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第二章 世界を書き換える力
第47話 女王の決断
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不意に現れた老女――その姿を目にしたミナヅキは、瞳をカッと見開いた。
彼は床に血の線を残しながら、這うようにして老女の前まで辿り着くと、膝をつき、必死に彼女を見上げる。
「なぜ、このような場に!? お体に障ります。早く、御寝殿へお戻りに!!」
彼に続き、呆然としていた魔導士たちも我に返り、老女の前にひれ伏した。
「「「どうか、御安静に。お体に障ります!!」」」
老女は、頭を垂れ続けるミナヅキたちへ小さく首を横に振った。
そして、自分を支えていた女中たちへ手を放すよう、ゆらりと手を振る。
彼女は震える足で背筋を伸ばし、毅然とした姿でこう述べた。
「私はカイリ国女王、ミカガミ。貴方がルミナ王国、アルト国王陛下でございますね?」
「いかにも、ルミナ国王、アルト=ラウ=オーシャンだ」
私も背筋を張り、彼女へ名を返す。
そして、女王の姿を翠玉の瞳に焼きつけた。
凛とした佇まい。だが……あまりにやせ細り、皮膚は枯れ木のように乾いている。
青みがかった白髪は艶を失い、紫の瞳は深く窪んでいた。
彼女の全身からは、死の気配が止め処なく溢れ出している。
(イロハに話を聞いていたが、これほどまでに重い病状だったとは……)
あまりの痛々しさを前に、無意識に視線が逸れそうになる。
しかし、それを行えば、ミカガミの誇りに対する侮辱となるだろう。
私は意思のすべてを瞳に込め、真正面から彼女を見つめ返した。
すると、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。
「ふふ、お姿はプラヤ様に似ていますが、纏う雰囲気はタイド様に似ていらっしゃいますね」
「父と母をご存じで?」
「ええ、あなたが生まれる前に、二度ほど……」
「そうでしたか」
ミカガミは薄い青の寝衣の前に、両手を重ねる。
「このような見苦しい姿で申し訳ございません」
「いえ、そのような――」
「それに……」
彼女は一度、足元で頭を垂れ続けるミナヅキに視線を落とし、それから再び私を見つめた。
「詫びを尽くしても足りぬ振る舞いを、我が国が行ってしまいました」
深々と頭を下げる女王ミカガミ。
その姿を目にした勇者ミナヅキが、悲痛な叫びと共に立ち上がろうとしたが――
「陛下、それは私の独断で――はっ!」
女王ミカガミは手のひらを軽く広げ、彼を制した。
彼は項垂れるようにして、無言のまま膝をつく。
ミカガミは三度私を見つめ、こう言葉を紡いだ。
「非礼に、非礼を重ねることになりましょうが、一つ、アルト様に願いの儀があります」
「それは、何でしょうか?」
彼女は私をじっくりと、慈しむように見つめる。そして静かに目を閉じ、遠い記憶を愛おしむような声を出した。
「あなたを見ていると、タイド様とプラヤ様を思い出します。本当に仲睦まじく……一人であった私はそんな二人を羨んだものです」
瞳を開け、私を射抜くように見つめる。
「あなたと出会い、短い会話でしたが、確信いたしました。間違いなく、あのタイド様の才覚を受け継いでいらっしゃると。だからこそ、あなたにしか、もう頼めないのです」
「私に、ですか……?」
「はい」
短くも、決意の宿る声。
彼女は苦痛に顔を歪めながらも、ゆっくりと両膝を床についた。三本の指を床につき、次にはなんと――深々と頭を下げたのだ。
「アルト陛下。どうか、このカイリを貰ってはいただけませんか?」
「――何を……?」
私は彼女の意図を瞬時に理解できず、言葉を失った。
彼女のそばで震えていたミナヅキが、女王へと詰め寄る。
「陛下!? 何をおっしゃっているのですか!?」
周りの魔導士たちにも激しい動揺が走る。
その混乱の中で、ミカガミは淡々と、残酷な現実を重ねていった。
「……もはや、カイリ国は時流には抗えません。どれほど豊かであっても、内部は荒れ果て、外からの脅威に立ち向かう力は残されていないのです」
「陛下! 陛下! 陛下!! まだ、私がおります。まだ、このミナヅキがおります!! ですから――」
懇願するミナヅキへ、ミカガミはやせ細った指を伸ばした。
「すべては、私の不徳と致すところ」
「そのようなことは、決して――!!」
彼女の指先が、ミナヅキの頭を優しく撫でる。
「もう、よいのです。ミナヅキ。あなたは、よく頑張りました……だから、もうよいのです」
「陛下……陛下……へいかぁぁぁああ!!」
勇者ミナヅキはその場に泣き崩れ、血に染まった手で床を掻き毟る。
女王ミカガミは私に向き直り、再び頭を下げた。
「カイリ国を預けられるのは、アルト陛下……あなたしかおりませぬ。どうか、カイリを守っていただけないでしょうか?」
突如として、突きつけられた、二択……。
――カイリを得るか、得ないか。
カイリの人口は優に一千万を超え、国土も広く、豊かだ。魔石の材料となる貴重なエラナ鉱の産出国でもある。
誰もが、喉から手が出るほど欲しがる国家。
私は広げた自身の両手を見つめる。
この両手は、数多の命を支えるにはあまりにも小さい。しかし、カイリを得れば、その力は格段に大きくなる。
指先をゆっくりと閉じて、ぐっと握り締める。
(答えは……決まっている)
一度、遥か遠き北にあるものを睨みつける。次に、頭を垂れ続ける女王ミカガミの姿を真っ直ぐに見据えた。
そして――
「女王ミカガミ、その申し出、ルミナの王として……………………受けることは――決してできない」
彼は床に血の線を残しながら、這うようにして老女の前まで辿り着くと、膝をつき、必死に彼女を見上げる。
「なぜ、このような場に!? お体に障ります。早く、御寝殿へお戻りに!!」
彼に続き、呆然としていた魔導士たちも我に返り、老女の前にひれ伏した。
「「「どうか、御安静に。お体に障ります!!」」」
老女は、頭を垂れ続けるミナヅキたちへ小さく首を横に振った。
そして、自分を支えていた女中たちへ手を放すよう、ゆらりと手を振る。
彼女は震える足で背筋を伸ばし、毅然とした姿でこう述べた。
「私はカイリ国女王、ミカガミ。貴方がルミナ王国、アルト国王陛下でございますね?」
「いかにも、ルミナ国王、アルト=ラウ=オーシャンだ」
私も背筋を張り、彼女へ名を返す。
そして、女王の姿を翠玉の瞳に焼きつけた。
凛とした佇まい。だが……あまりにやせ細り、皮膚は枯れ木のように乾いている。
青みがかった白髪は艶を失い、紫の瞳は深く窪んでいた。
彼女の全身からは、死の気配が止め処なく溢れ出している。
(イロハに話を聞いていたが、これほどまでに重い病状だったとは……)
あまりの痛々しさを前に、無意識に視線が逸れそうになる。
しかし、それを行えば、ミカガミの誇りに対する侮辱となるだろう。
私は意思のすべてを瞳に込め、真正面から彼女を見つめ返した。
すると、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。
「ふふ、お姿はプラヤ様に似ていますが、纏う雰囲気はタイド様に似ていらっしゃいますね」
「父と母をご存じで?」
「ええ、あなたが生まれる前に、二度ほど……」
「そうでしたか」
ミカガミは薄い青の寝衣の前に、両手を重ねる。
「このような見苦しい姿で申し訳ございません」
「いえ、そのような――」
「それに……」
彼女は一度、足元で頭を垂れ続けるミナヅキに視線を落とし、それから再び私を見つめた。
「詫びを尽くしても足りぬ振る舞いを、我が国が行ってしまいました」
深々と頭を下げる女王ミカガミ。
その姿を目にした勇者ミナヅキが、悲痛な叫びと共に立ち上がろうとしたが――
「陛下、それは私の独断で――はっ!」
女王ミカガミは手のひらを軽く広げ、彼を制した。
彼は項垂れるようにして、無言のまま膝をつく。
ミカガミは三度私を見つめ、こう言葉を紡いだ。
「非礼に、非礼を重ねることになりましょうが、一つ、アルト様に願いの儀があります」
「それは、何でしょうか?」
彼女は私をじっくりと、慈しむように見つめる。そして静かに目を閉じ、遠い記憶を愛おしむような声を出した。
「あなたを見ていると、タイド様とプラヤ様を思い出します。本当に仲睦まじく……一人であった私はそんな二人を羨んだものです」
瞳を開け、私を射抜くように見つめる。
「あなたと出会い、短い会話でしたが、確信いたしました。間違いなく、あのタイド様の才覚を受け継いでいらっしゃると。だからこそ、あなたにしか、もう頼めないのです」
「私に、ですか……?」
「はい」
短くも、決意の宿る声。
彼女は苦痛に顔を歪めながらも、ゆっくりと両膝を床についた。三本の指を床につき、次にはなんと――深々と頭を下げたのだ。
「アルト陛下。どうか、このカイリを貰ってはいただけませんか?」
「――何を……?」
私は彼女の意図を瞬時に理解できず、言葉を失った。
彼女のそばで震えていたミナヅキが、女王へと詰め寄る。
「陛下!? 何をおっしゃっているのですか!?」
周りの魔導士たちにも激しい動揺が走る。
その混乱の中で、ミカガミは淡々と、残酷な現実を重ねていった。
「……もはや、カイリ国は時流には抗えません。どれほど豊かであっても、内部は荒れ果て、外からの脅威に立ち向かう力は残されていないのです」
「陛下! 陛下! 陛下!! まだ、私がおります。まだ、このミナヅキがおります!! ですから――」
懇願するミナヅキへ、ミカガミはやせ細った指を伸ばした。
「すべては、私の不徳と致すところ」
「そのようなことは、決して――!!」
彼女の指先が、ミナヅキの頭を優しく撫でる。
「もう、よいのです。ミナヅキ。あなたは、よく頑張りました……だから、もうよいのです」
「陛下……陛下……へいかぁぁぁああ!!」
勇者ミナヅキはその場に泣き崩れ、血に染まった手で床を掻き毟る。
女王ミカガミは私に向き直り、再び頭を下げた。
「カイリ国を預けられるのは、アルト陛下……あなたしかおりませぬ。どうか、カイリを守っていただけないでしょうか?」
突如として、突きつけられた、二択……。
――カイリを得るか、得ないか。
カイリの人口は優に一千万を超え、国土も広く、豊かだ。魔石の材料となる貴重なエラナ鉱の産出国でもある。
誰もが、喉から手が出るほど欲しがる国家。
私は広げた自身の両手を見つめる。
この両手は、数多の命を支えるにはあまりにも小さい。しかし、カイリを得れば、その力は格段に大きくなる。
指先をゆっくりと閉じて、ぐっと握り締める。
(答えは……決まっている)
一度、遥か遠き北にあるものを睨みつける。次に、頭を垂れ続ける女王ミカガミの姿を真っ直ぐに見据えた。
そして――
「女王ミカガミ、その申し出、ルミナの王として……………………受けることは――決してできない」
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