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第二十七章 情熱は世界を鳴動させ、献身は安定へ導く

忠節の元剣士

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――王都オバディア内・昼

 
 私たちは百合さんに救われ、からくも転送で研究施設から脱出した。
 転送先はどこかの大通り。
 突然姿を現した私たちに街の人々が驚いている。また、研究施設の方向から聞こえてくる百合さんとネオ陛下たちの戦いの音が木霊し、王都の人々を怯えさせる。

 さらにはレイの姿を目にして、周囲はにわかに騒ぎ始めた。
 それをレイが鎮めている。

「申し訳ありません。特別な任についておりますので、どうかお静かに」

 彼が民衆を相手している間に、私は場所を確認するため視線をそこかしこに飛ばす。
 巨大な石造りの建物に挟まれた大通り。
 目の前には巨大なデパート。

「レーウィン百貨店? ここはエクセル通りか」


 私が場所の名前を口にしている傍で、フィナは黒い薔薇の形をしたナルフを浮かべ親父と会話を行っていた。

「チッ、やっぱり王都の結界に転送が阻害されて、王都外に転送が行えない。三種類の結界を組み合わせて共鳴転送を妨害するなんて。こんなことができるのはアーガメイトねっ」
「あの、フィナの嬢ちゃん?」

「ん、なに?」
「いっそのこと、地面に向かって転送して世界の反対側に出るってのはどうだ? 嬢ちゃんのナルフならそれくらいの出力を出せるだろ」

「ナイスアイデア、って言いたいけど、王都の道路に使われている素材には魔石の粉が練りこまれてて転送を阻害してんのよ。共鳴転送さえ阻害する材質って、なんなのこの都市はっ?」
「さすがは世界に冠たるヴァンナスの都だな。防備に隙なしってわけだ」

 
 エクアはカインに尋ねる。
「先生は王都に詳しいんですよね。どこか抜け道とかは?」
「さすがにそれはわからないな。この通りから南に下れば門があるけど、警備がいるだろうし。その門も三枚構えだからねぇ」


 マフィンとマスティフは路地裏に目を飛ばしている。
「あっちは行き止まりニャね」
「いや、マンホールがあるぞ。その先が広ければ、下水から脱出できるかもしれん」
「絶対嫌ニャ!」

 皆の声に聞き耳を立てつつ、私は視線を道の先に飛ばす。
 視線の先には人込みをかき分けて、こちらへ向かってくる警備隊の姿が見えた。

「どうやらこの騒ぎを聞きつけて警備隊がやってきたようだ。しかも、シエラ付き」
「それにゃら、別方向に逃げるニャ」

 フィナがその別方向にナルフを浮かべる。
「こっちからも警備が来てるっぽい。かなりの人数」
「にゃ~、最悪ニャ!」
「とりあえず、路地裏に逃げて、下水はやめて壁伝いに上に向かいましょ」


 仕方なく、路地裏の方向へ逃げ込もうとした。
 しかし、シエラたちが人込みに揉まれた警備隊を置き去りにし、建物の壁を地面の如く駆け抜けてこちらへ迫ってきた。

「みつけた~」
「よっし、首を刎ねるぞ~」


 フィナは唾を飛ばし、私が答える。
「最悪じゃん! えっと、一、二、三……七人に白線つきが一人いる!」
「この人込みでの戦闘に、警備隊までいる! これは骨が折れるぞ!」



――ケント様がお困りならば、執事として黙っているわけにはまいりませんね――



「え?」

 黒い影が風のように横切り、建物の壁を駆け上がっていく。
 そして、迫っていたシエラの半分を、光の太陽テラスの輝きを受け止め煌めくサーベルで突き刺し地面へ落した。
 
 さらに、残りのシエラたちを踏み台としつつサーベルで身体の一部分を切りつけ、白線持ちのシエラの肩をサーベルで穿って蹴りをお見舞いし、後方へ吹き飛ばす。

 そして、くるりと体を回転させて、私の目の前にスタッと降り立ち、サーベルを後ろに隠し、片手を胸に当てて会釈を行う。


「お久しゅうございますね、ケント様。レイ様」
「君は、オーキス」
「まさか、あなたが助太刀に来るなんて」

 私の前に、アステ=ゼ=アーガメイトの執事であるオーキスが立っている。
 彼の姿は私が王都から離れた時と何ら変わらず、白髪と真っ白な鼻髭をこさえたダンディズム溢れる老年で、私よりも背が高く、とても冷静で落ち着いた物言いをする。

 常にアーガメイトに仕える執事服を身に纏い、その装いは僅かばかりの意匠が施された黒色の燕尾服に、クロスを描くような茶色のネクタイ。そして真っ白な手袋を着用している。
 さらに、普段は手にしていないサーベルを持っていた。

 
 私は仲間たちにオーキスのことをアーガメイトに仕える執事とだけ説明し、彼に疑問をぶつける。
「なぜ、君が?」
「旦那様が亡くなったいま、屋敷のあるじはケント様でございます。つまり私の主はケント様。主のために執事として当然のことを行ったまでです」
「当然って……」

 瞳をシエラたちへ寄せる。


「いたいいたいいたい!」
「ちょっと、なんでこんなに痛いの~!?」
「こんな傷、すぐに再生するはずなのに~!

 オーキスにサーベルを突き立てられたシエラたちが痛みに悲鳴を上げている。
「彼女たちに何をしたんだ、オーキス?」
「私の持つサーベルは旦那様の特別製でございます。ナノマシンを体に宿す者に対して特別な効果を発揮します」
「そ、そうなのか……」

 思考が状況に追いつけず、言葉が上擦る。
 すると、私の体をドンと押してフィナが前に出る。

「オーキスさんだっけ? そのサーベルも凄いけど、あんたも凄くない?」
「執事たる者、主を守るために身を呈せねばならぬこともありますから」
「いやいや、シエラたちって勇者レベルだよ。それを軽く」

「軽くではありませんよ。不意打ちと、あとは攻撃の瞬間にいくつかフェイントを織り交ぜております。あちらのお嬢様方は相当な実力をお持ちですが、経験が浅いようでしたので」
「いや、それを差し引いても、滅茶苦茶強い気が……」
 

 フィナの疑問にレイが答える。
「あまり知られていないけど、オーキスさんは元剣士だからね。その実力はアイリに並ぶよ」
「うっそ、マジで? すごっ。ジクマって人もそうだったけど、生粋のスカルペル人でも勇者レベルに達する人がいるんだ。オーキスさんを調べれば……」

「フィナ、そんにゃのは後にするニャ」
「うむ、警備隊がまだ残っておる」

 このマフィンとマスティフの声にオーキスはとても柔らかな声を返す。
「ご安心くださいませ。すでに手を打っております。ケント様、お手を拝借」
「え? ああ」

 オーキスと手を繋ぐ。
「では、皆さまもケント様と繋がるように手をお繋ぎください。大量の煙幕を張り、この場を去ることにしますので」


 彼は懐から小さな鐘を取り出し、チリンと鳴らす。
 すると、大通りを挟む高層階の建物の窓から大量の煙玉が降ってきた。
 煙に包まれながら、私はオーキスへ問い掛ける。

「ごほごほ、これは?」
「皆さまが研究所に忍び込んだと思われた時点で、王都の各地点で準備しておりました」
「えっ?」

「本来ならば研究所に直接お迎いに上がるべきでしょうが、さすがに研究所の警備を掻い潜るのは困難でございましたので」
「いや、十分すぎる。オーキス、君は実に頼りがいのある男だ」
「アーガメイトに仕える執事として当然のことをしたまで。では、屋敷へ向かいましょう」
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