滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

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第二章 世界を書き換える力

第52話 同盟締結

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――五日後


 若き女王ミカガミの下、カイリ国の内政が急ピッチに再編され、立て直されていく。
 また外交においても、ルミナにとって歴史上あり得ないレベルで有利な、極めて重要な同盟の話し合いが行われた。


 その締結は驚くほどスムーズであり、内容はルミナという小国を、掌中の珠のごとく守護するものとなった。



 以下が、その同盟規約の抜粋である。あまりに小難しく、儀礼的な文言が続くため、あとにアマネが国民への布告用にまとめた『概略』も併記されている。


 
1――安全保障の相互保障<双紋の盟誓の誓文>

 両国は、いずれか一方が外敵の刃に晒されし時、これを自国の安寧に対する脅威と見なし、盟約に従い、力を合わせてこれを退けるものとする。
 両国は、軍勢の派遣、魔術の援助、魔道具の供与、あるいは賢者の知恵を含む、あらゆる助力を惜しまぬことを誓う。
 本盟誓に基づく行動は、大地の均衡と諸国の調和を守るためにのみ行われ、いずれの王権や自治を侵すものではない。  


2――経済的利益の一方的提供<黄金の恵与の定め>

 カイリ国は、友邦たるルミナ国に対し、交易の門を広く開き、宝貨・穀物・工芸の利を惜しみなく授けるものとする。
 ルミナ国はその恩恵を受けるにあたり、いかなる貢納も強いられず、ただ両国の繁栄を願う心をもって応えるのみとする。


3――インフラ・技術支援の無償提供<大地を繋ぐ無償の礎>

 カイリ国は、道を拓き、橋を架け、魔導の灯をともす技を、友邦ルミナに無償で授ける。
 その工匠、魔導士、賢者たちは、契りに従い、友邦の地に赴き、国造りの礎を共に築くものとする。
 この施しに対し、ルミナはいかなる代価も負わず、ただ感謝の意を示すのみでよい。 


4――内政不干渉<主権の聖域の掟>

 いかなる時も、カイリ国は友邦ルミナの王権・評議・自治を侵さず、内政に干渉することを禁ずる。
 ルミナの領土と法は、古き森の結界のごとく不可侵とされ、その決定はすべて友邦自身の意志に委ねられる。
 この聖域を破る行為は、盟誓そのものへの冒涜と見なされる。 
 

5――国際社会での代弁<戦声の代呼の章>

 カイリ国は、諸国の評議の座において、また戦雲立ちこめる時においても、友邦ルミナの声を己が咆哮として掲げる。
 友邦の訴え、願い、正義は、カイリ国の強き言葉と威光によって諸国へ轟き渡り、いかなる大国といえども耳を塞ぐことあたわぬものとする。
 かくして両国の意志は一つの戦声となり、世界の秩序に刻まれる。


6――ルミナのみが容易に同盟破棄できる<解き放たれし盟約の条>

 友邦ルミナは、望むとき、月の満ち欠け一巡の猶予をもって、この盟約より離れる自由を持つ。
 カイリ国はその決断を尊重し、いかなる報復も、束縛も行わぬものとする。
 ただしカイリ国は、盟誓の名のもとに、友邦が再び助力を求めるならば、門を閉ざさず迎え入れる。


 次に、長くて読みづらいと感じる国民向けの同盟規約だ。(著:アマネ)

1・どっちかが襲われたら、もう片方も全力で助けに行くって約束。
2・カイリがルミナにめっちゃ経済的に優しくしてくれる、ほぼタダ乗りみたいなやつ。
3・道も橋も魔導設備も、全部カイリがタダで作ってくれる。
4・カイリはルミナの政治に一切口出ししないっていう、超ありがたい約束。
5・ルミナの言いたいことを、カイリが世界(人間諸国)に向けてドーンと叫んでくれる。
6・ルミナはいつでも同盟を抜けてOK、しかも怒られないという破格の自由。


 この文章を見て、私は思わず呟いた。
「……確かに分かりやすいが、ここまで軽くてよいのだろうか?」
 すると、アマネとイロハが平然と返してきた。


「あのねぇ、庶民は小難しい話なんて読んでる暇はないの。日々の生活が忙しいんだから」
「わかりやすい方が、たくさんの人々の理解を呼びます。よろしいのではないでしょうか?」

「ふむ……二人がそう言うのであれば、帰国次第、このアマネの概略を同盟本文とともに王国布告書に掲載するとしよう」


 私はもう一度だけ同盟規約に目を落とした。
 条文は『姫を守る騎士』のごとく、ルミナという国を全力で保護する姿勢に満ちている。


 この内容を女王ミカガミから伝えられた時には、カイリ国の国民は不満を覚えるのではないだろうかと、一抹の不安がよぎった。
 
 しかし彼らは、不治の病に冒されていた若き女王ミカガミを救った『救世主』として、魔王である私を快く受け入れたのだ。
 
 今でも思い出す。あのバルコニーでの光景を……。


――三日前


 城の中央広場に突き出た巨大なバルコニー。
 眼下には、ルミナでは絶対に見ることのできない、数十万という膨大な数の群衆が集まっていた。


 女王ミカガミは長らく触れられなかった王笏おうしゃくを、自らの手でしっかりと握る。病に曇っていたオーラが晴れ、王家特有の輝きを宿す姿に、民衆はあらん限りの声を上げていた。

「女王ミカガミ様!」
「本当に、本当にお元気になられた!!」
「これでカイリ国はもう大丈夫だ!!」

「「「カイリ国、万歳!! カイリ国、万歳!! カイリ国、万歳!!」」」


 声たちは連なり、波打ち、天地を震わせる。
 痺れを覚えるほどの声たちを前に、私は圧倒されてしまった。
 しかしそれを、女王ミカガミは変わらない日々の会話のように受け取っている。
 
 その姿に私は、ルミナとカイリの差を見てしまう。
(大国と小国では、多くが違うのだな)

 女王は、私にバルコニーの前に立つよう手招きをした。
 見たこともない数の民衆。しかも、それは本来敵対しているはずの人間たち。
 正直に言えば、腰が引けていた部分もあった。


 だが――私はルミナの象徴であり、王なのだ!


 ルミナの威風を損なわぬよう胸を張り、毅然と歩み出る。
 ミカガミが凛とした声で、私の名を呼んだ。

「この方がルミナの王! 魔王アルト=ラウ=オーシャン!! 死の水底みなそこより、慈愛と信頼と勇猛の力を宿した手で私を救ってくれました。いえ、私のみならず、カイリの未来までも救っていただいた救世主です!!」

 私に数十万の瞳が一斉に注がれた。
 その途端、熱狂は一瞬にして止み、広場は完全な無言に包まれた。


(やはり、魔族の王に抵抗があるようだな)

 内心でそう身構えた、その時――。


 民衆の一人が、静かに膝を折り、深くこうべを垂れた。
 また一人、また一人……波が広がるように、数十万の人間が音もなく跪き、私に向かって沈黙の感謝を捧げていく。



 女王には、沸き立つような『熱狂』という喜びを。
 そして私には、『静謐』という名の感謝を捧げたのであった。
 いや……その静けさは、感謝というよりも、どこか祈りにも似ていた。
 まるで、私という存在を畏れ敬うように……。
 
 私は無意識に、腰の双剣へ触れる。

 こうべを垂れる民衆の姿を前に、胸の奥で何かがざわりと揺れた。これは本当に彼らの意思なのか――そんな疑念が、一瞬だけ脳裏をかすめた。
 なぜ、そんなことを考えてしまったのだろう?

 彼らは救われたのだ。私は彼らを救った。その感謝を、ただ真っ直ぐに受け取ればいいはずなのに。
 双剣から伝わる微かな脈動が、私の指先を冷たく濡らしたような気がした。その冷たさはすぐに消えた。だが、消えたこと自体が、妙に胸に引っかかった。
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