銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

文字の大きさ
270 / 359
第二十三章 ケント=ハドリー

フィナの慧眼

しおりを挟む
――執務室


 フィナが執務室を満たしていたはずの優しさが溶け込む温かさを完全に吹き飛ばしてしまった。
 暴走する彼女の感情を抑えるべく、総出で説得に当たり、ひとまず場を収めることに成功した。
 私はフィナに話しかける。


「まさか、自身の正体を明かして、そのような反応を見せられるとは思ってもいなかったよ」
「フンッ、ホムンクルスが何だってのよっ。思考と知恵と感情を持てば、全てが同列の存在でしょ。こんなことに悩んでいたなんて」
「こんなことって……なんだろうな、初めて出会った頃の君を見ている気がする」
「はい?」
「相手の心を無視して、自分の興味だけを前面に押し出していた頃の君だ」
「あっ……」

 この私の言葉がフィナの心に刺さったようで、彼女は小さく声を上げてから謝罪を口にした。
「ごめん。つい、興奮しちゃって。あんたが悩んだ末に出した答えだってのが飛んで行ってた」
「まぁいいさ。研究者とは興味が先行しがちだからな。父も研究所の仲間たちも、時に知識を前にして盲目になることが多々あった」
「……本当にごめんなさい」


 彼女はらしくない様子で体を縮めている。
 するとエクアが少し怒ったような口調でフィナを責め立てた。

「フィナさん、もう少しケント様のお気持ちを考えてくださいねっ」
「あ、う……もしかして、怒ってる?」
「当然です! きっとケント様はこれまでご自分のことを話そうとして、悩んで、苦しんでいたんですよ! それをっ」
「あの、本当に、ごめんなさい」
「もうっ……」

 エクアはちらりと私に視線を振って、そのままフィナにとどめを刺した。

「なんだか、さっきのフィナさんって、暴走したサレート先生みたいでしたよ」
「がはっ!」

 フィナは心臓を押さえて、プルプルと震えている。
 さすがにサレート扱いは堪えたようだ。
 エクアは私に向かって、小さくちろりと舌を出している。
 これは彼女なりのおこり方と私に対する気遣いのようだ。
 とはいえ、その気遣いのためにサレートの話題を出すとは……本当に彼女の心は強い。
 私はエクアの強くも暖かな心にくすりと笑いを返して、話題をホムンクルスと勇者の関係に戻す。


「さて、話の腰が折れてしまったが、まだまだ話すべきことはある。私がホムンクルスとして誕生したのち、どうやって銀眼に宿る強化のナノマシンだけを取得したのか。その後、何を為したのか」


 まずはなぜ、私には強化のナノマシンだけが宿っているのかだが――複製クローンではどうしても強化と滅びの両方のナノマシンを宿してしまう。
 そこで父は、レイたちから強化のナノマシンだけを抽出して私に移植した。


 と、ここで冷静さを取り戻したフィナが疑問の声を上げた。


「待って。ナノマシンって地球人にしか宿らないんじゃ? ホムンクルスのあんたはどうやって宿すことができたの?」
「まず、ホムンクルス。ただの肉人形の状態である私に強化のナノマシンだけを直接注入して経過を見た」
「それで?」
「結果としては、強化のナノマシンは機能不全を起こして動かなくなってしまった。次にスカルペル人の遺伝情報の一部を付加。結果は同じ。まぁ、これはわかりきったことだろうが」


「そうね、ナノマシンは古代人と遺伝的特性が似ている地球人にしか宿らない……」
「その通りだ。それでもスカルペル人の遺伝情報の何かに反応し、機能が可能か見たわけだが」
「で、結局地球人ね」
「そうなる。結果、それでも強化のナノマシンの反応は芳しくなく、僅かに銀眼に宿った程度。これ以上、強く地球人の特性を付加すると、大気中の滅びのナノマシンに感染する可能性があるので断念したというわけだ」

「やっぱり、地球人か古代人じゃないとしっかり宿らないんだ?」
「おそらくそうだろうな」
「んで、直接注入した分の一部が銀眼に宿ったわけか? でも……う~ん?」


 フィナは私の銀眼を見つめ、次に瞳を左右に動かし、考え込む様子を見せる。

「フィナ、何か疑問でも?」
「いや、さ、あのアステ=ゼ=アーガメイトが、無垢なホムンクルス状態であるときはともかく、スカルペル人の遺伝情報を入れてナノマシンの反応を見るという無駄な実験をするかな? と思って」
「ん、つまりなんだ?」

「私、あんまりあんたの親父のことは知らないけどさ、結果がわかっている無駄な実験をするような人物には見えなかった。本当にスカルペル人の特性を付加したの?」
「そのような研究結果を見ている」
「資料で?」

「それはそうだ。私はその時はまだポットの中で子どもの素体として眠っていたからな」
「ふ~ん、それじゃあ、本当にそんな実験があったかどうかはわからないんだ」
「何が言いたい?」
「う~んとねぇ、何かを隠したくて、適当な実験結果を残した感じがする。もしかしたら、地球人の特性の付加の実験もしてないかも」

「何故そう思う? だいたい父が何を隠そうとするのだ?」
「さぁ、わからない。でも、同じ錬金術師としての勘がこう言ってんの。これはフェイクだ。真に隠れた実験が存在する、とね」
「……私がホムンクルスであることも嘘だと?」
「いや、それはたぶんそう……でも、やっぱり、何かの媒体があったんだと思う」

「なに?」
「媒体なしではホムンクルスは創れない。アステ=ゼ=アーガメイトはその媒体に、地球人もしくは古代人を細胞を使った」

「馬鹿なっ。仮にそうだったとしても、なぜそれを隠す必要がある?」
「う~ん、それはわからないけど……」

「おまけにだな、実際に私の肉体にはスカルペル人と地球人のDNAが混ざっているんだぞ。これが実験が行われた証明じゃないか?」
「そうなの? でもなぁ」

「仮にだが、もし私が地球人ないし古代人の細胞のみを媒体として生まれた人工生命体なら、強化と滅びのナノマシン双方に感染して、レイやアイリと同じ状態になっているはずだぞ?」
「そうなんだろうけどさぁ……でも、何かしらの媒体はあったとも思う。その媒体はきっと、アステ=ゼ=アーガメイトが全てを賭けて秘匿しておかなければいけない媒体……」


 荒唐無稽すぎる、フィナの推論。
 そこには何ら根拠となるものはない。彼女の勘のみ。
 だが、妙に説得力があり、私も父が何かを秘匿としているのではないかと感じてきてしまう。
 そこでふと、七年前の父の言葉を思い出した。
 それは別れの間際に尋ねられた二つ目の質問だ。

――
「お前は銀眼がどうして銀色なのか知っているのか?」
「えっと、それは、銀眼の力のことですよね? 銀眼にはナノマシンが宿っているから銀色なのでは?」
「フッ、瞳の色にナノマシンなど関係ない。その気になればお前の目の色は赤にも青にも黄色にも変えられた」

「そうだったんですか? とすると、なぜ、このような稀有な瞳の色に?」
「それは自分で気づけ。約定で話せぬからな」
――
 
 話せぬ約定……。
 一体、どんな約定で、誰との約定なのか?
 これに、六十年後のフィナの言葉が結び付く。
 それはこの言葉――

「その銀眼に宿るナノマシンをあんたに付与したのはアーガメイトだけど、作ったのは別の人よ」

――
 六十年後のフィナでさえ生み出すことが不可能と言った私の銀眼を作った者がいる。その者こそが約定の相手であり、フィナが睨む何らかの媒体を産み出した人物なのかも……。

 これらは何ら根拠のない憶測。
 それでも何かしらの答えを探そうと両手を振る。だが、暗闇の中で両手は彷徨うだけ。
 私は無言で物思いに耽る。
 それはフィナもそうだった。
 沈黙が執務室を支配する。
 すると、レイが咳払いで沈黙を消し、この話題をひとまず取り止めて話を進めるように促した。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...