マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十一章 道を歩む

アクタで紡いだもの

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 人目のつかない路地にいったん身を隠し、ティラを降ろす。

「はぁ~、助かった~」
「そのようだな……先ほどの老婆は?」
「サバランさん。ピケのおばあちゃんみたいな人だよ」
「ピケの? だが、なぜ?」

「さぁ? 事情はわからないけど、俺たちが大変そうなのを見つけて助けてくれたのかも」
「よくわからぬが味方をしてくれる者もいるようだな。ここからどうする?」
「そうだな……とにかく東地区から東門へ行こう。あそこはサシオンの担当だった地区だけど、今は団員たちみんなが休暇中で、他の地区の近衛このえ騎士団が守ってるらしい」

「そのぶん、警備が薄いと?」
「いや、それはわからない。でも、東地区は俺のフィールド。急遽、東地区の警備をしている連中相手なら、いざという時いくらでも煙に巻ける」
「ふふ、頼もしいな。だが、どうやってそこへ行くかだ?」


 東地区に行くには、王都を貫く大通りを一度は渡らないといけない。
 しかし、戒厳令が敷かれ、人がまばらな大通りなんかを通れば見つけてくださいと言っているようなもの。


(くそっ、どうする? 何か別の手で東地区へ……地下水路? いや、迷うだけだ。やっぱり道を歩くしか。もう~、空を飛んで行けたいいのにっ……空を飛ぶ? とぶ? 跳ぶ)

「あっ」
「どうした、ヤツハ?」
「あっさり、東地区に行く方法があった」
「それは?」

「転送魔法。王都内なら結界なんて関係なくできるはず。それにあそこは俺の良く知る場所。目印なんかなくても、転送先のイメージはしやすい」
「そうであるならば……兵士に見つかる前にやればよかったであろうが!」

「いま気づいたんだよ!」
「馬鹿だな」
「ええ、さーせんね。それじゃ行くよ」

 
 俺は空間の力が宿る紫色の魔力で全身を包み込み、東地区の宿屋『サンシュメ』の姿を思い描く。
 すると、サンシュメに残る俺の魔力の残骸を感じ取ることができた。

(お、いいねぇ。これを目印代わりに使えば、安全に跳べる)

 ティラをそばに引き寄せる。
「ティラ、行くぞっ!」
「いつでもこいっ!」

 
 視界は一度揺らぎ、再び戻る。
 そして、目の前に広がるは、見慣れたサンシュメ…………と、大勢の兵士たち!
 
 俺は驚きの声を上げる。
 それは相手も同じ。

「なんで!?」

「何だ、こいつらは? 突然、現れたぞ!?」
「おい、もしかして、あの少女は誘拐犯のヤツハでは?」
「何!? じゃあ、その隣に入るお方はっ!」

 兵士たちは次々に抜刀し、身構える。

 俺も狼狽しつつも、腰の剣に手をかけて唾を飛ばす。
「なんでここにいっぱい兵士がいるの!?」
 このぼやきに、ティラが単純にして明瞭な答えを教えてくれた。

「それはそうであろう。サシオンの懐刀で、私を誘拐した女の泊まる宿。捜査の手が入るであろうな」
「あっ……それでこんなに……」
「お主はどっか抜けておるの……そもそも、直接東門に転送すればよかったのではないか?」

「いや、転送魔法はまだ使い慣れてないから、座標の特定に不安があったし……」
「ならばせめて、もっと人気ひとけのない場所を選べばよいものの。なぜ、宿の前にするか。本当に抜けておるの……」
「う、うっさい。そして、ごめんよ!」

 兵士たちは俺たちを囲み、ゆっくりとその円を狭めていく。
 俺は剣を抜き、彼らの命を奪わないように最大限の気を払いつつ、睨みつける。
 

 そこに前触れもなく馬のいななきが届く。
 そして同時に、闇の魔法が飛び込んできた!

「ヒーネ!」

 闇の塊は無数に分かれ、兵士たちに降り注ぐ。
 ねばついた闇は彼らに纏わりつき、体の自由を奪う。

「ヤツハさん!」
 
 俺の名を呼ぶ声に顔を向ける。
 そこには片手で馬の手綱を握り、もう一方の手に白銀の鉄扇を広げ微笑みを覗かせているパティの姿が!

「パティ!」
「早く後ろへ!」
「え!? ああっ!」

 俺はティラを抱いて、手綱を握るパティの後ろに飛び乗った。

「行きますわよっ!」
「ああ、頼む!」

 パティは闇の束縛からのがれた兵士たちを蹴散らし、駆け出す。


 
 上下する激しい馬の動きの中で、俺は尋ねる。

「一体どうして?」
「サシオン様が凶行に及んだとされていますけど、私はフィナンシェ家の人間。庶民方と違い、城で何が起こったのか、なんとなく察しくらいつきます」

「だけど、それだけじゃ!」
「あなたはブラン様の、いえ、ティラさんのお友達でしょう。友人のパティとして、あなたがすることくらい察しがつきます!」
 
 パティはティラがブランであることを知っている。
 一緒に祭りを回り、俺とピケの大切な友人だと知っている。
 だからこそ、俺が助けに来ることを予測していたんだ!!
 

「パティ……ありがとう」
「礼はあとです。ブラン様、急を要するので挨拶は割愛させていただきます」
「もちろんだ」

 俺はパティに指示を飛ばす。
「パティ、東門へ向かってくれっ。オランジェット王子とレーチェ姫が道を開けてくれている!」
「っ!? そうですか、ではっ。くっ!」

 前に三叉路。
 右が東門への道。
 だけど、左から武装した十人以上の兵士が近づき、分かれ道を塞ごうとしている。
 
 その兵士たちの中に、紅い重装鎧を着た人物がいる。
 彼からは並々ならぬ気配が伝わってくる。
 会ったことないけど、別地区の団長。

 
 俺は剣に手をかけて、馬から飛び降りようとした。
「俺が足止めする。お前たちは先に行けっ!」
「馬鹿者、そのようなこと許すか!」
 
 ティラが俺の服を掴む。
 それを振り解こうとしたところで、不意にパティが微笑んだ。

「ふふ、その必要はありませんわ」
「えっ?」
 
 
 左から押し寄せてくる兵士たち。
 しかし、突然、道端に置いてあった復興資材が崩れ落ちて道を塞いだ。

 その隙に、パティは道を右へと駆け抜けていく。
 俺は後ろを振り向く。
 
 俺の瞳には、街のみんなが兵士たちに謝っている姿が映った。
「みんな……じゃあ、今のは」
「ふふ、ヤツハさん。皆さんに愛されているようですね。ほら、耳を澄ましてみなさい」


 パティに言われて、俺は耳に意識を集める。
 喧騒に混じり、みんなの声が届く。


――あら、兵士さん。あっちの方でヤツハっぽい子を見かけたよ!――
 
「この声は、掃除を頼んでくるおばさん」

――なぁ、兵士さん! ヤツハのやつが向こうを走って行ったみたいだぜ!――

「これはあのいたずらっ子……」


 東地区のあちこちから、俺を見たという声が聞こえてくる。
 兵士たちはその声に翻弄されて戸惑っているみたいだ。

「みんな、俺のために……」

 瞳から涙が零れる。
 こんなことをすれば、後でどんなお咎めがあるかわからない。
 それなのに、詳しい事情もわからないのに、みんなが俺のために我が身構わず、逃がしてくれるなんて……。


「ありがとう、みんな。でも、こんな無茶をすればっ。特に宿のみんななんて、俺が泊まってたことで!」
「その心配はありませんわよ」
「パティ?」

「何かあってもフィナンシェ家の力で抑え込みます。その程度の力はありますから」
「ありがとう……いや、お前は大丈夫なのかよ? こんなことして」
「お父様は大激怒でしょうね。でも、兄様が何とかしてくれます。私に甘いですから」

「え、大丈夫? お兄さん、大変そうなんだけど?」
「そうですわね。いつも迷惑をかけてばかり。わたくしが家に引き籠っていた時もザイツ兄様は……」

 パティは一瞬表情を曇らせたが、すぐに目に力を籠めて、言葉を強く出す。


「ですが、これが最後の迷惑です! 離縁状を置いていきました。これで一応のけじめはついてます」
「り、離縁状!? い、いくら何でも!」
「その程度は必要です。いえ、このくらいの覚悟を示さないと、フィナンシェ家は潰されてしまいます。それでも心許こころもとないのたしかですが」

 パティは大きく息を吸って、声を大に跳ねる。

「ですがっ、フィナンシェ家は王都経済の要。そう易々と嫌疑をかけられません! 私の離縁状を使い、お父様と兄様なら何とか落としどころを探ってくれるでしょう」
「だからって、家族とっ!」
「ヤツハさんっ。わたくしは友を選んだ! それだけです!」

 言葉を言い切ったパティは真っ直ぐと前だけを見据え、駆け抜けていく。
 俺は彼女の想いをしっかりと受け止める。

「ありがとうっ、パティ! 友達として、最っ高に嬉しいぜっ!!」

「あら、もう少し、奥ゆかし気な褒め言葉が欲しいところですわね」
「ヤツハはどうにもがさつだからな」

「うっさいわ、ふたりとも」
「ふふ、さぁ、東門へ着きますわよ」

 

 東門へ近づく。
 門前には兵士の影は一つもない。
 門の端にある通用門のそばに数人の兵士がいるだけだ。
 
 俺たちは彼らに近づく。
 すると、一人の兵士が声を掛けてきた。

「オランジェット様よりめいを受けております。この通用門を使い、外へ」
「ありがとう。あんたらは大丈夫なのか?」
「我らの心配はご無用。あなた方を見届け次第、王都より姿をくらます手筈なので」
「そう、無理をしないで」

 俺の声に続き、ティラが彼らに言葉をかける。

「私の名はブラン=ティラ=トライフル。お主たちから受けた恩義、必ずや無上の礼をもって返そう」
勿体無もったいなきお言葉です」

 彼らは数歩、足を後ろに運び、深々と頭を下げた。
 そして、頭を上げるとすぐに通用門の扉を開く。

「それではブラン様」
「うむ」

 俺たちは通用門を通り、王都の外へと脱出することに成功した。
 そして、馬を『リーベン』に向けて走らせる。

「パティ。リーベンへ向かってくれ」
「わかりましたわ。となると、新街道の方を使うことになりますわね」
「そうなのか?」
「リーベンに向かおうとすれば、新街道の方が近道ですので」
「わかった。じゃあ、頼む」

 俺は旧街道へ目を向ける。

(先生、クレマ。トルテさん、サダさん……そして、ピケ。さようなら。みんな、無事でいてくれよ!)




――通用門

 
 オランジェットの配下たちは急ぎ身支度を整え、東門より姿をくらまそうとしていた。
 そこに二人の男が訪れる。

「お前たち、何をしている?」
 声を出したのは、六龍将軍・黒き具足を戴く『パスティス=デ=ナタ』。
 声を掛けられた兵士の姿は、彼の山のような影に隠れる。
 影の中で兵士は引き攣った笑いを漏らし、声にならぬ声を漏らす。

「あ、その、それは」

 怯える兵士を目にして、パスティスはさらに言葉を重ねようとした。
 だが、それをもう一人の六龍『バスク=カトル=クレムシュニテ』が制止した。

「放っておこう。それよりもあの子たちを」
 バスクは女神の黒き魔導杖まどうじょうたずさえて、眼鏡を光らせる。
 彼の言葉を受け、パスティスは視線を兵士から門の外へ向けた

「そうだな、すでに逃げられた。いや、逃がしたわけだが」
「うん、ここからは本気で追わないといけないね。相手は空間の使い手。王都の結界有効範囲外に逃げられる前に」

「ふふ、それではどちらが先に彼らを捉えるか勝負とするか?」
「はぁ? それは神速の渾名あだなを冠するパスティスさんの方が有利だろ」
「はは、お前とて、死神と恐れられるジョウハク随一の魔導の使い手であろう」
「フフ、不名誉な通り名だけどね」


 二人は互いに笑い掛け合い、門の外を臨むと、次の瞬間には姿を消す。
 残されたのは、六龍の影のみを瞳に宿した兵士だけだった。
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