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第二章 世界を書き換える力
第50話 世界を書き換える力
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運命……。
振り上げた刃からは禁忌の力が漆黒の粒子となって溢れ出し、周囲に拡散していく。
漆黒の粒子に触れた者から順に、輪郭が一瞬だけ揺らぎ、存在が薄膜のように透けて見えた。
女中の一人が、絶望に満ちた叫び声を上げる。
「いやぁあぁぁぁぁ! あああああああ! 違う違う、私はここにいるのぉぉぉ!!」
取り乱す彼女だが、そばにいた魔導士は彼女を一瞥もしない。
「うぐぐぐぐう」
「なんだ、この力は?」
「私たちが、否定される……?」
彼らは両手で強く己を抱き、自分という存在がたしかに『ここにある』のだと、必死に証明しようとしていた。
――存在そのものが揺らぐような根源的な恐怖が、場を支配していく。
勇者ミナヅキもまた『運命』を前に、幼子のような震えを見せていた。
「あ、あああ、なんですか、これは……私は、存在して、存在しない?」
「しっかりしろ、ミナヅキ! 女王を支えるのが臣下の矜持なのであろう!!」
「――っ!? そうだ、私が支えねば!!」
ミナヅキは女王を支えるために後ろから彼女を強く抱きしめる。だがそれは、支えるというよりも縋りに近いものだった。
恐怖が彼の心を奪い、温かな実体を求めて、両手に触れようとする行為。
彼とは対照的に、抱きしめられた女王ミカガミはとても穏やかな微笑みを浮かべていた。
今、彼女は、自分が最も幸せだった瞬間に浸っているのだろう。
健康で、恐れや迷いなどを知らなかった、かつての自分を。
後ろからは、アマネたちの怯える声が届く。
「な、な、なんなの、あの力。わからないけど、ダメよ、こんなの、ここにあっては駄目……」
「し、信じられん。この俺が恐怖を覚えるだと。心が、あの力の前に屈しようとしている」
「これは、外側の……そんな……神様だって、こんな力、使えない」
一人冷静なイロハが三人へ声をかける。
「皆さん、もっと私のそばへ。アルト様にもう少しだけ近づきましょう」
「ち、ちかづく!?」
「ば、馬鹿なそんな真似をすれば、俺たちは……俺たちは……何だというのだ?」
「認識に、干渉されて……ううん、世界があやふやになってる」
「そのあやふやに吞み込まれないためにも、近づく必要があるんです。大丈夫、私がいますから、皆さんを守ってあげられます。さぁ、恐れず、アルト様の下へ」
ここでイロハは言葉を発さず、唇だけを動かした。
――あなた方を×××させて××います。××××ない、私のために――
唇の動きだけでは全てを読めず、彼女の言葉は不気味なほど不明瞭だった。
――私は意識を『運命』に集中させる。
「では、ミカガミ殿、心の準備はよいか?」
問いかけるが、彼女は両眼を閉じたまま微睡みの世界に心を置いているようで、返事はない。
「ふふ、良い傾向だ。では――運命よ、この絶望の世界を否定し、見事、斬り裂いて見せよ!!」
私はミカガミに向かって、漆黒の刃を振り下ろした。
その瞬間、漆黒の粒子が同心円状に広がり、世界に浸透していく。
粒子は流れる風のように城内を通り抜け、カイリ国を埋め尽くし、ルミナにまで届く。
さらには帝国へ及び、大陸を呑み込み、海を渡り、世界を包む。
星から飛び出し、星々を飲み込みながらも何ひとつ破壊せず、ただ貪欲に塗り潰していった。
……黒の粒子たちが揺らぎ、霧散していく。
私は片膝をついて、大きく息を吐き出した。
「はぁ~~~~、これはきついな」
「アルト様!!」
駆け寄ろうとしたイロハに片手を向けて、大事ないと伝えつつ、一人で立ち上がる。
「ふふ、大丈夫だ。軽い眩暈を覚えただけだからな」
「その眩暈は、命の輝きが失われた証なんですよ!」
「そうだな。だが、感覚的には三、四年程度だろう。その命で得たものは――――大きい」
私は正面に立っている女王ミカガミを見据えた。
そこに、病に侵され、生気を失っていた老女の姿は、もうなかった。
ミカガミは大きく呼吸をする。
「すぅぅぅ~、はあぁぁ~……苦しくない。とても、胸が軽い」
体を軽く左右に振る。
髪は瑞々しい青色へと生まれ変わり、周囲の空気が一度だけ逆流したように揺れた。
「痛くない。いえ、それどころか、とても軽やか。ふふふ、本当に病が……」
頬に触れれば、柔らかな弾力が指先に伝わる。そこには乾いた肌などどこにもない。
彼女は自らの両手を見つめ、その異変に気づき始める。
「これは……本当に私の手なのでしょうか? こんな、染みも皺も、一つもない手なんて……」
それに私はこう答えを返した。
「フフフ、どうやらあなたは健康な自分を思い描く過程で、それが『若さ』に繋がったのでしょう。お嬢さん」
私へ振り返った女王ミカガミは、長いまつ毛の下に美しいラピスラズリのような瞳を輝かせていた。
彼女は潤いに満ちた薄桃色の唇を緩ませ、微笑みを作る。
その姿は……年老いた女性ではなく、十代後半の少女そのものだった。
その姿を目にしたアマネが素っ頓狂な声を上げた。
「はぁぁあああ!! ど、ど、ど、どどどどどどういうこと?」
しかし、その声を上書きするように、絶叫にも似た魔導士や女中たちの声が城内に響き渡った。
「陛下がご快復された!!」
「おおおおお! なんと美しい! まさに、ご発病前の陛下のお姿だ!」
「アルト、いや、アルト様が陛下のご病気を取り除かれたのだ!!」
彼らは声を張り上げ、ミカガミと私を讃え続ける。
これにアマネがツッコミを入れようとしたが……それをイロハが抑えた。
「いやいやいや、病気以前に、おばあちゃんが女の子になってるじゃない!」
「アマネさん。彼らは、それがもう、わからないんです」
「はい?」
「アルト様の近くにいた私たちやミナヅキ様以外は、年老いたミカガミ女王陛下の存在そのものを、知らないのです」
イロハはミナヅキに顔を向けた。
その彼は、自分よりも数歳は年下となった女王を前に、言葉が言葉として出てこない様子。
「ほほほほ、ええええ、いや、な、、、なにが起こって……? 本当に陛下?」
「あら、失礼ですね。とても私を支えてくれると言ってくれた臣下とは思えない態度だこと」
「えっと、その、申し訳ございません。しかし、一体何が?」
「私も理解は及びませんが、病に打ち勝つために、アルト様が若い私を、この世界に誕生させたのでしょう」
これに私は、端的にこう返す。
「ふふ、そんなところです」
しかし、このやり取りに納得できないアマネが、さらに重ねて声を上げた。
「だから、はいそうですかって納得できることじゃないでしょ!」
「はいそうです。と、させる力が『運命』という力なのですよ、アマネさん」
「イロハ?」
イロハはアマネに顔を向ける。
そして、彼女と彼女の背後にいるギドラとメールの姿を赤い瞳に映し、淡々と語り始めた。
「『運命』という力は、神を含む超越者たちが禁忌と定めた力。その力は『そうだ』とさせる力。一切の矛盾なく、世界が初めからそうだったとさせる、絶対強制力を持った力なのです」
「絶対の、強制力?」
「はい」
イロハは女王の快復を喜ぶ魔導士たちを見つめる。
「彼らにとって女王ミカガミ様は初めから若かった。若くして不治の病にかかり、それをアルト様が救った。そう理解しているのです。いえ、彼らだけではありません」
イロハは遠く北を見つめたかと思うと、天井を見上げ、遥か先にある空を睨みつける。
「帝国も、人間諸国も、ミカガミ様は若い女性だと認識している。神もまた同じ。そう、宇宙に存在するあらゆる者たちが、ミカガミ様は若いという世界が初めからあったと認識しているのです」
アマネは声に怯えを乗せて、言葉を震わせる。
「な、なんなの、その力は……?」
「そうですね……この、運命という力を一言で表すならば――」
――世界を書き換える力――
この一言を前に、メールとギドラが目を見開き、私を見つめてくる。
(神様を……超える力。そんなの、絶対にあってはならない力。どうして、アルト様がそんな力を……)
(世界の書き換えだと!? それが可能だというのならば、アルトは世界を自由に書き換えらえるということではないか――いや、対価は寿命だったな。だが、そうだ、しかし、その気になれば……どちらにせよ、捨て置けぬ力だ!!)
彼らは一様に驚きを見せている。だが、無理もない。
対価は寿命とはいえ、理を根本から否定する力なのだからな。
混乱と喜びが渦巻く……その中で、アマネはなぜかイロハを見つめていた。
それは疑念が混じるような、鋭い瞳。気のせいだろうか?
振り上げた刃からは禁忌の力が漆黒の粒子となって溢れ出し、周囲に拡散していく。
漆黒の粒子に触れた者から順に、輪郭が一瞬だけ揺らぎ、存在が薄膜のように透けて見えた。
女中の一人が、絶望に満ちた叫び声を上げる。
「いやぁあぁぁぁぁ! あああああああ! 違う違う、私はここにいるのぉぉぉ!!」
取り乱す彼女だが、そばにいた魔導士は彼女を一瞥もしない。
「うぐぐぐぐう」
「なんだ、この力は?」
「私たちが、否定される……?」
彼らは両手で強く己を抱き、自分という存在がたしかに『ここにある』のだと、必死に証明しようとしていた。
――存在そのものが揺らぐような根源的な恐怖が、場を支配していく。
勇者ミナヅキもまた『運命』を前に、幼子のような震えを見せていた。
「あ、あああ、なんですか、これは……私は、存在して、存在しない?」
「しっかりしろ、ミナヅキ! 女王を支えるのが臣下の矜持なのであろう!!」
「――っ!? そうだ、私が支えねば!!」
ミナヅキは女王を支えるために後ろから彼女を強く抱きしめる。だがそれは、支えるというよりも縋りに近いものだった。
恐怖が彼の心を奪い、温かな実体を求めて、両手に触れようとする行為。
彼とは対照的に、抱きしめられた女王ミカガミはとても穏やかな微笑みを浮かべていた。
今、彼女は、自分が最も幸せだった瞬間に浸っているのだろう。
健康で、恐れや迷いなどを知らなかった、かつての自分を。
後ろからは、アマネたちの怯える声が届く。
「な、な、なんなの、あの力。わからないけど、ダメよ、こんなの、ここにあっては駄目……」
「し、信じられん。この俺が恐怖を覚えるだと。心が、あの力の前に屈しようとしている」
「これは、外側の……そんな……神様だって、こんな力、使えない」
一人冷静なイロハが三人へ声をかける。
「皆さん、もっと私のそばへ。アルト様にもう少しだけ近づきましょう」
「ち、ちかづく!?」
「ば、馬鹿なそんな真似をすれば、俺たちは……俺たちは……何だというのだ?」
「認識に、干渉されて……ううん、世界があやふやになってる」
「そのあやふやに吞み込まれないためにも、近づく必要があるんです。大丈夫、私がいますから、皆さんを守ってあげられます。さぁ、恐れず、アルト様の下へ」
ここでイロハは言葉を発さず、唇だけを動かした。
――あなた方を×××させて××います。××××ない、私のために――
唇の動きだけでは全てを読めず、彼女の言葉は不気味なほど不明瞭だった。
――私は意識を『運命』に集中させる。
「では、ミカガミ殿、心の準備はよいか?」
問いかけるが、彼女は両眼を閉じたまま微睡みの世界に心を置いているようで、返事はない。
「ふふ、良い傾向だ。では――運命よ、この絶望の世界を否定し、見事、斬り裂いて見せよ!!」
私はミカガミに向かって、漆黒の刃を振り下ろした。
その瞬間、漆黒の粒子が同心円状に広がり、世界に浸透していく。
粒子は流れる風のように城内を通り抜け、カイリ国を埋め尽くし、ルミナにまで届く。
さらには帝国へ及び、大陸を呑み込み、海を渡り、世界を包む。
星から飛び出し、星々を飲み込みながらも何ひとつ破壊せず、ただ貪欲に塗り潰していった。
……黒の粒子たちが揺らぎ、霧散していく。
私は片膝をついて、大きく息を吐き出した。
「はぁ~~~~、これはきついな」
「アルト様!!」
駆け寄ろうとしたイロハに片手を向けて、大事ないと伝えつつ、一人で立ち上がる。
「ふふ、大丈夫だ。軽い眩暈を覚えただけだからな」
「その眩暈は、命の輝きが失われた証なんですよ!」
「そうだな。だが、感覚的には三、四年程度だろう。その命で得たものは――――大きい」
私は正面に立っている女王ミカガミを見据えた。
そこに、病に侵され、生気を失っていた老女の姿は、もうなかった。
ミカガミは大きく呼吸をする。
「すぅぅぅ~、はあぁぁ~……苦しくない。とても、胸が軽い」
体を軽く左右に振る。
髪は瑞々しい青色へと生まれ変わり、周囲の空気が一度だけ逆流したように揺れた。
「痛くない。いえ、それどころか、とても軽やか。ふふふ、本当に病が……」
頬に触れれば、柔らかな弾力が指先に伝わる。そこには乾いた肌などどこにもない。
彼女は自らの両手を見つめ、その異変に気づき始める。
「これは……本当に私の手なのでしょうか? こんな、染みも皺も、一つもない手なんて……」
それに私はこう答えを返した。
「フフフ、どうやらあなたは健康な自分を思い描く過程で、それが『若さ』に繋がったのでしょう。お嬢さん」
私へ振り返った女王ミカガミは、長いまつ毛の下に美しいラピスラズリのような瞳を輝かせていた。
彼女は潤いに満ちた薄桃色の唇を緩ませ、微笑みを作る。
その姿は……年老いた女性ではなく、十代後半の少女そのものだった。
その姿を目にしたアマネが素っ頓狂な声を上げた。
「はぁぁあああ!! ど、ど、ど、どどどどどどういうこと?」
しかし、その声を上書きするように、絶叫にも似た魔導士や女中たちの声が城内に響き渡った。
「陛下がご快復された!!」
「おおおおお! なんと美しい! まさに、ご発病前の陛下のお姿だ!」
「アルト、いや、アルト様が陛下のご病気を取り除かれたのだ!!」
彼らは声を張り上げ、ミカガミと私を讃え続ける。
これにアマネがツッコミを入れようとしたが……それをイロハが抑えた。
「いやいやいや、病気以前に、おばあちゃんが女の子になってるじゃない!」
「アマネさん。彼らは、それがもう、わからないんです」
「はい?」
「アルト様の近くにいた私たちやミナヅキ様以外は、年老いたミカガミ女王陛下の存在そのものを、知らないのです」
イロハはミナヅキに顔を向けた。
その彼は、自分よりも数歳は年下となった女王を前に、言葉が言葉として出てこない様子。
「ほほほほ、ええええ、いや、な、、、なにが起こって……? 本当に陛下?」
「あら、失礼ですね。とても私を支えてくれると言ってくれた臣下とは思えない態度だこと」
「えっと、その、申し訳ございません。しかし、一体何が?」
「私も理解は及びませんが、病に打ち勝つために、アルト様が若い私を、この世界に誕生させたのでしょう」
これに私は、端的にこう返す。
「ふふ、そんなところです」
しかし、このやり取りに納得できないアマネが、さらに重ねて声を上げた。
「だから、はいそうですかって納得できることじゃないでしょ!」
「はいそうです。と、させる力が『運命』という力なのですよ、アマネさん」
「イロハ?」
イロハはアマネに顔を向ける。
そして、彼女と彼女の背後にいるギドラとメールの姿を赤い瞳に映し、淡々と語り始めた。
「『運命』という力は、神を含む超越者たちが禁忌と定めた力。その力は『そうだ』とさせる力。一切の矛盾なく、世界が初めからそうだったとさせる、絶対強制力を持った力なのです」
「絶対の、強制力?」
「はい」
イロハは女王の快復を喜ぶ魔導士たちを見つめる。
「彼らにとって女王ミカガミ様は初めから若かった。若くして不治の病にかかり、それをアルト様が救った。そう理解しているのです。いえ、彼らだけではありません」
イロハは遠く北を見つめたかと思うと、天井を見上げ、遥か先にある空を睨みつける。
「帝国も、人間諸国も、ミカガミ様は若い女性だと認識している。神もまた同じ。そう、宇宙に存在するあらゆる者たちが、ミカガミ様は若いという世界が初めからあったと認識しているのです」
アマネは声に怯えを乗せて、言葉を震わせる。
「な、なんなの、その力は……?」
「そうですね……この、運命という力を一言で表すならば――」
――世界を書き換える力――
この一言を前に、メールとギドラが目を見開き、私を見つめてくる。
(神様を……超える力。そんなの、絶対にあってはならない力。どうして、アルト様がそんな力を……)
(世界の書き換えだと!? それが可能だというのならば、アルトは世界を自由に書き換えらえるということではないか――いや、対価は寿命だったな。だが、そうだ、しかし、その気になれば……どちらにせよ、捨て置けぬ力だ!!)
彼らは一様に驚きを見せている。だが、無理もない。
対価は寿命とはいえ、理を根本から否定する力なのだからな。
混乱と喜びが渦巻く……その中で、アマネはなぜかイロハを見つめていた。
それは疑念が混じるような、鋭い瞳。気のせいだろうか?
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