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第四章 運命の歯車は音もなく回り始める
目は眩んでないよ……本当だってっ
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「団長! 団長はヤツハさんをなんだと思っているんですか!? ヤツハさん! こんな依頼に耳を貸す必要はありませんよ!」
フォレは声を荒げてサシオンに詰め寄る。
その姿に、俺は驚きと同時に心が熱を帯びた。
彼は常にサシオンを尊敬している様子を見せている。
そんな彼が、出会って間もない俺のために怒ってくれるなんて……。
(妙な感覚だ。嬉しいと感じてる。フォレが俺のために本気で怒っていることを……)
フォレの背中に目を向けながら、思わず口元が緩んでしまう。
だけど、今はその心地よい感情に浸かっている場合じゃない。
俺は顔を引き締めて、フォレの肩を掴んだ。
「フォレ、ありがとう。だけど、もう少しだけ団長の話が聞きたい」
「ヤツハさん、聞く必要なんてっ」
「フォレよ、下がれ。ヤツハ殿は続きを所望しておるのだ」
サシオンは言葉に力を込めて、フォレを叱咤する。語気は強いが怒っている様子は感じない。
しかし、フォレは体をびくりと跳ね上げて、後ろへと後ずさっていく。
俺は逞しい背中が視界から消えてしまう前に、自ら彼の前に出る。
そして、サシオンに冷たい目を見せながら、続きを尋ねる。
「サシオン団長。あんたの言い分はわかった。俺みたいなどこの馬の骨だかわからん奴は、いざという時にあっさり切れるからな。だけど、それだけじゃ足らない。なぜ、俺なんだ?」
俺は調査に対して疑いの目がかかりにくく、しっぽ切りしやすい人材。
そうだとしても、王族であるカルアを取り締まるという話をするにはリスクが高すぎる。
サシオンは俺に向けていた鋭い視線を緩め、目元を和らげる。
「ヤツハ殿の能力を評価したからだ」
「俺の能力?」
「短期間で街の者の心を掴んだ魅力。諍いを収める手腕、気っ風の良さ。非の打ちどころのない規制案。そして、遠謀の目。私はヤツハ殿の才を評価し、信頼のおける人物とみる」
「随分と持ち上げているが、要は調査する人材としては申し分ない能力を持っていて、いざという時、見捨てても惜しくない存在ってわけだ」
「そのとおりだ。だが、あくまでもいざという時だ。ヤツハ殿に頼む仕事内容は、そのような事態に陥ることはないと思っている。しかし、絶対ではない。そこで、私の申し出を受け入れてくれるのならば、それなりの支度金を用意するつもりだ」
サシオンは席を立ち、後ろに置いてあった飾り気のない木の小箱を手に取る。
そして、箱を机の上に置き、蓋を開いた。
――眩く輝く光が、俺の瞳を黄金色に染めていく。
「支度金のほかに、別途依頼料も支払う所存だ。どうだ、受けてくれぬか?」
「はい、よろしくお願いいたしますっ!」
間髪を入れずに快く返事をする。
すると、フォレが取り乱して声を荒げた。
「ちょっと、ヤツハさん! 何を言っているんですか!?」
「だって、ムッチャ大金やん。これは受けるだろ!」
「いくら何でもお金に目が眩み過ぎですよ! もう少し、冷静に!」
「冷静だよ。ふふふ、こんだけあれば、あれもこれも買える」
俺は燦爛たる小箱を両手で包み、頬ずりをする。その様を見てフォレは頭を抱えているが、そんなこと知ったことではない。
この輝きを知った今、手放せるわけがない。
サシオンはやんわりと笑顔を浮かべる。
「こちらの申し出を受ける。ということで、よいか?」
彼は笑顔の中に虎視を交えている。
この大金……やはりと言うべきか。
「受けるしかないだろ。こんな大金見せられたら。な、サシオンっ」
「ふふ、よろしく頼む」
嫌味を込めて呼び捨てにしてやったのに、彼は涼し気に笑う。
なんとも嫌な奴だ。
「ふん。で、具体的な仕事内容は?」
「それは後日伝える。仕事の話はここまでにしておこう」
「まだ、何か?」
「ヤツハ殿が話を受けた場合、フォレから頼みごとをされていてな」
「フォレから?」
フォレへ視線を移すと、彼は眉を顰めながら首を少し斜めに向けた。
まだ、俺が仕事を受けたことに納得していないみたいだ。
彼は気持ちを入れ替えるように大きく息を吐いて、声を出す。
「この仕事には危険が伴う可能性があります。そこで、ヤツハさんには戦う術を学んでもらいたいんです」
「ああ、なるほどね」
依頼内容は基本的に街の人の聞き込みとはいえ、先にあるのは王族の関係者の臓腑。何が起こるかわからない。
最低限、自分の身を守れるくらいのことは学んでいた方がいい。
「それをフォレがサシオンに頼んだ……ということは、フォレが俺に教えてくれるってこと?」
「はい。ですが、私が教えるのは剣術や武術などです。魔法に関してはエクレルという魔導の先生に協力してもらおうかと」
「魔法? 俺は魔法なんか使ったことないけど」
「魔法の方は、まず適性検査を受けていただいて、それからの判断ですね」
「適性検査? そんなもんがあるんだ。でもさ、普通どれか一つくらいじゃん? なんでまとめて詰め込もうとするかなぁ」
「人にはどんな才能があるかわかりませんから。あ、でも、少なくともヤツハさんには剣術や武術に関する才があると思いますよ」
「なんで?」
「盗賊団相手に立ちまわっていた際、ヤツハさんの動きを遠くからですが拝見していました。一度も剣を持ったことのない方にしては、非常に勘の良い動きをしていましたから」
「そっかぁ。なんか照れるなぁ」
お地蔵様のおまけで身体機能が向上しているとはいえ、誰かに面と向かって誉めらえたことのない俺にとって、才能があるという言葉は面映ゆい。
それに異世界と言えば、剣と魔法。
それらの一端を使えるのならば、使ってみたいというのが正直なところだ。
魔法に関しては適性検査次第だけど。
「フォレ。それの訓練って、いつから? どこでやるの?」
「明日の朝から。南地区にあるエクレル先生のお屋敷で」
「朝から……どのくらい朝なの?」
「できれば、日の昇る前から。あまり人に知られたくないので」
俺が依頼された仕事は密偵のような仕事。
騎士団と直接関係があることは、あまり人に知られない方がいいというわけだ。
でも、朝。
しかも、日が昇る前というのはいささかしんどいのでは?
「あの~もう少し、時間何とかなりませんかねぇ?」
「申し訳ありません。私も仕事がありまして。たしかに早朝から大変でしょうが、毎日ではありませんのでご安心を。ただ、私たちの時間とヤツハさんの時間の都合がつけば、朝以外でもお付き合い願うことになりますが」
「あ、ああ、そうなんだ……」
となると、今後の俺の毎日は地獄のような忙しさになるんじゃ……。
早朝から修行。その後、トルテさんから依頼された仕事をこなしつつ、街の人たちに聞き込み。宿屋が忙しければ、ウエイトレスの仕事。時間が空いて、フォレの都合がつけば、また修行。
これ……ダメじゃん。
(くそ、ゴロゴロするどころじゃないぞ。本当ならサシオンの仕事は断るべきなんだけど)
脇に抱えた大金の入った小箱に目を向ける。
大金は惜しい。しかし、惜しかろうが断るつもりだった。
でも……これは断れない。
この小箱は、断れないようにサシオンが打ったえげつない手だから。
とはいえ、やはり、一人でこなすにはやることが多すぎる。協力者が必要だ。
「あのサシオン。仕事のことだけど、誰かに手伝ってもらっても大丈夫?」
「当然だ、支度金にはその意味も含まれている。人材の選定はヤツハ殿に任せよう」
「雇い料ってことか。たしかにこの金額。俺に仕事の話を飲ませるだけにしては、多すぎるしな。でも、人材の選定を俺に任せてもいいの? 一応、秘密裡の話だろ?」
「それだけヤツハ殿を買っている。と、取ってもらって構わない」
「ほんとかなぁ? まぁ、いいや。話はこれで終わり?」
「ふむ、私からはない」
サシオンは視線をフォレに送る。
「私からもありません」
「そっか。サシオン。あんた、思いのほか切羽つまってるんだな」
「なんのことかな?」
「ふふ、じゃ帰るわ」
「ヤツハさん、お送りしましょうか?」
「ありがとう、フォレ。でも、一人で帰れるよ。じゃねっ」
俺は大金が入っている見た目はしょうもない木の小箱をわきに抱えて、部屋を出た。
執務室の扉の前で、仕事が楽になりそうな……もとい、役に立ちそうな人材を思い浮かべる。
と言っても、一人しかいないが。
(アプフェルに手伝いをお願いするか。あいつなら騎士団とも関係あるし、問題ないだろ)
――サシオン執務室
ヤツハが部屋から出ていくと、フォレは彼女の影を追う視線を見せて呟いた。
「どうして受けたんですか、ヤツハさん。いくら大金を積まれようと断るべきだったのに」
彼の透明な言葉に、サシオンは優しく笑いを漏らす。
「ふふ、フォレは少々素直すぎるな」
「どういう意味ですか、サシオン団長?」
「ヤツハ殿は大金に目がくらみ、依頼を受けたわけではない。大金を積まれたから、仕方なく受けたのだ」
「仰っている意味がわかりませんが?」
「本来ならば内々で収めなければならない仕事。それを一般の者に依頼し、さらには大金を積む。そこでヤツハ殿は、私が絶対に断らせるつもりはないと悟ったのだよ」
「それって……あの大金は脅しってことですかっ?」
「そうなるな」
「なんてことをっ。何かしらの方法でヤツハさんの首を縦に振らせるだろうと思ってはいましたが……これが誉れ高き近衛騎士団の団長がやることですか!」
「如何なる誹りも甘んじて受けよう。だが、ヤツハ殿の指摘する通り、我らではカルアの尻尾を掴めぬ。これは苦肉の策なのだ。彼女なら、突破口を開いてくれるやもしれぬ」
「しかしっ」
「民の安寧のためならば、汚泥を啜ることも近衛騎士団としての役目。目に映ることだけが全てではない。綺麗ごとだけでは事は進まぬのだ」
「その結果、ヤツハさんの身が危険に晒されるかもしれないのに?」
「そうならぬように、しっかり稽古をつけてやるといい。もう、この話は止めるとしよう。今のお前では、私が何遍言葉を重ねようと納得すまい」
「当たり前です!」
フォレは瞳に純粋すぎる義憤を宿して、サシオンを睨みつける。
彼がこのような視線をサシオンにぶつけることは初めてだった。
それもそのはず。サシオンは今までフォレに、裏の顔を見せたことがない。
フォレにとって、近衛騎士団は正義の象徴。
騎士団を率いるサシオンは絶対正義の存在であった。
心を穿つフォレの視線。
しかしサシオンは、彼から受ける痛みを心地よく感じる。
「フォレよ。お前は本当にまっすぐだ。いや、常にまっすぐであろうとしている。そこがお前の良いところではあるが……ヤツハ殿の存在が、お前に良い影響を与えることを願っている」
フォレは声を荒げてサシオンに詰め寄る。
その姿に、俺は驚きと同時に心が熱を帯びた。
彼は常にサシオンを尊敬している様子を見せている。
そんな彼が、出会って間もない俺のために怒ってくれるなんて……。
(妙な感覚だ。嬉しいと感じてる。フォレが俺のために本気で怒っていることを……)
フォレの背中に目を向けながら、思わず口元が緩んでしまう。
だけど、今はその心地よい感情に浸かっている場合じゃない。
俺は顔を引き締めて、フォレの肩を掴んだ。
「フォレ、ありがとう。だけど、もう少しだけ団長の話が聞きたい」
「ヤツハさん、聞く必要なんてっ」
「フォレよ、下がれ。ヤツハ殿は続きを所望しておるのだ」
サシオンは言葉に力を込めて、フォレを叱咤する。語気は強いが怒っている様子は感じない。
しかし、フォレは体をびくりと跳ね上げて、後ろへと後ずさっていく。
俺は逞しい背中が視界から消えてしまう前に、自ら彼の前に出る。
そして、サシオンに冷たい目を見せながら、続きを尋ねる。
「サシオン団長。あんたの言い分はわかった。俺みたいなどこの馬の骨だかわからん奴は、いざという時にあっさり切れるからな。だけど、それだけじゃ足らない。なぜ、俺なんだ?」
俺は調査に対して疑いの目がかかりにくく、しっぽ切りしやすい人材。
そうだとしても、王族であるカルアを取り締まるという話をするにはリスクが高すぎる。
サシオンは俺に向けていた鋭い視線を緩め、目元を和らげる。
「ヤツハ殿の能力を評価したからだ」
「俺の能力?」
「短期間で街の者の心を掴んだ魅力。諍いを収める手腕、気っ風の良さ。非の打ちどころのない規制案。そして、遠謀の目。私はヤツハ殿の才を評価し、信頼のおける人物とみる」
「随分と持ち上げているが、要は調査する人材としては申し分ない能力を持っていて、いざという時、見捨てても惜しくない存在ってわけだ」
「そのとおりだ。だが、あくまでもいざという時だ。ヤツハ殿に頼む仕事内容は、そのような事態に陥ることはないと思っている。しかし、絶対ではない。そこで、私の申し出を受け入れてくれるのならば、それなりの支度金を用意するつもりだ」
サシオンは席を立ち、後ろに置いてあった飾り気のない木の小箱を手に取る。
そして、箱を机の上に置き、蓋を開いた。
――眩く輝く光が、俺の瞳を黄金色に染めていく。
「支度金のほかに、別途依頼料も支払う所存だ。どうだ、受けてくれぬか?」
「はい、よろしくお願いいたしますっ!」
間髪を入れずに快く返事をする。
すると、フォレが取り乱して声を荒げた。
「ちょっと、ヤツハさん! 何を言っているんですか!?」
「だって、ムッチャ大金やん。これは受けるだろ!」
「いくら何でもお金に目が眩み過ぎですよ! もう少し、冷静に!」
「冷静だよ。ふふふ、こんだけあれば、あれもこれも買える」
俺は燦爛たる小箱を両手で包み、頬ずりをする。その様を見てフォレは頭を抱えているが、そんなこと知ったことではない。
この輝きを知った今、手放せるわけがない。
サシオンはやんわりと笑顔を浮かべる。
「こちらの申し出を受ける。ということで、よいか?」
彼は笑顔の中に虎視を交えている。
この大金……やはりと言うべきか。
「受けるしかないだろ。こんな大金見せられたら。な、サシオンっ」
「ふふ、よろしく頼む」
嫌味を込めて呼び捨てにしてやったのに、彼は涼し気に笑う。
なんとも嫌な奴だ。
「ふん。で、具体的な仕事内容は?」
「それは後日伝える。仕事の話はここまでにしておこう」
「まだ、何か?」
「ヤツハ殿が話を受けた場合、フォレから頼みごとをされていてな」
「フォレから?」
フォレへ視線を移すと、彼は眉を顰めながら首を少し斜めに向けた。
まだ、俺が仕事を受けたことに納得していないみたいだ。
彼は気持ちを入れ替えるように大きく息を吐いて、声を出す。
「この仕事には危険が伴う可能性があります。そこで、ヤツハさんには戦う術を学んでもらいたいんです」
「ああ、なるほどね」
依頼内容は基本的に街の人の聞き込みとはいえ、先にあるのは王族の関係者の臓腑。何が起こるかわからない。
最低限、自分の身を守れるくらいのことは学んでいた方がいい。
「それをフォレがサシオンに頼んだ……ということは、フォレが俺に教えてくれるってこと?」
「はい。ですが、私が教えるのは剣術や武術などです。魔法に関してはエクレルという魔導の先生に協力してもらおうかと」
「魔法? 俺は魔法なんか使ったことないけど」
「魔法の方は、まず適性検査を受けていただいて、それからの判断ですね」
「適性検査? そんなもんがあるんだ。でもさ、普通どれか一つくらいじゃん? なんでまとめて詰め込もうとするかなぁ」
「人にはどんな才能があるかわかりませんから。あ、でも、少なくともヤツハさんには剣術や武術に関する才があると思いますよ」
「なんで?」
「盗賊団相手に立ちまわっていた際、ヤツハさんの動きを遠くからですが拝見していました。一度も剣を持ったことのない方にしては、非常に勘の良い動きをしていましたから」
「そっかぁ。なんか照れるなぁ」
お地蔵様のおまけで身体機能が向上しているとはいえ、誰かに面と向かって誉めらえたことのない俺にとって、才能があるという言葉は面映ゆい。
それに異世界と言えば、剣と魔法。
それらの一端を使えるのならば、使ってみたいというのが正直なところだ。
魔法に関しては適性検査次第だけど。
「フォレ。それの訓練って、いつから? どこでやるの?」
「明日の朝から。南地区にあるエクレル先生のお屋敷で」
「朝から……どのくらい朝なの?」
「できれば、日の昇る前から。あまり人に知られたくないので」
俺が依頼された仕事は密偵のような仕事。
騎士団と直接関係があることは、あまり人に知られない方がいいというわけだ。
でも、朝。
しかも、日が昇る前というのはいささかしんどいのでは?
「あの~もう少し、時間何とかなりませんかねぇ?」
「申し訳ありません。私も仕事がありまして。たしかに早朝から大変でしょうが、毎日ではありませんのでご安心を。ただ、私たちの時間とヤツハさんの時間の都合がつけば、朝以外でもお付き合い願うことになりますが」
「あ、ああ、そうなんだ……」
となると、今後の俺の毎日は地獄のような忙しさになるんじゃ……。
早朝から修行。その後、トルテさんから依頼された仕事をこなしつつ、街の人たちに聞き込み。宿屋が忙しければ、ウエイトレスの仕事。時間が空いて、フォレの都合がつけば、また修行。
これ……ダメじゃん。
(くそ、ゴロゴロするどころじゃないぞ。本当ならサシオンの仕事は断るべきなんだけど)
脇に抱えた大金の入った小箱に目を向ける。
大金は惜しい。しかし、惜しかろうが断るつもりだった。
でも……これは断れない。
この小箱は、断れないようにサシオンが打ったえげつない手だから。
とはいえ、やはり、一人でこなすにはやることが多すぎる。協力者が必要だ。
「あのサシオン。仕事のことだけど、誰かに手伝ってもらっても大丈夫?」
「当然だ、支度金にはその意味も含まれている。人材の選定はヤツハ殿に任せよう」
「雇い料ってことか。たしかにこの金額。俺に仕事の話を飲ませるだけにしては、多すぎるしな。でも、人材の選定を俺に任せてもいいの? 一応、秘密裡の話だろ?」
「それだけヤツハ殿を買っている。と、取ってもらって構わない」
「ほんとかなぁ? まぁ、いいや。話はこれで終わり?」
「ふむ、私からはない」
サシオンは視線をフォレに送る。
「私からもありません」
「そっか。サシオン。あんた、思いのほか切羽つまってるんだな」
「なんのことかな?」
「ふふ、じゃ帰るわ」
「ヤツハさん、お送りしましょうか?」
「ありがとう、フォレ。でも、一人で帰れるよ。じゃねっ」
俺は大金が入っている見た目はしょうもない木の小箱をわきに抱えて、部屋を出た。
執務室の扉の前で、仕事が楽になりそうな……もとい、役に立ちそうな人材を思い浮かべる。
と言っても、一人しかいないが。
(アプフェルに手伝いをお願いするか。あいつなら騎士団とも関係あるし、問題ないだろ)
――サシオン執務室
ヤツハが部屋から出ていくと、フォレは彼女の影を追う視線を見せて呟いた。
「どうして受けたんですか、ヤツハさん。いくら大金を積まれようと断るべきだったのに」
彼の透明な言葉に、サシオンは優しく笑いを漏らす。
「ふふ、フォレは少々素直すぎるな」
「どういう意味ですか、サシオン団長?」
「ヤツハ殿は大金に目がくらみ、依頼を受けたわけではない。大金を積まれたから、仕方なく受けたのだ」
「仰っている意味がわかりませんが?」
「本来ならば内々で収めなければならない仕事。それを一般の者に依頼し、さらには大金を積む。そこでヤツハ殿は、私が絶対に断らせるつもりはないと悟ったのだよ」
「それって……あの大金は脅しってことですかっ?」
「そうなるな」
「なんてことをっ。何かしらの方法でヤツハさんの首を縦に振らせるだろうと思ってはいましたが……これが誉れ高き近衛騎士団の団長がやることですか!」
「如何なる誹りも甘んじて受けよう。だが、ヤツハ殿の指摘する通り、我らではカルアの尻尾を掴めぬ。これは苦肉の策なのだ。彼女なら、突破口を開いてくれるやもしれぬ」
「しかしっ」
「民の安寧のためならば、汚泥を啜ることも近衛騎士団としての役目。目に映ることだけが全てではない。綺麗ごとだけでは事は進まぬのだ」
「その結果、ヤツハさんの身が危険に晒されるかもしれないのに?」
「そうならぬように、しっかり稽古をつけてやるといい。もう、この話は止めるとしよう。今のお前では、私が何遍言葉を重ねようと納得すまい」
「当たり前です!」
フォレは瞳に純粋すぎる義憤を宿して、サシオンを睨みつける。
彼がこのような視線をサシオンにぶつけることは初めてだった。
それもそのはず。サシオンは今までフォレに、裏の顔を見せたことがない。
フォレにとって、近衛騎士団は正義の象徴。
騎士団を率いるサシオンは絶対正義の存在であった。
心を穿つフォレの視線。
しかしサシオンは、彼から受ける痛みを心地よく感じる。
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