滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

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第二章 世界を書き換える力

第45話 神をも穿つ一撃

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 ミナヅキは両手で太刀を握りしめ、正中線に沿うように構える。
 対するイロハは、両手をスカートの正面にそっと添えているだけだ。

 
 睨み合い、無音の剣戟が場を支配する。その緊張感に、私たちは呼吸を止めて見守るしかなかった。

 落ちた揺り籠からは魔導士たちが這い出て、一つ喉を鳴らすと、二人の異様な姿に心を奪われたように凝視している……結構な高さから落ちたはずだが、思いのほか頑丈な連中だ。


 ミナヅキは僅かに剣を上げると、次の瞬間、刃に凄まじい剣気を集約し、一気に振り下ろした!

「千変・時雨しぐれ!」

 剣先が空間に溶けるように歪んだかと思うと、無数の『刃の残像』が独立した実体となってイロハに襲い掛かった。刃たちは床を無慈悲に穿ち、エラナ鉱の塵が薄雲のように辺りを包み込む。


 この、突如として全方位から生まれた刃の群れ……アマネとギドラが、その技のことわりを解こうと声を上げるが――

「転移魔法!?」
「刃が分裂している! 分身の類か!?」

 その考察を、メールが即座に否定した。

 彼女はグイっとフードを上げ、黄金の瞳を輝かせている。口元に小さな風の魔法を置き、その解析結果を音に乗せて増幅させた。
「ちがう……時間をずらして、刃を生み出した。すごい」

 この短い説明でアマネは理解できたようで、それを咀嚼し、声として表す。
「まさか、別の時間軸の剣を同じ空間に重ねたの? なるほど、それぞれの刃が独立した存在として干渉したんだ。つまり、時間の多重露光のように、刃が重なった……あってる?」
「うん、その時間差はおよそ10万分の一秒。これは零距離零時間の攻撃と言ってもいい」

 私はいまだ薄雲に包まれた中心部を見つめる。
「ふむ、初見であれを出されたら、私でも手傷を負うな」

 これになぜか、アマネとギドラが怒り出した。
「普通は気が付かないまま死ぬでしょ!」
「なんと腹の立つ男だ。アマネ、蹴りを入れろ!」
「このっ!」
「いった! 尻を蹴るな!! くだらないことをやってないで、二人ともイロハの戦いぶりを見ていろ」


「そうよ! イロハは大丈夫なの?」
 アマネの叫びが薄雲を割き、その先に揺らぐ影を捉えた。

 剣刃けんじんによって無残に引き裂かれた床の中心。
 そこには衣服を一切乱すことなく、落ち着いた様子で佇むイロハの姿があった。
 彼女の姿を見たミナヅキが、喉奥から驚愕という悲鳴を上げた。

「馬鹿な! まったくの無傷だなんて!?」
「ミナヅキ様、これでお仕舞いですか?」

 イロハはミナヅキへ手を向けて、軽く指先を動かして挑発してみせた。
 ミナヅキは屈辱に顔を歪め、再び構えを取ると、何重もの時雨しぐれを繰り出す。

「時雨――ッ!」

 幾百もの刃が同時にイロハへ襲い掛かる。だが、そのすべてが彼女を掠めることすらできない。
「時雨! 時雨! 時雨ぇ!!」

 イロハは軽やかな舞――いや、ステップを踏み、陽気なダンスを踊るように、刃をリードしていく。
 その動きに、アマネが朧げな声を漏らす。

「あれ? 不可避の技のはずなのに……イロハを見ていると、刃がとろく見えてしまう」


 数十、数百の刃が四面を覆いつくすほど生み出されているのに、イロハは幼子をあやすように優しく刃を撫でて、僅かに剣筋を逸らし、その身に触れさせることなく、微笑みを絶やさない。

 ミナヅキは剣を振るうのをやめて、敵に向けて疑問を投げかけるなどという愚行を見せた。
「なぜだ……何故だ! 何故、当たらないんです!! 零時間の攻撃を見切るなど、何者にも不可能なはず!!」

 イロハは柔らかなほっぺに人差し指を置いて、少しばかり首を傾けてこう答えを返した。
「零時間と言っても『ほぼ』であって、本当の意味での零でありませんからね。10万分の一秒もあれば、軌道計算くらい可能ですよ」


「そ、そんなことあり得ない。あってたまるものか! うおぉぉぉぉぉ!!」


 ミナヅキは右脇構えを取り、イロハに向かって突進していく。
永劫輪廻えいごうりんね!!」

「おおっ?」
 私は思わず身を乗り出した。
 なんと、ミナヅキが五人となってイロハに殺到しているのだ。
「分身ではないな。全てが重厚な実像を伴っている。不思議な技だ」

 視線をイロハへ向ける。
 彼女は本心からミナヅキに賞賛を送った。
「時を操り、別時間軸の自分を生み出すとは。お見事です」
「この技を手土産とし、創造主パーニー様へ献上するがいい!!」

「フフ」
 イロハは薄く笑う。
「では、こちらも面白いものをお見せしましょうか」

 イロハがわずかに前のめりになった、その瞬間――なんと、イロハも五人となったのだ。
「馬鹿な、私と同じ技を!」
「同じではありませんよ――はっ!!」

 五人のイロハは同時に五人のミナヅキの胸部へ掌底を放つ。けいという凄まじい気を纏ったその一撃は、ミナヅキたちを後方の壁へと豪快に打ちつけた。


「がはぁ!!」
 
 四人のミナヅキが霧散し、一人となったミナヅキが血反吐を吐きながら、壁を背に、崩れ落ちる。


 その様子を見ていたメールが、なぜか怯えの混じった震えを見せていた。
「はわわわ、ありえない……」
「どうした、メール?」
「イロハちゃんが今見せた技。あれは……」
「ああ、ミナヅキと同じだったな」


 ここで珍しく、メールは大声を張り上げた。
「――違う! 全然違う!!」
「メール?」

 彼女は震える手を重ね合わせ、必死に押し止めようとしているが、震えは一向に収まる気配がない。
「イロハちゃんは時間軸をずらしたわけじゃない。同時に多次元に存在して、その存在を一つの次元に集約した。自分という存在の量子状態を、多次元方向に広げたまま維持するなんて……しかも魔力も使わず……」

 震えはさらに増し、体から声へと伝わっていく。
「い、いえ、使ってもそんなことできない。師匠だって……できない。もし、できるとしたら――それは……それは……」


――神様――


 だが、メールの言葉をイロハは笑って否定した。
「くすっ、この程度であれば、私たち低次元存在の知の範疇ですよ、メールさん。高次元成分を一時的にデコヒーレンスさせただけですし」
「だとしたら、イロハちゃんは……私たちの知り得ない、ずっと高度な知識を……」


 正直、二人の会話は私にはさっぱりだ。
 わかるのはミナヅキが吹っ飛んだ。それで十分。
 そのミナヅキは唇に染みついた血を拭い、剣気を衰えさせることなく、再び構えを取った。
「ま、負けるわけには……私が敗れれば――――カイリは終わる!! うおおおぉぉぉおぉ!!」


 剣先に濃密な黄金の闘気が集約されていく。
月詠つくよみよ! 時を司る龍よ! 時の制約を打ち破り、音を鳴り響かせ! 我はミナヅキ!! 集うは未来! 集うは過去! 集うは方今ほうこん!! 集約されし時の鐘よ! ――ここに鳴り響け!!」

 黄金の奔流に剣先は歪み、形を保てず。揺らぐ空間がそこにあるだけ。


 メールは瞳に幾何学模様の光を浮かべ、声を震わせる。

「時間を圧縮してる。今も、明日も、昨日も。全部を一つにして……全時間軸に干渉して集めることができるなんて」

 彼女の言葉は力の奔流に渦巻かれながらも、確かにイロハに届く。
「ええ、そうですね。重ねて、お見事としか言うほかありません。その技であれば、高次元存在すら斬りつけることが可能でしょう」
「フフフ、誉め言葉はいりません! あなたは底が知れない――いえ、頂が見えない! だが!! この技であれば――斬れる!!」


 ミナヅキはさらに闘気を高める。
 ここでイロハは……初めて構えを取った。
 右拳を握り締めて、まるで幼子のように無垢な喜びを表す。

「ふふ、本当に驚き。私と似た技を使える方がいらっしゃるなんて。力の質は違いますけどね」
 右拳に純白の光が宿り始める。

 その光を見たメールが、がくりと体を崩しそうになった。それを慌てて私が支える。
「メール、大丈夫か?」
「はわわわ、イロハちゃん……次元を折り畳み始めた」
「うん?」
「どうやったら、あんなことできるの? 神様でもないのに……」

 メールの、この取り乱しよう。あの技は相当なもののようだ。
 私は最後の衝突を見届けるべく、イロハとミナヅキを睨みつけるようにしっかと見つめた。


 ミナヅキが叫び、イロハが腰を静かに落とした。

「くらえええええええ!! 時裂ときさき千影ちかげ!!」

 振るわれた太刀から、色なき虚無の空間が放たれた。
 対するイロハは、ゆらりと言葉を落とす。


――火風厳かふうげん

  ――振揺《しんよう》!


盪滌とうげき!!」


 白の力を宿したイロハの拳が、虚無の歪曲空間と相打つ。
 白は一気に空間を押し潰し、その向こう側にいたミナヅキを飲み込んだ。

「なっ! うわああああああああぁぁぁあ!!」

 ミナヅキは太刀を盾に防ごうとしたが、白き光は一瞬にして名刀を粉砕し、彼を光の乱流の中へと放り出した。


「ぎゃぁあぁあっぁぁあ!!」
 
 彼の姿は幾度も歪み、形を変え、乱流からはじき出される。無防備なまま床に叩きつけられ、血みどろになりながら転がっていった。


 イロハは構えを解き、右拳を一度開く。
「あなたの技は、精霊すらも斬り捨てることが可能でしょう。ですが――」

 
 拳を握りしめ、見せつけるように凛として告げた。

「私の拳は……神をも穿つ拳。『私たち』はそのために、『いた』のですから」
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