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第二章 世界を書き換える力
第49話 禁忌
しおりを挟む――女王ミカガミがカイリを導け――
この言葉に、誰もが言葉を失った。
それは当然であろう。それが行えぬからこそ、ミナヅキは苦悩し、踏み込んではならぬ領域まで踏み込んでしまったのだから……。
八人の魔導士は戸惑い、ミナヅキは瞳に怒りを宿し、女王ミカガミは胸を押さえて乱れた呼吸に苦しんでいる。
メールも、アマネも、ギドラも、馬鹿げた発言を前に言葉も無く、ただ、私の後姿を凝視していた。
その不穏と淀みが同居する空間で、私は双剣にそっと触れ、一歩前へ出る。
すると、イロハが両手を大きく広げて立ちはだかった。
「おやめください、アルト様」
「イロハ……」
「それだけは、それだけは――お認めできません!!」
イロハの赤き瞳に宿るは――決意。金剛石よりも固く、地よりも深く根を張る、絶対の心。
だが……。
「イロハ、そこをどけ。他に方法はない」
「アルト様! それを行えばどうなるかご存じでしょう! 大きな代償を払うことになるんですよ!!」
「大きな代償? それは違うな」
私はナイフのように短い双剣へ一度瞳を落としてから、イロハを射抜くように見つめる。
「この剣は、僅かな代償で奇跡を引き起こす剣であろう」
「僅かでは――」
「僅かだ! それはこの剣を私に――いや! オーシャン家に託した君が一番理解しているはずだ!!」
「――――っ!」
広げていたはずのイロハの両手からは力が失われ、ほんの少しだけ揺らぎを見せる。
しかし、再び両手に意思という名の力を込めて、力強く広げた。
「私の過ちはもう取り返せない。ですが!! 私は必ずあなたを止めて――」
「――イロハ!!」
私は彼女の名を大きく叫び、次には……冷徹な宣告を投げ打った。
「そこをどけ。これは『王命』である」
希薄であり、それでいて冷たさの宿る、無慈悲な言葉の刃を振り落とした。
彼女はその命を受けると、体を恐怖に震わせ、広げていた両手をゆっくりと下げていく。
「アルト、さま。その、言葉を出さ、れては、私は逆らえない、のをご存じ、で、しょう」
途切れ途切れに言葉を地に落とし、彼女は女王ミカガミへと続く道を譲った。
そのまま床に膝をつき、掻き毟る。
「どうして私は……感情の獲得……喜びと……恐怖を得たがために……なんてことを……」
私はイロハのそばを横切る。その際、あえて明るい声を装った。
「な~に、今から引き起こす奇跡は大したものではない。せいぜい、私の寿命が数年失われる程度だろう。それで、ルミナとカイリが救われるならば安いものだ」
そう、言葉を渡して、ミカガミのもとへ向かう。
背後に残る彼女は私の耳には届かぬ、小さな呟きを漏らしていた。
「私は、そんな奇跡よりも、あなたの一秒の方が大切なのです……」
耳に触れた言葉はそよ風のように通り抜けて、すでに私の意識はミカガミへと向いていた。
私が歩み寄ると、勇者ミナヅキが警戒の視線を向けた。
時間という名の激痛に蹂躙され続けている肉体を心の力だけで支え、両手に抱く女王を己の身で守ろうとする……それを、霞み消えるような女王の声が制止した。
「よい、のです。ミナヅキ」
「ミカガミ様!」
「なにか、お考えが、あるので、しょう。あると、様には……」
小さく舌を動かすことですら、苦痛を伴い、彼女は朧げな言葉を漏らす。
私は横たわるミカガミの視線に合わせるように、片膝をついた。
「私ならば、あなたの病を取り払うことができる」
「! それは、本当に?」
「ああ、多少の負担はかかるが……その負担を軽減するために、ミカガミ殿に協力を願いたい」
「病が治るというのであれば、どのような協力も、惜しみません――ぐっ!」
女王ミカガミはミナヅキの肩に触れ、自分の足で立ち上がろうとする。
「ミカガミ殿、無理をなさらずに。今から行うことは横になっていても何の問題もない」
「陛下! どうか、御安静に!!」
「ふ、ふふ……これはただの意地。たとえ、救いの手を伸ばされようとも、王たるものが横臥の姿で、他国の王を相手するわけにはまいりません。うぐっ――」
「陛下!」
ふらつき、膝が崩れそうになったミカガミを、急ぎミナヅキが支えた。
それを、女王は拒絶しようとしたが……。
「ミナヅキ、私は一人でも……」
「なりません! 王を支えるは臣下の務め。こればかりは譲れません!」
「そう。そうね、あなたはそういう子だもの。わかりました、私を支えてくれますか」
「もちろんでございます!!」
ミナヅキは臣下として王を支える。彼自身もまた足元がふらついていたが、臣下の矜持として、決して膝を折ることはなかった。
私は双剣に手を置き、ミナヅキに問いかける。
「今から行うことは、外側にいる者たちに相当な恐怖を与える」
「……何?」
「ミカガミ殿は対象者であるため、それを感じぬが、君は恐怖を前に心を壊すかもしれないぞ」
「あなたが何をするつもりなのかわかりませんが、王を支える私が恐怖を前に逃げ出すなど、絶対にない!!」
「ふふ、そうか。その強い心があれば、問題なかろう。だが、魔導士たちは下げた方がいい」
言葉を受け取り、ミナヅキは軽く片手を振って、八人の魔導士と女中たちを十字路の出入り口近くまで下げた。
一方、イロハもまた、メールたちに指示を与えているようだ。
「皆さん、私のそばへ。吞み込まれないように」
「ねぇ、イロハ、一体何が始まるの?」
「アルトの寿命がどうとか言っていたが、大丈夫なのか?」
「イロハちゃん……アルト様は?」
「大丈夫でありません……。だけど、止められないんです」
そう言って、彼女は三人へ振り返った。
彼女の言葉は震え、その声は涙を表す。
だが、瞳からは一滴の涙も落ちず、潤む瞳すらもなく、ただどこまでも真っ直ぐで、感情を伴わない人形のような空白の瞳を見せる。
三人は底知れない『無』の瞳を前に、押し黙ってしまった。
――場は整い、私は双剣へ手を置いた。
双剣は淡い白の輝きを放つ靄を生み、それが周囲に漂い始める。
靄に包まれる中で、私はミカガミにこう呼びかけた。
「女王ミカガミよ、健康だった自分を思い起こせ! 青空の下で、暖かな日差しを浴びる自分の姿を!!」
「随分と奇妙なことをさせるのですね。わかりました、健康だった頃の自分を思い描きましょう」
彼女は瞳を閉じて、想起の世界に微睡む。
「病に倒れる前は、空中庭園の花たちを世話したものです」
「そうですか。さらに深く、力の漲る己を描いてください。あなたの心が病を退け、私の一助となりますから」
「では、さらに深く……」
彼女は瞳を閉じたまま、何かを思い出したようで微笑みを浮かべた。
「そう言えば昔、ウサギを追いかけて、迷子になってしまったことがありました。お城で追いかけっこをして母から叱られたことも。十八の頃に剣を手にし、近衛兵たちの鍛錬に交じっていたら、父から怒られてしまったことも。ああ、あの頃の私は本当に自由だった」
白い靄たちはミカガミの周りに集まり、彼女のイメージを現実に近い鮮明なものへと誘っていく。
私は痛みを忘れ、微睡みに身を委ねる彼女の姿を目にして、ついに――剣を抜いた。
左の腰より、剣を抜く。
「可能性を食らう剣――空刎剣アルセラ !」
引き抜かれた短剣は高貴な紫の輝きに包まれ、剣の姿をした光の刃となる。
右の腰より、剣を抜く。
「命を食らう剣――時滅剣ナストハ!」
引き抜かれた短剣は威風堂々たる黄金の輝きに包まれ、剣の姿をした光の刃となる。
紫と黄金の光に包まれた剣を両手に持ち、私は徐々に近づけていく。
「希望と命の力を湛えし剣よ、二対にして『零』の力となりて、ここに顕現せよ! さぁ、名を叫ぼう。この世に非ざることを常とする存在。絶対禁忌なる力。数多が求め、数多が恐れ、ついには数多が逃奔する。その名は――――!」
――運命!!
禁忌の名を唱えた瞬間、紫と黄金の光が螺旋を描きながら収束し、輪郭の定まらぬ刃を形作る。
刀身の中心には世界の外側を覗くような空白が走り、見つめるほど形が変わっていく。
これは観測する者によって形状が変化する――力。
私が剣をイメージするとそれに『運命』は応え、剣の形と成す。
その瞬間、周囲の音が吸い込まれるように消えた。
剣の姿は光を一切返さない漆黒の刃。それはまるで、世界の色そのものを呑み込むような深い黒。
柄からは、生き物のような脈動が伝わってくる。
漆黒の刀身の奥底では形を持たない何かが、こちらを覗き返しているように感じ、胸の奥がざわつくような嫌悪感が走った。
私は手にしてはならぬ禁忌の力『運命』を両手で握り締めて、大きく振り上げた。
「女王ミカガミ! あなたの逃れられない死の運命を、この刃で――斬り伏せる!!」
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