「それが、誰一人いません」
「ん?」
「五百のカリスも、領主であるケント以下、複数の配下も存在しません」

「まさか空城の計のつもりか? 城の内部に火薬仕込みや魔導の罠は?」
「そのようなものも一切。城外には旗指物はたさしもの、城内には家財道具だけが残されて、あとは小麦の袋一つありません」
「城を捨てたということか? それではいったいどこへ……森か?」


 エムトはマッキンドーの森へ視線を投げる。
「森の大部分がキャビットの領地。だが、トーワとアルリナを結ぶ道にある森は違う。道の九割がアルリナ側で一割がトーワだったか。森の周辺に出入りした形跡がないか確認を。その間に、我々は城の内部を押さえ、探索を行う」


 
 一時間後――

 
 エムトはケントの執務室の椅子に座り、副官から報告を聞いていた。

「城内城外に人影はありません。城の真下に洞窟がありますが、奥へ続く道は細く、奥行きはあるものの広さはないと思われます。また、現在は満ち潮のためか、まるでこちらの足を閉ざすかのように洞窟内に海水が溢れ、中の探索は困難」

「ふむ、森は?」
「いくつものわだちや足跡があり、ケントはカリスを引き連れ森に逃げ込んだものかと」

「そうか、厄介だな」
「兵を使い、森狩りに出ますか? 当然、罠を張っていると思いますが、トーワの森の領土はさほど広くありません。すぐに見つけることができるでしょう」
「そうとは限らん」
「それはどういうことでしょうか?」

「ケントがトーワの領地内だけに隠れているとは限らんということだ」
「アルリナ、またはキャビットの領地を侵犯していると?」
「その可能性が、いや、おそらくそうだろう。だが、それを見極めようとすると」
「我々も彼らの領地を侵すことになる」
「そういうことだ。だから、厄介と口にした」

「将軍、強行いたしますか?」
「いや、勝手な判断はできん。あくまでもトーワを攻めるというまでが我々の役目。それ以上となるとアグリスの判断を仰がねば」
「はっ。それではすぐにアグリスへ連絡を取ります。伝令魔導官!」


 魔導兵の中で伝令の任務を担う魔導官が懐より通信用の魔石を取り出す。
 だが……。

「これは? 将軍、広域に渡り通信妨害が発生しています。発信源は森のどこかです」
「特定はできぬか?」
「発信源が絶えず変化していて、不可能です。一体、どのような技術を使っているのか?」

「ケントの下にいる錬金術士は相当な使い手と見られるな。ならば、仕方がない。副官、早馬を」
「了解しました。アグリスへ向かわせます」
「思わぬ手間だな。食料にはどの程度余裕がある? 長期の戦闘を想定していないため、少なかったはずだが?」
「城には一切の食料がありませんでしたが、我々の物資だけでも半月は持ちます」
「そうか、一応切り詰めておけ。議会の連中の返事がすぐに来るとは限らん」



――そして、四日後

 アグリスへ向かっていた伝令が思いもよらぬ報告をもたらした。
 伝令は矢傷を負い、土と血に塗れた姿でトーワの執務室に飛び込んだ!

「将軍、報告を!」
「どうしたというのだ!?」
「アグリスへ向かうためキャビットの領地を抜けようとしたところ、キャビットから攻撃を受けました」
「なんだと!?」

 さらに、彼の想像の外側から報告が届く。
 別の伝令が足を城内に響かせ、執務室へ転がるように入ってきた。

「エムト将軍!」
「お前は、トロッカーを見張らせてた?」
「はいっ! トロッカーのワントワーフが兵を集めて、こちらを窺っています!」
「どういうことだ!? トロッカーもマッキンドーもヴァンナスの約定を反故にする気か!?」

「それが……」
 言葉を漏らしたのは、キャビットに攻撃され矢傷を負った伝令。
 彼はこう口にする。

「キャビットはこの戦争において『一度だけ』アグリス軍の通過を認めるが、二度目はニャい! と……」
「なんだ、それは……?」

 さらに、トロッカーを見張っていた伝令が言葉を出す。
「トロッカーのワントワーフは人間族の争いに関わるつもりはないが、異種族となれば別とのこと。伝令が二度目のマッキンドーの森越えを行おうとしたことを問題視し、兵を集めているようです!」
「ふざけたことを! では、伝令をアルリナ経由で、しまったっ!?」


 エムトは途中で言葉を降ろし、体を固める。
 その姿に副官が恐る恐る声を掛けた。
「ど、どうされました、将軍?」
「謀られた! これは罠だ!」
「罠? 一体、それは?」

「アルリナはこの戦争において中立を宣言し、トーワ・アグリス双方の物資と人の移動を禁じているっ」
「あ! ということは、伝令をアグリスに向かわせることができない」
「それどころか、物資の補給もできん!」
「ああっ!」


 エムトは奥歯を噛みしめて絶望に塗れた言葉をこう吐き洩らす。


――マッキンドーの森のキャビット

 一度きりの通行を認めたが二度目はない。これにより、森の通り抜けができなくなった。


――トロッカーのワントワーフ

 人間族の争いには関わらない。だが、異種族となれば別。
 もし、我々が無理を押してマッキンドーの森を通り抜けようとすれば、彼らは我々の背後を突く。
 キャビットとワントワーフ双方を敵に回すことになる


――アルリナ

 戦争中・アグリスとトーワの物資や人の移動を禁じている。
 つまり、伝令だけではなく、食料品も手に入れることができないということだ。
 もし無理を押せば、ヴァンナス国の約定により庇護下にあるアルリナを蹂躙することになる。


――トーワ

 ケントはカリスを率いて、マッキンドーの森に雲隠れ。
 探し出そうにも、彼らはトーワの領地に留まっているとは限らない。
 武力に物言わせ、他領地の探索を行うにもアグリスの判断が必要。


「ケントが約定を破っているかどうかを確認するためには森の探索が必要。だが、行おうとすれば、我々が約定を破ることになる。探索するならば、絶対にケントたちを見つけ不正を暴かなければならない!」

「暗に、アルリナもしくはキャビット。あるいは双方が協力して森に彼らを隠匿していると?」
「かもしれんし、ケントの勝手かもしれん。それを確認するために、双方へ探索の協力を取り付けようとしても、アグリスの判断が必要。我々の役目はトーワ攻めまで。これ以上の判断はできん!」

「つまり、全てが終えたあと、アルリナにしろキャビットにしろ、ケントを匿っていたとしても知らぬ存ぜぬで過ごせばいいわけですか?」
「そうだ! そして、それだけではない!」
「え?」
「忘れたか? 我々の食料には限りがある!」
「そ、そうでしたっ」


「なんたることだ! 我々はトーワを攻め落としたわけではなかったっ! このトーワに閉じ込められたのだ!!」


 ケントは森にいる。それは確実だ。
 その探索を行おうとすれば、森は他領地に跨るためアルリナとキャビットの了解が必要となる。
 それらを取り付けるためにはアグリスから彼らに働きかけてもらう必要がある。

 しかし、魔導による通信は妨害されて連絡が取れない。
 早馬を使い、連絡を取ろうとしても、マッキンドーの森の通行は一度のみ。
 二度目はない。
 もし行おうとすれば、それは侵略行為になる。
 
 そうなれば、異種族間での戦闘行為となり、トロッカーのワントワーフが黙っていない。
 エムト軍はトロッカーとマッキンドーの挟み撃ちを喰らうことになる。

 もう一つの道であるアルリナは早々と中立を宣言し、一切の関わりを見せていない。
 人も物資も行き来できないため、通ることおろか、食料品の買い付けすらできない。

 このままでは、エムト軍はトーワで飢え死にしてしまう。
 状況を打開するためには森を探索し、ケントを見つけ出すこと。
 だが、それを行うためにはまずアグリスと連絡を……と、最初に戻ってしまう。


「いや、たとえ連絡が取れたとしても、アルリナとキャビットはヴァンナスとの約定を盾にして交渉に応じるとは限らん! 最終的に譲ったとしても交渉の時間が長ければ、その時にはこちらの食料が尽きているっ!」
 エムトは執務机に拳をぶつける。
「おのれ!! この戦争、すでにアルリナの会談の場で決着がついていたのだ! 私の剣はただ一度も振るわれることなく、全てが決していた!」

 将として、兵を引き連れ、ただ一度も剣を交えることなく、敗北が決定する。
 このような理不尽、受け入れられようもなかった!
 だが、受け入れなければ、大切な仲間たちが飢えに苦しむことになる。
 

――長きに渡り、戦場を駆け抜けたエムト=リシタ。
 彼には、このような恥辱に塗れたいくさなど経験になかった。

 誰も将軍の心を思い、言葉を出せずにいる。
 そこに新たな伝令が飛び込んでくる。


「将軍!」
「次はなんだ!?」
「トーワ領主・ケント=ハドリーからの使いです!」
「なんとも嫌な状況で来る。通せ!」
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