銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第二十四章 絶望と失意の花束を

観察の目は相対するもの

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――男を目覚めさせて、三日・ガラス部屋


 彼はスカルペル語はもちろん、日本語にも反応を示さない。
 そのためボディランゲージのみで何とか意思の疎通を図るが、思うようにはいかない。
 一番手っ取り早いコミュニケーション方法は彼に遺跡のシステムに触れさせて翻訳システムを修復させることだろうが、それはあまりにも危険と判断して行っていない。

 現状わかったことと言えば、彼はとても礼儀正しく、物腰柔らかであること。
 そこから邪悪な存在の気配は感じない。


 私はガラス越しから彼を見つめ、フィナへ話しかける。
「これでは埒が明かないな。何とか機能を絞って遺跡のシステムに触れさせてみるか?」
「それは良いアイデアだけど、機能の絞り方がわからない。私にできるのは全てに触れさせるか、触れさせないかの二択だし」
「そうか。しかし、このままこの部屋に閉じ込めておくわけにもいくまい」

 部屋にはトイレもありシャワーもある。
 もちろん、そこには衝立ついたてがあり最低限の尊厳は保っているが、基本的にガラスの壁に囲まれた部屋でプライバシーなどない。
 非常に人権を無視した状況なのだが、金髪の男はこの状況に理解を示して感情を露わにすることはなかった。


 名前もわからぬ彼は私たちへ視線をちらりと振って、次にフィナが身につけている指輪を見た。
 この指輪は遺跡のシステムを呼び出すためのもの。
 彼はそれに気づいたようだ。
 一度、指輪を指差してから、次に二本の指で自分の目を差す。
 どうやら、見せてくれないかと訴えているようだが……。


「ふむ、どうしたものか?」
「この三日、進展なし。見せた方が早く話が進むんだろうけど……」

 フィナは彼に向かって首を横に振った。
 すると彼は小さく息をついて、残念がる様子を見せる。
 彼もまた、ままならぬ状況に辟易しているのだろう。
 そこで私はあることを思いつく。

「指輪は渡せないが、モニターを見せるのはどうだ? 操れなければ彼にもどうにもできまい」
「なるほどね。それで彼の指の動きや目線からシステムの扱い方を学ぼうってわけ。それなら大丈夫そう。でも、念のためみんなを集めてからにしましょ」


 私たちはエクア・親父・カイン・マスティフ・マフィンを隔離用のガラス部屋に呼んだ。
 これで不測の事態が発生してもすぐに対処が可能だ。

 フィナは指を跳ねて、彼の前で遺跡のシステムに繋がるモニターを浮かべた。
 そして、ジェスチャーを交えながら彼に話しかける。


「これ、見て。あなたならこれを操れるでしょ?」

 彼はこちらの意図を汲み、こくりと頷く。

「よし、じゃあ……壊れた翻訳システムを呼び出してっと」

 フィナはモニターを操り、少し歪んだ八角の星形の立体映像を浮かべた。
 星の周りには無数の見知らぬ言語が無秩序に流れている。
 言語に囲まれる歪んだ星形が、翻訳システムの中枢。
 これを彼に見せて、フィナが直せないかと尋ねる。


「この翻訳システムを直せる? もし直せるなら、あなた自身が喋ることができなくても、こちらの言葉はわかるようになるはず」

 金髪の男は八角の星形をじ~っと覗き込む。
 忙しなく動く瞳…………そして、歪む唇……。
 彼は突如、肩を震わし、笑い声を立て始める。



「クククククククククククッ」



 何とも不気味な笑い声に、フィナは言葉に驚きを纏う。
「な、なに、急に笑い始めて……えっ?」
 
 歪んだ八角の星形が蠢き、綺麗な八角の形へ戻ろうとしている。
 私はフィナへ問いかけた。

「フィナ、何が起こっている?」
「わからないっ。誰かがシステムにアクセスして! アクセス地点はこの部屋? え、まさかっ!?」
 フィナは金髪の男へ顔を向けた。
 彼はいまだ笑いを漏らして、ゆっくりと私たちへ視線を振り始めた。
 そして、笑いを言葉に変える。


「クククククク。この三日、貴様らの力量と知力を計っていたが、その程度のシステムの復旧もできないとは……貴様らは脅威ではなさそうだ。ならばもう、実験動物のようにここへ閉じ込められている振りをする必要もない」


 唐突にスカルペルの言語を操り始めた男。
 私は驚きに心を止めかけたが、辛うじて声を先に出す。

「実験動物は誤解だ。そのようなつもりはない。ただ、君がどういった人物かわからないがための措置だ。不快だったのは謝る」
「クククク、不快ではないよ。愉快だ」
「え?」

矮小わいしょうなる存在が怯える姿は滑稽だ。さらに未知なるものに対して恐れを抱く姿もまた滑稽で愉快。そうでありながらも、好奇心は止められぬ……しかし、好奇心とはそれ相応のを持ってこそ意味がある。貴様たちはそれに見合わぬ存在……」


 彼はこちらを見下すような瞳を見せると、光のカーテンに包まれ、消えた……。
 私はすぐさまフィナを呼ぶ。

「フィナッ!?」
「施設の転送装置が勝手に起動している!? なんで、どういうことよ!? ガラスの中は完全に閉じられた世界のはず。どうやって遺跡のシステムにアクセスを!?」
「謎追いは後だ! 彼はどこへ行った!?」
「えっと……荒れ地。遺跡のすぐそばの荒れ地にいるみたい!」
「ならば、すぐに私たちも向かおう! どう見ても好意的な雰囲気ではなかったからな。野放しにはできない!」


 私たちは地上へ繋がるリフトに乗り込み、男が逃げ去った荒れ地へと向かうことにした。
 そこへ向かう途中、マスティフが声を漏らす。

「この三日の間、ワシたちが彼奴きゃつを観察していたように、彼奴もまたこちらを観察していたというわけだな」
「そのようで。そして、なるべく友好的な雰囲気を醸し、脅威ではないと思わせていた」
「じゃが、ワシらが遺跡のシステムを把握しきれていないと見るや否や、本性を剥き出しにしたわけだ」
「その本性が良いものであればいいが……あの様子だと良いものには見えないな。急ごう!」


 リフトを使い、黒い球体の施設の頂上へ。
 そこから、光の道を歩き、地上に通じる洞窟へ向かう。

 景色が熱線により焼けただれた黒の肌を持つ壁から荒れ地に変わると、1kmほど先で男が棒立ちしていた。
 私たちは彼に駆け寄る。
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