滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

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第二章 世界を書き換える力

第42話 覚悟という名の裏切り

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―――十字路


 脱出路を塞ぐように立ちはだかる勇者ミナヅキ。
 彼が軽く右手を上げると、十字路を囲む四方の壁に、黄色く淡い輝きを放つ半透明の障壁が展開された。


 私は周囲をさらりと見回し、エラナ鉱を磨き上げ、魔導の触媒として完成されたこの城の構造を素直に評価した。

「高度な魔導障壁だ。見事なものだな。城内であれば、無限と称しても良いほどの魔力を自在に操れるということか」
「カイリは守りの国家。この絶対の防衛こそが、我が国の誇る軍事力のすいですから」

「だが、その誇るべき防衛力をもってしても、隣国の侵略の影からはのがれられないようだな」

 ミナヅキは忌々しさを噛み殺すような声と共に、両拳を強く握りしめる。
「キンリュウリョウとケイドサ……欲望に駆られた狼たちがカイリを狙っている。私は、女王ミカガミが愛したこの国を、何としても守らねばならないのです!」

「そのために、子どもを追い詰め、殺す……か」
「必要であれば……」
「そのために、使者の私に毒を盛る、か」
「ええ、不名誉であろうとも……」


 私は瞳に深い軽蔑を込め、静かに問いかける。

「それは、女王ミカガミが愛した国の姿なのか?」
「――――っ!?」


「君の焦燥は理解できる。私もまた、国を存続させるために己の誇りを捨て、泥を啜る覚悟はある。だが、ミナヅキ。何事にも越えてはならぬ一線があるはずだ。君は、既にそれを踏み越えたとは思わないのか」

 ミナヅキは全身を震わせ、固く握っていた拳を解いた。じっと見つめるその掌には、過酷な修練に耐えてきた分厚い剣ダコがある。

 だが、今の彼の瞳には、その清廉な掌にすら、穢れきり、腐敗した血の匂いが纏わりついているように見えた。彼はゆっくりと手を握り込み、誉れ高き自分と、堕ちた自分を共々に握り潰す。


「だから、なんだと言うのです……だからどうしたと言うのですっ……国家の大事を前に綺麗事など無意味!! 生き馬の目を抜くこの世界で、私は『覚悟』を示したんだ!!」

「その『覚悟』こそが、女王ミカガミに対する……最悪の裏切りであろう」


「――なっ!! 貴様ぁぁぁあぁぁ!!」


 ミナヅキは己の太刀に手をかけた。
 鞘を握りつぶさんばかりの握力をかけるが、剣を抜かず、辛うじて残る理性が彼の言葉を彩る。

「……あなたは、かなりの使い手。ここでまともに戦えば、私が勝つか、あなたが勝つかわからない。私は命を失うわけにはいかない。掠り傷一つ、負うことすら許されない。ですので――」


 ミナヅキの水色の瞳がどろりと暗く淀んだ。
「罠に沈め――魔王アルト!!」

 彼の叫びと同時に、転移の陣が形成され、八方の天井に揺り籠のような浮遊台に乗った魔導士たちが現れた。
 彼らは身の丈ほどもある巨大な魔石を傍らに置き、一斉に詠唱を開始する。


「む、これは?」
八卦魔方陣はっけまほうじん……何者であろうと、この魔方陣の前では稚児に等しい」


 ミナヅキは、人質であるはずのアマネにすら、疲弊と穢れが混じった瞳を向ける。
「標的はアルトですが、余波で相当な深手を負いましょう。ご容赦を」
「ちょっと、なんなの、こいつ……」

 そこには理知が残されているのだろうか? それとも、なりふり構わずの結果なのだろうか?
 大切なはずの人質に傷を負わせることすら厭わず、ただ私の心臓を掴み取ろうとしている。


 八人の魔導士は巨大な魔石の力を借り、魔力を極大の魔法へと昇華させていく。

 その奔流を目の当たりにして、アマネが声を震わせた。


「うっそでしょ……八つの異なる周波数の魔法を掛け合わせてる。それも8乗で!? こんなの、どうやって防げっていうのよ!」

 私もまた、尋常ならざる魔力の高まりを前に、最適解を思案していた。
「ふむ……私が全力で魔力を解放すれば相殺できる。衝撃で周囲は吹き飛び、瓦礫と化し、死者も出るだろうが致し方ない」
「アルト様、あの魔石には反射魔法が施されています。少々、いえ、かなり厄介かと」
「そうなると、君と私の全力となるか。ますます、被害が広がるな」

 この、私とイロハのやり取りを目にして、ギドラが呆れたような声を上げる。
「この状況下で敵の心配などしている場合ではないだろう。打開策あるのならば、迷わず行うべきだ!」

 私は重い沈黙を抱く。
「……死者が出れば、未来における友好すらも失われる。だが、もう……そうだな」


――お待ちください、ここは、私が――


 か細くも、凛とした少女の声が響いた。
 その少女は、真っ白なフードを深く被り直して、力強く断言する。

「私が……止めて見せます、アルト様」
「メール?」

 メールは桃色と白が重なり合うフレアスカートを揺らし、一歩前へと出る。
 赤いリボン付きのパンプスが私の足元を過ぎると、フードを少し上げて、私に微笑みかけた。

「私は……お優しい、アルト様が、大好き……だから――!!」


 メールは八人の魔導士を見据え、赤色の魔石の内部に星々の輝きを秘める魔導杖まどうじょうを構えた。

「死者を誰一人出すことなく……この魔法――完全に無効化して見せる!」


 小さくも、揺るぎない覚悟を示す背中。
 そこから伝わる信頼に、私は無言の頷きを見せた。
 だが、アマネはそれを無茶だと訴える。

「無効化!? そんなのできるはずがない。無効化しようとすれば魔導解析のパターンは8の8乗!! え~っと、1600万通りくらいかな?」

「1677万7216通りだな」

 と、懸命に計算していたアマネの隣で私はさらりと呟いた。すると、アマネは驚きの声を出したと思ったら、すぐに目を三角にして睨みつける。


「はやっ!? って、それくらい計算が早いなら事務仕事楽勝でしょう!!」
「い、いや、どうにも帳簿を前にするとなぁ。こう、眠気というか、やる気を失うというか……」
「この、ナメクジ王!!」

 これにギドラの怒声が割って入る。
「下らんやり取りをしてる場合ではないだろう! 本当にメールを行かせていいのか、アルト!!」

 私はギドラに顔を向けず、ただメールの背中を見つめた。
「彼女がやれると言っているのだ。ならば、やれるのだろう。フフ、期待しているぞ、メール」
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