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第二十四章 秘める心と広がる思い
パティの過去
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パティは過去を語る。
今から三年前、彼女は学士館の生徒でありながら学校に通わず、家に引き籠っていたそうだ。
その理由は…………嫉妬。
パティスリー=ピール=フィナンシェは誰もが羨む美貌を持ち、目も眩む財を持つ。
しかし、当時の彼女はその贅と美貌に興味がなく、普通の女学生として過ごしていたそうだ。
絢爛なドレスで着飾ることもなく、アプフェルと同様に学士館指定のオレンジ色のローブに深緑色の外套を纏っていた。もちろん、化粧や装飾品で着飾ることもない。
パティは多くの生徒と同じように、普通の女学生として過ごしたかった。
だけど、それが一部の生徒の目には煩わしかった。
彼らは彼女に嫉妬し、嫌がらせを行う。
それに耐えられなかった彼女は屋敷の自室に引き籠るようになった。
ここまでの話を聞いて、初めてパティと会話らしい会話を行ったときのことを思い出した。
『あまり気を使わないと、あらぬ嫉妬を買うことになりますわよ』
『女の嫉妬は怖く、男の嫉妬は醜い。されど、嫉妬は人の心の一部。なくすことはできない。そうであるならば、なるべく嫉妬が生まれにくい環境を整えるのが最良の一手ですわ』
(パティは自分の苦い経験から俺にアドバイスをしてくれたんだ。なのに俺ときたら、アドバイスを全く生かしていないなぁ……パティには悪いけど、何もなかったから良しとしようっと)
でも、パティは違った。
心が追い込まれるほどの嫉妬の視線に苛まれた。
それは彼女が俺とは違い、権謀術数が渦巻く貴族たちの一人だったからかもしれない。
パティは自分の過去を語るたびに、表情が暗く沈んでいく。
だけど、フォレとの出会いに触れた途端、パっと表情を明るくした。
「フォレさんとの出会い。あの方との出会いは、衝撃的でした。あの方の清廉さと強さに触れて、わたくしは勇気を持てた」
ある日のこと、フォレは社交界に招かれたそうだ。
パティも嫌々ながらも、その社交界に参加し、壁の花としてひっそり身を寄せていた。
彼女がそこで目にしたのは……フォレへの嘲り。
貧民出身のフォレはマナーなどよく知らず、貴族や富豪たちから物笑いにされる。
もちろん、サシオンから手ほどきは受けていただろう。
しかし、所詮は付け焼刃。
社交ダンスでは相手をしてくれた女性の足を踏む始末。
それは傍から見ていたパティが思わず恥ずかしくなるくらいのお粗末な出来だったそうだ。
多くの者たちがフォレに嘲笑を浴びせる。
だが、その中でもフォレは堂々と胸を張り、騎士団の騎士として振る舞った。
たとえ、礼を失すろうとも、彼の凛とした佇まいに、皆は押し黙る。
いや、それどころか、生来の美しい容姿と相まって婦人方を魅了してしまった。
パティもその中の一人であった。
そしてそれ以上に、フォレを自分と重ねる。
(あの方はあれ程の嘲笑を受けて、どうして平気なの?)
自分は他者の醜い心に当てられて、そこから逃げ出した。
しかし、フォレは違った。
正面から受け止め、己自身の強き心を皆に見せつけたのだ。
パティはフォレが一人になったところを見計らい、勇気を出して尋ねた。
「あ、あの」
「どうされました? 月の輝きように美しいお顔が曇っておいでですが?」
「その……どうして、あなたはそんなに強いの? 皆さんに嘲り笑われたというのにっ」
言葉の結びが強く止まる。
フォレはそこから、この問いに大きな意思が宿っていることを感じ取ったのであろう。
パティを真っ直ぐと見つめ、答えを返した。
「私には、私が理想とする人物がいます。その方は、どのような悪にも屈しず、正義を貫く。常に自信に満ち溢れ、堂々と己の道を歩む。私もそうありたい。それだけです」
「だけど、そのようなことすれば、他者からどのような目で見られるか?」
この問いに、フォレは僅かな沈黙を挟み、答えた。
「……そんなもの気にしなければいい」
「え?」
「人の目など、私が目指し歩き続ける道と比べれば、ちっぽけなもの。道はとても険しく、厳しい。人の目など気にしている余裕はありませんから」
「人の目が……ちっぽけなもの……」
この言葉はパティとって衝撃だった。
常に他者と比べられ、他者の目を気にする貴族。
パティも同様にそうだった。
だが、フォレはそれをちっぽけだという。
この話を聞いて、俺は思う、知っている。
フォレこそが人の目を恐れていたことを……。
彼は幼いころ親に捨てられ、貧困に苦しみ暴力に怯えていた。
その心の傷が元で、自分が正義であることに執着するようになった。
だから、誰からも正義と見られるように振舞い続けていた。
もしかしたら、パティからの問いは自分がそうありたいと願った答えだったのかもしれない。
でも、たとえそうであっても、パティを救うきっかけとなった。
そして、フォレもまた、今はその頸木を解き放ち、己の真の信念を貫き通せる男となった。
もちろん、このことを今のパティに伝える必要はない。
だから、静かに彼女の語りに耳を傾ける。
問いに答えたフォレは軽く頭を下げて、踵を返し、去っていく。
その背中に、パティは問いかける。
「私もっ、私も誰の目を気にすることなく生きられるでしょうか?」
フォレは立ち止まり、振り返る。
「あなたの目指す道が、あなたにとって価値あるものならば……それでは、失礼します」
パティは遠い記憶を映す瞳に、俺の姿を映し込む。
「ま、そんなことがありまして、今のわたくしがあるというわけです」
柔らかな微笑みを見せるパティ。
俺は彼女の姿の全てを見つめる。
ボリュームのある蜂蜜色の長い髪。肩の前にはロールした髪が下がっている。
服装は豪華で白を基調としたドレス。肩の部分は大胆に開いていて、ふんわりとしたシルエットを浮かべる前丈が短く後ろ丈が長いスカートを纏う。
かつて彼女の左手には、先端がほわほわした毛で覆われた扇子を持っていた。
今のそれは、白銀の鉄扇。
しかし、頭には初めて出会った時と同じ、中心に優美な檸檬色の花が飾られ、左に大きく傾いた円盤状の帽子がある。
碧眼からはピンっと張ったまつげが飛び出し、凹凸のはっきりした肉体に、色香漂う唇。
俺は美しき令嬢に言葉軽く声をかける。
「それで、地味子だった女の子がこうなったと……なんで、そんな格好に?」
「そんな格好とはご挨拶ですわね。でも、そうですね。初めてこの装いになったのは、当てつけの意味がありました」
「当てつけ?」
「わたくしのことを金持ちだ何だと言っていた方々に対して。なら、いっそ、金持ちらしく振る舞ってやろうじゃないの! と、ね」
と言って、パティは片目をパチリと閉じる。
「ははは、パティ、やるねぇ」
「ふふ、最初は当てつけでしたが、今ある自分もなかなか悪くありません。少なくとも、あの頃のわたくしよりも、自由ですから」
「そっか……それで、パティの道ってのは見つかったの?」
この問いに、パティは寂しそうに顔を横に振る。
「残念ながら……でも……」
パティはちらりと俺を見て、空を望む。
彼女の瞳に浮かぶのは、仲間たち。
「もうすぐ、見つかりそうな気がしますわ……」
今から三年前、彼女は学士館の生徒でありながら学校に通わず、家に引き籠っていたそうだ。
その理由は…………嫉妬。
パティスリー=ピール=フィナンシェは誰もが羨む美貌を持ち、目も眩む財を持つ。
しかし、当時の彼女はその贅と美貌に興味がなく、普通の女学生として過ごしていたそうだ。
絢爛なドレスで着飾ることもなく、アプフェルと同様に学士館指定のオレンジ色のローブに深緑色の外套を纏っていた。もちろん、化粧や装飾品で着飾ることもない。
パティは多くの生徒と同じように、普通の女学生として過ごしたかった。
だけど、それが一部の生徒の目には煩わしかった。
彼らは彼女に嫉妬し、嫌がらせを行う。
それに耐えられなかった彼女は屋敷の自室に引き籠るようになった。
ここまでの話を聞いて、初めてパティと会話らしい会話を行ったときのことを思い出した。
『あまり気を使わないと、あらぬ嫉妬を買うことになりますわよ』
『女の嫉妬は怖く、男の嫉妬は醜い。されど、嫉妬は人の心の一部。なくすことはできない。そうであるならば、なるべく嫉妬が生まれにくい環境を整えるのが最良の一手ですわ』
(パティは自分の苦い経験から俺にアドバイスをしてくれたんだ。なのに俺ときたら、アドバイスを全く生かしていないなぁ……パティには悪いけど、何もなかったから良しとしようっと)
でも、パティは違った。
心が追い込まれるほどの嫉妬の視線に苛まれた。
それは彼女が俺とは違い、権謀術数が渦巻く貴族たちの一人だったからかもしれない。
パティは自分の過去を語るたびに、表情が暗く沈んでいく。
だけど、フォレとの出会いに触れた途端、パっと表情を明るくした。
「フォレさんとの出会い。あの方との出会いは、衝撃的でした。あの方の清廉さと強さに触れて、わたくしは勇気を持てた」
ある日のこと、フォレは社交界に招かれたそうだ。
パティも嫌々ながらも、その社交界に参加し、壁の花としてひっそり身を寄せていた。
彼女がそこで目にしたのは……フォレへの嘲り。
貧民出身のフォレはマナーなどよく知らず、貴族や富豪たちから物笑いにされる。
もちろん、サシオンから手ほどきは受けていただろう。
しかし、所詮は付け焼刃。
社交ダンスでは相手をしてくれた女性の足を踏む始末。
それは傍から見ていたパティが思わず恥ずかしくなるくらいのお粗末な出来だったそうだ。
多くの者たちがフォレに嘲笑を浴びせる。
だが、その中でもフォレは堂々と胸を張り、騎士団の騎士として振る舞った。
たとえ、礼を失すろうとも、彼の凛とした佇まいに、皆は押し黙る。
いや、それどころか、生来の美しい容姿と相まって婦人方を魅了してしまった。
パティもその中の一人であった。
そしてそれ以上に、フォレを自分と重ねる。
(あの方はあれ程の嘲笑を受けて、どうして平気なの?)
自分は他者の醜い心に当てられて、そこから逃げ出した。
しかし、フォレは違った。
正面から受け止め、己自身の強き心を皆に見せつけたのだ。
パティはフォレが一人になったところを見計らい、勇気を出して尋ねた。
「あ、あの」
「どうされました? 月の輝きように美しいお顔が曇っておいでですが?」
「その……どうして、あなたはそんなに強いの? 皆さんに嘲り笑われたというのにっ」
言葉の結びが強く止まる。
フォレはそこから、この問いに大きな意思が宿っていることを感じ取ったのであろう。
パティを真っ直ぐと見つめ、答えを返した。
「私には、私が理想とする人物がいます。その方は、どのような悪にも屈しず、正義を貫く。常に自信に満ち溢れ、堂々と己の道を歩む。私もそうありたい。それだけです」
「だけど、そのようなことすれば、他者からどのような目で見られるか?」
この問いに、フォレは僅かな沈黙を挟み、答えた。
「……そんなもの気にしなければいい」
「え?」
「人の目など、私が目指し歩き続ける道と比べれば、ちっぽけなもの。道はとても険しく、厳しい。人の目など気にしている余裕はありませんから」
「人の目が……ちっぽけなもの……」
この言葉はパティとって衝撃だった。
常に他者と比べられ、他者の目を気にする貴族。
パティも同様にそうだった。
だが、フォレはそれをちっぽけだという。
この話を聞いて、俺は思う、知っている。
フォレこそが人の目を恐れていたことを……。
彼は幼いころ親に捨てられ、貧困に苦しみ暴力に怯えていた。
その心の傷が元で、自分が正義であることに執着するようになった。
だから、誰からも正義と見られるように振舞い続けていた。
もしかしたら、パティからの問いは自分がそうありたいと願った答えだったのかもしれない。
でも、たとえそうであっても、パティを救うきっかけとなった。
そして、フォレもまた、今はその頸木を解き放ち、己の真の信念を貫き通せる男となった。
もちろん、このことを今のパティに伝える必要はない。
だから、静かに彼女の語りに耳を傾ける。
問いに答えたフォレは軽く頭を下げて、踵を返し、去っていく。
その背中に、パティは問いかける。
「私もっ、私も誰の目を気にすることなく生きられるでしょうか?」
フォレは立ち止まり、振り返る。
「あなたの目指す道が、あなたにとって価値あるものならば……それでは、失礼します」
パティは遠い記憶を映す瞳に、俺の姿を映し込む。
「ま、そんなことがありまして、今のわたくしがあるというわけです」
柔らかな微笑みを見せるパティ。
俺は彼女の姿の全てを見つめる。
ボリュームのある蜂蜜色の長い髪。肩の前にはロールした髪が下がっている。
服装は豪華で白を基調としたドレス。肩の部分は大胆に開いていて、ふんわりとしたシルエットを浮かべる前丈が短く後ろ丈が長いスカートを纏う。
かつて彼女の左手には、先端がほわほわした毛で覆われた扇子を持っていた。
今のそれは、白銀の鉄扇。
しかし、頭には初めて出会った時と同じ、中心に優美な檸檬色の花が飾られ、左に大きく傾いた円盤状の帽子がある。
碧眼からはピンっと張ったまつげが飛び出し、凹凸のはっきりした肉体に、色香漂う唇。
俺は美しき令嬢に言葉軽く声をかける。
「それで、地味子だった女の子がこうなったと……なんで、そんな格好に?」
「そんな格好とはご挨拶ですわね。でも、そうですね。初めてこの装いになったのは、当てつけの意味がありました」
「当てつけ?」
「わたくしのことを金持ちだ何だと言っていた方々に対して。なら、いっそ、金持ちらしく振る舞ってやろうじゃないの! と、ね」
と言って、パティは片目をパチリと閉じる。
「ははは、パティ、やるねぇ」
「ふふ、最初は当てつけでしたが、今ある自分もなかなか悪くありません。少なくとも、あの頃のわたくしよりも、自由ですから」
「そっか……それで、パティの道ってのは見つかったの?」
この問いに、パティは寂しそうに顔を横に振る。
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