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第二十二章 銀眼は彼に応え扉を開く
頼もしき仲間たち
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――トーワ・夜
私たちは追跡用魔法石のシグナルをもとにエクアの居場所を割り出した。
場所は半島の北西に位置するカルポンティ近くの森。
そこまで行くには馬でどんなに急いでも二日はかかるが、こちらには古代人の転送装置がある。
トーワ二階にある転送装置から直接アグリス近くにある転送ポイントに行けば、大幅に時間を短縮できる。
私はギウ・フィナ・親父・カインを引き連れ、トーワ二階の転送室へ急ぎ足で向かう。
その途中、フィナにエクアのいる場所までの時間を尋ねた。
「フィナ、どのくらいかかる?」
「目的地はアグリスの転送ポイントからカルポンティの森。そこまで、半日程度」
「少し休息を挟んでも昼前には着くな」
「でも、あそこはアグリスの領地だよ。他領主のあんたが勝手をして大丈夫なの?」
「問題だらけだ。だが、トーワの住民がアグリスの住民によって拉致された。これは領主として看過できない」
「え、アグリスの住民? あ、サレートをアグリスの住民として認識することにしたのね」
「その通りだ。これでも不十分だろうが、それでもアグリスがうだうだ抜かすようであれば、その頬っ面をぶん殴ってやる!」
「ケント、ブチ切れてるね」
「当たり前だ! 年端も行かぬ少女を連れ攫うなど言語道断。それもエクアを!! 皆、相手は空間を操ることのできる錬金術士。気を抜くな! フィナ!」
「任せなさい! 以前、魔族を相手したときとは違い準備万端! 攻撃具もたくさん! 前々から考えていた光の魔法――その中の素粒子の力と遺跡から得た知識との組み合わせで、その気になれば町一つ吹き飛ばすことができるけど、マフィンさんかカオマニーの補助がないとみんなを巻き込んじゃうから今回はお預けね」
「ほぅ、それほどの力を。普段なら冗談じゃないと言葉を返すところだが、今回は残念だという言葉を贈ろう。カイン!」
「万が一、エクア君が怪我を負っていたとしても、絶対に治して見せます!」
「親父!」
「エクアの嬢ちゃんには大きな借りがある! 命を賭して、嬢ちゃんを救い守り通して見せますぜ!」
「ギウ!」
「ギウギウ!」
「よし、行こう! エクアを救いに!」
――カルポンティ・元盗賊アジト・昼前
エクアは最初に訪れた、未完成の彫刻や絵画が散乱した部屋に閉じ込められていた。
「サレート先生がいつ戻ってくるかわからない。何とか脱出しないとっ」
扉へ近づく。
何度ドアノブを回しても空を切る感じで手応えがない。
窓へ近づく。
窓にガラスはないが代わりに見えない壁があり、外には出られない。
「駄目だ、出られない。扉に体当たりして……私の体重じゃ全然だし。それに、窓と同じように見えない壁が途中に張られてあったら……そうだ、カバン。何か道具ないかな?」
いつも肩から掛けている大きな茶色のカバンを開ける。
幸い、サレートはエクアの持ち物に興味はなく放置していたようだ。
「え~っと、筆にパレットに絵の具に粘土にお水にちっちゃなバケツ。傷薬と医学書。あれ、これは?」
カバンの隅に追跡用魔法石の指輪を見つけた。
「いつの間に? あ、まだ何か……こ、これってっ!?」
指輪のそばにはもう一つ、道具があった。
それは……。
「フィナさんの試験管型属性爆弾」
炎の力が詰まった、真っ赤な試験管がエクアの瞳に映る。
「指輪もそうだけど、いつ? ……あ、ギウさんがっ」
そう、エクアが思い当たった通り、これを渡したのはギウだ。
彼はフィナから追跡用魔法石を受け取り、さらに体をまさぐり、試験管型爆弾を引き抜いていた。
それらをエクアに医学書だけを渡す振りをして、カバンの奥に忍ばせていたのだ。
「どうしてこんな準備をしてくれたのかわかりませんが、ギウさん、ありがとうございます」
エクアは追跡用魔法石の指輪をはめて、もう一つの手でそっと指輪を包む。
「これがある限り、フィナさんが私を見つけてくれる。そうしたら、みんなが来てくれる。でも、このままずっとここに居るのは安全だと思えない。そうだ、森の中へ!」
ボロボロのカーテンの向こうにはカルポンティの森が見える。
そこへ逃げ込んでしまえば、サレートには見つけられまい。だけど、指輪があれば仲間からは見つけてもらえる。エクアはそう考えた。
「絵の具用のお水があるし、少しの間なら大丈夫。よしっ」
まずは扉に視線を飛ばす。
「あっちは駄目、先に何があるかわからない。それじゃあ」
窓へ視線を飛ばす。ここは二階。
「でも、あの見えない壁さえ突破できれば外へ出られる。それは爆弾を使って、あとはどうやって二階の窓から一階へ行くかだけど」
窓には垂れ下がるボロボロのカーテン……。
「うん、あれを引き裂いてロープにすればっ」
エクアは脱出のために必要なプロセスを淡々とこなしていく。
そこに恐怖はもちろんあった。
地下には化け物と化した盗賊が呻き声を上げ続けている。
鼻腔には腐れた血と肉の匂いが残る。
正気ではいられない状況下でありながらも、十二歳の少女は生還の可能性を高めるために黙々と作業を続ける。
彼女を支えるのは、ここへ至るまでの過酷な経験。
そして、指輪に煌めく信頼。
仲間が必ず助けに来てくれる。
そう、信じられるからこそ、エクアの心は恐怖に屈することなく立ち向かえるのだ。
「よ~し、ロープはできた。これに水を含ませて重そうな彫刻に結んで……次に、その彫刻の後ろに隠れて、水に濡らしたカバンを頭から被って、さらにその上から濡らしたカーテンの切れ端を被ってっと、そして属性爆弾を窓へ」
炎の力を宿した真っ赤な試験管に起爆用の小さな魔力を籠めて、それを窓へ。
試験官はくるくる回り飛んでいく。
それが見えない壁に触れた瞬間、大爆発を起こした!
衝撃と熱風が部屋を覆いつくすが、彫刻が衝撃を受け止めて、濡れたカバンとカーテンが熱風からエクアを守ってくれた。
「ぷはっ」
カバンを脱ぎ捨てエクアが顔を出す。
「お水を使いきっちゃったけど、逃げるのが先。きっと、ううん、絶対にケント様たちが私を見つけてくれる。さぁ、急がなきゃっ、先生が戻ってきちゃう!」
カーテンで作られたロープを窓へ放り投げる。
見えない壁は見事なくなっており、ロープは一階へと垂れ下がった。
エクアはそれにしがみつき、たどたどしくも地上へ降り立つ。
「よし、森へ」
「いや~、残念だよ、エクアさん」
「え?」
エクアの背後から声が聞こえた。
彼女は心臓を跳ね上げ、一気に呼吸がバラバラになり、ゆっくりと後ろを振り向く。
立っていたのはもちろん、サレート=ケイキ。
彼は紫の瞳に冷たい光を宿す。
「はぁ、まさか、ここまでして芸術から逃げようとするなんて。なぜ、あの素晴らしさを理解できないんだい?」
「な、何が芸術ですかっ! あれは命に対する冒涜です! 決して、芸術なんかじゃありませんっ!」
「う~ん、若いねぇ。だが、若さは過ちの象徴。僕がしっかり真の芸術というものを教えてあげるよ」
「キャッ!」
サレートはエクアの手を強く握り締める。
「ああ、ごめんごめん。芸術家の手を傷つけるような真似をしては駄目だよね。あ、そうだ! 君は両手で芸術を描く。ということは、足がなくても大丈夫だよねっ」
「……へ?」
「そうすれば、閉じ込める必要もなく一石二鳥。ふふふ、我ながらナイスなアイデアだ」
「い、いや、離して……」
「い~や、離さないよ。君は僕の芸術を世界に広げる役目を負っている。テロールたちを世界に導き、人々の心に浸透させる役目をね」
「離してっ、離してっ!」
「それはできない相談だねぇ」
「離してっ、離してよっ! この、馬鹿者ぉおぉぉぉ!」
――エクアから薄汚い手を放せ、サレート!!――
森に響き渡る逞しき声。
もっとも敬愛する人の声が響いた。
森の奥から彼が、銀の髪を揺らし、銀の瞳を見せて現れた。
彼の姿を淡い緑の瞳に宿したエクアは涙を零す。
「ケ、ケント様……」
彼女の瞳に映ったのはケントだけではない。
ギウ・フィナ・親父・カインと仲間たちが続く。
涙を浮かべるエクアへケントは確固たる意志を乗せて言葉を生む。
「怪我はなさそうだな、エクア。もう、安心していいぞ。私たちが迎えに来たからな」
私たちは追跡用魔法石のシグナルをもとにエクアの居場所を割り出した。
場所は半島の北西に位置するカルポンティ近くの森。
そこまで行くには馬でどんなに急いでも二日はかかるが、こちらには古代人の転送装置がある。
トーワ二階にある転送装置から直接アグリス近くにある転送ポイントに行けば、大幅に時間を短縮できる。
私はギウ・フィナ・親父・カインを引き連れ、トーワ二階の転送室へ急ぎ足で向かう。
その途中、フィナにエクアのいる場所までの時間を尋ねた。
「フィナ、どのくらいかかる?」
「目的地はアグリスの転送ポイントからカルポンティの森。そこまで、半日程度」
「少し休息を挟んでも昼前には着くな」
「でも、あそこはアグリスの領地だよ。他領主のあんたが勝手をして大丈夫なの?」
「問題だらけだ。だが、トーワの住民がアグリスの住民によって拉致された。これは領主として看過できない」
「え、アグリスの住民? あ、サレートをアグリスの住民として認識することにしたのね」
「その通りだ。これでも不十分だろうが、それでもアグリスがうだうだ抜かすようであれば、その頬っ面をぶん殴ってやる!」
「ケント、ブチ切れてるね」
「当たり前だ! 年端も行かぬ少女を連れ攫うなど言語道断。それもエクアを!! 皆、相手は空間を操ることのできる錬金術士。気を抜くな! フィナ!」
「任せなさい! 以前、魔族を相手したときとは違い準備万端! 攻撃具もたくさん! 前々から考えていた光の魔法――その中の素粒子の力と遺跡から得た知識との組み合わせで、その気になれば町一つ吹き飛ばすことができるけど、マフィンさんかカオマニーの補助がないとみんなを巻き込んじゃうから今回はお預けね」
「ほぅ、それほどの力を。普段なら冗談じゃないと言葉を返すところだが、今回は残念だという言葉を贈ろう。カイン!」
「万が一、エクア君が怪我を負っていたとしても、絶対に治して見せます!」
「親父!」
「エクアの嬢ちゃんには大きな借りがある! 命を賭して、嬢ちゃんを救い守り通して見せますぜ!」
「ギウ!」
「ギウギウ!」
「よし、行こう! エクアを救いに!」
――カルポンティ・元盗賊アジト・昼前
エクアは最初に訪れた、未完成の彫刻や絵画が散乱した部屋に閉じ込められていた。
「サレート先生がいつ戻ってくるかわからない。何とか脱出しないとっ」
扉へ近づく。
何度ドアノブを回しても空を切る感じで手応えがない。
窓へ近づく。
窓にガラスはないが代わりに見えない壁があり、外には出られない。
「駄目だ、出られない。扉に体当たりして……私の体重じゃ全然だし。それに、窓と同じように見えない壁が途中に張られてあったら……そうだ、カバン。何か道具ないかな?」
いつも肩から掛けている大きな茶色のカバンを開ける。
幸い、サレートはエクアの持ち物に興味はなく放置していたようだ。
「え~っと、筆にパレットに絵の具に粘土にお水にちっちゃなバケツ。傷薬と医学書。あれ、これは?」
カバンの隅に追跡用魔法石の指輪を見つけた。
「いつの間に? あ、まだ何か……こ、これってっ!?」
指輪のそばにはもう一つ、道具があった。
それは……。
「フィナさんの試験管型属性爆弾」
炎の力が詰まった、真っ赤な試験管がエクアの瞳に映る。
「指輪もそうだけど、いつ? ……あ、ギウさんがっ」
そう、エクアが思い当たった通り、これを渡したのはギウだ。
彼はフィナから追跡用魔法石を受け取り、さらに体をまさぐり、試験管型爆弾を引き抜いていた。
それらをエクアに医学書だけを渡す振りをして、カバンの奥に忍ばせていたのだ。
「どうしてこんな準備をしてくれたのかわかりませんが、ギウさん、ありがとうございます」
エクアは追跡用魔法石の指輪をはめて、もう一つの手でそっと指輪を包む。
「これがある限り、フィナさんが私を見つけてくれる。そうしたら、みんなが来てくれる。でも、このままずっとここに居るのは安全だと思えない。そうだ、森の中へ!」
ボロボロのカーテンの向こうにはカルポンティの森が見える。
そこへ逃げ込んでしまえば、サレートには見つけられまい。だけど、指輪があれば仲間からは見つけてもらえる。エクアはそう考えた。
「絵の具用のお水があるし、少しの間なら大丈夫。よしっ」
まずは扉に視線を飛ばす。
「あっちは駄目、先に何があるかわからない。それじゃあ」
窓へ視線を飛ばす。ここは二階。
「でも、あの見えない壁さえ突破できれば外へ出られる。それは爆弾を使って、あとはどうやって二階の窓から一階へ行くかだけど」
窓には垂れ下がるボロボロのカーテン……。
「うん、あれを引き裂いてロープにすればっ」
エクアは脱出のために必要なプロセスを淡々とこなしていく。
そこに恐怖はもちろんあった。
地下には化け物と化した盗賊が呻き声を上げ続けている。
鼻腔には腐れた血と肉の匂いが残る。
正気ではいられない状況下でありながらも、十二歳の少女は生還の可能性を高めるために黙々と作業を続ける。
彼女を支えるのは、ここへ至るまでの過酷な経験。
そして、指輪に煌めく信頼。
仲間が必ず助けに来てくれる。
そう、信じられるからこそ、エクアの心は恐怖に屈することなく立ち向かえるのだ。
「よ~し、ロープはできた。これに水を含ませて重そうな彫刻に結んで……次に、その彫刻の後ろに隠れて、水に濡らしたカバンを頭から被って、さらにその上から濡らしたカーテンの切れ端を被ってっと、そして属性爆弾を窓へ」
炎の力を宿した真っ赤な試験管に起爆用の小さな魔力を籠めて、それを窓へ。
試験官はくるくる回り飛んでいく。
それが見えない壁に触れた瞬間、大爆発を起こした!
衝撃と熱風が部屋を覆いつくすが、彫刻が衝撃を受け止めて、濡れたカバンとカーテンが熱風からエクアを守ってくれた。
「ぷはっ」
カバンを脱ぎ捨てエクアが顔を出す。
「お水を使いきっちゃったけど、逃げるのが先。きっと、ううん、絶対にケント様たちが私を見つけてくれる。さぁ、急がなきゃっ、先生が戻ってきちゃう!」
カーテンで作られたロープを窓へ放り投げる。
見えない壁は見事なくなっており、ロープは一階へと垂れ下がった。
エクアはそれにしがみつき、たどたどしくも地上へ降り立つ。
「よし、森へ」
「いや~、残念だよ、エクアさん」
「え?」
エクアの背後から声が聞こえた。
彼女は心臓を跳ね上げ、一気に呼吸がバラバラになり、ゆっくりと後ろを振り向く。
立っていたのはもちろん、サレート=ケイキ。
彼は紫の瞳に冷たい光を宿す。
「はぁ、まさか、ここまでして芸術から逃げようとするなんて。なぜ、あの素晴らしさを理解できないんだい?」
「な、何が芸術ですかっ! あれは命に対する冒涜です! 決して、芸術なんかじゃありませんっ!」
「う~ん、若いねぇ。だが、若さは過ちの象徴。僕がしっかり真の芸術というものを教えてあげるよ」
「キャッ!」
サレートはエクアの手を強く握り締める。
「ああ、ごめんごめん。芸術家の手を傷つけるような真似をしては駄目だよね。あ、そうだ! 君は両手で芸術を描く。ということは、足がなくても大丈夫だよねっ」
「……へ?」
「そうすれば、閉じ込める必要もなく一石二鳥。ふふふ、我ながらナイスなアイデアだ」
「い、いや、離して……」
「い~や、離さないよ。君は僕の芸術を世界に広げる役目を負っている。テロールたちを世界に導き、人々の心に浸透させる役目をね」
「離してっ、離してっ!」
「それはできない相談だねぇ」
「離してっ、離してよっ! この、馬鹿者ぉおぉぉぉ!」
――エクアから薄汚い手を放せ、サレート!!――
森に響き渡る逞しき声。
もっとも敬愛する人の声が響いた。
森の奥から彼が、銀の髪を揺らし、銀の瞳を見せて現れた。
彼の姿を淡い緑の瞳に宿したエクアは涙を零す。
「ケ、ケント様……」
彼女の瞳に映ったのはケントだけではない。
ギウ・フィナ・親父・カインと仲間たちが続く。
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