滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

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第二章 世界を書き換える力

第43話 人智を超えた演算

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 メールはフードを上げて、魔石をようする八人の魔導士を黄金の瞳で見据えた。
 その瞳に魔力が宿り、虹彩の中に幾何学的な紋様が高速で展開される――解析が始まった。


「魔力行列の分解……敵と周囲の魔力行列・固有ベクトル・固有値の対角行列を抽出。式適合・A = P * L * P^-1。第一式実行」

 何かの数式の断片が、メールの両手に光の帯となって纏わりつく。それらが一気に解放されると、不可視の衝撃波が周囲に広がった。
 八人の魔導士が制御していた八つの魔石に、異変が生じる。

「なんだ、魔力が不安定化し始めたぞ!?」

 
 天を衝くほどに猛っていた魔力の奔流が、一瞬にして歪み、不協和音を奏で始める。
 メールは淡々と、しかし凄まじい速度で解析を進めていく。

「安定成分と危険成分の分離の開始。自然界の安定魔力及び危険魔力の抽出。L = L_stable + L_chaos。第二式実行」

 魔力の帯が、彼女の全身を幾重もの束となって包み込む。
 頂に到達しようとしていた八つの魔力は、その歪みから力を奪われ、急速に減衰していく。
 焦燥に駆られた魔導士たちが、制御不能になる前に無理やり魔法を解き放とうとした。

「不完全のままだが構わん! 今すぐ解き放て!!」


――だが

「無効化変換Tの構築開始――終了。T * L_chaos * T^-1 = 0。第三式実行」

 さらなる衝撃が広がる。解き放たれたはずの彼らの魔力は、飛散することすら許されず、まるで見えない壁に閉じ込められたかのように、その場で虚しく渦巻くだけとなった。

「な、なんなんだ!? 何が起こっているんだ!?」


 メールは静かに、親指と中指を合わせる――
「魔力空間の完全初期化開始」

 そして、薄く笑みを浮かべると――
「最終式・TAT^{-1}=0_{8×8} …………フフ、ぬるい」

 
 指先を……パチンと跳ねた。

 その音が十字路に響き渡ると同時に、物理的な圧力となった魔力が私たちの肌を叩き、波紋のように城の深奥しんおうへと透過していった。


 メールは衝撃で捲りあがった真っ白なフードを両手で手繰り寄せ、再び顔を隠す。
 そして――

「一時的に、周囲の魔力値をゼロにした。今、魔法を使えるのは――――私だけ」


「そ、そんな……ひは、ひひ……ば、馬鹿な……」
 魔導士たちは信じられないものを見る目で、浮遊台の上で腰を抜かした。膨大な魔力を宿していたはずの魔石はどす黒く変色し、その輝きを完全に失っている。

 
 アマネもまた、彼らと同様に呆然と立ち尽くしていた。
「なんで……そんなことができるの。あんなの解析しようと思ったら、大魔導士級の魔導士が、八人は必要なのよ!? それだって数時間はかかるはずなのに……それを一分で……たった一分で終えるなんて……」

 この驚きにイロハが冷静に答えを返す。
「1秒あたり約28万通りの解析……いえ、単なる、組み合わせ計算ではありませんね。メールさんが行ったのは、『魔力の8次元構造そのものを直接参照する高次演算』です」

 さらにイロハは、感嘆を込めて続ける。
「抽出した固有値を、安定成分と危険成分に分けて処理したのも見事です。 物理で言う『安定モードと不安定モードの分離』と同じ原理ですね」

 そして、核心を突く。
「極めつけは、危険成分に対して使った変換T。あれは数学の相似変換ではなく、魔力空間そのものを書き換える高次変換です。だから世界側の魔力基底が『ゼロ』に初期化されたんですよ」


 イロハは賞賛を込めた息をついた。
「お見事……魔導のみでそこへ到達できるとは。私でも真似できません」

 私はイロハの説明がさっぱり理解できず、ギドラとアマネに瞳を振った。
 ギドラは俺に聞くなと言わんばかりの態度で腕を組んでいる。


 アマネの方は……必死に頭を抱えながら、理論を自分の中で噛み砕こうとしていた。

「相似変換でゼロ行列になったってことは、本質的に『無』の状態を指すわけよね。数学的にも、ゼロ行列は『どんな基底でもゼロのまま』。つまり、世界のどの魔力座標系でも、魔力が存在しないことを意味するんだ……たぶん」

 重ねて、ひとちのように呟く。
「自分だけが魔力を使えるのは、数式Tの内部構造……固有ベクトルを保持しているからなんだ。そのおかげで世界がゼロ化されても、Tの『外側』にいるため、魔力を再構築できる。だから『魔力空間を一度初期化』できた」

 眉間に皺を深く刻み、疑問符と踊る。
「でも、メールだけは再起動キーを持っているんだ。つまり、魔力空間の相似変換による完全消去 ……いえ、相似変換っぽいけど、本質は世界構造の再定義? でいいのかな? でも、たぶん? おそらく……うん……」



 どうやらアマネは何とか理解できているようだが、私には何が何やらさっぱりだ。
 やれることと言えば、メールの労をねぎらうくらい。
「見事だ、メール」
「……ん」

 私の背後では、ギドラがアマネに問いかけている様子。


――ギドラとアマネ

「もはや、俺にはさっぱりわからん。凄いというだけしかな。彼女は魔導において、どれほどの高みにいるのだ?」
「一言で言えば、大賢者級の使い手。なにが三千人隊長クラスよ。そんなもの目じゃない!」
「俺の評価にケチをつけるな。しかし……魔導をよく知らぬ俺ですら、脅威を覚えるのは確かだ」

 アマネは考えすぎてオーバーヒート気味の頭を両手で優しく包み、ぐりぐりと揉む。
「あんなのを一分で解析って、メール――あなたって、すごい魔導士だったのね」

 するとメールはフードを深く被り、小さく、しかし衝撃的な言葉を返した。

「私はまだまだ。師匠なら、十秒もかかってない」

「ぶふぅぅぅ!!」
 突然、アマネは泡を吹いて後ろに倒れようとした。
 それを慌ててギドラが支える。
「おい、しっかりしろ!!」
「じゅ、十秒って、それがほんとなら……ほんとなら……」
「本当なら、なんだ?」


――メールの師匠は……勇者を遙かに超える神話級の化け物よ――


「――なっ!?」

 ギドラはメールを凝視した。その瞳にあるのは、もはや敵対心ではなく純然たる『畏怖』そのもの。

(メールは中位クラスなのだろう。それで大賢者級……上位兵は皆、五龍将や勇者クラスなのでは? さらに師匠と呼ばれる伝説を超えた存在まで……ルミナとは…………なんだ?)


 アマネは支えられたギドラの両腕を軽く押して、自分で立ち上がる。
 そして、これまで以上の警戒をその心に宿した。

(ありえない! ルミナの力は異常すぎる。世界の異端と言っても過言じゃない!! やっぱり、何かある。こんなバカげたことがまかり通る何かが!!)
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