滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

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第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣

第3話 共に戦おう

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 人間と同盟を結ぶ……これはルミナにしか行えない一手。

 ブルックもまたこの手に頷くが、同時に疑念も浮かべる。
「……たしかに、妙手。ですが、カイリ側が受けますでしょうか?」
「ふむ、そこだが……まず状況を整理しよう」


 私は指し棒をルミナの南側に横たわる山脈へ向ける。そして、山脈の向こう側に位置するカイリを指した。

「カイリとは山脈を挟んで対峙たいじしている。そのおかげで大規模な戦闘など不可能に近い。まさに天然の要塞にして壁。しかし、そのような高き壁があったとしても、帝国と接するのはあまり良い気分ではないだろう」

 ポンっと、イロハが軽く手を打った。
「なるほど、アルト様はカイリと帝国の間にルミナを置いて、緩衝地帯として機能させるおつもりですね」
「その通りだ」
「ふむふむ、となると、砦の奪取は時間稼ぎの他に、別の意味で重要性が増しますね」
「気づいたか」


 私は瞳と眉を軽く動かし、イロハに続きを促す。彼女は小さな笑みを見せると再び唇を動かした。
「砦の奪取。それはルミナが帝国と相対する意志の表れ。そして、あらがえるだけの力を有しているという証明になります」
「そう、意思の表明にして力の誇示。もっとも、力に関しては大きく評価されないかもしれないがね」

「それでも、帝国とルミナの玄関口を抑えることができれば、一定の評価を得られると思います。そして、その評価をって同盟と援助を乞うわけですね」
「情けない話だが、砦を盾としても帝国本体が相手では半月も保てぬ。時間はこの半月に加え、一か月と言ったところだろうか?」

「その数字の根拠は何でしょうか?」


 イロハに尋ねられ、指し棒で西の砦の先にある、帝国学術都市を指し示す。
「学術都市は人間の境界線から遠く、そのため三千前後の兵しかおらぬ。人間の領地から離れており、敵の危険性はないとはいえ、都市の守りを空っぽにして全ての兵力をルミナに注ぐわけにもいかない。となると……」

 指し棒を北へ動かし、帝国の砦の先にある駐屯地を差す。
「この駐屯地には予備兵が一万ほどいる。だが、予備兵だけではあの隘路にある砦を落とすには心許こころもとない。だから……」


 さらに北にある地点を差す。

「この軍都ジャルから派兵となるだろう。砦が落ち、帝都に報が届き、出兵のめい。そこから準備を整えて、険しい山道である北の砦までの行程を計算すると、最速で一か月と見ている」
「アルト様、少々計算が甘いと思います。最速で二週間と見るべきです」

「そこまで早いか」

「砦を落とされた時点で狼煙が上がり、視認範囲でリレーが行えれば一日以内に数百キロメートルを伝達できます。馬を用いても、中継所を利用した緊急伝令馬であれば、数日から一週間程度で帝都へ届くでしょう」

「狼煙の件は理解している。その狼煙を上げさせるつもりはない」
「それでも異常を察した連絡員が気づくでしょう。そのため、視認範囲にある連絡員を排除する必要性があります」

「砦を落とし、即座に連絡員を抑える必要があるわけか……しかしだ、それでも人間との戦争に忙しく、帝都が動くまで多少の余裕があるはずだが?」

「希望的観測は排除し、最悪の事態に備えるべきです」

「たしかに。だが……帝国と戦う時点で、全てを希望的観測に頼った策になるんだがな」
「現実で見つめられる場所は見つめるべきです」

「イロハは厳しいな。さすがは私のメイドであり、先生でもある」


 ここでブルックが言葉を差し入れる。
「ワシのことを忘れてもらっては困りますな、陛下。剣と軍略を教えたのはこのブルックでございますぞ」
「はは、そうだな。だが、その先生は随分と静かだったな……何を懸念していた?」

 そう促すと、彼は地図上のカイリ国へ目を下ろした。
「緩衝地帯……カイリ国は陛下の提案を内心は歓迎するでしょう。同盟となれば、必要な物資も提供してくれるでしょう。カイリはルミナを脅威と見てないがゆえに」
「そうだな……」

 帝国とルミナの差は当然だが、カイリとルミナでも国力の差は天と地。多少支援したところで脅威とならない。
 むしろ、弱小国家が少しでも巨大な帝国内部を掻き回しくれた方が人間にとって都合が良いはず。
 だがブルックは、その都合――――理知的な計算が時に成り立たないことをよく知っている。


 彼は重々しくそれを言葉として表す。
「陛下、ルミナは先王タイド様の頃より、カイリとは細々とした交易を行っていました。しかし、それは本当に細々としたもので、山道の橋が崩れて以降、我らよりも国力のあるカイリ側はそれを修復しようとしなかった。これは、修復するほどの価値のある関係ではない表れです」

「だが、その価値は大きく変わるぞ」
「それが問題なのですよ、陛下。陛下もまた、それを理解しているのでございましょう」


 私は彼の言葉を耳と心で受け止めて、空を見つめるように天井を仰いだ。
「交易程度なら問題視されまいが、魔族国家との同盟ともなれば、カイリ国は他の人間の国家から非難されるであろうな」


 この言葉にイロハは首をかしげる。
「どうしてです? 一連の流れは人間側にとっても非常に有用なものですよ。小さな投資で帝国の内部に反抗勢力が生まれる。これを行わない理由はありません」


 この彼女の疑問に対して、ブルックがやんわりと諭すように声を漏らす。

「これはことわりではなく感情の問題なのだ、イロハ。憎き魔族と手を結ぶなどできぬ。結べば、カイリ国は他の国家から裏切り者として追及されかねぬのだ」

「……なるほど、感情ですか。ふぅ~」

 イロハはため息に馬鹿馬鹿しさを乗せた。
 彼女は実に聡明だが、感情の機微を理解できぬところがあった。
 一見、少女その者で、とても感情豊かな存在に見えるが、その心の奥には常に鋭利な計算が隠されている。

 効率と実効性が彼女の核であり、感情と空疎からはかけ離れた存在。


 イロハは最高の一手を曇らせる感情という曖昧な存在に軽く首を振ってから、私へ深蒼の瞳を向ける。
「アルト様には、この感情の軋轢を崩す策がおありなのですか?」
「ない」
「ないんですか……」
「今日戦うと決めたので、今の今まで何の準備も考えもなかったからな。仕方がないだろう。今は下地を整えるのがやっとだ。あははは」


 誤魔化しを込めた乾いた笑いが室内に広がる。
 イロハは小さな息を吐き出して、次に表情を引き締める。それは隣にいたブルックも同様だ。

「そのような行き当たりばったりの策に、国家の命運を賭けるのですか、アルト様?」
「ルミナには五千の国民が残っております。彼らはルミナを愛し、留まった者たちです。彼らをそのような先の見えぬいくさに巻き込むおつもりか、陛下!!」


 国と国民を思う二人の熱に当てられて、二人がどれほどまでにルミナを愛してくれているのかと心に感じる。
 そして、それは彼らだけではない。
 私はぽつりと言葉を漏らし、次には王でありながら、王であることを忘れていた愚かさを恥じた。

「明け渡しこそが、最良の一手。そう思っていた。しかしそれは、王という責務から逃げているにしか過ぎなかったのだよ。ブルック、イロハ」
「陛下?」
「何があったんですか、アルト様」


 部屋の扉を見つめ、その先にある城下、さらには静かな闇に包まれ、不安に微睡まどろむ民たちを見つめる。
「残った民たちは戦うつもりだ――あの帝国相手に! そうだというのに、私は民の想いを理解せずに、降伏こそが最良だと思っていた。このままでは彼らという存在理由と心を見殺しにしてしまう。私は王として責務を果たさねばならない……矜持きょうじを示すと覚悟した国民の旗印として!!」

 私は己の覚悟を固めるように拳を握ったが、すぐに解いて、照れ隠しのように頭を掻く。
「まぁ、その民たちに尻を蹴り上げられて、ようやく気付いたという情けない話ではあるのだが」


 ブルックとイロハは小さな笑いを見せつつ、互いに視線を交わす。
「どうりで妙なことをされていると思いました。民を思い、恭順の道を選んだ陛下がここに来て戦いを選ぶなど」
「事を起こさなければ民は過酷ながらも生きていけます。ですが、事を起こせばそれすら許されない。それでも歩むのですね、アルト様」


「私も――この国に残った者たちも……そう全ての者が言う。生きるだけの人生など意味がない。我が身の内に宿る誇りに従うことが、人生だと訴える。その心に準じよう」

「アルト様……」
「イロハにとっては感情に走りすぎた答えだったかな?」
「いえ、誇りを宿した感情的判断と、憎しみに染まった感情的判断の違いは、この三百年の時と、初代様であるリヴュレット様の下で学びましたから。それに……」


 イロハは――静かに片膝をついた。

 そして、こうべを垂れて臣下の礼を取る。
 それは私の知らぬイロハの姿。

「帝国との和平を結び、それ以来、リヴュレット様から戴いた言葉をここで果たします。帝国にあらがう者の助力たれ。リヴュレット様との約定の名の下に、このイロハ、誓約を破らぬ限り、私の知恵と体をお貸しします」

 続き、ブルックも同様に片膝をついて、臣下の礼を取った。
「先王タイド様より御言葉を戴いております。アルトが立つとき、支えとなれ、と。ワシもまた、この身の全てを陛下へ捧げましょう」

「イロハ、ブルック……」

 二人は静かにこうべを垂れ続ける。ブルックの方は体を僅かに振るわせて、魔石灯の輝きに照らし出された光るものを落としていた。
 二人は、私が自ら己の意志を示すこの日、この瞬間まで、内なる思いを隠し続けていたようだ。


 私は二人に短く言葉を渡す。

「ブルック、イロハ……共に戦おう」
「はっ!」
「はい!」

 私は後ろを振り向いて、笑みを浮かべる。寂しさを交えて……。
(初代様に先王か……二人が仕えているのは偉大なる先代たちなのだな。二人に真の王として認められるように、研鑽を積まねば)
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