マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

文字の大きさ
88 / 286
第十一章 アクタ

ふるさと

しおりを挟む
 サシオンの氷瞳ひょうどうに宿る俺は、顔をきしませ凍りつかせている。
 俺の緊張に気づいた彼は、一度目を閉じて表情をほぐし、質問を口にした。


「ヤツハ殿には、望郷の念はないのか?」
「え? それって、俺が襲ってきたマヨマヨみたいになるって話?」
「可能性がないわけではないからな」
「あっ。まさか、そのことを懸念して俺をそばに?」
「ああ、そうだ。だが、それだけでない。ヤツハ殿の持つ知識が、アクタに大きな影響を与える可能性も感じ取れたからな」
「もしかして、交通規制のことを言ってるの?」

「きっかけはそうだが、あの情報自体は、そこまで問題視してはいない。多少なりとも価値観の変化や意識を加速させる憂慮はあるが……最も重要視したのは、ヤツハ殿の才の危険性か」

「俺の才?」

「ヤツハ殿は目が良く、政治と利の関係を利用した。今後、その目を飛躍させ活用し、アクタへ大きな影響力を持つ可能性があった。さらに、他にどのような知識を宿しているかわからぬ。故に、監視が必要と感じたのだ」
「俺の持つ知識や視点が、アクタへ悪影響を及ぼすかもって思ってたんだ」
「フッ、そうだな」

 
 サシオンは短く笑う。
 彼は俺という存在がどう転ぶかわからなかったから、手元に置き監視をしていたみたいだ。
 もし、俺が危険な存在に成り得ると判断していたら……結構、綱渡りな状況だったんだ。

 しかし、いまさらそのことを責めても意味がない。
 この世界が非常に危ういことを知った今、サシオンを責める気も起きないし。

 俺は肩から力を抜いて、彼の質問に答える前に軽く尋ねる。
「今になって俺の正体を突いたのは、俺が安全だと考えたから?」
「そのことが知りたくて、故郷への思いを尋ねている。強硬派の動きによって、君をゆっくり観察している暇がなくなったからな」
「なるほど。わかった。故郷ね……」

 
 俺は一度、故郷に心を預けて、質問に答える。

「一応、地球に戻りたいって気持ちはあるけど、アクタは破壊してまでってのはなぁ。もちろん、政治なんかにも興味ないし、アクタの価値観や技術を一変させるようなことをしようとは思ってないよ」
「そうか」

「うん。それに、ここにいる人たちは良い人たちばかりだし、帰りたい気持ちも以前よりかは薄らいでるかも」
「薄らいでいるか……少し、意地悪な問いをしよう」
「意地悪、何?」

「ヤツハ殿には家族は?」
「いるよ。父、母、妹が」
「目をつむり、姿を描けるか?」
「え? ああ、たぶん」


 俺は目を瞑り、親父、お母さん、妹の柚迩ゆにの姿を思い描く。
 そこへサシオンが静かに語りかけてくる。

「君は、ずっと家族と過ごしてきた。朝起きれば、家族の誰かと出会う」
 彼の言葉を受けて、いつも過ごしてきた朝の風景が広がる。
 
 リビングに入るとすでに親父は食事を終えていて、コーヒーをゆっくり味わっている。
 柚迩はできたばかりの朝食を食べている。
 お母さんは遅起きした俺を注意して、朝ご飯の用意をする。

 サシオンは語る。
「毎日毎日、家族と顔を合わせる。それは時に楽しく、時には煩わしく……だが、その団欒は、二度と来ない!」

 朝の団欒の光景。当たり前の情景――それは、ひび割れて粉々に砕け散る。


 俺は片手で両目を覆う。

「なるほどねぇ、意地悪な言い方だ。結構くるわ」
「望郷の念は薄らいでいるか?」

「…………最初さ、帰られるんなら帰りたいなって、思ってた。でも、フォレやアプフェル。ピケにトルテさんにサダさん。パティにアマンにエクレル先生。ノアゼットにティラにアレッテさん。仕事の依頼をしてくるおばさんに優しいおじいちゃん。元気な子どもたち……。いっぱいの良い人たちに出会って、このままでもいいかと思い始めていた」


 そう、思い始めていた。その気持ちに、嘘偽りなどない!
 だけど……。

「なのに、俺は、空間魔法の会得を諦めなかった。あんな痛い目にあったのに、今もずっと訓練を続けている。本当はどこかに、帰りたいという思いが強く残っていたんだな……」

 涙が溢れ、零れ落ちる。
 ぼやける光景……でも、心に宿る家族の姿ははっきりと見えている。

「ぐすっ。くっそ、意地悪どころじゃねぇよぉ。嫌な奴……」
「……なかなか、自分の気持ちとは見えぬもの。して、どうする? ヤツハ殿は迷い人、マヨマヨとなるか?」
「わからない。でも、襲ってきた連中みたいにはなりたくない」
「そうならぬよう、私も願っている。ゆっくりと、自分の中で答えを探すといい。戻るのか、戻らぬのか。アクタを破壊するのか、違う道を探すのか」
「ああ……」

 
 揺れ動く心……初めて自分の心を知って、どんな答えを導き出すのかわからなくなってしまった。
 でもっ、わからなくても、マヨマヨのようにみんなを傷つけるようなことはしたくない!
 これは絶対の心――。

 俺はスーッと大きく息を吸って、気持ちを胸に収めた。
 落ち着いたところを見計らい、サシオンは声を掛けてくる。

「私からの質問は以上だ」
「そう……あの、サシオンは自分の世界に戻る気はないの?」
「私の故郷である宇宙は無に帰った。故に、戻る場所などない」
「無って、いったい何が?」

 この質問に、サシオンは噛み締めるように口を閉じて俺を睨みつけ、すぐさま視線を横にずらした。
 まるで俺を恨んでいるような態度。よほどの出来事だったらしい。
 そうならば、無理に聞く必要はない。


「まぁ、いいや。サシオン、いったん帰るとするよ。聞きたいことができたら、またってことで」
「ああ、そうか」

 サシオンは目を閉じて瞑想しているかのように静かに息をする。
 俺は彼から視線を外して、ドアへ向かう。
 だけど、去り際にどうでもいい質問が浮かんだ。
 ほんっとぉ~にどうでもいいんだけど、火星出身のサシオンに質問しておきたい。

「あ、ごめん、サシオン。ちょっとした、謎が?」
「ん、何かな?」
「火星名物炎ラーメンって、何?」

「火星のヘラスにあったラーメン屋『四獣しじゅう軒』のオリジナルラーメンの名前だ。激辛で時間内に完食できれば賞金が貰える。なぜ、そのラーメンの名前を知っている?」

「いや、ちょっと小耳に挟んだんで。それにしても、未来の火星にもラーメン屋があるんだ」
「ああ、安くてうまい店だった」

「もしかして、常連客?」
「……そうだな、アカデミー時代はよく利用していた」
「アカデミー?」
「学校のようなものだ」

「ふ~ん、サシオンの学生時代か。なんか、想像できないな。あんがと、火星名物炎ラーメンって言葉、気になってたんだ」
「この程度のことで礼は要らぬよ。しかし、ヤツハ殿は妙なことを知っている」
「俺もそう思う。んじゃ、失礼するね」

 扉を開けて、執務室から出ていく。
 その間際、サシオンが店の名を唱えながら、小さな笑いを漏らす声が耳に入った。

「ふふ、四獣軒か。懐かしいな」



――サシオン執務室

 
 ヤツハの気配が遠退とおのいたところで、サシオンは自身の心の動揺を諫めた。

「彼女は私の知る地球人ではないというのに、何という目を。彼女は私の故郷を、家族を奪った地球人とは別次元の存在……しかし、ふふ、このような場所で四獣軒の名を聞くとは……」

 彼は、遥か遠くにある思い出に微笑みかける。

「四獣軒の前で男に絡まれていたユフと出会い、彼女を助け、それがきっかけで付き合い、結婚……そして、ニアが生まれ……ああ、素晴らしく充実していた人生だった。だがっ」

 サシオンは拳を握りしめ、強く額へ押し付ける。

「愚かな地球人が全てをっ! なぜ、あのような暴挙をっ!」

 彼の拳は震え、爪は皮膚に食い込む。
 だが、食い込んだ爪が肉を引き裂こうとしたところで、力を緩めた。

 手の平に残る爪痕が、ナノマシーネによって急激に修復されていく様子を見ながら、サシオンは寂しげに呟く。

「暴挙か……故郷を失っていなければ、私も迷い人たちと同じことをしたのであろうな。愛する者を忘れられずに」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...